なにものかへの別れのあいさつ――鳥公園「空白の色はなにいろか?」劇評

常々思うが、演劇というのは、そんなに、面白いものではない。映画に比べて高い(東京だと2千円ぐらいから)のに、クオリティの保証はない。特に、私がよく見る小劇場演劇ときたら、そこらへんの人が、「やりたい」と思ったらすぐにでもできる。思いつくことを何でも目の前でやって見せる、それを数千円払って見るわけで、こんな危険な話はない。実際、中には脚本から役者から、ずいぶんひどいのも、あるのである。

 

それじゃ、なんで小劇場演劇なんか見ているのかと言えば、正直に言えば、最初は、青春の匂いみたいなものに惹きつけられたのだ。家が貧乏で、大学時代は生活費稼ぎのバイト三昧。20代のころは新聞記者の仕事で忙しく働き、親の借金も返した。そんな私が30代半ばにもなって、ちょいと時間が出来たとき、心の隙間に演劇が入ってきた。ありていに言えば、若い連中が集まってやりたい放題やっているのが、うらやましかったわけだ。そのころは自分でも劇団に関わったりしていた。遅い青春。何て恥ずかしい話。

 

それから10年ほどが過ぎ、四捨五入すれば50歳。さすがに青春でもない。それで改めて、なんでまだ、小劇場演劇を見ているのかと言えば、たまに、それこそほんのたまに、面白いこともあるからだ。それも、映画などのマスのものにはないような、生々しい形で。役者は今そこにいて、時間と場所を共有している。観客は数十人、多くて二百人。その目の前で、何かが生まれていく。数人の役者の身体を通して、時代の先っぽが垣間見える。ごくまれに、そんな瞬間がある。

 

 

アートスペースへと変貌した造船所跡地

 

今回紹介する公演も、そんな生々しい「時間と場所」を感じさせた公演の一つだ。演劇ユニット「鳥公園」は作・演出の西尾佳織を主宰とする団体。ふだんは首都圏を拠点としているが、8月のお盆休みのころ、クリエイティブセンター大阪というところで、「空白の色はなにいろか?」という公演をした。

 

 

クリエイティブセンター大阪は木津川の河口に位置する。写真提供:鳥公園

クリエイティブセンター大阪は木津川の河口に位置する。写真提供:鳥公園

 

 

ここは、明治の終わりから昭和54年まで、70年近く稼働した造船所の跡地を、イベントなどに転用しているところだ。要するに、かっこいい廃墟。大阪市南部・住之江区の工業地帯にある広大な敷地には、かつて船を浮かべた深い切れ込みのドックが2つ、木津川の流れで大阪湾につながる。建物がぽつぽつと間を空けて並ぶ。今回の公演の主な会場となった正門すぐの大きな建物(総合事務所棟)は、事務所、倉庫、作業場などを兼ねていたものらしい。

 

分厚く大きな鋼鉄の正門を通り、折からの雨でできた小さな水たまりに渡された、木の板の上を歩いて建物に入る。むき出しのコンクリートの階段を2階に上がると、がらんとしたスペースを、外壁一面の薄汚れたガラス窓が囲っている。夏の日も暮れた7時半ごろ。今はひっそりと静まり返っているが、耳を澄ませば、かつて船造りに従事した男たちの声が聞こえてきそうである。

 

総合事務所棟の入口近くで待っていると、開演と同時に、ブラックチェンバーというスペースに案内される。小さな小学校の講堂ほどもあり、ロの字型に2階部分を残して、真ん中は大きな吹き抜けになっている。その2階部分に案内されて見下ろす1階の床には、大きな積み木のようなものがごろごろと置かれており、そこに女性が1人(西山真来)、ほうきを手に床をはいている。

 

やがて2階部分の向かい側から男性(浅井浩介)が老人の演技で腰をやや曲げて現れ、話し始める。「ふみちゃんへ。こんにちは。元気にしていますか。おじいちゃんは今年86歳になります」と孫への手紙を口述している。と、やおら1階の女性に「お母さん!」と話しかけ、自分の年齢を確認しはじめる。だが、女性(つまり男性の妻である)が一生懸命説明しようとすると、そのうちに自分で納得し、「わしはお母さんの用事は済んだから、あとは勝手にやってくれな」と引っ込んでしまう。どうやら少しぼけているらしい。自分勝手なのはもともとの性格か。

 

「空白の色はなにいろか?」は「回遊型公演」で、観客は俳優らの導くまま、総合事務所棟の各所に赴き、パフォーマンスを見ては、また次の場所に移動する。広くて変化に富んだ会場。ここに滞在して制作したものだけに、ダイナミックな空間の魅力を最大限に引き出している。ある場所では、パフォーマンスの後で俳優が正面のシャッターを開けると、手前から巨大な鉄骨が2本、平行に、ドックの水面の上に伸びているのが見えた。まるで双子の首長竜の背骨のよう。

 

「空虚な中心」に惹かれる二人のアーティスト

 

パフォーマンスは1か所につき5分ぐらい。直線的にストーリーを追うものではない。モチーフは、大まかに言って3つに分かれる。(1)孫「ふみちゃん」(武井翔子)の視点から、主に祖父についてのイメージやエピソードを提示するもの。(2)20世紀の彫刻家イサム・ノグチと画家フリーダ・カーロにまつわるもの。(3)生々しい調子で男女関係について語るもの。これら3つが順不同で行われ、お互いに照応しあって作品世界を構成している。

 

 

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

公演中の一場面。写真:中才知弥(Studio Cheer)

稽古風景より。約3週間にわたり滞在制作し、上演を行った。

稽古風景より。約3週間にわたり滞在制作し、上演を行った。

 

 

「ふみちゃん」の語りによれば祖父は九州出身、岡山で法律を学び、裁判官になったという。言ってみればエリートだが、年を取ってからは徘徊をするようになり、ついには行方不明になってしまう。その祖父は「ふみちゃん」の想像の中で、最近になってようやく、自由に歩くということが出来るようになってきた、と言う。祖父は、柿の木の声に耳を傾けたり、買い物のカートに大きなプラスチックのあひるを縛り付けて、押して歩いたりする。そして本当はパイロットになりたかった、女の人にもなってみたかった、などとかつての夢を語る。けっこうアバンギャルド。「ふみちゃん」の想像する祖父は、それまでの自分をほどいていくことで、自然へと回帰していったものとして描かれている。

 

会場の2か所には、それぞれ「イサム・ノグチ展」と「フリーダ・カーロ展」と称する簡単な展示があり、観客はそれらを見る時間を与えられる。「イサム・ノグチ展」ではイサムのプロフィールとともに、「エナジー・ヴォイド」という作品が紹介され、今回の公演を象徴するイメージとして示唆される。高さ3.6メートルもある巨大な黒い石の彫刻で、縦に長い台形をしている。内側はくりぬかれて、向こう側が見える。「ヴォイド」(void)というのは空白、空虚といった意味だ。

 

「エナジー・ヴォイド」は「エネルギーを持つ空虚」とでも訳そうか。写真を見ていると、真ん中の空間に向かって周りの黒い石の部分が折れ曲がり、奥に向かって吸い込まれていくような錯覚にとらわれる。真ん中が空虚になることによって、そこに強い磁場が発生している。もしくは、もともと一つの石の塊であったものが、ブラックホールのように、過剰なエネルギーを持った中心部が崩壊し、異次元へと消えていったかのよう。

 

「イサム・ノグチ展」の説明によれば、「中心の欠如は、イサムにとって重要なテーマだった」らしい。それはおそらく、日本人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれ、父親に繰り返し拒絶されたイサムの成育歴と深いかかわりがある。空虚な中心は不在の父親であるとともに、内心に空虚を抱える自分の姿でもあるだろう。この「空虚さ」こそ今回の公演のキーワードの1つなのである。

 

「イサム・ノグチ展」を見た観客は、次に小さなカウンターのある部屋に案内される。そこには先ほど祖母を演じた西山真来がいて、カウンターの向こうに座り、自分の指をみみずに見立てて、みみずとの出会いと会話を語る。みみずはぬらぬらした体液を持ち、触るとピクピク動きながら大きくなっていく。うかつな私はその場では気づかなかったのだが、読者の方々にはおわかりのように、みみずとは男根のかなり露骨なメタファーである。

 

こうした生々しさは、当初、静謐な全体のトーンにはそぐわないように感じられ、小さな違和感を残すのだが、後半になると、徐々に前面にせり出してくる。

 

次に案内される「フリーダ・カーロ展」では、3枚の絵が展示されている。そのうちの1枚は、夫ディエゴ・リベラがフリーダの妹と関係を持ったことから着想された「ちょっとした刺し傷」で、傷だらけでベッドに横たわっている裸の女性と、それを見下ろす男性を描いたものである。解説は、女性関係の絶えなかったディエゴに苦しめられた一方で、フリーダもイサム・ノグチと浮名を流したことを記している。また、イサムとの文通は関係が終わった後も続き、後年寝たきりになったフリーダにイサムが日本の蝶の標本を送ったことが書かれている。

 

それからしばらく後、公演の中盤でのパフォーマンスで、西山と浅井がフリーダと蝶として会話をする。フリーダは夫ディエゴに執着する自分の気持ちを語る。ディエゴはまるで小さな子供のようで、常に物事の中心にいないと気が済まない。フリーダはそれに振り回され、傷ついていくのである。

 

 

フリーダ・カーロ《ちょっとした刺し傷》1935年

フリーダ・カーロ《ちょっとした刺し傷》1935年

 

 

 

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