朝日新聞慰安婦問題とメディアの誤報リスクマネジメント

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2つの「吉田」問題

 

このところ、朝日新聞への批判が強まっている。きっかけとなったのは、いわゆる従軍慰安婦問題に関するいわゆる「吉田証言」と、福島第一原子力発電所事故に関するいわゆる「吉田調書」に関し、朝日新聞の不適切な報道が相次いで明らかとなったことだ。

 

社内外の批判を受け、とうとう社長が謝罪、「再生に向けておおよその道筋をつけた上で、すみやかに進退について決断」、つまり時期をみて辞任する意向を表明する事態となった。

 

いまや以前からいるアンチ朝日勢力だけでなく、ニュートラルな、あるいは考え方が近いとされる人々からも、そして社内からも批判の声が上がるという袋叩きの状況だが、もともと影響力のないメディアにこれほどの批判が寄せられることはふつうないわけで、この苦境はある意味、その存在感の大きさの裏返しでもある。もちろん、これまでのやり方に問題があったことは明らかであるから、それを考えなおす機会にしてもらいたい。

 

これらの問題自体に関する論考はすでに数多く出されている。本稿では、そうした個別の問題から少し離れ、より一般的なメディアの誤報問題について、リスクマネジメントの観点から考えてみることにする。

 

 

「みなさまに深くおわびします 朝日新聞社社長」

(朝日新聞2014年9月12日)

http://digital.asahi.com/articles/ASG9C6V5QG9CUHMC00L.html

 

批判の経緯をふりかえる

 

とはいえ、とっかかりとして、今回批判を受けている問題について、簡単に整理しておく。

 

今回の一連の発端は今年8月、従軍慰安婦問題に関し、軍による強制連行を自ら行ったとして朝日新聞がかつて報じた男性の証言(いわゆる吉田証言)には根拠がなかった、とした同紙の報道だ。

 

 

「特集ページ:慰安婦問題を考える」

(朝日新聞)
http://www.asahi.com/topics/ianfumondaiwokangaeru/

 

 

朝日新聞自身が検証しそう報じたわけだが、吉田証言については早い時期に他社メディアから疑問の声があがっていた。なぜ当初きちんと裏付け取材を行わなかったのか、検証を行うまでになぜ32年もかかったのかなどについて、批判が数多く寄せられているのも当然だろう。

 

 

「慰安婦報道 朝日の責任問う声」

(読売新聞2014年8月6日)

http://www.yomiuri.co.jp/feature/ianfu/20140812-OYT8T50165.html

 

「朝日新聞「慰安婦問題を考える」を検証する 随所に自己正当化と責任転嫁」

(産経新聞2014年8月8日)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140808/plc14080808320011-n1.htm

 

 

さらに、この問題を追及する週刊誌の広告掲載を拒否したり、この問題を指摘した朝日新聞の人気コラム「池上彰の新聞ななめ読み」の掲載を拒み、著者の池上彰氏が連載をやめると公表した件(その後内外の批判を受けて朝日新聞が謝罪しコラムは掲載された)などでは、言論抑圧ではないかとの批判も受け、自ら火に油を注いだかたちとなった。

 

 

「朝日新聞、文春・新潮の広告掲載拒否 「『反省』ない」「部数がドーン!」に反発」

(J-CASTニュース2014年8月28日)

http://www.j-cast.com/2014/08/28214336.html

 

「週刊新潮の広告、「売国」「誤報」黒塗りで掲載へ 朝日新聞」

(産経新聞2014年9月3日)

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140903/ent14090322290016-n1.htm

 

「池上彰氏、朝日新聞に連載中止申し入れ 慰安婦記事の掲載断られ」

(日本経済新聞2014年9月3日)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG0300N_T00C14A9CR0000/

 

「(池上彰の新聞ななめ読み)慰安婦報道検証 訂正、遅きに失したのでは」

(朝日新聞2014年9月4日)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11332230.html

 

「<お知らせ>池上さんコラム、掲載します」

(朝日新聞2014年9月4日)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11332384.html

 

「池上彰さんの連載について おわびし、説明します」
(朝日新聞2014年9月6日)
http://digital.asahi.com/articles/ASG956K76G95ULZU019.html

 

 

タイミングがいいのか悪いのか、朝日新聞は今年5月の、福島第一原子力発電所事故に関して政府事故調査委員会が行った当時の吉田所長の調書、いわゆる「吉田調書」に関するスクープ記事についても、記事の取り消しを迫られた。これは朝日新聞が、政府が非公開とした調書の内容をいち早く報じたものだったが、朝日の報道後、産経、読売など各紙が追随するかのように吉田調書の内容を報じるとともに、朝日の報道内容に疑問を呈していた。こうした動きを受け、政府も吉田調書そのものを公開するに至った。朝日新聞は、政府の公表とほぼ同時に記事取り消しを発表していることからみて、後ろめたい部分があることをあらかじめ知っていたのだろう。

 

 

「「吉田調書」 福島原発事故、吉田昌郎所長が語ったもの」

(朝日新聞2014年5月)

http://www.asahi.com/special/yoshida_report/

 

「福島第一事故『吉田調書』、『全面撤退』明確に否定」

(産経新聞2014年8月18日)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140818/plc14081805000001-n1.htm

 

「福島第一事故吉田調書 『全面撤退』強く否定」「朝日報道 吉田調書と食い違い」

(読売新聞2014年8月30日)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140829-OYT1T50151.html

http://www.yomiuri.co.jp/feature/chosho/20140901-OYT8T50372.html

 

「政府、吉田調書を公開 菅元首相・枝野氏ら18人分も」

(朝日新聞2014年9月11日)

http://digital.asahi.com/articles/ASG9C63PYG9CUTFK00Y.html

 

「吉田調書「命令違反」報道、記事取り消し謝罪 朝日新聞」

(朝日新聞2014年9月12日)

http://digital.asahi.com/articles/ASG9C7344G9CULZU00P.html

 

 

こうした一連の流れが、朝日新聞に対する信頼を大きく傷つけたことはまちがいない。報道内容の信頼性は、報道機関としては生命線であろう。2つの「吉田」問題は、実際に週刊誌がいうような「部数がドーン!」という状況であるかどうかはともかくとして、単に報道に問題があったというだけではなく、会社経営にとっても大きな危機であるはずだ。社長が辞任することにどれほどの意味があるかはさておき、一般的な企業であれば即座に辞任してもおかしくないくらいの大失敗であるとはいえる。

 

今後、少なくとも吉田調書問題については、朝日新聞社が設けている常設の第三者機関「報道と人権委員会」が審議することになるらしい。慰安婦問題については、これとは別に社外の弁護士や歴史学者、ジャーナリストら有識者に依頼して第三者委員会を作りそこで検討するらしい。なぜ分けたのかはわからないが、特殊な問題であるということだろうか。

 

 

「「報道と人権委員会」、吉田調書をめぐる朝日新聞社報道を審理へ」

(朝日新聞2014年9月12日)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11346554.html

 

朝日新聞 報道と人権委員会

http://www.asahi.com/shimbun/csr/2012/topic3/topic3b.html

 

 

この機に乗じて朝日新聞批判をここぞと展開する向きが同業他社を含めて少なくないが、これらの問題そのものについてここで論じようとは思わない(慰安婦問題については別途、自分のブログで書いた)。慰安婦問題や原発事故に関する朝日新聞の報道自体やその後の対応については、既に多くの論者によるさまざまな論考が出されているが、より根本的には、これら個別の案件を超えた構造上の問題こそが重要ではないかと思われる。ジャーナリズム論は専門外だが、ここでは、朝日新聞や特定の問題に限定せず、こうした「誤報」(あるいは批判を受ける情報発信一般)をメディアにとってのリスク要因ととらえ、リスクマネジメントの観点からこの問題について考えてみたい。

 

 

誤報やごまかしはどのメディアにもある

 

朝日新聞に問題を限定しないのは、いうまでもないことだが、こうした誤報や見苦しいごまかしが、他社にもごくふつうにみられるからだ。

 

新聞の誤報については、2012年に弁護士等の有志が立ち上げた一般社団法人日本報道検証機構という組織があり、誤報検証サイト『GoHoo』が開設されている。これがすべての誤報を網羅しているというわけではなかろうが、これをみる限り、誤報が朝日新聞に限った話ではないということはよくわかる。【次ページにつづく】

 

誤報検証サイト『GoHoo』

http://gohoo.org/

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

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