アスペルガー症候群の特性と犯罪――『アスペルガー症候群の難題』著者による解説

佐世保女子高生殺害事件とアスペルガー症候群

 

昨今、不可解な犯罪が相次いで起こっていることから、少年犯罪に注目が集まっています。昨年7月に佐世保で中学生が同級生の首を絞めて殺害した事件は皆様も覚えておられるでしょう。容疑者の少女は事件以前にアスペルガー症候群(注)の診断がされていたことが判明しました。

 

(注)診断名は世界保健機関(WHO)の診断基準であるICDに従って非定型自閉症となっている。本稿では知的障害のない自閉症スペクトラム障害をアスペルガー症候群と呼ぶ。アメリカ精神医学学会の診断基準であるDSMの改定についてはこちらを参照。https://synodos.jp/society/4414

 

この事件では、殺害後に首と手首を切断していたことが衝撃を与えました。また、その行動を裏付けるように「体の中を見たかった」「人を殺して解体してみたかった」と容疑者少女は語っています。その他に、容疑者少女は過去に、父親を金属バットで殴ったこと、家庭内暴力を原因に家族から離れて一人暮らしをしていたこと、また、小学校6年だった頃には、同級生の給食に薄めた洗剤や漂白剤、ベンジンを混入するいたずらをくり返していたことなどが報道されています。

 

この事件には通常の理解を越えている部分があります。その部分を理解するのにアスペルガー症候群であることが重要です。アスペルガー症候群が重要なのはこの事件だけではありません。過去にメディアで注目された事件、特に動機や犯行について理解が困難な事件において、加害者がアスペルガー症候群だとされています。2000年あたりからアスペルガー症候群の診断がされた事件をリストにしてみましょう。

 

●神戸連続児童殺傷事件(A少年・酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)事件)(1997)

●全日空61便ハイジャック事件 (1999)

●豊川市主婦殺人事件 (2000)

●西鉄バスジャック事件 (2000)

●岡山金属バット母親殺害事件(2000)

●山口母親殺害事件(2000)

●長崎男児誘拐殺人事件 (2003)

●佐世保小6女児同級生殺害事件 (2004)

●石狩市会社員女性殺害事件(2004)

●金沢夫婦刺殺事件(2004)

●寝屋川教職員殺傷事件 (2005)

●富山県自宅放火父親殺害事件(2005)

●静岡女子高生タリウム毒殺未遂事件(2005、致死事件ではない)

●町田市同窓女子高生殺害(2005)

●大阪姉妹殺害事件(山口母親殺害事件の再犯)(2005)

●京都宇治小六刺殺事件(2005)

●渋谷区短大生切断遺体事件(2006)

●奈良自宅放火殺人事件 (2006)

●延岡高校生殺傷事件(2006)

●会津若松母親殺害事件(2007)

●香川県坂出市祖母孫三人殺害事件(2007)

●岡山駅突き落とし事件 (2008)

●鹿児島タクシー運転手殺害事件(2008)

●土浦連続殺傷事件(2008)

●津和野祖父母殺害(2008)

●大和郡山市父親殺害事件(2008)

●横浜母親殺害事件(2009)

●富田林市高校生殺人事件(2009)

●豊川市一家5人殺傷事件(2010)

 

このリストには印象に残る事件が多く含まれています。たとえば、1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件、通称、酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)事件は最も有名な事件です。2000年には、「人を殺してみたかった」と動機が語られた豊川市主婦殺人事件、西鉄バスジャック事件、岡山金属バット母親殺害事件が起こっています。犯人の年齢が17歳であったため、当時「17歳の犯罪」と呼ばれ、大きな社会問題となりました。

 

昨年の事件と同じ佐世保で、小学生が同級生を殺した佐世保小6女児同級生殺害事件が起こっていました。小学生が殺人を行ったことで社会に大きな衝撃を与えました事件です。また、エリート医師一家殺人として騒がれた奈良自宅放火殺人事件が起こっています。いずれも当時のメディアを賑わせた事件です。

 

毎年、数件のペースでアスペルガー症候群が関係する重大事件が起こっています。昨年は佐世保の事件のほか2件でアスペルガー症候群の存在が指摘されています。1件目は2月23日に名古屋・暴走車無差別殺人未遂事件です。レンタカーで車を借り名古屋駅前の繁華街を車で暴走、人を次々とはねるというものでした。

 

また、5月25日にはAKB48握手会傷害事件が起こっています。アイドルグループAKB48の握手会で、のこぎりを持った加害者がメンバー2名とスタッフ1名を切りつけるという事件です。不思議なことに加害者はAKB48のファンではなかったといいます。動機として「人を殺そうと思った」「誰でもよかった」と述べています。

 

これらの事件をみると動機が不可解であるという共通点があります。佐世保の事件では「人を殺してみたかった」と動機が述べられていますが、その動機は理解ができません。AKB48握手会傷害事件でも同様です。犯行にはそれ相応の動機や当人への恨みがあると想定しますが、加害者にはAKB48への恨みなどはありませんでした。

 

2000年以降に少年犯罪において、特にメディアで取り上げられることが多かった事件で加害者にアスペルガー症候群であるという診断がされています。私たちはこの事実をどのように考えればいいか、そもそもアスペルガー症候群の特性と犯罪性には関連があるのか。このことを科学的な研究を基に論証していったのが『アスペルガー症候群の難題』という本です。

 

 

偏見の防止か、介入か

 

アスペルガー症候群と犯罪には関係があるのか。簡単ではありますが、関連性については後述します。そのことよりも『アスペルガー症候群の難題』という本が何を目的にし、何を意図した本かを先にお話したいと思います。この本のテーマはアスペルガー症候群の特性と犯罪の関連性です。ですから、アスペルガー症候群と犯罪に関連があるということを主張する本だと思われるかもしれません。

 

ただ、第一の目的は別にあります。この問題について専門的な知識がある人間からすると、アスペルガー症候群に暴力性が伴っているケース、犯罪との関連があるケースが存在することは不思議なことではありません。少なくともそのようなケースに出会ったことはあるはずです。もちろん、そのことを豊富なデータを基に論証することは意味があることだと思います。エビデンスをまとめて整理することで、なんとなく今まで思っていたことが、確信をもった事実になるわけですから、非常に有用です。また、この情報は広く一般的に知られるべきものです。情報を共有するというのは意図の一つですが、第一の目的は以下に記述する倫理的問題にどのように取り組むかということです。

 

アスペルガー症候群と犯罪というテーマについて考えると一つの倫理的な問題に相対することになります。倫理的な問題が発生するのは、現在の社会的背景を押さえる必要があります。アスペルガー症候群やその特性と犯罪の関連性に言及することがタブー視される現状があります。アスペルガー症候群と犯罪には関係が無いというのが正論だとされていることが多いのです。

 

また、メディアの事件報道でアスペルガー症候群という診断名の表記も避けられる傾向にあります。犯罪報道で診断名を記載すると、その診断名・病気が原因で犯罪が起こった印象を与えるという批判です。本でも書きましたが、メディアも犯罪報道の中でアスペルガー症候群のような精神疾患の診断名を出すことを自主規制の対象としているようです。

 

病気や精神障害とラベリングされた人たちに犯罪というネガティブなものを関連付けるのは、常識的には正論とはされにくい。こんな犯罪を行ったのだから、きっと「おかしい」に違いない、病気なんじゃないかという発想です。これはアスペルガー症候群への不当なラベリングだと捉えられるのです。

 

アスペルガー症候群と犯罪というワードがセットになるとアレルギー反応のように反発があります。出版後、拙著にもそのような反応がみられました。ただ、この批判は紋切り型なのです。実際、アスペルガー症候群と犯罪には関係がないと断言している人もいるのですが論拠がない。先ほど両者には関連がないというのが正論だとされていることが多いと述べましたが、正論だとする根拠は実はありません。

 

犯罪というのはそもそも大きな倫理的な問題です。犯罪が起こるということは、誰かが傷つき、被害者が生まれます。放置していい問題ではありません。アスペルガー症候群と犯罪には関係がないと断言するだけでは、ダメなわけです。実際に関係があるのか、関係がないのか精査したうえで、もし関連がないなら明確にその事実を示す必要がある。逆に関連が認められたならば、対策を打たなければいけない。本書の問題意識というのはここにあります。

 

一方で、アスペルガー症候群と犯罪というワードが結びつくことによって、アスペルガー症候群への差別や犯罪予備軍のような見方が生まれる可能性はある。それもまた問題なのです。

 

あちらを立てれば、こちらが立たずという状態なのです。アスペルガー症候群の特性と犯罪の関連性を精査するには、それをトピックとして取り上げる必要がある。しかし、そのことによって差別が生まれるかもしれない。

 

アスペルガー症候群の特性と犯罪について詳しく分析し対策を講じる必要がある。犯罪では被害者が生まれるため、原因究明は避けては通れません。一方で、そのような分析はアスペルガー症候群への差別や犯罪者予備軍という見方を広めるかもしれない。

 

どちらかの選択をすると非難を受ける可能性があます。このような対立状態であるため、言論の沈黙が生まれています。最初にリストを示したように、社会の注目を浴びた事件の中でアスペルガー症候群という診断がされた事件は山のようにあります。もう少し着目されてもいい論点だと思います。しかし、この問題には誰もが納得して、平和な解決を生み出せる「解」が存在しないため、積極的に論じようという人はなかなかいないのが現状です。

 

拙著では第三の道を示しています。まず、犯罪を予防する手立てがいくつかすでに発見されていること。そして、社会資源の配置を適切にすることによって、犯罪を予防するがある程度可能になることがわかっていることを指摘しています。特に、早期発見を行い、自閉性をもった子どもの育て方を親に伝えることによって、身体的虐待やネグレクトを防ぐことができ、犯罪はある程度は減少することにはエビデンスがある。また、薬理学的アプローチや高密度行動介入など心理療法が有効だという示唆もあります。

 

アスペルガー症候群への差別や犯罪者予備軍という見方を広まる恐れと犯罪のメカニズムを明らかにして犯罪被害者を出ないことを天秤にかければ、後者の方が重要だと私は考えます。加えて、あらかじめ介入をすることによって犯罪性のリスクを減らすことができるならば、それが最善の道ではないでしょうか。犯罪被害者がうまれることも防ぎ、加害者になる人も少なくできるというのが、現在のところの最善の選択だと考えています。

 

「偏見の防止か、介入か」という倫理的な問題があると言いました。ここで意見が分かれるでしょう。『アスペルガー症候群の難題』という本は、その対立した利害に対して、介入を行って犯罪率や暴力の発生を減らすという選択肢を示しています。この選択は短期的にはアスペルガー症候群を犯罪者予備軍とみなす人も生むかもしれません。しかし、犯罪を減らす試みを行えば、事実としてアスペルガー症候群と犯罪との関連はなくなるかもしれません。長期的にはその選択が差別やあらぬ偏見なくすことにつながると考えているわけです。【次ページにつづく】

 

 

 

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