震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家・メディア・民衆

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九月五日から始まる第一の国家責任の隠蔽政策――第二の国家責任の発生

 

官憲は朝鮮人暴動情報を流したが、朝鮮人暴動を確認できてはいなかった。二日午後四時、第一師団長は「計画的に不逞行為をなさんとするが如き形勢を認めず」と訓示を発する始末だった(東京市役所編・刊『東京震災録』前輯、一九二六年、三〇三頁)。

 

他方、前述のように朝鮮人虐殺は早くも一日の晩から始まり、二日から酷くなっていった。

内閣は、このまま行けば朝鮮に対する植民地支配が動揺し、かつ欧米諸国から非難されることを恐れて、五日に朝鮮人にリンチを加えることを禁じた「内閣告輸」第二号を布告した(史料12)。

 

政府はそれと同時に第一の国家責任を隠蔽する政策を展開した。その政策は大きく分ければ下記の三つである。

 

 

(1)朝鮮人暴動のでっち上げ

 

朝鮮人暴動をでっち上げ、日本人の朝鮮人虐殺は朝鮮人暴動の結果として起ったことにして、朝鮮人暴動の誤認情報を流した国家責任を隠蔽した。この方針は九月五日に臨時震災救護事務局警備部に集まった各方面の官憲によって合議決定された(史料13)。そして政府は一〇月二〇日に、九月五日以降、禁じていた朝鮮人虐殺記事を解禁にするとともに、司法省は朝鮮人の「犯罪」を発表したが、朝鮮人犯罪の八割以上が氏名や所在が不明な者であり、残る二割弱は取調べ・予審・公判の最中で容疑者であっても犯罪人として判決も下りていない者や、窃盗・横領・贓物運搬といったこそ泥程度の者だった(表5)。

 

司法省は苦労して朝鮮人の犯罪をでっち上げたが、その根拠薄弱ぶりは一目瞭然だった。しかし司法省はこんな発表をしておいて、朝鮮人虐殺はこのような朝鮮人暴動のために起ったのだという説明を加えた(史料14)。多くの新聞は国家責任を棚上げする目的のこの説明にまんまと乗せられた(史料15)。

 

 

(2)ごく一部の自警団員の検挙と形式的有罪言い渡しによる国家責任の棚上げ

 

朝鮮人を虐殺した自警団員の検挙は、九月一一日の臨時震災救護事務局警備部内の司法委員会で決議された。ただし、朝鮮人を虐殺した者に対しては情状酌量して一部だけを検挙すること、しかし警察に収容されていた朝鮮人を虐殺するために警察を襲った者に対する検挙は厳しくすることが決議された(史料16)。

 

朝鮮人を虐殺した自警団員の検挙は九月一九日に始まり、一〇月末には終わったらしい。新聞は検挙と歩調を合わせて「悪自警団」「不良自警団」「殺人自警団」などの呼称で自警団をこき下ろす記事を掲載した。

 

他方、新聞は軍隊の朝鮮人虐殺は僅かしか報じなかった(注1)。

 

裁判の結果は司法委員会の方針通り行なわれ、朝鮮人を虐殺した被告の大部分は有罪判決を受けても執行猶予となり、実刑判決を受けた被告は全被告の一六・五%に過ぎなかった。警察襲撃者と日本人殺害者は半数前後が実刑判決を受けた(表6)。弁護士は誤認情報を流した官憲の証人としての出廷を要求したが、浦和地裁、前橋地裁、水戸地裁下妻支部のいずこでも、この要求は拒否された(前掲拙著、一〇四―一〇五頁)。

 

朝鮮人を虐殺した軍人は一人として何ら罪を問われることがなかった。ほとんどの場合、朝鮮人が暴行したとして、「衛戌勤務令」第一二条第一項によって虐殺は正当化された(司法省『震災後に於ける刑事犯及之に関連する事項調査書』、姜徳相、琴秉洞編、前掲書、四四五―四四八頁)。該当条文を掲げると、次のようである。

 

「第十二、衛戌勤務に服する者は、左記に記する場合に非ざれば、兵器を用ゆることを得ず。

 

一、暴行を受け、自衛の為止むを得ざるとき。」(姜徳相、琴秉洞編、前掲書、九五頁)。

 

 

■史料12 九月五日内閣告輸 第二号

今次の震災に乗じ一部不逞鮮人の妄動ありとして、鮮人に対し頗る不快の感を抱く者ありと聞く。鮮人の所為若し不穏に亘るに於ては速に取締の軍隊又は警察官に通告してその処置に俟つべきものなるに、民衆自ら濫に先人に迫害を加うるが如きは、固より日鮮同化の根本主義に背戻するのみならず、又諸外国に報ぜられて決して好ましきことに非ず。(下略)(姜徳相、琴秉洞編・解説『現代資料6 関東大震災と朝鮮人』みすず書房、一九九四年 七四頁)。

 

■史料13 臨時震災救護事務局警備部朝鮮問題に関する協定極秘

鮮人問題に関する協定

一、鮮人問題に関し外部に対する官憲の探るべき態度に付、九月五日関係各方面主任者、事務局警備部に集合、取敢えず左の打合を為したり。

第一、内外に対し各方面官憲は鮮人問題に対しては、左記事項を事実の真相として宣伝に努め、将来これを事実の真相とすること。(中略)

朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事例は多少ありたるも、今日全然危険なし。しかして一般鮮人は皆極めて平穏順良なり。(中略)

第二 朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事実を極力捜査し、肯定に努むること。(姜徳相、琴秉洞編・解説、前掲書、七九~八〇頁)

 

■史料14 一〇月二〇日在日朝鮮人の「犯罪」発表に際しての司法省の説明

今その筋の調査した所によれば、一般朝鮮人は概して純良であると認められるが、一部不逞の輩があって幾多の犯罪を敢行し、その事実宣伝せらるるに至った結果、変災に因って人心不安の折から恐怖と昂奮の極、往々にして無辜の鮮人、または内地人を不逞鮮人と誤って自衛の意味を以て危害を加えた事犯を生じた……(『国民新聞』一九二三年一〇月二一日)

 

■史料15 司法省の説明に乗せられた新聞記事の見出しの例

『河北新報』 一九二三年一〇月二一日夕刊

自警団許り責められぬ 至る所に凶行を演じた一部不逞なる鮮人

『上毛新聞』 一九二三年一〇月二二日

混乱中に一部不平の鮮人掠奪強姦其の他の凶行 此の妄動に善良な鮮人迄が悉く不逞の徒と誤解惨害被る

 

■史料16 九月一一日 臨時震災救護事務局警備部内の司法委員会決議

一、今回の変災に際して行われたる損害事件は、司法上これを放任するを許さず、これを糾弾するの必要なるは、閣議に於て決定せる処なり。然れども情状酌量すべき点少なからざるを以って、騒擾に加わりたる全員を検挙することなく、検挙の範囲は顕著なるもののみに限定すること。

二、警察権に反抗の実あるものの検挙は厳正なるべきこと。(『関東戒厳司令部詳報』、松尾章一監修『関東大震災政府陸海軍関係資料』、日本経済評論社、一九九七年、一五四頁)。

 

 

(3)虐殺された朝鮮人の死体の隠匿と朝鮮人に対する朝鮮人死体引渡しの拒否などによる朝鮮人虐殺状況の隠蔽

 

本庄警察署の巡査新井賢次郎は、この地で虐殺された朝鮮人の死体を焼くに当って「数がわからないようにしろ」と命じられた(関東大震災六十周年朝鮮人犠牲者調査追悼事業実行委員会編・刊『隠されていた歴史――関東大震災と埼玉の朝鮮人虐殺――』増補保存版、一九八七年、一〇〇頁)。

 

東京府南葛飾郡吾嬬町(現墨田区八広)と本田村(現葛飾区東四つ木)の間の荒川にかかっていた四ツ木橋近辺の河川敷に埋められた朝鮮人遺体に対する警察の隠蔽工作も徹底していた。ここでは自警団と軍隊による朝鮮人の大量虐殺の後に死体は河川敷に埋められた。

 

亀戸署内で九月四日夜から五日未明にかけて習志野騎兵第十三連隊の軍人たちによって日本人労働者一〇名が虐殺され、死体はこの四ツ木橋近辺の河川敷に埋められた。一一月一三日、遺族や労働者、弁護士がここに死体の掘り返しに行ったが、警察側はすでに掘り返したという理由で彼等を追い返した。そして翌日、警察側は死体を掘り返してどこかに持ち去った(前掲拙著、一八一~一八三頁)。

 

警察が遺族たちの肉親の死体を掘り返させなかったのは、それをさせれば同時に多数の朝鮮人死体も掘り返され、虐殺の実態が露呈することを恐れたからであろう。

 

一九二三年一一月六日付の警視総監の報告によれば、彼は在日本関東地方罹災朝鮮同胞慰問班の朝鮮人死体引渡し要求を拒否した(姜徳相、琴秉洞編、前掲書、三二六頁)。

 

治安当局は虐殺された朝鮮人遺体を隠匿し、これを朝鮮人に渡さず、ひたすら朝鮮人虐殺状況を隠蔽し通した。

 

(注2)管見の範囲では、新聞が報じた軍隊の朝鮮人虐殺の記載は次の三件しかない。

 一九二三年一一月一五日(一四日夕刊)付『報知新聞』は、千葉県東葛飾郡浦安町での朝鮮人虐殺を審理した千葉地裁法廷で宇田川国松が「九月二日午後、同町(浦安町――引用者注)江戸川辺で習志野騎兵十三連隊の兵二名が一鮮人を射殺したのを目撃し、また役場前に射殺された三鮮人の死体を見た」と述べたことを報じた。

 また一九二三年一〇月二二日(二一日夕刊)付『東京朝日新聞』および一九二三年一〇月二二日付『河北新報』は「千葉県下各所で行われた朝鮮人殺し事件の加害者は独り地方民のみならず軍隊の共に手を下した形跡あり。某連隊の如きは東葛飾郡各町村青年団、消防組に対して実弾五発と鉄砲一挺宛を貸与した事実もあるので」、第一師団の法務部法務官兼司法事務官が詳細調査したと報じた。

 

 

おわりに

 

以上のように、植民地支配に対する朝鮮人の抵抗の増大に警戒心を高ぶらせていた官憲は、大震災が起こると、まず個々の警察署から、ついで治安当局の中枢部が「不逞鮮人」の暴動の幻想に襲われて、誤認情報を流布した。最初どこから誤認情報が発されたか、官憲からか、民衆からか、不明である。

 

仮に最初民衆から誤認情報が流されたとしても、官憲がお上の権威付き誤認情報を流さなければ、このような大惨事にはならなかったであろう。この点で国家の責任は免れがたい。

 

加えて国家は誤認情報を流して朝鮮人虐殺を引き起こした責任を隠蔽するために、朝鮮人暴動をでっち上げて責任を朝鮮人自身と自警団に転嫁させ、また朝鮮人の死体を隠匿して朝鮮人に引き渡さなかった。肉親が虐殺された上にいたいも受け取れない朝鮮人遺族の悲憤が一九二三年一一月二二日付『中外日報』に掲載されている(資料17)。

 

遺族が悲憤を表明した文書は今日のところこの一編しか残されていない。その他の遺族もみな同様な悲憤を抱いたであろう。しかしその悲憤は言論弾圧によって隠されてしまった。朝鮮人たちは虐殺された上に、遺族はその怒りも表明できなかったのである。

 

朝鮮人をかくまった日本人民衆もいた。彼らは多くの場合、朝鮮人と交流のあった人々だったと思われる。しかし多数の日本民衆は朝鮮人虐殺に加担した。その根本原因は日本民衆も朝鮮人を蔑視し、かつ自国の植民地支配を正当なものと信じ、朝鮮人の独立・解放運動を敵視したからである。つまり、民衆は国家から自立し、これを超える普遍的視点を持たず、国家の誤認情報をそのまま受け入れてしまった。

 

女性として、かつ社会的底辺の存在として受けた二重の差別の痛みを通じて朝鮮人が置かれた状況とその闘いに深く共感して天皇制国家の差別性を徹底的に批判した金子文子のような存在は稀有であった(拙著『金子文子――自己・天皇国家・朝鮮人――』影書房、一九九六年)。

 

多数の民衆がこのような精神状況だったことについては、朝鮮人の独立運動を「不逞」とか「陰謀」と報道し続け、朝鮮人虐殺の第一と第二の国家責任を批判できなかった大部分の新聞の責任は大きい。

 

朝鮮民主主義人民共和国の日本拉致のみに激怒し、それに対する経済制裁を叫ぶのみで、関東大震災時に虐殺された朝鮮人本人ならびに遺体すら戻されない肉親の悲憤を公表出来なかった遺族、他方そのような事態を引き起こした日本の国家と民衆に全く思いをいたせない今日の日本人たちを見れば、今日も上記に指摘した問題状況は何一つ解決してないのだと思わざるを得ない。

 

人権の被害者に対する態度が、被害者の所望する国家によって差別されてはならない。朝鮮民主主義人民共和国によって拉致された日本人被害者に対しても、また関東大震災時に虐殺された朝鮮人とその遺族や、戦時期に強制連行された朝鮮人とその遺族に対しても、国家を超えた視点から同じく人権救済が行われねばならない。

 

これまで日本の植民地支配を糾弾してきた韓国で、国家を超えた普遍的視点からベトナム戦争時の韓国軍のベトナム民間人の虐殺も展示する平和博物館の設立運動が行なわれている。日本人は国家を超えたこの視点に深く学ぶべきだろう。

 

■史料17 朝鮮人遺族の悲憤

震災当時の人為的錯誤若しくは偏見によって虐殺された数百人の鮮人の遺族に対し政府は目下いかなる弔慰法を講じているか、それは知るべき由もないが、彼ら鮮人遺族として痛切に感じていることは、すでに虐殺されたことは不運として忍び難い怨みも忍んで諦めるが、一つ諦めようとして諦め難いのは、せめてその遺骨だけなりとも捜し出して懇ろに葬りたいが、それすら出来ないことである。

勿論多くの遺族の中には石を裂いてでも捜すだけは捜して、せめてもの思い遣りをしたいと焦慮しているものもあるが、その大部分は累の身の上に及ばんことを懼れて諦めるようにも諦められず、地団太踏んで悲憤の涙を流している状態である。(「虐殺鮮人の骨はどうした 在留鮮人の深い慨嘆」、『中外日報』 一九二三年一一月二二日。「大坂の某鮮人は語った」と記されている。)

 

 

※本稿は「統一評論」(統一評論新社)2004年11・12月号「関東大震災における朝鮮人虐殺 震災直後の首都圏で何が起きたのか?(上)(下)国家、メディア、民衆」を転載したものです。

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