手術直前にカミングアウト

「今度、大切な人が来るんだ」と親にメールしたヒロは、絶賛入院前夜なのだった。ときは5月。数日後には手術を控えていた。おなかに「爆弾」を抱えながら、ヒロはケータイをおいて、そっと溜息をついた。

 

こわい。でも、もう逃げることはできない。「大切な人」とは、一緒に暮らしているパートナー・わかさんで、ふたりは戸籍上・同性カップルだった。不安で表情の浮かないわかさんが「家族」としてヒロの手術に立ち会うためには、ヒロが親に「この人がパートナーなんです」とカミングアウトすることが避けられなかった。

 

さて、ふたりの運命や、いかに!

 

……本連載は、マイノリティである個人が、さらに「もう1歩」進んだ状態に陥った際に見えるゾンビ的世界について洞察を試みていく、血と涙(と笑い)の体験記である。マイノリティ要素がひとつあるだけでも厄介なのに、いわゆるダブル・マイノリティの状態に陥ったとき、人はあまりにオンリーワンかつ個性的すぎて、生存が危ぶまれるゾンビ状態になってしまう。ゾンビとは、すなわち「肉体的,精神的ならびに社会的に人間としてどうかと思う状態」のことである。

 

前回は、「LGBTかつ難病」という状態に陥った筆者が、具合が悪すぎてカミングアウトできず、自分の意思とは異なる性別のピンク・パジャマを着せられ、さらには「将来ママになれるように」というザ・不要な配慮ゆえに高額医療の世界を垣間見たという、体を張った(!)体験記だった。今回は、LGBT×病気の「第二弾」だ。

 

不覚にも「二歩分」進んでしまったとき、私やあなたには、いったい何が起きるのか……。これは「そんなの関係ないよ~」「1歩分だって進んでないよ」と思っている“フツー”や“マジョリティ”のあなたにも、ふりかかるかもしれない事態ですよ。

 

っていうか、たぶんあなた、“フツー“じゃないですよ!

 

■連載「二歩先はゾンビ」

 

 

トランスジェンダー、婦人科へいく

 

20代後半。まさか自分がいきなり病気になり、手術直前になって、親にカミングアウトするだなんて思わなかった、とヒロは言う。ことの始まりは、モーレツな腹痛だった。

 

「おなかが、いた、い・・」

 

部屋でダンゴムシのように転がるヒロは、これはいつもの腹痛とは違うことに薄々気が付いていた。なんだか、胃や腸がある辺とは、違う気がする。なんとなくイヤな予感をしながら病院に行くと、薦められたのは「婦人科」だった。

 

婦人科。恐怖の婦人科……!!!!

 

ヒロはトランスジェンダーで、生物学的には女性だが、自分のからだの性別には違和感がある(自身のことは「男でも女でもない」と捉えている)。自分の好きではない体の部分が「爆弾化」しているらしい、と考えることは、自分の女性性を突き付けられるようなシンドイことだったし、婦人科に行くことは「女性ばかりの空間に投げ込まれ」「怖そうな検査」をされるのではないか、という究極の恐怖のミッションだった。

 

しかし、背に腹は変えられない。「たのもう!!!」とココロの中で叫びながら、見た目ボーイのヒロは婦人科の門をくぐり(ちなみにドアは自動で開いた)、女性だらけの待合室を「11ぴきのねこ」「三びきのやぎのがらがらどん」などの微笑ましい絵本をながめることで上手にクリアし、とうとう診察室へと足を踏み入れた。

 

看護師の指示に従い、男らしく(?)猛烈なスピードでパンツをおろすも、検査が始まるとやはりテンションは急降下する。そしてわかったのは、「爆弾」の正体は「卵巣のう腫」という病気(進行すると激痛を伴う良性腫瘍)で、入院と手術が必要だということだった。

 

 

カミングアウトした理由

 

はじめての入院と手術。新しいパジャマを買ったり(ピンク・パジャマの二の舞は踏まなかった)、家をあける間の準備をしたりと忙しい中で、ドタバタと時間が過ぎていった。隣にいるわかさんが浮かない顔をしているのにも気が付かなかった。

 

「心配やねん」

 

パートナーであるわかさんは、法律上はヒロの「他人」である。手術にはヒロの両親が立ち会うことになっていたが、わかさんも当然その場にいたかった。パートナーのことを、両親にどう紹介したらよいのか。ヒロは、自分がトランスジェンダーであることを母親にしか話しておらず、同居している恋人のことを両親には紹介していなかった。

 

わかさんの不安はつのる。このままでは、カミングアウトせず「ただの友だち」として手術に立ち会い、看病をすることになる。手術時にヒロの容態が急変したとしても、何年も連れ添ったパートナーではなく「ただの友だち」のふりをして、ヒロの家族や病院のスタッフと接しなくてはいけなくなる。万が一のことがあっても、ふたりのことを周囲に言えずに、パートナーとしての不安や疑問、気持ちを受けとめる人がだれもいない環境で「お別れ」するかもしれない。そんなこと、想像さえしたくなかった。

 

入院前夜。シャバとのしばしのお別れ(?)に訪れた居酒屋で、ついに、わかさんは口を開いた。口を開いたら、言葉があふれだした。

 

「このまま何も言わんの?いまカミングアウトせんくて、私はどうしろっていうねん。」

 

わかさんは不安すぎて、悲しすぎて、怒っていた。まざった感情で、涙がぽろぽろとこぼれた。

 

ぬるくなったグラスが、テーブルの上で汗をかいていた。ヒロも冷や汗をかいた。自分のことばかりで、パートナーのことなんて考えてもみなかったことに、ヒロは、はじめて気づかされた。

 

もう、選べないんだ。

 

両親に対しては、病気のことだけでも「青天のへきれき」だ。それなのに、手術の直前になってカミングアウトをするのは、あまりにドラマチックで、刺激的すぎる。カミングアウトをめぐっては、これまでにもいろいろ考えてきた。いつか自分の暮らしや気持ちがもっと落ちついたら話してみようか、それとも、やっぱり家族から拒絶されるのは怖いからやめておこうか。でも、もはや選択肢はなかった。帰宅後、引き出しから便箋をとりだした。父親に手紙を書き、母親にメールを打った。【次ページにつづく】

 

 

 

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