東京に部落差別はない?――見えない差別を可視化するBURAKU HERITAGEの挑戦

部落差別は西日本の問題?

 

「少なくとも東京には部落差別なんてない」

 

高校生のとき、社会科の教員から言われた言葉だ。被差別部落出身者として講師をした先日のワークショップでも受講者から同様の発言が飛び出した。ママ友に部落問題について話したときにも「ああ、部落問題ね。西日本とかではまだ残ってるやつでしょ」と返ってきた。

 

「自分は東京で長年暮らしてきたが、部落差別なんて見聞きしたことがない!だから、東京に部落差別があるなんて言われても信じがたい」と言われることも度々ある。

 

東京は被差別部落の存在を感じにくい街だ。関東大震災や東京大空襲で街がめちゃくちゃになり、人口の流出入も多い。さらに、被差別部落に対して同和地区(注)の指定を都が行わなかった。そのため、集落としての部落の存在が見えにくい。

 

(注)同和地区…被差別部落の中で行政から指定され同和対策事業の対象となっていた地域を指す。同和地区としての指定を受けていない被差別部落も多く存在するため厳密には被差別部落すべてを指すものではないが、被差別部落を指す行政用語として使われることも多い。

 

しかし、東京にも部落差別が存在する。私の周りには、子どものころから差別が身近にあった。実際に、私の父は結婚差別が原因で妹と音信不通になっている。近所の会社では就職差別が起こり、友人の家には嫌がらせの脅迫ハガキが届いた。「見聞きしたことがない」「感じにくい」のは「実際にない」こととイコールではない。

 

 

アンケートから読み解く、部落差別

 

部落差別は見えにくいが、見ようと思えばその手がかりはいくらでもある。そのひとつとして、東京都で行われたある調査結果をご覧いただきたい。

 

 

図1 子どもの結婚相手が同和地区出身者であった場合(東京都,2014:52)

図1 子どもの結婚相手が同和地区出身者であった場合(東京都,2014:52)

 

 

図1~4は、東京都が2014年に行った「人権に関する世論調査」の中で「同和地区出身者との結婚について」という項目を抜き出したものである。

 

もしも部落差別はもうないというのならば、図1の設問の回答は「子供の意志を尊重する。親が口出しすべきことではない」が100%になるはずである。しかしどうだろうか。100%どころか、そう答えているのは46.5%と半数にも満たない。

 

 

図2 同和地区出身者との結婚に反対された時の対応(東京都,2014:52)

図2 同和地区出身者との結婚に反対された時の対応(東京都,2014:52)

 

 

図2の設問は、差別があるとした上でそれに直面した時にどう行動するかについてだが、こちらでは「家族の者や親戚の反対があれば、結婚しない」(10.5%)、「絶対に結婚しない」(4.9%)を合わせると15.4%が結婚しないと回答している。

 

次に、1999年に行われた前回調査との比較を見てみると、

 

 

図3 子どもの結婚相手が同和地区出身者であった場合の対応 過去との比較(東京都,2014:53)

図3 子どもの結婚相手が同和地区出身者であった場合の対応 過去との比較(東京都,2014:53)

 

 

子どもの結婚相手が同和地区出身者であった場合(図3)、「子供の意志を尊重する。親が口出しすべきことではない」とする割合が前回は53.9%だったものが、比較可能な今回調査の既婚者のみを見ると、45.3%となっており、10ポイント近く結婚を認めるとする回答の割合が低下している。

 

一方、「家族の者や親戚の反対があれば結婚を認めない」は2.0%から3.1%へ、「絶対に結婚を認めない」は1.9%から3.1%へと上昇している。(前回調査ではこの質問を既婚者のみに聞いていたためこのような表記になっている)

 

 

図4 同和地区出身者との結婚に反対された時の対応 過去との比較(東京都,2014:53)

図4 同和地区出身者との結婚に反対された時の対応 過去との比較(東京都,2014:53)

 

 

同和地区出身者との結婚に反対された時の対応(図4)も、前回調査と比較可能な未婚者をとりあげると、「親の説得に全力を傾けたのちに、自分の意志を貫いて結婚する」回答が39.3%から32.1%と低下し、「家族の者や親戚の反対があれば結婚しない」が3.9%から7.4%へ。「絶対に結婚しない」が0.9%から6.3%へと明らかに上昇している。(前回調査では未婚者のみに聞いていたため、このような表記になっている)

 

この調査ひとつをとってみても、部落差別が未だに存在し続けていることも、西日本だけの問題でないこともおわかりいただけるであろう。しかも、前回の調査よりも今回の調査の方が差別の傾向は強くなっている。

 

 

差別を可視化するハードルの高さ

 

では、なぜ差別は可視化されないのだろうか?

 

ある時、わが家の8歳になる子どもに「今日、ママの名前をインターネットで検索してみた」と言われ、どんなものが上位にくるのか確認しようと自分の名前を検索してみた。

 

すると、部落解放同盟の関係者を一覧にしたというリストがインターネット上に公開されており、その中に私の名前があることを知った(私自身は部落解放同盟員ではないのだが……)。私は名前だけだったが、そこに掲載されている多くの人は住所や電話番号までが載せられていた。

 

数年前から、全国の部落の地名をインターネット上で「晒して」いる人物がいると問題になっていたのだが、同じサイト内に部落解放同盟の関係者リストも作られていたのだった。

 

今年、このリストに掲載されている人々が中心となり、サイト運営者に対して慰謝料請求をする裁判が起こされ、私も原告の一人となっている。裁判に参加したことで、裁判資料として原告ひとりひとりの名前と住所が被告によってインターネット上に公開され(現在は削除)、私は名前だけでなく住所まで公開されることになってしまった。

 

差別的なサイトに自分の名前だけでなく住所までが晒されたというのは、ただ地域の電話帳に住所が載ることとは別の意味を持つ。そのリストをみた人が悪意をもってわが家を訪ねてくることがあるかもしれない。もしそんなことがあったとして、子どもが家に一人でいるタイミングだったら? 心配し始めたらきりがない。

 

しかし、私が日々接する人たちの中で、私の身に降りかかったこの出来事を知っている人はごく少数しかいない。なぜなら、差別の被害を可視化することは難しいからだ。

 

たとえば、「私は差別的なサイト上で名前を住所を晒された」という事実を周囲に伝えるためには、

 

(1)被差別部落出身者だというカミングアウト

(2)被害の言語化

(3)伝える機会

(4)受け取る側の理解

 

という4つの要素が必要になる。

 

(1)には差別されるリスクが、(2)には被害の現状や不安と向き合うというしんどさがあり、(3)はそれを用意設定すること自体がそもそも簡単なことではない。日常生活の中でこういう話題を話す機会というのはなかなか巡ってくるものでも作れるものでもない。

 

(4)にかんしては被害者側にはどうすることも出来ない。(1)(2)(3)をクリアして差別があった事実を話せたとしても、「本当にそんなことがあるなんて信じられない」「何か恨みを買うようなことをしたんじゃないの?」といわばセカンドレイプのような言葉を投げかけられることもある。「この人になら話しても大丈夫かな」と意を決して話したのに拒絶された時に受ける精神的なダメージは計り知れない

 

それでも、差別の現状を知ってほしいとと覚悟を決め、この4つのハードルを越えて初めて、「私は差別的なサイト上で名前を住所を晒された」と伝えることができるのである。だが、これを日常生活の中で実行し続けるのはたやすいことではない。

 

差別の被害を受けている人の中には、周囲に伝えたくてもなかなかその機会をつくれない私のような人もいれば、周囲に話すことの心理的ハードルの高さから口をつぐむことを選択している人も少なくない。こんな風に、すぐ隣に差別を受け、傷ついている人がいたとしても、周囲はそのことに気づかないし知らない。それは決してめずらしいことではない。可視化が難しいゆえに「東京に部落差別がある」と「東京で部落差別を見聞きしたことはない」は両立してしまうのだ。

 

可視化が難しい原因は差別を告発できない被差別者側にあるのではない。もし、周囲の部落差別への理解が深く関心が高ければ、可視化へのハードルはグッと下がるのだから。

 

私は部落差別を身近に感じながら、一方で部落差別に無理解で無関心な人たちに囲まれてこの東京で生きてきた。部落問題を知らない友人知人もたくさんいたし、「知らない人が増えれば差別は減るのになんでわざわざ教えようとするの?」「被害者意識が強すぎるんじゃないの?」という反応をされることにも慣れっこになっている。

 

しかし、だからといって傷つかないわけではない。部落差別の存在が、部落差別によって苦しんでいる人たちがいる事実が、こんな風に無化されている社会で生きているのだという現実を、その都度突きつけられているからだ。【次ページにつづく】

 

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