不満との共生、もしくは「無縁社会」の新たな自己責任論 

「無縁社会」ということばがにわかに注目を集めるようになった。NHKが「キャンペーン無縁社会」として一連の特集番組を放送していた(http://www.nhk.or.jp/muen/)から、おそらくNHK発なのだろう。ちょっとおどろおどろしいことばだとは思うが、まあいわんとするところはわかる。一方、朝日新聞では「孤族の国」という特集(http://www.asahi.com/special/kozoku/)を組んでいる。細かいところはよくわからないが、おおざっぱにいえば、この二つはいずれも、社会のなかで人と人とのつながりが細くなっている点への注目という意味で、似たもののように思う。

 

2011年2月12日放送の「日本のこれから 無縁社会 働く世代の孤立を防げ」は、視聴者参加型の討論番組だった。音声だけ聞いていたのだが、この番組は、同シリーズのそれまでの番組とやや毛色が異なり、「無縁社会」そのものというよりは、その背景としての経済的側面に主な焦点をあてていたのが興味深かった。番組のウェブサイトにはこんな文章が出ていたので引用してみる。

 

 

NHKスペシャル「無縁社会~三万二千人」、日本の、これから「どうする?無縁社会」など、このテーマに関する番組を放送する度に、NHKには「他人事とは思えない」、「明日は我が身」といった声が数多く寄せられています。

 

特に働き盛りの現役世代からの声は多く、中には・・

20~30代の4割が非正規雇用で働いている今、賃金があがることも、明日の保証もない。不安や経済的理由から、新たに家族や子どもを持つことを諦め、また自分を支えてくれた両親などの家族が高齢化、他界していく中で、気がつけば自分を支えてくれる人・存在がいなくなってしまった・・。といった声もありました。

 

 

つまり、仕事がない、あっても正規雇用ではないから会社には頼れない、給料も安い、だから結婚できない、子供ももてない、一方で親は高齢化し頼れなくなる、他に相談できる相手もいない、といったところだろうか。

 

もともと「無縁社会」シリーズでは人と人との心のつながりに注目してきたような印象があったので、それとはややずれるような気もするが、現役世代の孤独ということになると、仕事が大きなテーマとなるのはある程度自然といえば自然ではあるのかもしれない。

 

実際、京都大学の研究では、経済・生活問題を動機とする自殺(遺書があるケース)の件数が1990年代後半以降急増しており、また20~50歳代男性では自殺原因のトップが経済・生活問題となっている、などの事実が指摘されているから、的を射た視点ではあるのだろう。(平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査「自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書」2006年3月。http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou020/hou18a-1.pdf

 

あるいは、NHKは今年の4月ごろから「変えなきゃにっぽん」と題した新シリーズをはじめるらしいから、現実的な解を模索する方向へ議論をもっていって、そちらへつなぎたかったのかもしれない。

 

とはいえ、こと経済の話になると、もう後の展開はある程度予想がつく。この種の議論には典型的な対立構造があるからだ。

 

 

「自己責任論」vs. 「社会の責任論」

 

いうまでもないが、対立しているのは、いわゆる自己責任論と社会の責任論だ。苦しい状況におかれた人々がいるとして、それはその人たち自身の責任なのか、社会の側に問題があるのか、という論点。

 

実際、両者の議論は、予想通り平行線をたどった。この日の放送でいえば、前者の立場をとったのは、「人材派遣会社社長」(NHKらしい表記だ)の奥谷禮子さんだった。今の若者は自分で努力せずに何でも他から与えてもらおうとする、人に要求する前にまず自分で努力をせよ、といった典型的な意見だ。記憶が定かでないが、仕事は選り好みしなければある、といったこともいわれたかもしれない。

 

この方はこういう主張を以前からしておられるから、まあはじめからそういう役回りとして呼ばれたのだろう。実際そうした「期待」に応え、場の「憎まれ役」になってくれたわけだが、社会の中には、これに近い考え方をする人は少なからずいる。番組と並行してツイッター(ハッシュタグ「#muen」)で意見募集をしていたが、そのなかでも、数の上ではやや少ないものの、自己責任派の方は確実にいた。

 

これに対して、他の出演者の方々(みずほ情報総研の藤森克彦さん、NPO代表の奥田知志さん、批評家の宇野常寛さん)はおおむね、自己責任だけでは負いきれないものがある、社会で負うべき部分もあるはずといった、どちらかといえば後者の主張の側に近い主張だったように記憶している。

 

ツイッター上でもこちらに近い意見の方が多かったので、その意味では世論を反映した配分だったのかもしれない。豊かになった社会のなかで、人は自己有用感に飢えている、といった話もあって、奥谷さんから「社会のなかで自分が役に立っているという自覚なんて求める方がおかしい」という身も蓋もない反論を食らっていたようだが。

 

結局のところ、番組もツイッターも、議論は互いにあまり混じり合わないまま終わった。かみ合わせようとする努力が足りなかったといえばそうなのかもしれないが、そこには単純な考え方のちがいだけではない問題もあったような気がする。

 

個人的には、上の二者ではどちらかといえば後者に近い意見だと自分では思っているが、前者の考え方も理解できるし一定のシンパシーも感じるので、まあ中間的な立場なのだろう。より重要なのは、議論がこのレベルの対立にとどまっていてはいけないという点だと思うので、以下それについて書いてみる。

 

 

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