セクシュアルマイノリティと自殺リスク

社会的包摂をめざした政策実現のために、貧困や自殺問題が注目されるなか、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)にも焦点が当てられつつある。こうしたなか、セクシュアルマイノリティの実態について、疫学研究を行い、自殺・エイズ予防に向けて政府への提言を行っているのが、宝塚大学看護学部准教授の日高庸晴氏だ。

 

日高氏は、セクシュアルマイノリティの問題が社会的に広く取り上げられるようになったことを評価する一方で、性同一性障害(性自認と身体の生物学的性の不一致)と性的指向(性愛の対象が同性や両性である同性愛、両性愛)が混同して捉えられ、教育や精神医療においてもその扱いに混乱がみられている現状を指摘。それぞれへの理解と対策の必要性を訴えている。データは、「セクシュアルマイノリティが直面している問題」をいかに物語っているのか。編集長・荻上チキが聞く。(構成/宮崎直子)

 

 

世に訴えるための「データ」


荻上 日高さんはこれまで、セクシュアルマイノリティに関する調査を多く行ってこられました。調査を始めたきっかけやいきさつは、どういったものだったのでしょうか。

日高 1999年に、日本初のインターネットによるゲイ・バイセクシュアル男性の調査を行いました。それがセクシュアルマイノリティに関する一番最初の調査でした。

私は研究領域としては医学・保健系の研究者で、もともと「自尊心と健康行動」について関心がありました。「自分なんかどうなってもいいや」とか、「うまくいかなかったのは自分のせいなのではないか、自分のやり方が悪かったからだ」とか、常に自分を罰してしまう自罰的なタイプの人は、健康リスク行動が顕著であるといわれており、その実態に興味を持っていました。

また、周囲にHIV/AIDSを研究している先生がいたため「自尊心」と「HIV」を関連づけて調査をやれないかと思ったのが、セクシュアルマイノリティ研究を始めたきっかけになります。文献を紐解くと日本ではほとんど先行研究がなく、欧米では40年以上も前から進んでいる分野だということがわかりました。

初めてのインターネット調査では、研究参加者から「集計結果が出たら教えて欲しい」「公表して欲しい」というメールをたくさんいただきました。当時はネットも今ほど普及していない頃で、私も技術的なことはあまり得意ではなかったので、有効回答1,025人のうちの半分近くの方、数百人に対して一人ひとり、結果をコピー&ペーストして返信するという作業を行いました。

その作業をしながら、研究をしたら必ずフィードバックしなければいけないということを強く感じました。どの研究領域もそうですが、データをとるときだけお願いして、論文まで書けずに力つきる人がたくさんいます。だから論文を書き上げたら、一仕事終えた気になってしまいがちなのですが、研究参加者へのフィードバックを行うまでが調査研究の一連のプロセスなのだと認識しています。

お叱りのメールも時々いただきますが、「頑張らないといけないのは僕たちです。それを裏支えするデータをください」といった、10代の男の子からのメッセージもありました。データとしてまとめること自体が、セクシュアルマイノリティの問題を世に訴えていくものになるだろうという手応えは、初めの調査から感じていました。

荻上 自分たちがどういう存在で、集団の中のどの位置にいるのかということは、様々な当事者が最も知りたいことの一つだと思います。ヘテロセクシュアルの人が思春期に何を悩みがちなのかということは、保健の教科書に載っており、授業でも語られますが、セクシュアルマイノリティについては書かれていない。多くの研究参加者の方がデータを欲しがっていたというのは、納得できるお話ですね。

サンフランシスコ留学で得たこと


荻上 その後、セクシュアルマイノリティの調査をライフワークとして続けようと思った理由は何ですか。

日高 インターネット調査を行った後、一年間アメリカの大学の研究所で働く機会がありました。エイズ予防の研究所であることはわかっていましたが、どういったプロジェクトで働くことになるのか渡米前にはよくわからないでいました。滞在中は、有色人種のトランスジェンダー(性同一性障害)の健康問題に関する研究プロジェクトと、アジア人MSM(Men who have Sex with Men:男性と性交渉をもつ男性)のHIV予防を研究するプロジェクトに参画していました。

言葉も文化も違うので、生活に慣れるまではけっこう苦労したのですが、オフィスのおばちゃんたちが「日本からはるばる男の子が来た」と、とてもよくしてくれました。ごく普通に楽しく接していたのですが、仲良くなるうちに、その人たちはみな、「以前は男性だった」ということが後にわかりました。背の高い女性だなとは思いましたが、全く気づきませんでしたねぇ……。今でも連絡を取っていますが、サンクスギビングやクリスマスは彼女らと一緒にパーティでしたし、姉がたくさん出来たみたいな気持ちでした。

自分は何もわかっていなかったことを痛感して、多くの経験を積むことができました。同時に、セクシュアルマイノリティであれ、HIV感染症であれ、人は実に多様である、ということに加えて、そのことを当たり前に語りあえることの大事さを教わったように思います。法的なことも、日本とアメリカ――州によっても異なることもありますが――では全く異なる状況にあります。そういう環境の中に、何もわからないながらも一年間生活して、研究はもちろんのこと、人間関係からも非常に大きな影響を受けたと思います。

20代の前半にアメリカのキーウェストに行って白人にからまれたことがありました。「アジア人がアメリカのリゾート地に来やがって」というようないい方をされ、怖い思いをしたのですが、人種差別があるとは聞いてはいたけれども、肌の色が黄色いというだけで、実際に自分が差別や嫌がらせを受け、生まれや見た目だけを理由に差別される恐怖を身をもって知ったことも、差別問題を考えるきっかけのひとつになっていると思います。

社会学、フェミニズムとの接点について


荻上 日本では、セクシュアルマイノリティに関する社会理論的な言及や、文化研究は多く見受けられますが、データをとっての調査というのは、なかなかありませんでした。セクシュアルマイノリティの研究は、社会学やフェミニズムの領域だという意識も強くあります。実際に研究を始めてからは、勉強会や発表会など社会科学方面からのアプローチもありましたか。

日高 あまり接点はないですね。研究手法が違ったからかもしれません。

荻上 そもそも文化が違うような感じですか。

日高 そうですね。あとやっぱり使う言葉が違うので、議論をしてもなかなか咬み合わない部分が多かったりします、一般論として。

荻上 統計に対する考え方も違ったりしますよね。また、研究であったとしても、どこかで文化批判的な政治性と結びつけないといけない感じもあります。

日高 もちろんイデオロギーは大事な視点です。ただ、私の専門は疫学で、しかも社会疫学です。今、目の前に明らかにリスク行動があったり、具合の悪い人たちがいれば、その人たちの助けになるような研究がしたい。現実の日常生活や政治の中に、研究の結果をどうフィードバックしていくかを考えています。少なくとも私たちの研究領域では、エビデンス(データ)を蓄積して、できる限りニュートラルに分析して示していくことが役目であると考えています。

 

 

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