ひきこもりと犯罪

ひきこもりの犯罪は稀なのか

 

昨今、ひきこもり状態にある者の犯罪が立て続けに起こっている。それに対して、「ひきこもりの犯罪は稀である」という啓蒙記事が新聞には掲載された。この種の報道は正しい。たとえば、東京新聞には下記のような記事が掲載されている。

 

関連事件の割合わずか

本紙と本紙が加盟する共同通信の記事データベースで、殺人、殺人未遂事件の容疑者で引きこもりだったと報じられたケースが何件あるかを調べた。その結果、1999年から2019年までの過去20年間で43件あった。事件発生後の捜査当局での証言、証拠などから明らかになったものですべてを網羅するデータとは言えないが、年平均で約2件だ。…(中略)…殺人の認知件数は1999年に1265件で、2003年頃に1400件を越えたが、それ以降は減少傾向。過去5年では900件前後だ。そうすると、「年2件」は全体の0.002%でしかない。(「東京新聞」2019年6月6日)

 

東京新聞によれば、ひきこもりと犯罪の関係が疑われたのは、2000年に起こった西鉄バスジャック事件だそうだ。

 

西鉄バスジャック事件とは、ひきこもり状態であった少年(17歳)が、西鉄バスに牛刀を持ち込み、女性1人を殺害した事件である。犯人の17歳の少年は、いじめをきっかけに不登校になり、ひきこもり状態が続き、家庭内暴力が日常化していたという。2000年には17歳の犯人による殺人が連続して起こったこともあり「17歳の犯罪」として、ワイドショーなどで盛んに報道がされた。

 

ひきこもりと犯罪の関係は、今よりも西鉄バスジャック事件が起こった2000年当時の方が強く疑われていたように記憶している。

 

東京新聞の43件のデータを使用し、もう少しわかりやすいように加工してみたのが以下の表である。

 

 

ざっくりとした計算だが、ひきこもり率が1.78%である一方で、ひきこもりが関わった殺人事件の率が0.18%である。つまり、ひきこもりは一般人口に比べて、非常に殺人事件を起こしていない。むしろ、ひきこもりに比べて一般人口は9.8倍も殺人事件を起こしており、圧倒的に殺人率は高いことがわかる(注)。

 

(注)ここで行ったのはざっくりとした計算である。内閣府の調査によると、18~39歳までのひきこもりが69.6万人(2010)で、40~64歳61.3万人(2019)であり、足し合わせると130.9万人。2015年の国勢調査で、18~64歳までの日本の人口は7366万人である。これを除算すると1.78%というひきこもり率が算出される。殺人事件認知件数は1999年から2009年5月までの合計である。

 

しかし、ひきこもりの中から犯罪が起きているのも事実であるし、大きく報道された事件が多いのも事実である。ひきこもりの犯罪は「稀だ」というのは正しいが、「稀だ」といわれて多くの人は納得しないのではないのではないだろうか。

 

事件の大きさもさることながら、動機が理解できず不気味だと思っている人は多いはずだ。バスジャック事件やスクールバスを待っている生徒など20人を次々と刺すという、じつにおぞましい事件であるが、まったくといっていいほど犯行動機が理解できない。人々が不安を持つのは無理からぬことである。

 

ひきこもりの研究者の端くれとして、事件の解明と、同じような犯罪を防ぐためにはどうするか、ということは提示しておく必要があるだろう。もちろんわからないことは多くあり、今わかっている範囲で、という限界はあるが、書かないよりは書いた方がよいように思う。

 

ひきこもりを研究しているということで、私のもとにもいくつか取材が今回の事件でも来た。新聞への掲載は伝えたことがすべて載るわけではない。私も新聞が書けることと、書けないことについて助言もしている。新聞等の大手メディアでは掲載できない、本当のところをこの記事では書きたいと思う。

 

 

調査データ

 

まずはひきこもりの調査データを確認しよう。ひきこもりと暴力はどの程度関係があるのだろうか。ひきこもりの調査では家庭内暴力について、だいたいの調査の項目には含まれているため、もっとも引用される内閣府による調査で確認したい。

 

内閣府の若年(~39歳)ひきこもり調査(2010)では、下記のような結果になっている。内閣府の調査はランダムサンプリングであるため、日本全国の平均値が知ることができる調査である。

 

 

家庭内暴力というと、暴言や物を投げることも含む概念であるが、犯罪との結びつきとなると、重要になるのは対人暴力である。ひきこもり群の対人暴力は5.1%にみられるとある。この調査の対照群(非ひきこもり群)は2.2%であるので、2倍強くらい、ひきこもりは家庭内で対人暴力をふるっていることが確認できる。

 

先日、発表された内閣府のひきこもり(2019)調査もみよう。こちらは40~64歳という中年を調査したものである。

 

 

中年調査(40~64歳)のひきこもり群の対人暴力は4.3%である。若年調査(~39歳)の5.1%と似たような結果である。中年調査(40~64歳)の非ひきこもり群は1.0%であるため、やはり非ひきこもり群よりひきこもり群の対人暴力の頻度は高いと考えて間違いなさそうである。

 

ひきこもりの支援や調査した人による、ひきこもりは暴力性が低いという識者コメントもいくつかみかけたが、調査結果をみる限り間違いである。

 

私自身も経験者にインタビュー調査をしているため、いろいろな体験談を聞いているが、激しい暴力性がある人には出会ったことはない。体験を聞いていると、「学校に行け、働け」という親の不満から口ケンカをして、壁を殴った、物を投げたという話が多い。家族と殴りあったくらいの話くらいは出てくるが、特段、暴力性が高いグループといった感想は個人的には持っていない。

 

おそらく、1)親を殴ったという話は他人には言いづらい、2)話を聞いているグループが偏っている、という偏りが私のインタビュー調査にはあるのだろう。個人的な印象に偏りが明らかに想定できる以上、調査結果の方が正しいのだろう。

 

 

家族外への暴力の噴出

 

家庭内の対人暴力も犯罪であるが、一般的に犯罪として思い浮かべるのは、家族外へ暴力が噴出したときである。家族外の暴力はひきこもり調査では聞かれることがほとんどない。知る限り、大分県が2004年に行った調査にだけ項目が含まれている。

 

この質問項目があるのは2004年という時期にも関連があるだろう。冒頭にもあげた西鉄バスジャック事件(2000年)の数年後であるため、その時期はまだまだひきこもりの犯罪性が疑われていたのだろう。

 

結果は以下のようになっている。

 

これまであった問題行動では、家族用アンケートで「社会参加ができないこと以外に深刻な問題がない」が23人(41%)、「家族以外の暴力がある」0人であった反面、「家族への暴力」7人(14%)、「家庭内で物を壊す」12人(21%)と家族内の問題も少なくなかった。家族の調整や家庭内暴力に対する対応等の支援も必要である。

 

 

 

家族外の暴力の噴出は確認できなかった。

 

この調査はランダムサンプリングした一般人口をもとにしたものではなく、相談機関を対象したものである(注)。家庭内暴力があるなども含め、比較的深刻なケースが相談機関に集まりやすいそのため、内閣府の調査に比べて家庭内暴力の値が高いのだと推測できる。

 

(注)調査の対象になったのは、保健所14カ所・市町村57カ所・福祉事務所(県・市)17カ所・児童相談所2カ所医療機関(精神科・心療内科)56カ所・教育事務所6カ所・高等学校57カ所・警察(フレンドリーサポートセンター)・フリースクール2カ所・精神保健福祉センター・教育センター各1カ所(調査対象機関209施設)

 

調査結果をまとめると、家庭内での対人暴力は5%程度あり、暴力性は一般群よりも高いが、家庭外へ噴出することは確認できなかったということになるだろう。

 

これらの調査結果を総合すると、ひきこもりの中に5%ほど暴力性があるグループがいて、家庭内暴力はあるかもしれないが、それが家庭の外に出て犯罪に結びつくことはなく、あったとしても非常に稀だということになる。

 

ひきこもりの殺人率が異常に低いことと、家庭内暴力の多さは一見反するデータのように思える。しかし、ひきこもり状態とは誰かと会ったり、社会的な関係を結ばないことである。ひきこもり状態では、憎しみで殺してしまうほど強い関係を他者と結ぶ機会がほとんどないのだろう。結果として、家庭内で暴力的であっても、家庭外に噴出することは稀なのだと考えられる。

 

 

ひきこもりの起こした有名事件

 

ひきこもりが起こした重大事件は西鉄バスジャック事件だけではない。

 

私は、すべての記録を残している犯罪マニアではないので、漏れがあるかもしれないが、ひきこもりから殺人に至ったのは下記の事件である。精神鑑定などで精神疾患が判明しているものごとに整理する。

 

 

自閉スペクトラム症(広汎性発達障害・アスペルガー症候群)

 

・全日空61便ハイジャック事件(1999年, Wikipedia

・西尾ストーカー殺人(1999)

・西鉄バスジャック事件(2000年, Wikipedia

・東大阪園児殺害未遂(2004)

・東大阪両親殺害(2004)

・金沢夫婦刺殺事件(2004)

・寝屋川教職員殺傷事件(2005年, Wikipedia

・宮崎・延岡の高校生殺傷事件(2006年)

・会津若松母親殺害事件(2007年, Wikipedia

・青森八戸3人殺害(2008)

・大和郡山市父親殺害事件(2008年)

・千葉大多喜父親刺殺(2009年)

・豊川市一家5人殺傷事件(2010年, Wikipedia

・大阪平野区姉殺害(2011年)

・北海道別海父親殺害(2012年)

・岐阜・瑞浪の男性刺殺(2017年)

・東海道新幹線車内殺傷事件(2018年, Wikipedia

 

 

精神病性障害(統合失調症・妄想性障害)

 

・和歌山小5男児刺殺事件(2015)

・淡路島5人殺害事件(2016, Wikipedia

・大阪・門真の4人殺傷(2016)

 

 

精神疾患に関する情報がなく詳細がわからないもの

 

・大阪市東淀川父母殺傷(2000)

・水戸両親殺人(2004)

・茨城土浦両親姉殺害(2004)

・栃木小1女児殺害事件(2005)

・大阪西淀川父親殺害(2006)

・八王子通り魔事件(2008)

・京都木津川父親刺殺(2010)

・広島三原父親刺殺(2011)

・岡山・倉敷の妹刺殺(2011)

・神戸市北区殺傷事件(2017)

 

このリストが示すように、かなり多くの事件で自閉スペクトラム症の鑑定・診断がされている。ひきこもりによる殺人では、自閉スペクトラム症を抜きに議論することは有意義ではないということがわかる。

 

ひきこもりはひきこもり状態にある意味で、それ以外の共通点はなく、均質なグループではない。そのなかには様々な群がある。ひきこもりと犯罪という問題は以下のように再設定されるだろう。

 

1.ひきこもりによる犯罪は一般人口の約984分の1と少ない。

2.ひきこもりによる殺人は自閉スペクトラム症によるものが多い。

3.したがって、自閉スペクトラム症の分析をする必要がある。

 

精神病性障害による殺人も3件あり、気になるところだが、本稿は自閉スペクトラム症に焦点をあてて議論することとする。【次ページにつづく】

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.270 

・小峯茂嗣「こうすれば異文化交流は共生社会につながる――協働から育まれる共生社会」
・松本俊彦「依存症は治る、けれども再発しやすい」
・穂鷹知美「教育現場のジェンダー――平等パラドクスと男性を必要とする「女性の仕事」」
・安田陽「エネルギー問題を考える5冊教育現場のジェンダー」
・稲葉振一郎「『ナウシカ解読・増補版』補論――作者自身による二次創作」
・井上慶子「長期化するシリア人道危機の今と課題」