何が日本男性の育児参加を妨げているのか――稼ぎ手役割意識からの脱脚と男性の育児参加

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶英語の「話し方」教えます!「シノドス英会話」

https://synodos.jp/article/23083

『そして父になる』とイクメンブーム

 

是枝裕和監督の2013年の作品『そして父になる』は、子どもの取り違えをめぐる二組の家族の物語である。それぞれの家族には対照的な父親が登場する。エリートで「イケメン」の⽗親と、どこか垢ぬけないが「イクメン」の⽗親。映画は二組の家族の日常を巧みに交差させながら、「イケメン」の父親が子どもたちとのやり取りを通じて、徐々に父親になっていく過程を描いている。繊細な演出と俳優たちの好演が高く評価され、カンヌ国際映画祭や日本アカデミーなど国内外の多くの映画祭で受賞し、注目を浴びた。

 

この映画が公開される少し前の2010年前後は、日本社会で空前のイクメンブームが起きた時期でもあった。「イクメン」とは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性、または、将来そうした人生を送ろうと考えている男性のことを意味する(http://ikumen-project.mhlw.go.jp/project/about/)。すでに広まっていた「イケメン」という言葉をもとに、育児のイクに男性のメンをつなげて造られた言葉で、2010年の「新語・流行語大賞トップ10」にも入った。また同年には、男性が積極的に育児に参加することができるように、父親が育児にかかわるモデルを提示し、育児方法の教育などを行う政府活動「イクメンプロジェクト」も発足した。店頭では雑誌、書籍をはじめ、イクメンを応援するグッズやアイテムなども続々登場した。

 

各家庭のなかでは、イクメンブームが起きる前の2000年代前半から、男性の家族役割参加に対する期待が徐々に高くなっていた。社会調査の結果をみると、男性の育児参加に対する配偶者の期待、男性自身の意欲ともに高くなっていることが確認できる(国立女性教育会館、2004-2005)。2019年には、その実効性についての賛否はともかく、男性の育児休業取得を企業に義務付ける動きがあるなど、近年もなお男性の育児参加に対する日本社会の関心は高いといえる。

 

 

相変わらず低調な男性の育児参加

 

こうした状況のなかで、男性たちは実際にどれほど育児に参加しているのか。はたして男性の育児時間は増加し、「イクメン」は増えたのか。残念ながら、答えは「ノー」である。図1は、総務省統計局が5年毎に実施している「社会生活基本調査」にもとづき、夫婦の働き方別育児時間(一週全体)の推移を示したものである。

 

 

 <共働き世帯>              <夫有業妻無業世帯>

※単位:分

図1.夫婦の働き方別にみた育児時間(一週全体)の推移(1996年~2016年)

(出典:総務省統計局、『平成28年社会生活基本調査』)

 

 

一見すると、1996年から2016年までの20年間、共働きか否かにかかわらず、夫婦の育児時間はともに増加している。しかし、詳しくみると、夫の育児参加時間は、共働き世帯の場合3分から16分へ、夫有業妻無業世帯の場合8分から21分へと、どちらも20年間で13分しか増加していない。昨今のイクメンブームを考えると、なんとも寂しい数値といわざるをえない。

 

他方、妻の育児参加時間は、共働き世帯の場合19分から56分へ、夫有業妻無業世帯の場合90分から144分へと、それぞれ37分、54分も増加している。つまり、この20年間、共働きか否かにかかわらず、夫婦の育児時間はともに増加したが、増加の幅は断然妻の方が大きく、結果的に夫婦間の差はより広がってしまったのである。

 

6歳未満の子どもがいる世帯に限ってみても状況は変わらない(図2)。6歳未満の子どもがいる世帯における⽗親の育児時間は、1996年の18分から2016年の49分へと、31分増加している。それに対し、母親の場合は、1996年の163分から2016年の225分へと、62分も増加している。やはり、夫と妻の間の育児時間における差は縮小せず、むしろ20年前より大きくなっている。

 

 

※単位:分

図2.6歳未満⼦どもの持つ世帯における夫婦の育児時間(一週全体)の推移(1996年~2016年) 

(出典:総務省統計局、『平成28年社会生活基本調査』)

 

 

何が男性の育児参加を阻害するのか

 

こうしてみると、一方で日本社会でイクメンを推奨するような雰囲気が広がり、男性の育児参加に対する家族の期待や男性自身の意欲も高いにもかかわらず、他方で実際の育児参加は依然として低調であり、育児をめぐる意識と実態の間でギャップが存在していることが窺える。一体、何が日本男性の育児参加を妨げているのか。

 

男性の育児参加についてのこれまでの研究によると、男性の育児参加を規定する要因として、

 

①時間:時間に余裕があるほど男性は育児に参加する

②ニーズ:子どもの数や幼い子どもの存在など、育児に対するニーズが増える場合、男性は育児に参加する

③代替資源の有無:親など育児を代替する者がいると、男性は育児に参加しない

④相対的資源の差:学歴や収入など妻の資源が高いほど、男性は育児に参加する

⑤意識︓「男性は外で働き、⼥性は家庭を守るべきである」に代表される、性別役割分業について、保守的な意識を持つほど、男性は育児に参加しない

⑥夫婦間の情緒的関係:夫婦の情緒関係が強いほど、夫婦の共同行動として男性は育児に参加する

 

の6つが挙げられている(永井 2004)。

 

日本男性の場合、総じて②育児のニーズが増えれば男性の育児参加は増え、①時間に余裕がなければ減る、加えて⑤男性自身の性別役割分業意識は、彼らの育児参加と関連がないという結果が報告されてきた(永井、2004;松田、2011)。こうした結果は、男性がたとえ性別役割分業に反対し、育児に参加する意向があっても、実際に育児に参加することを妨げる意識外の別の要因が存在していることを示唆するものである。

 

男性本人に育児に参加する意向があったとしても、その実践を阻害する要因が何かについてはさらなる綿密な分析が必要であるが、先行研究の知見からみて、長時間労働など職場の構造的拘束がその要因の一つであることは自明である。

 

パネルデータを用い、男性の育児時間へ及ぼす労働時間の効果の変化を検証した佐々木(2018)は、労働時間をはじめ通勤時間と家事育児時間はトレード・オフの関係にあり、労働時間や通勤時間の増加は家事育児時間を有意に減少させるという結果から、男性の労働時間は家事育児への参画を阻害する要因になり続けているを明らかにしている。このような結果は、男性の家族役割への参加を促すためには、男性の保守的な意識を啓発する教育よりも、まずは労働時間など職場の構造を改善しなければならないという主張(松田、2004)を裏付けるものである。

 

男性の育児参加についての先⾏研究で⾒られる、「男性の働き⽅問題を解決しない限り、イクメンの実践は難しい」という問題意識(⽯井、2018)は、政府の政策としても確認することができる。近年の「働き⽅改⾰」においては、長時間労働は、男性の家庭参画を阻む原因であり、仕事と子育てなどの家庭生活の両立を困難にし、女性のキャリア形成を阻み、少子化の原因にもなりうるため、それを是正すること(内閣府、2019)が主要課題の一つとなっている。

 

上記の佐々木(2018:62)も、労働時間を縮減することで、若い世代の男性ほど家事育児時間をより多く増やすことができると指摘しながら、とりわけ、高学歴で大企業に従事するような働き盛りで組織内の基幹的な業務を担う年齢層に焦点を当てた原因究明と施策の推進が必要であり、働き方改革の本丸もそこにあると主張している。

 

しかし、本当に労働環境だけが問題なのか。長時間労働が改善され、柔軟な労働環境が提供されるようになれば、男性は育児に参加するようになるのか。【次ページにつづく】

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」