2019.09.12

何が日本男性の育児参加を妨げているのか――稼ぎ手役割意識からの脱脚と男性の育児参加

裵智恵 家族社会学

社会

『そして父になる』とイクメンブーム

是枝裕和監督の2013年の作品『そして父になる』は、子どもの取り違えをめぐる二組の家族の物語である。それぞれの家族には対照的な父親が登場する。エリートで「イケメン」の⽗親と、どこか垢ぬけないが「イクメン」の⽗親。映画は二組の家族の日常を巧みに交差させながら、「イケメン」の父親が子どもたちとのやり取りを通じて、徐々に父親になっていく過程を描いている。繊細な演出と俳優たちの好演が高く評価され、カンヌ国際映画祭や日本アカデミーなど国内外の多くの映画祭で受賞し、注目を浴びた。

この映画が公開される少し前の2010年前後は、日本社会で空前のイクメンブームが起きた時期でもあった。「イクメン」とは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性、または、将来そうした人生を送ろうと考えている男性のことを意味する(http://ikumen-project.mhlw.go.jp/project/about/)。すでに広まっていた「イケメン」という言葉をもとに、育児のイクに男性のメンをつなげて造られた言葉で、2010年の「新語・流行語大賞トップ10」にも入った。また同年には、男性が積極的に育児に参加することができるように、父親が育児にかかわるモデルを提示し、育児方法の教育などを行う政府活動「イクメンプロジェクト」も発足した。店頭では雑誌、書籍をはじめ、イクメンを応援するグッズやアイテムなども続々登場した。

各家庭のなかでは、イクメンブームが起きる前の2000年代前半から、男性の家族役割参加に対する期待が徐々に高くなっていた。社会調査の結果をみると、男性の育児参加に対する配偶者の期待、男性自身の意欲ともに高くなっていることが確認できる(国立女性教育会館、2004-2005)。2019年には、その実効性についての賛否はともかく、男性の育児休業取得を企業に義務付ける動きがあるなど、近年もなお男性の育児参加に対する日本社会の関心は高いといえる。

相変わらず低調な男性の育児参加

こうした状況のなかで、男性たちは実際にどれほど育児に参加しているのか。はたして男性の育児時間は増加し、「イクメン」は増えたのか。残念ながら、答えは「ノー」である。図1は、総務省統計局が5年毎に実施している「社会生活基本調査」にもとづき、夫婦の働き方別育児時間(一週全体)の推移を示したものである。

 <共働き世帯>              <夫有業妻無業世帯>

※単位:分

図1.夫婦の働き方別にみた育児時間(一週全体)の推移(1996年~2016年)

(出典:総務省統計局、『平成28年社会生活基本調査』)

一見すると、1996年から2016年までの20年間、共働きか否かにかかわらず、夫婦の育児時間はともに増加している。しかし、詳しくみると、夫の育児参加時間は、共働き世帯の場合3分から16分へ、夫有業妻無業世帯の場合8分から21分へと、どちらも20年間で13分しか増加していない。昨今のイクメンブームを考えると、なんとも寂しい数値といわざるをえない。

他方、妻の育児参加時間は、共働き世帯の場合19分から56分へ、夫有業妻無業世帯の場合90分から144分へと、それぞれ37分、54分も増加している。つまり、この20年間、共働きか否かにかかわらず、夫婦の育児時間はともに増加したが、増加の幅は断然妻の方が大きく、結果的に夫婦間の差はより広がってしまったのである。

6歳未満の子どもがいる世帯に限ってみても状況は変わらない(図2)。6歳未満の子どもがいる世帯における⽗親の育児時間は、1996年の18分から2016年の49分へと、31分増加している。それに対し、母親の場合は、1996年の163分から2016年の225分へと、62分も増加している。やはり、夫と妻の間の育児時間における差は縮小せず、むしろ20年前より大きくなっている。

※単位:分

図2.6歳未満⼦どもの持つ世帯における夫婦の育児時間(一週全体)の推移(1996年~2016年) 

(出典:総務省統計局、『平成28年社会生活基本調査』)

何が男性の育児参加を阻害するのか

こうしてみると、一方で日本社会でイクメンを推奨するような雰囲気が広がり、男性の育児参加に対する家族の期待や男性自身の意欲も高いにもかかわらず、他方で実際の育児参加は依然として低調であり、育児をめぐる意識と実態の間でギャップが存在していることが窺える。一体、何が日本男性の育児参加を妨げているのか。

男性の育児参加についてのこれまでの研究によると、男性の育児参加を規定する要因として、

①時間:時間に余裕があるほど男性は育児に参加する

②ニーズ:子どもの数や幼い子どもの存在など、育児に対するニーズが増える場合、男性は育児に参加する

③代替資源の有無:親など育児を代替する者がいると、男性は育児に参加しない

④相対的資源の差:学歴や収入など妻の資源が高いほど、男性は育児に参加する

⑤意識︓「男性は外で働き、⼥性は家庭を守るべきである」に代表される、性別役割分業について、保守的な意識を持つほど、男性は育児に参加しない

⑥夫婦間の情緒的関係:夫婦の情緒関係が強いほど、夫婦の共同行動として男性は育児に参加する

の6つが挙げられている(永井 2004)。

日本男性の場合、総じて②育児のニーズが増えれば男性の育児参加は増え、①時間に余裕がなければ減る、加えて⑤男性自身の性別役割分業意識は、彼らの育児参加と関連がないという結果が報告されてきた(永井、2004;松田、2011)。こうした結果は、男性がたとえ性別役割分業に反対し、育児に参加する意向があっても、実際に育児に参加することを妨げる意識外の別の要因が存在していることを示唆するものである。

男性本人に育児に参加する意向があったとしても、その実践を阻害する要因が何かについてはさらなる綿密な分析が必要であるが、先行研究の知見からみて、長時間労働など職場の構造的拘束がその要因の一つであることは自明である。

パネルデータを用い、男性の育児時間へ及ぼす労働時間の効果の変化を検証した佐々木(2018)は、労働時間をはじめ通勤時間と家事育児時間はトレード・オフの関係にあり、労働時間や通勤時間の増加は家事育児時間を有意に減少させるという結果から、男性の労働時間は家事育児への参画を阻害する要因になり続けているを明らかにしている。このような結果は、男性の家族役割への参加を促すためには、男性の保守的な意識を啓発する教育よりも、まずは労働時間など職場の構造を改善しなければならないという主張(松田、2004)を裏付けるものである。

男性の育児参加についての先⾏研究で⾒られる、「男性の働き⽅問題を解決しない限り、イクメンの実践は難しい」という問題意識(⽯井、2018)は、政府の政策としても確認することができる。近年の「働き⽅改⾰」においては、長時間労働は、男性の家庭参画を阻む原因であり、仕事と子育てなどの家庭生活の両立を困難にし、女性のキャリア形成を阻み、少子化の原因にもなりうるため、それを是正すること(内閣府、2019)が主要課題の一つとなっている。

上記の佐々木(2018:62)も、労働時間を縮減することで、若い世代の男性ほど家事育児時間をより多く増やすことができると指摘しながら、とりわけ、高学歴で大企業に従事するような働き盛りで組織内の基幹的な業務を担う年齢層に焦点を当てた原因究明と施策の推進が必要であり、働き方改革の本丸もそこにあると主張している。

しかし、本当に労働環境だけが問題なのか。長時間労働が改善され、柔軟な労働環境が提供されるようになれば、男性は育児に参加するようになるのか。

まだまだ重要な意識改革

この点と関連して、近年の研究は、男性の性別役割分業意識と育児参加の関連について、既存の研究とは異なる結果を報告していることに注意したい。例えば、1998年から2008年までの10年間における、父親の育児参加の変化を分析した松田(2011)は、男性の労働時間が彼らの育児参加を強く規定していることには変わりがないことを確認しながらも、1998年の時点においては男性の育児参加を規定しなかった男性の性別役割分業意識が、2008年になると有意な効果を及ぼすようになっていることを明らかにしている。

具体的には、革新的性別役割分業意識を持っている男性の場合は、子どもの世話の頻度が高くなり、保守的な性別役割分業意識を持っている男性の場合は、世話の頻度が低くなっていた。松田は、1998年から2008年までの10年間、男性の育児参加の全体平均に変化が少なかった理由を、革新的な性別役割分業意識を持つ男性と保守的な性別役割分業意識を持つ男性において、育児参加の頻度が相反する方向に動いているからだと解釈している。

また、性別役割分業意識の多元性(注1)に着目し、育児参加との関連について検討した筆者の分析でも、男性の性別役割分業意識と育児参加の間には有意な関連性がみられた(裵、2014)。まず、男性の性別役割分業意識を、「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」という狭義の性別役割分業意識と、「家族を(経済的に)養うのは男性の役割である」という男性の稼ぎ手役割意識の二つの意識を軸とし、以下のように分類した。

 

(注1)一般的に、「男性は外で働き、女性は家庭を守るべきである」という、性別役割分業に対する考え方は、革新的な方向に変化しているといわれている。実際に、内閣府の男女共同参画に関する世論調査をみると、性別役割分業に賛成する人は減少し、反対する人が増加しているという長期的な傾向を確認することができる(内閣府、2019)。だが、男性が「一家の稼ぎ主」の責任を果たすべきであるという、男性の稼ぎ手役割についての意識の場合は、依然として保守的な意見が多数を占めている。例えば、内閣府(2012)の「男性にとっての男女共同参画意識調査」 によると、「(結婚したら)夫は家族のために、仕事は継続しなければならない」という考えについて、肯定する回答(「とてもそう思う」+「そう思う」、以下同様)をした者の割合は、男性では77.0%、女性では80.2%をも占めている。さらに、「(結婚したら)家族を養い守るのは、自分(夫)の責任である」という考え方についても、肯定する回答は女性で57.3%、男性では74.5%に至る。

①狭義の性別役割分業意識に賛成し、男性の稼ぎ手役割意識にも賛成

②狭義の性別役割分業意識に賛成しながら、男性の稼ぎ手役割意識には反対

③狭義の性別役割分業意識に反対しながらも、男性の稼ぎ手役割意識には賛成

④狭義の性別役割分業意識に反対し、男性の稼ぎ手役割意識にも反対

図3.男性における性別役割分業意識の多元性

それぞれのカテゴリー別に育児参加の程度を調べた結果、狭義の性別役割分業意識と男性の稼ぎ手役割意識をともに肯定する、保守的な性別役割分業意識を持つ男性(①)よりも、稼ぎ手役割にこだわりながらも女性の社会進出や男性の家族役割参加を肯定する男性(③)の方が、加えて、このように性別分業と男女共同参画の間で揺れ動く男性よりも、一貫して革新的性別役割分業意識を持っている男性(④)の方が、明らかに育児に参加していた(裵 2014:34)(注2)。

(注2)各カテゴリーの割合は、①が51.1%(307人)、②が1.0%(6人)、③28.8%(173人)、④19.1%(115人)であった。②の狭義の性別役割分業意識に賛成しながら、男性の稼ぎ手役割意識に反対している場合は、全体の1.0%で6人しかいなかったため、分析から除外している。

 

要するに、かつてよりも男性の育児参加への社会的期待が⾼まるなかで、男性の育児参加を規定する要因としての男性自身の性別役割分業意識が、その力を発揮するようになったのである。松田(2011)が指摘したように、今後の日本男性における育児参加の行方は、労働時間の適正化とともに、やはり男性の意識改革にも依存するということである。すなわち、男性の育児参加を促進するためには、職場環境の整備だけではなく、男性の性別役割分業についての意識を啓発する必要がある(注3)。性別役割分業意識の多元性を考慮するならば、こうした意識啓発において重要なのは、単純に男性の家族役割参加への必要性を訴えるようなものではなく、男性は一家を経済的に養い、大黒柱としての役割を果たすべきだという、稼ぎ手役割意識そのものを問い直すことであるだろう。

(注3)そもそも、男性の長時間労働はそれ自体が強固な性別役割分業意識を表す特徴の一つである(永井、2004)。したがって、労働時間の再考には、すでに保守的な性別役割分業意識についての意識を問い直すという意味が含まれているともいえる。

「父親である」ことを超え、「父親をする」ことで「父親になる」 

「育児をしない男を、父とは呼ばない」。1999年、厚生省が少子化対策の一環として展開したキャンペーンで使われたキャッチフレーズである。積極的に子どもにかかわらない男性は、たとえ血が繋がっているとしても父親にはならないという強烈なメッセージは、まだ「イクメンブーム」が起きる前であった当時、大きな反響を呼んだ。それからちょうど20年を経て、「イクメンの時代」ともいわれる今日を生きている男性たちにとって、このキャッチフレーズはどのように響いているのか。

大野(2016)は、発達心理学、精神医学などにおける先例を取り上げながら、「家族である」ことと「家族をする」ことについて、次のように比較、説明している。

「家族である」ということは、夫婦である、親子である事実認識さえあれば、あえて関係解消の手続きを踏まない限り、特別な努力なしでもその関係が自ずと維持される関係のことを指す。「家族をする」ということは、「夫婦である/親子である」という事実だけではその関係が維持されず、つねに能動的な行為によって関係を再構築しつづける努力のことを指す。

すなわち、「家族をする」場合は、家族であるという事実を超え、具体的な⾏為としてどのように家庭にかかわっているのかが重要になってくるのである。このような先例を参考に、⼤野は、「家族する=主体的、応答的、⽣成的な家庭関与」と定義する(2016:153)。この定義からみれば、「⽗親をする男性」とは、性別役割分業などにかかわらず、主体的に⼦どもにかかわり、⼦どもの発達状況やニーズに応じて、柔軟に育児を実践する男性だといえるだろう。   

ふりかえれば、このような「⽗親をする」男性こそが、20年前の「育児をしない男を、⽗とは呼ばない」というキャッチフレーズがイメージした「⽗」の姿であり、今でいう、「イクメン」の本質ではないのか。冒頭で紹介した、『そして⽗になる』のストーリーは、⼦どもの取り違えといった⼤きな事件をきっかけに、「⽗親である」ことに⽌まっていた主⼈公が、「⽗親をする」ことを通じ、やがて「⽗親になっていく」過程を描いた作品だともいえる。

しかし、本稿でここまで調べてきたように、現実の社会では、男性たちが日常生活において「父親をする」ことはそれほど容易なことではない。

⽇本の男性たちに「⽗親をする」機会を与えるためには、どうしたら良いのか。まず彼らがおかれている労働環境の改善が必要であることはいうまでもない。⽯井(2018)が指摘しているように、社会全体――政府、地⽅⾃治体、企業、地域社会、NPOなど――が協働し、男性の育児参加をサポートする「しくみ作り」も必要である。

しかし、働き⽅改⾰や社会全体のしくみだけでは不⼗分である。もう⼀つの重要な要因として、当事者である男性の意識改⾰も重要である。保守的な性別役割分業意識、とくに男性が働くことで家族を扶養する責任を持っているという稼ぎ⼿役割意識から脱却し、より積極的に、そして能動的に育児などの家族役割にかかわっていく姿勢が求められる。

労働環境の改善、男性の育児をしっかりサポートする社会全体のしくみ、男性自身の意識改革、これらの要因が出揃ってこそ、男性たちが今よりも一層「父親をする」ことが可能となり、それは「父親になる」ことに新たな意味を付け加えるのではないだろうか。

参考文献

・石井クンツ昌子、2018,「育児・家事と男性労働」『日本労働研究雑誌』699: 27-39.

・大野祥子、2016,『「家族する」男性たち―大人の発達とジェンダー規範からの脱脚』東京大学出版会.

・国立女性教育会館、2004-2005,「平成16年度・17年度家庭教育に関する国際比較調査」.

・佐々木昇一、2018,「ワーク・ライブ・バランス時代における男性の家事育児時間の規定要因等に関する実証分析」『生活経済学研究』47: 47-66.

・総務省統計局、2018,『平成28年社会生活基本調査―生活時間に関する結果―結果の概要』.

・内閣府、2016,『男性にとっての男女共同参画意識調査』.

・内閣府、2018,『平成30年版男女共同参画白書』.

・永井尭子、2004,「男性の育児参加」渡辺秀樹・稲葉昭英・嶋崎尚子編『現代家族の構造と変容―全国家族調査[NFRJ98]による計量分析』東京大学出版会,190-200.

・裵智恵、2014,「性別役割分業意識の多元性と男性育児参加」渡辺秀樹・竹ノ下弘久編『越境する家族社会学』学文社,20-36.

・松田茂樹、2004,「男性の家事参加―家事参加を規定する要因」渡辺秀樹・稲葉昭英・嶋崎尚子編『現代家族の構造と変容―全国家族調査[NFRJ98]による計量分析』東京大学出版会,175-189.

・松田茂樹、2011,「父親の育児参加の変容」稲葉昭英・保田時男・田渕六郎・田中重人編『日本の家族1999-2009』東京大学出版会,147-162.

プロフィール

裵智恵家族社会学

桜美林大学リベラルアーツ学群准教授。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は、家族社会学。

共著に、『日本の家族1999-2009全国家族調査[NFRJ]による計量社会学』(東京大学出版会 2016)、『国際比較 若者のキャリア』(新曜社 2015)など。論文に、「韓国における外国人労働者政策」(『労働総研クォータリー』NO113、2019)、“The Impact of Social Capital on Men’s Mental Health from the Perspective of Social Support Theory”(International Journal of Japanese Sociology No24, 2015)、「日本と韓国における男性の育児参加」(『人間と社会の探求』68号、2010)など。

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