移民受け入れと社会的統合のリアリティ――現代日本における移民の階層的地位と社会学的課題

1.はじめに

 

われわれの社会がすでに移民受け入れ社会となっているという事実は、最近頻繁に指摘されるようになってきているので、驚く人は少なくなっているかもしれない。しかし同時に、現代の日本において、移民の社会的統合が緩やかに進みつつあると言ったならば、多くの人はにわかに信じがたいのではないだろうか。

 

拙著『移民受け入れと社会的統合のリアリティ』(勁草書房)は、国勢調査のマイクロデータという、現時点でもっとも信頼しうるデータをもとに、ナショナルレベルで見た移民の社会的統合の現状について定量的に分析したおそらく初めての研究であり、上記の結論もその中で見えてきたものである。この結論は筆者である私にとっても、当初信じがたいものでありこの結論に至るまでにずいぶんと逡巡を重ねた。

 

以下ではそのポイントを紹介したい。なお、本書で言及する移民とはデータの制約上、外国籍人口のことを指している。

 

 

2.日本はすでに移民受け入れ社会であるとは?

 

日本はすでに移民受入社会であるという指摘は今や珍しいことではない。しかし、移民という言葉の定義を云々することを除けば、何を以て移民受入社会とするかということについて明確に論じたものは少ない。本書では国際移動転換(Migration Transition)という概念からこのことを論じた。

 

国際移動転換とは移民送り出し国であった国/地域が受入れ側に回ることを意味しており、ある国から出て行く人と入ってくる人の差分から定義される。日本は戦前、高い出生力や経済発展の遅れを背景に、多くの自国民を海外に送り出してきた一方、さほど多くの植民地出身者の日本列島への流入を経験してこなかった点において、移民送り出し国であるといえる(図1)。

 

その後、敗戦に伴う日本人の海外からの引き揚げ、そして旧植民地出身者の帰還等を除けば、1980年代まではおおむね国際人口移動の凪(なぎ)の時代を経験した。しかし80年代以降の日本経済のグローバル化、そして90年の改正入管法の施行を受け、その後はより多くのニューカマー移民の流入を経験するようになった(図1)。

 

こうした変化は冷戦の終結と経済のグローバル化、また先進国における低出生力状態の持続といったことが相まって、ほぼ同時期に南欧諸国やアジアの新興国を中心に見られた国際移動転換の一つと位置づけることが可能である。つまり、日本の経験は日本のみに固有のイレギュラーなものではなく、同時期に広く見られたグローバルな変化であったといえる。

 

これが日本はすでに移民受入れ社会であるというときのエッセンスである。

 

 

図 1 日本を巡る国際人口移動の推移

出所:是川(2019)

 

 

3.日本社会の排他性と構造的分断

 

移民受入れについて論じる場合、私たちはこれを社会問題として捉える傾向が強かったといえる。その結果として、私たちは移民受入れの状況について、ときに非常に凄惨な状況を思い描いてきた。

 

実際、フィリピン人エンターテイナーを中心とした「じゃぱゆきさん」、東北の農村における「外国人花嫁」、現代の奴隷労働とまで言われる技能実習制度、派遣労働者として働く日系ブラジル人、留学生のコンビニや飲食店での過剰なアルバイト等、移民・外国人をめぐる言説や論考はつねに問題の告発で満ちており、社会問題として捉えるという枠組みは妥当なようにも思う。

 

また、そういった告発にもとづくならば、移民・外国人が日本社会にきちんと迎え入れられる余地はほとんどない、つまり移民は日本社会のメインストリームから構造的に分断されているようにも見える。

 

しかしながら、一方でこうしたとらえ方は、移民が現地人以上に速いスピードでその経済的地位を始めとした生活状況を変化させていくという事実を見落としがちである。このことは海外では社会的同化(social assimilation)や社会的統合(social integration)という概念で指し示されてきたことであり、程度の差こそあれ、移民の間で広く観察されてきた現象である。閉鎖的な日本社会ではこうした現象は一切、あるいはあったとしても例外的にしか見られないのであろうか?

 

本書はこうした問題意識にもとづき、移民の社会的統合という視点にもとづいた分析を行っている。具体的には、移民の社会的統合を捉える視点としてスタンダードとも言うべき、労働市場、ジェンダー、及び世代の視点からこれを明らかにしている。以下でその詳細について見ていきたい。

 

 

4.移民の社会的統合を捉える3つの視点―労働・ジェンダー・世代

 

・労働

 

移民の社会的統合の検証といった場合、移民研究においてもっとも重視されるのは、労働市場における統合である。その際に行われる分析は、移民労働者がホスト社会の労働市場においてその人的資本をいかに正当に評価されているかということを、移民個々人の単位で評価するというスタイルをとることが多い。

 

さらにそこで重視されるのは、個々の移民労働者がホスト社会以外で取得したスキルが、ホスト社会でどの程度、評価されるかというスキルの国際的な移転可能性(international skill transferability)である。これが高ければ移民のホスト社会での経済的地位は高まるし、低ければその本来のスキルに見合わない仕事に就くことになる。

 

また、こうした分析は同程度のスキルや属性を持つ現地人(=日本人)との比較において行われる。当然のことながら、我々の社会自体がすでに社会的格差を伴っており、移民もまたその中にいる以上それと無縁ではあり得ないが、ポイントとなるのはその格差が日本人の間に見られる以上に大きいかどうか、ということである。つまり、移民のすべてが等しく貧しかったり豊かであったりする社会というものはあり得ない。

 

こうした観点から本書では、ハイスキルから技能実習生まで幅広いタイプを含み、日本の移民の内、もっともボリュームの大きい中国人男性、及び日系人として資格上制限なく日本で就労が可能であり、その多くが派遣労働者など不安定な就労形態で働いているとされるブラジル人男性を対象に、管理職や専門職、あるいはブルーカラーであるといった職業的地位を軸に分析を行った。

 

その結果、海外で取得したスキルの移転可能性については、概して低いという結果が得られたものの、それは職業的地位によって異なることが明らかになった。具体的には長期勤続や年功賃金を特徴とする日本型雇用のメインストリームとされる管理職や正規事務職に就く場合、海外で取得した学歴や就労経験は、日本で取得されたものに比べて低い評価しか受けないことが明らかになった。

 

一方、エンジニアなどの専門職に就く場合にはこうした状況は異なった。具体的には大卒以上の学歴を持つ中国人男性の間では、同程度の学歴を持つ日本人男性よりも高い確率で専門職に就く傾向が見られた。またその際、専門職として多いのはITエンジニアであった。つまりこのことは、ITエンジニアを中心とした専門職に就くにあたって、中国で取得したスキルは高い移転可能性を持っているということを意味する。こうした背景には2000年代より中国を始めとしたアジア諸国との間でITエンジニアの資格の相互認証が進められたことがあるといえよう。

 

さらに、本書では2000年と2010年の国勢調査データから同一集団を継続的に追跡することができる疑似コーホート分析という手法を用いて、外国人男性の職業的地位の経年変化の様子を明らかにした。これは日本に長く暮らすことでその経済的地位が上昇するという社会的統合の有無を検証するためのものである。

 

その結果、専門職に就く確率に関しては、中国人、ブラジル人男性ともに、ほとんどすべての学歴でこの間の日本人男性の上昇傾向を上回るペースで上昇する傾向が見られた(図2)。つまり、個々のエピソードとしては多様であるとしても、マクロで見た場合、移民の労働市場における統合は進んでいることが確認されたといえる。

 

また、海外の移民研究においてはスキルの移転可能性が低かった人ほど、その後、ホスト社会での教育や職業訓練といった人的資本への再投資に励む傾向が見られるため、キャッチアップの速度が速いことが確認されているが、本書の分析でも同様のパターンが確認された。このことも、本書の分析結果の妥当性を支持するものといえよう。

 

一方、日本型雇用におけるメインストリームというべき管理職、並びに正規事務職に就く確率について見ると、専門職について見られたような傾向はほとんど見られなかった(図2)。わずかに小中学校卒の中国人男性、及び高卒のブラジル人男性についてプラスの値が検出されたにすぎない。スキルの移転可能性とその後のキャッチアップの速度の関係を見ても、ほぼ無相関であった。

 

一方で、日本人と比べて年齢上昇による昇進確率の差が有意に低いわけでもないことから、いったん日本型雇用の中に入ってしまえば移民も日本人も関係なく、似たようなペースで昇進するともいえる。ただし、中途参入や転職が多いと見込まれる移民にとってこうした日本型雇用の特徴は門戸を狭めるという意味で、やはり相性はよくないといえるだろう。

 

 

図 2 居住期間、学歴別に見た日本人、及び外国人男性の職業的地位(モデル予測値)

出所:是川(2019)

注:本書での推定結果に基づき、2000年時点の勤続年数を10年(年齢にすると28-32歳程度)とし、国籍、及び学歴別の上層ホワイト就業確率の変化を予測したもの。

 

 

以上の結果から分かることは、日本の労働市場が閉鎖的であるというイメージはきわめて漠然としたものであって、スキルや職業といった観点からこれを見ていくと、部分的に社会的統合が進んでいる部分も見られるというものであった。もちろん、高学歴中国人男性を除けば、そのアウトカムとしての地位は依然として日本人よりも低いことは、こうした社会的統合があくまで緩やかなものに留まっていることを示すものである。

 

しかしながら、緩やかなものであれ、こうした傾向が確認されたことの意義は大きいといえるし、そのために必要な政策は国際的なスキルの移転可能性を高めるものであるべきという知見は、多文化共生を中心としたこれまでの議論にない新たな視点を付け加えるものといえよう。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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