ネクタイをはずさせる方法  

7月4日、政府は37年ぶりに電気事業法27条にもとづく電力の使用制限を発動した。これにより、大口需要家については昨夏の使用最大電力から15%削減した値までに電力使用が制限されることになる。実際、6月下旬はこの50年間で最高の暑さとなり、7月に入っても暑い日がつづいている。電力供給がなお不十分な状況でのこの暑さであるから、電力の使用制限は必要な措置だろう。

 

しかし、そのような状況であるにもかかわらず、なおネクタイを締め、スーツを着ている男性を駅などでしばしばみかける。必死に汗をぬぐっていることからも、ご本人たちにとっても決して快適ではないことが分かる。また、電力も余計にかかるという意味で社会的にも好ましいことではない。そのことはご本人たちにもよく分かっているはずにもかかわらず、なお彼らはスーツを着、ネクタイを締めているのである。これは一体なぜなのだろうか? 逆に言えば、どうやれば彼らのネクタイをはずすことができるだろうか。

 

ここだけ読むと冗談のようだが、実際にはかなり真剣な問題である。何せ、彼らがスーツとネクタイ姿で働くために、都心のビルでは膨大な電力を冷房に使うばかりか、その排熱でさらに気温をあげているのだから(いや、さすがにビルのなかではネクタイをはずしているかもしれないが)。そこで、この点を考えてみることにしよう。

 

 

なぜスーツを着てネクタイを締めるのか?

 

ひとつの考えられる理由は、「たとえば人と会うような場合にはスーツを着てネクタイを締めることが社会的な合意であるから」というものである。前にどこかの新聞で「ポロシャツで営業に行くのはみっともない」というような意見がでていたが、このような意見の背後には、上のような考え方があるだろう。このような場合に、たとえば自分が社会的な合意から外れることは「非常識な人間である」というレッテルを貼られることにつながるため好ましくないことになる。

 

ここで注意しなくてはいけないことは、「みんながスーツを着てネクタイを締める」というということも社会的合意になりうると同時に、「みんながスーツを着ず、ネクタイも締めない」ということも社会的合意になりうるという点である。よくいわれるように、ハワイではアロハシャツは正装とされているし、沖縄県庁や県議会では多くの人が夏にかりゆしウェアを着ている。そうであれば、「みんながスーツを着ず、ネクタイも締めない」ということを社会的合意とすることができれば、そのような社会的合意から外れてわざわざスーツを着てネクタイを締める人はいなくなるはずである。

 

この場合、問題はある意味わかりやすい。すなわち、問題はいかに「スーツを着ず、ネクタイを締めない」ことを社会的合意にするか、ということであるから、そのためにはたとえば環境相がかりゆしウェアを着るというようなことも意味はあるだろう。現在の日本政府は、基本的に問題をこのようなものとして認識した上で、いかに社会的合意を変えていくか、ということに力を注いでいるようにみえる。

 

 

 

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vol.260 

・吉永明弘「都市に「原生自然」を残す――人新世の時代の環境倫理学」
・藤重博美「学び直しの5冊――「相対的な安全保障観」を鍛えるための読書術」
・赤木智弘「今月のポジだし――AIが支配する社会を待ち続けて」
・竹端寛「「実践の楽観主義」をもって、社会に風穴を開けていく」
・伊吹友秀「エンハンスメントの倫理」
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