「公安テロ情報流出事件」裁判――警察はあらゆる個人情報を自由に集められるのか

判決の概要

 

以上の原告の主張に対し、第一審の東京地方裁判所民事第41部(始関正光裁判長)は、以下のように判断しました。

 

 

(1)捜査情報を漏えいさせたことは問題であり、これにより原告のプライバシーや名誉が損なわれたことについて、東京都は賠償しなければならない。

(2)他方、イスラム過激派によるテロの危険があった以上、警察は、モスクの内部に立ち入ってでも、すべてのムスリムの個人情報とムスリムコミュニティに関する情報を収集する必要があった。また、適法に収集した情報をデータベース化することは必要な保管態様である。従って、捜査は適法である。

 

 

判決が損害賠償請求を認めたことから、「原告勝訴」「東京都に総額9000万円超の賠償を認めた」という報道がなされました。しかし、裁判所が出した結論は、「日本に住むすべてのムスリムやOIC諸国出身者は、日本の安全のために、たとえテロとまったく無関係であっても、モスクに立ち入られたり、尾行されたり、信仰の深さや子どもたちに関する情報を収集され、その情報をデータベースとして無期限に保管されるくらいは、我慢しなければならない」というおよそ受け入れがたいものだったのです。

 

 

判決の問題点その1

 

この判決にはいくつもの問題点がありますが、ここではそのうちの2つをご紹介します。

 

第1は、抽象的なテロ捜査の必要性から、安易にムスリムの個人情報を収集する必要性を認めたことにあります。この点について、判決文の記載を整理すると以下のようになります。

判決はまず、テロ捜査の必要性について以下のように述べています。

 

プレゼンテーション9

 

ここまでは、警察が提出した資料をうのみにしている点もあるものの、現状認識として概ね妥当なものと思われます。問題はこれ以降の部分です。

 

プレゼンテーション1

 

上の青い矢印が、判決の論理の中で最もおかしいと思われる点です(赤いクエスチョンマークを付けました)。

 

まず、テロリストの早期発見のためになぜムスリムコミュニティ全体を把握しなければならないのかについて、判決では十分に説明されていません。

 

また、仮にテロ対策のためにムスリムコミュニティ全体の把握が必要だとしても、今回のような日本に居住するムスリム全員に対する事細かな個人情報の収集という執拗とも言うべき捜査をする必要があるのか、という疑問について、判決は何ひとつ説明をしていません。ムスリムコミュニティを利用したテロを防止する目的の情報収集であれば、モスクに監視カメラを設置したりムスリムを一人ひとり尾行したりせず、犯罪と無縁なモスクの責任者に事情を説明して、定期的にモスクを巡回したり、不審者がいれば通報するよう促すなどして、ムスリムコミュニティと協力体制を築けばよいだけです。なぜテロ対策をするには、すべてのムスリム又はOIC諸国出身者の、詳細な個人情報を秘密裏に収集し、かつ膨大なデータベースを作成しなければならなかったのか、この点に関する説明はありません。

 

また、世界に約16億人いるムスリムの中に、国際テロを企てている者は極めてわずかな人数しかいません。それにもかかわらず、「平穏なイスラム教徒かテロリストかを見極めるために」、「その者の宗教的儀式への参加の有無」等の「諸般の事情からの推測によらざるを得ない」と決めつけています。本当にほかの方法は一切ないのでしょうか。そんなはずはありません。これは「宗教的儀式への参加といったムスリムとしての活動=テロ行為を疑わせる行為」という、ムスリム全員をテロリストと見るに等しい論理です。

 

ムスリムであれば、尾行をされてもしょうがない――これは日本においては比較的少数であり誤解されやすい立場に居るムスリムをさらに窮地に追いやる論理であり、裁判所自体が差別を容認するものに他なりません。また、この理屈で言えば、諸般の事情により「平穏なイスラム教徒」であることが明らかになった者については、もはや警察として情報を保持する理由がないのですから、「平穏なイスラム教徒」であることが明らかになった時点で個人情報を廃棄するべきです。しかし、裁判所は、警察は、適法に取得した情報をいつまでも自由に使うことができるとして、この点についても違法を認めていません。

 

裁判所の判断は、国際的な常識にも反しています。英米やドイツでも、ムスリムを狙い撃ちにした捜査が一時期なされていました。しかし、すでに世界はその人権侵害性を認識し、乗り越えています。国連の人権理事会では、各国における多数の研究を取りまとめ、2007年1月に「テロ対策における人権及び基本的自由の促進及び保護に関する特別報告者による報告書訳文はこちら 訳者:弁護士・難波満)」という資料を掲出しています。

 

国連は、今回のような捜査手法を「テロリスト・プロファイリング」と定義づけ、このような捜査は以下の点から違法であると結論付けています。

 

 

(1) 「民族、出身国や宗教といった特徴に基づくテロリストのプロフィールは不正確であって、広すぎると同時に狭すぎるものとなる」

(2) 「潜在的なテロリストの国籍、民族的、宗教的及び社会的な背景について、過激化を受けやすい者を特定するのに資する一貫したプロフィールは存在しない」

(3) 「テロリスト・プロファイリングは、何らテロリズムに関係がない非常に多数の者に影響を及ぼすことになる」

(4) 「警察機構に多大な負荷を掛け……重要な警察のリソースが、他のより有益な業務から奪われてしまう」

(5) 「民族、出身国及び宗教に基づくプロファイリングは、概ね効を奏していない」

 

 

どれも常識的な判断ではないでしょうか。しかし、東京地裁は、このような国際常識から離れ、警察の主張をうのみにして、今回の情報収集活動が、テロ捜査として有効であると結論付けました。判決は、警察の捜査を追認するための論理に終始し、警察の過失を認めやすい「情報の漏えい」の点のみを認め、損害賠償請求を認めました。これは、形式的には原告にとり勝訴判決ですが、警察のルール違反を是正し、暴走を食い止めるという、裁判所の役割を放棄したと言わざるを得ないのです。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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