「公安テロ情報流出事件」裁判――警察はあらゆる個人情報を自由に集められるのか

判決の問題点その2

 

もうひとつの判決の問題点は、個人情報の重要性を極めて低く評価していることです。警察は、すべてのムスリムについて、信じる宗教、信仰の深さ、宗教的言動など、個人の内面に深く関わるセンシティブな情報について、詳細に情報を収集していました。しかし、判決は、以下のように述べて、ムスリムが被る被害は大したことがないと判断しました。

 

 

「本件情報収集活動全体でみても、これらは原告に対して信仰の証明を強要したりするものでも、不利益な取扱いを強いたり、宗教的に何らかの強制・禁止・制限を加えたりするものでもなく、モスクの付近ないしその内部に警察官が立ち入ることに伴い、原告が嫌悪感を抱き得るにとどまる」

 

 

判決は、センシティブな個人情報を収集されることの不安感、警察に差別的な取扱いをされることに伴う自己否定感等について、単なる「嫌悪感」と言い切り、たとえテロと無縁であっても、その程度の弊害は甘受するべきであると判示しました。

 

人格と分かちがたく結びついた個人情報は、それぞれの個人が、自分の人生観や世界観に照らし、いつ、どのように、誰に対して開示し、共有するか、自由に決めることができるはずです。購入した図書や映画、音楽の履歴について、国や企業が自由に収集し利用できるとなれば、とても生きづらい社会になってしまいます。

 

すべてのムスリムから、これほど詳細でセンシティブな個人情報を収集し利用することが、本当に国際テロを防止するために必要不可欠であったのか、厳密に審査されなければならなかったはずです。

 

しかし、判決は、このような情報を収集されたとしても「嫌悪感を抱き得るにとどまる」として、このような厳密な審査を放棄してしまいました。センシティブな情報の重大性を見誤ったものと言わざるを得ません。

 

 

結語に代えて

 

今回の判決の考え方は、テロ対策という大義名分の下で、警察による情報収集活動の必要性を過大に評価し、一人一人の個人が被る被害を過少に取り扱うものです。「目的が正しければ、手段は正当化される」、「目的が崇高である以上、少しくらいのルール違反は大したことがない」、「崇高な目的のためであれば少数派の宗教の信者は犠牲になっても仕方がない」という誤ったメッセージを発しかねないもので、立憲主義の基盤を揺るがすものです。

 

原告はこの判決を不服として控訴をしました(控訴理由書)。これから東京高裁に議論の土俵は移ることとなります。東京高裁において、今度こそこの捜査活動の違法性が認められるよう、代理人として尽力していきます。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.273 

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