シノドス・トークラウンジ

2022.11.11

2023年1月11日(水)開催

【レクチャー】「ナッジ」とは何か?――幸福に向けて「誘導」する公共政策の倫理(全2回)

吉良貴之 法哲学 ホスト:芹沢一也

開催日時
2023年1月11日(水)20:00~21:30
講師
吉良貴之
ホスト
芹沢一也
場所
Zoom【アーカイブ動画での視聴も可能です】※本レクチャーは1/11、2/14の全2回です
料金
5500円(税込)
本講義は前提知識なしでもご理解いただけます。

レクチャー内容

第1回(1/11

1. 「ナッジ」とは何か?

「ナッジ」は人々の行動を変えるちょっとした手段です。特にこのコロナ禍ではさまざまなところで使われるようになりました。たとえばコンビニやスーパーのレジの前に貼ってある、ソーシャルディスタンスをとるためのテープなどがわかりやすいでしょう。それだけでなく、世界中の政府や公共団体が「ナッジ・ユニット」というチームを作って大々的にナッジを使うようになっています。

「ナッジ」はもともと「ひじでそっとつつく」という意味ですが、「従わない」という選択肢があることが重要です。イヤなら無視することができます。「自由」を保障しつつ、しかしできるだけ人々をよりよい幸福に向けて誘導する。そういう思想を「リバタリアン・パターナリズム」といいますが、「ナッジ」はそのための便利で安価な手段です。

2. 「ナッジ」はなぜ反発されるのか?

ナッジには反発があることもたしかです。いくら選択の自由があるといっても、結局は特定の方向に誘導しようとしているではないか。その誘導は無意識のうちになされるもので気持ち悪い。そもそも、誘導される先がよりよい幸福であるという保証はどこにあるのか。誰かエリートが勝手に決めた方向に誘導され、それで失敗したら「選んだのはあなたです」という自己責任論で放り出されるのではないか。こうしたことは、より広い文脈で「操作の倫理」として議論されています。とくに、行政が公共政策としてナッジを用いる場合、そうした点が厳しく問われることはいうまでもありません。

ということで第1回のレクチャーでは、ナッジの現状をいろいろ見たうえで、どんな問題点があるのかを確認していきます。

第2回(2/8

3. 「ナッジ」は「実験」である

ナッジ推進者の側もいろいろと反論をしています。このレクチャーではその第一人者であるアメリカの公法学者キャス・サンスティーンの主張を中心的に取り上げますが、そのスローガンを一言でいうと「ナッジは実験である」ということになるでしょう。

ナッジは当然ながら、最初から完全なものではありません。効果のないナッジもたくさんあります。失敗を積み重ねながら、よりよいナッジへと改善していく。ナッジはそういった実験-検証という科学的プロセスのもとにあります。ナッジみたいな間接的なコミュニケーションは日本では昔からあった(だからアメリカの議論をありがたがる必要はない!)とよくいわれます。しかし、ナッジはここ20年ぐらいのICT技術の進歩、とくにビッグデータ解析が進んだことによってまた別の性格を持つようになった手法である、ということを忘れてはなりません。もっと大きな文脈でいえば、20世紀以降の「行政の科学化」という流れにあるものです。

4. 「ナッジ」との付き合い方

そうした文脈をふまえたうえで、このレクチャーでは「ナッジ」とのよりよい付き合い方を考えていきます。ナッジはもう、どこにでもあるものです。むやみに反発するだけでは、それ自体がデータとして活用されてしまうという厄介な話にもなります。考えなければならないのは「ナッジか、よりよいナッジか」という選択なのです。

ナッジ推進の代表者であるキャス・サンスティーンは、2021年に経済学者リチャード・セイラーとともに『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』(日経BP、2022年)という最新のナッジ論を出版しています。また、ナッジの逆の手法、つまり人々の行動をそれとなく邪魔する「スラッジ(ぬかるみ)」についての本も出版しています(早川書房より、2023年1月に翻訳出版予定)。

第2回ではこういった本を題材にしながら、「ナッジ」とのよりよい付き合い方、そしてその背後にある法・政治哲学に入門していきます。

参考文献

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン(遠藤真美訳)『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』(日経BP、2022年)

キャス・サンスティーン(吉良貴之訳)『入門・行動科学と公共政策』(勁草書房、2021年)

キャス・サンスティーン(土方奈美訳)『スラッジ 悪い行動経済学』(早川書房、2022年1月予定)

プロフィール

吉良貴之法哲学

法哲学専攻。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程満期退学。現在、愛知大学法学部准教授。研究テーマは世代間正義論、法の時間論、法と科学技術、およびそれらの公法上の含意について。主な論文として「世代間正義論」(『国家学会雑誌』119巻5-6号、2006 年)、「将来を適切に切り分けること」(『現代思想』2019 年8月号)。翻訳にキャス・サンスティーン『入門・行動科学と公共政策』(勁草書房、2021年)、エイドリアン・ヴァーミュール『リスクの立憲主義』(勁草書房、2019年)、シーラ・ジャサノフ『法廷に立つ科学』(監訳、勁草書房、2015 年)など。

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