貧困の「現場」から見た生活保護

以下もやいブログから引用

 

 

<もやい>からの申し入れの要旨は、

 

1)申請拒否による「申請権」の侵害

申請書を当団体で事前に用意し(生活保護申請書に様式はないので)、来所直後に提示して申請の意思を表明したにもかかわらず、結果としてその日に受理しなかった。

2)現在地保護の原則を適用しない運用

「居住地保護の原則」という法律上根拠のない概念を持ち出して、まず民間の宿泊施設に入所し、入所後に生活保護申請をするという前提で話を進めた。

3)民間宿泊施設職員との不透明な関係

生活保護申請にあたって、無関係であるはずの宿泊施設職員に相談するよう福祉事務所職員が相談者本人に申し伝えた。

の3点についての改善の要望と回答を求めるものでした。

 

それに対する回答は、次の通りでした。

http://www.moyai.net/modules/d3blog/details.php?bid=1551

 

習志野市保健福祉部の回答の要旨としては、意図的に『申請の拒否』や『現在地保護を認めない』運用をしているわけではなく、「ケースワーカーが主旨をうまく相談者に伝えることが出来ずに」結果的に申請の受け付けがなされなかったと答えています。

また、無料定額宿泊所にて申請手続きについての説明が行われたことに関しては、「十分に説明できずに誤解を生じさせた」と答えています。そして上記の2点については「ケースワーカーのスキル不足であり、誠に遺憾であり、課内研修などを通して徹底していく」と結んでいます。

 

千葉県健康福祉部健康福祉指導課の回答の要旨としては、習志野市側から「現在地保護を適用し申請を受理すべきであった」「説明不足で無料定額宿泊所が実施機関であるかのような誤解を生じさせた」との説明があり、その対応は適切でなかったことを指摘・指導し、他の実施機関に対しても指導していくというものでした。

 

 

この<もやい>のブログにも書いたが、何日間も食べていないような相談者に対して「説明がうまく伝わらなかった」「誤解を生じさせた」「スキル不足だった」という理由で結果的に申請が受理されなかったということは、本来あってはならないことである。

 

そして同時に、ケースワーカーや相談員が「スキル不足」であったとしても、福祉事務所全体として一人ひとりの相談者、生活保護利用者に対してサポートをしていくべきであって、担当する職員によって「差」が生じてしまうような体制も問題である。

 

この背景には、先述のように、一人の職員が抱える担当世帯数が多いという事がある。また、煩雑な生活保護制度の運用について、適切な職員の研修などを、どこまで体制として行っているのかには疑問が残る。

 

先だって厚生労働省は、福祉事務所に「不正受給防止」のために、警察官OBを配置した場合の人件費を全額助成することを始めた。それに対しては、配置された警察官OBが、社会福祉法により取得が義務付けられているとされる「社会福祉主事」の資格を持たずに相談業務に従事したとの報道もある。(毎日新聞6月26日:http://mainichi.jp/select/news/20120626mog00m040006000c.html

 

そして、実際に行われている「研修」についても、ブラックボックスで全く表に出てくることはない。

現にどのような「研修」が福祉事務所内で行われているのかについて公開した上で、当事者・支援者など、外部の視点を入れたプログラムの導入を行うなど、より良い生活保護行政の構築を目指していく必要がある。

 

なお、福祉事務所の職員配置に関しては、「生活支援戦略」や「国と地方の協議」のなかで、ケースワーカーの民間委託などの制度も導入が検討されている。ただ、具体的に民間のどのようなところが受け皿として、そういった「いのち」に関わる業務について委託を受けるのか、その基準や業務内容等について、冷静で丁寧な議論が求められる。

 

 

バッシングに翻弄されて(生活保護“緊急”相談ダイヤル)

 

芸能人の母親が生活保護を利用していたことを、現職の国会議員が名指しで批判したことから始まった「生活保護バッシング」を受けて、今年の6月9日(土)10時~19時に、法律家などの支援者を中心とした有志で「生活保護“緊急”相談ダイヤル」が開設された。

 

全国6か所で開設されたこのダイヤルには、合計で363件の相談が寄せられた。

http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-46.html

 

詳細は上記のリンクから集計表が見られるようになっているので参照していただきたい。私もほんの少しだけ参加させていただいたが、報道によるバッシングを受けて、まるで自らが攻撃を受けたかのように傷つかれている方が多いという印象を持った。

 

生活保護を利用することは何ら後ろめたいことではない。必要に迫られて「生きていくために」生活保護を利用するにもかかわらず、まるで生活保護がいけないことかのような報道は、いかに当事者を傷つけ、追い詰めているのだろうかと考えてほしい。

 

私は、昨年12月2日に行われた院内集会「生活保護利用者の座談会的院内集会」に参加した際に、生活保護が「切り下げられる」ことに関して、参加した生活保護利用者のみなさまが口をそろえて「このまま進むと自殺を考えざるを得ない」とおっしゃっていたことを思い出す。これは「極端」な話なのだろうか。

 

ただでさえ、地域の中で、社会の中で、失業や病気や障がいという「つらさ」を負って、居場所を失い孤立している彼らを、こういった実態を見ない「攻撃」によって追い詰めることは、社会にとって何ら有益なことはない。必要な制度に対して、その必要な在り方を、冷静に、かつ丁寧に議論する必要がある。

 

 

 

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