児童虐待の相談件数が急増、人手や予算の不足も。改めて考える、「児童相談所」の役割と課題とは?

深刻な人材不足と職員の疲弊

 

荻上 現場の方からもメールをいただいております。

 

「東京都の児童福祉施設で勤務していました。正直なところ、児童相談所から措置され施設入所をする子どもは、児童福祉司と児童相談所の力量に人生を大きく左右されています。優れた児童福祉司は、対応のスピード感、児童相談所内での援助方針の通し方、子どものためにという熱意、児童の専門家としてのテクニック、どれも素晴らしいものを兼ね備えています。一方で、福祉とは無関係の部署から異動してきた人や子どもに関心がない人など、明らかに資質として不適合だと思われる方もいました。この業界も、自分の都合ではなく子どもや家庭の都合で動くので、長時間のサービス残業が当たり前になっている問題があります。」

 

措置や一時保護なども、現場のテクニックにかなり依存する部分がある。属人的な能力に頼りがちになっている状況を、どのように改善すれば良いのでしょうか。

 

和田 行政の内部においても、もう少し福祉に光を当てて対応してほしいと思います。児童相談所職員の適切な研修制度や採用方法、ジョブローテーションも含め、まだまだ改善が求められます。

 

また、希望をしていないのに人材異動で児童福祉を担当することになったという場合はすぐに異動できる体制を作り、本当に熱意のある人を呼べるようなシステムにしていく必要があります。公務員の人事制度は硬直化していますが、子どもの人生に対する影響の大きさを考えると、児童福祉に関する部署だけでもフレキシブルな対応ができる制度にしてほしいです。

 

そして、長時間のサービス残業が当たり前になっているという点も実感しています。ケースが立て込んでいる時期は家に帰れない、土日も対応せざるをえないなど、厳しい職場環境であることは事実です。

 

荻上 人材不足の解消のためにも、業務の複雑化に合わせて予算を割き、しっかりとした研修を行うなどの対応が重要ですね。

 

和田 日本の児童虐待の関連予算は年々増えているのですが、それでも諸外国と比べると桁が違います。例えばアメリカの予算は日本の30倍もあります。虐待件数でいうとアメリカの方が10倍ほど多いのですが、それでも件数ごとの予算ではアメリカの方が大きいです。

 

荻上 こんなメールも来ています。

 

「労働基準監督官が持っているような司法警察権を児童相談所に付与することはできないのでしょうか。人材が足りていないのも大きな問題だと思いますが、児童相談所経由で警察に家庭の問題を報告するなら、児童相談所の存在意義が薄くなると思います。もしかすると児童相談所に問題解決のソリューションが備わっていないから、人材が集まらないのではないでしょうか。」

 

和田 実は介入からケアまですべて同じ機関で行っているのは、日本だけです。他の国では、警察と児童相談所を足したような機関が別に設けられており、そこが初期対応を担当しています。児童相談所はあくまで子どものケアを専門に行う機関になっています。

 

荻上 すると、日本でも警察に適切な介入をしてもらって児童相談所に受け渡しをするなど、分担をした方が良いのでしょうか。

 

和田 他国の事例を見てみると、警察が初期対応を行っている国は少ないです。やはり、犯罪かどうかという観点ではなく、子どもの安全を第一として考える視点が重要だからです。

 

別の機関との連携の必要性については、少しずつ議論が進んできてはいます。先月の国会でも児童福祉法の司法関与について取り上げられました。今後、児童相談所ではなるべく行政判断によって子どもの判断をしないように、司法が関与するようになってくると思います。例えば一時保護で二ヶ月を超える場合は、家庭裁判所の許可を得なければいけません。

 

荻上 一時保護の課題としてはどういったことがありますか。

 

和田 一つには入所期間の長期化です。現在、平均でも2ヶ月を超えている状況です。一時保護の場合は義務教育以下のお子さんが非常に多いため、長期の入所となると就学機会を損失する可能性があります。

 

一時保護所から学校に通うケースはほとんどありません。通学中や学校に親が来て連れ戻そうとすることも多く、過去に殺人事件も起きているからです。そうした危険を避けるため、施設内部での学習が多くなっているというのが実情です。内部での学習が学校の学習指導要領に準じていれば出欠扱いになるという通知も出たのですが、実際に学校に通うのと比べればまだまだリソースが足りていません。

 

また、もう一つの課題としては、施設に保護者が強引に引き取り要求に来る場合があるため、子どもの安全を考えて自由を制限してしまう可能性も高いということがあります。

 

 

児童相談所での虐待対応の実態

 

荻上 ここからは実際に児童相談所で起きていることについて伺っていきます。今年3月まで児童相談所で働いていた、群馬医療福祉大学専任講師の茂木健司さんです。よろしくお願いします。

 

茂木 よろしくお願いします。

 

荻上 茂木さんは児童相談所でどういった業務をされていたのですか。

 

茂木 私は児童福祉司の業務と一時保護所の業務が6対4くらいでした。児童福祉司の仕事は相談に応じる、社会診断を行うなどで、一時保護所では保護された子どもたちの生活支援や学習指導などを行いました。

 

32年間勤めてきて、業務の内容や環境は非常に大きく変わったと思います。私が働き始めたころは虐待は年に数件程度でしたが、2000年以降は統計の数値通りうなぎ登りになっています(下図)。2000年前後は最も深刻な状況で、件数そのものは現在の半分以下ではありましたが、命に関わる事案が非常に多かったです。虐待の受理件数が激増したので、命に関わる事例は相対的には減りましたが、一定数はあります。当時に比べて職員数は大きく増加しましたが、まだまだ不十分です。

 

 

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全国208か所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数

出典:厚生労働省HP

(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000132381.html)

 

 

荻上 早期でアプローチできているから件数も増えているというところはあるのかもしれませんね。この間、業務も増えてきたのでしょうか。

 

茂木 2000年以降、虐待が増え始めてからは通告があれば48時間以内に駆けつけることがスタンダードになっていきました。そして早急に親との面接を設定する、時間との勝負です。

 

法律ができて児童相談所が広く認知されるようになり、訪問した際に親御さんに拒絶されることは少なくなりました。しかし、最近では親御さんとなかなか面接の設定ができないケースが増えています。親御さんの労働環境の厳しさが原因で、なかなか仕事とのタイミングがあわない。面接が設定できるまでに2〜3週間かかったり、夜20時ころの所内面接や21時以降に訪問するなどのことが日常的に起きています。

 

荻上 48時間以内に対応しなければならないということは、職員の人数とスキルの両方が求められますね。例えば家庭に訪問して親御さんに「子どもの身体を見せてください」と言うと、抵抗する方も多いと思います。親御さんとの衝突で職員の方が疲弊するということも少なからずあるのではないですか。

 

茂木 はい。そういう場合も、私たちは子どもの安全を第一に考えていますから、「子どもの安全のためにどうしても見せて欲しい」と説得するしかないのかなと思います。

 

職員が抱えている相談・対応の件数は、虐待だけで月に10〜20件にのぼります。それに加え、児童養護施設への措置後も保護者支援や施設支援も必要になってくるので、これも行わなければなりません。

 

 

子どもに対する心理的ケアの必要性

 

荻上 リスナーの方からメールをいただいております。

 

「児童虐待が疑われる子どもを保護した場合でも、『親が改心したから』と家に帰した後に再び虐待を受けて死亡するという事件が起きています。なぜ、そのような事件が繰り返されるのでしょうか。親が本当に改心したかの判断は難しいものです。子どもはどんな親でも好きです。久しぶりに親と会えば、懐いていきます。それを見ると、児童相談所の職員も帰そうと思うのでしょう。しかし、事件は起こります。児童相談所の職員体制が万全ではなく、子どもを預かることができないのか、実態を知りたいです。」

 

こうした事件をきっかけで児童相談所を知る方も多いと思いますが、今のメールはいかがお感じですか。

 

茂木 いわゆる「改心」ではなく、子どもが安心して暮らせるかどうかを行動のレベルで判断していかなければいけません。親御さんに対しては、時には保健師さんや保育所の力を借りたり、子育てに苦しくなったらば電話相談もあるんだ、ということも含めて子どもの安全な生活のためのプランニングをしていく必要があると思っています。

 

荻上 児童相談所で人手を増やしていく必要があるのは、どの資格についても言える状況ですか。

 

茂木 児童福祉司の増員が話題となっていますが、私の現場感覚としてはむしろ児童心理司をより充実させてほしいなと思います。以前は「子どもを親から分離させるか否か」という観点が大きかったのですが、現在ではむしろ、「子どもが受けた精神的なダメージをどうケアしていくか」という視点に移ってきました。

 

児童福祉司は地方交付税交付金の算定基礎があるため、基準通りに配置されていますが、心理司にはそうした基準がなく自治体の裁量任せです。そのため心理司はほとんど増員されていない状況です。今後は心理的なアセスメントについても光を当ててほしいと思います。

 

荻上 相談件数も業務も増えている中で、これから児童相談所の状況をより良くしていくにはどのような対応が必要だと思われますか。

 

茂木 基本的には、高齢者の支援でスタンダードになっている「包括的ケア」という考え方です。地域の中で、職種問わずみんなで子どもや保護者を支えていこうということで、前回の法改正でようやく子育て世代の包括支援センターを作ることが推奨されたところです。どこか一つの機関だけでやっているのでは限界がきてしまうので、地域のあらゆる社会資源を総動員させる。この体制が当たり前になっていくことが今後望まれる姿かと思います。

 

荻上 なるほど。虐待の被害や問題が発覚して児童相談所に来る前の段階で地域の中で未然に防止し、さまざまな育児ニーズにも答えていく。子どもに対する包括的な支援が必要だということですね。茂木さん、ありがとうございました。

 

もう一つ、リスナーからのメールを紹介します。

 

「私は幼児期のころに両親の私に対する行動から、児童相談所で相談員の方とお話しする機会を数回経験しました。相談員の方から『君は悪くないよ』『安心して暮らせるところがあるからね』と何度も話されたことはずっと記憶に残っています。私の場合、相談員と警察と両親で話し合いを繰り返し行い、施設などに行くことはなかったため、そのまま日々の生活は変わりませんでした。保護を受けていたらどのような環境を通じて生活していけたのか気になります。両親のことは今でも夢に見ることがあり、鬱々とした気分になります。さまざまな問題を抱えている子どもたちや親御さんに、私のように時が経っても心の中にモヤモヤとした思いを抱えてほしくないと願っております。」

 

和田さんはこれからの児童相談所、児童福祉をめぐる課題としてどのような対応が必要だとお感じになりますか。

 

和田 子どもへのケアを充実させることです。現在はトラウマなどに対するケアを児童相談所で行うことはリソース不足から難しい状況です。業務が多く、なおかつそうした複雑な問題に対応できる心理司が少ないからです。

 

荻上 虐待を受けてトラウマを抱えるだけではなくて、知的障害、発達障害などの障害があって、なおかつ虐待で相談所に来るという方もいると思います。そうした場合は、心理司だけではなく各専門分野のプロフェッショナルが関わる必要がありますよね。

 

和田 そういう場合には児童精神科医の役割が高いのですが、日本には非常に少ないです。地方は特に深刻な状況で、各地域に一人しかいないところもあります。

 

荻上 より多くの地域における児童相談所の設置、職員の育成が求められていますが、それだけでなく、心理的ケアも含めた支援体制を制度として広げていく観点が重要だということですね。和田さん、今日はありがとうございました。

 

 

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