2017.10.30

児童虐待の相談件数が急増、人手や予算の不足も。改めて考える、「児童相談所」の役割と課題とは?

和田一郎×茂木健司×荻上チキ

福祉 #荻上チキ Session-22#児童相談所#児童虐待

児童虐待の相談件数が急増している。2015年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数は10万件以上、統計を取り始めた1990年度から25年連続で過去最多を更新した。こうした事態に対して、政府は児童虐待への対策強化を進め、先の通常国会では児童相談所と家庭裁判所の関わりを強める改正児童福祉法が成立した。児童相談所の果たす役割が大きくなる中で、どのような課題があるのか。歴史と現状をふまえ、専門家と考える。2017年6月28日放送TBSラジオ・荻上チキ・Session-22「児童虐待の相談件数が急増する一方、人手や予算の不足も…『児童相談所』の役割、そして課題とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

児童相談所の役割とは?

荻上 今日のスタジオゲストをご紹介します。児童相談所に詳しい、花園大学・准教授の和田一郎さんです。よろしくお願いします。

和田 よろしくお願いします。

荻上 和田さんは普段どういった研究をされているのですか。

和田 大きく二つあり、一つは虐待の社会に対する影響を金銭で表すという研究をしています。最新の結果では、年間1.6兆円の損害があることがわかりました。

荻上 二年ほど前に試算を出されていましたよね。この数字は大変なインパクトがありました。倫理的な問題であるだけでなく、子どものケアをしないことは社会にとっても損なんだ、という観点も重要ですね。もう一つは、どのような研究に取り組まれているのですか。

和田 子どもの貧困の研究です。主に地方自治体から委託を受けて行っています。最も多い問い合わせはひとり親世帯の調査で、実際にひとり親の方にインタビューを行い質的に分析をして、それに基づいた政策の提言を行っています。

先日発表された日本の貧困統計に関する調査結果では、相変わらずひとり親世帯は「二人に一人は相対的貧困状態」という状況でした。それだけでなく、ヒアリングをする中では「相対的貧困状態」とはされない家庭、あるいは就学援助を受けていないレベルの家庭でも、学費の負担が大きいために子どもが部活をやめなければいけないような状況が見えてきました。

荻上 「お金がかかるから野球部ではなく陸上部にした」など、経済が子どもの選択肢に影響を与えてしまうようなことが日常的に起きている。そのような家庭の実態を浮き彫りにする研究をされているわけですね。

児童相談所にかんする研究はどういった理由で始められたんですか。

和田 日本は子どもに対して予算を集中的に投資できていません。この状況をなんとかしたいという一心で研究を始めました。子どもは選挙権がありませんので、子どもの意思を政策に反映することはなかなか難しい。ですから、子どもに投資しなければこれだけの損害が出るのだと、金銭で表すことで明らかにしていきたいと思っています。

荻上 最近はようやく就学前の子どもの格差などもクローズアップされ始めたところなので、これからはより広く議論を進めていきたいですね。さて、今日のテーマである児童相談所ですが、どういった業務を行う施設なのでしょうか。

和田 18歳未満の子どもに関するあらゆる相談を行っています。大きな相談としては5つあり、養護相談、保健相談、障害相談、非行相談、育成相談などです。養護相談とは、虐待などの相談だけでなく、例えば両親が何かの事故や災害で他界してしまった子どもに対応するケースもあります。保健相談は、未熟児で生まれてきた子どものケアをどうするかなどの相談で、専門の保健師が対応します。障害相談は、例えば発達障害を持っていて療育手帳が必要という場合に、児童相談所が判定を行います。非行相談は、子どもが不良グループに入ってしまった、あるいは犯罪まではいかなくても虞犯などの相談にも対応します。そして育成相談は、いじめ、不登校などの相談です。

この中でもっとも相談件数が多いのは障害相談です。全体の相談件数は25年度のデータで44万件ほどで、そのうち約18万5000件が障害相談です。次に多いのが虐待などを含む養護相談で、約16万2000件です。

荻上 ここ数年間で虐待件数は統計上増加していますが、業務の中で虐待対応にリソースを割く部分は増えているのでしょうか。

和田 はい。虐待の対応はマンパワーが必要ですので、児童相談所は今もっともここに力を割いているというのが実情です。

和田氏
和田氏

戦災孤児対策から始まった児童相談所の歴史

荻上 リスナーからメールが来ています。

「本来の児童相談所の目的は何だったのですか?」

戦後や戦中の資料を読んでいると、引き上げ先の港でたくさんの孤児たちが発生したため、近隣に住む人々が民間でサポートする体制を作っていったという話がありました。こうした流れと現在の児童相談所は何か関係があるのでしょうか。

和田 それは児童養護施設につながっている流れになります。児童相談所は、戦後直後に戦災孤児やストリートチルドレンの対策として、全国に作られた公営の一時保護所が起源となっています。その後、児童福祉法の設立とともに児童相談所が設置されました。当時も戦災孤児の対応をしていたのですが、1970〜1980年代になると非行の対応が多くなり、現在は児童虐待の対応が中心となっています。このように児童相談所の目的は時代によって変わってきています。

荻上 90年代以降では大きな変化はありましたか。

和田 1995年にオウム事件があり、教団施設から保護した大勢の子どもを治療したり、一時保護所に保護したことがありました。当時は保護者から非常に大きな抵抗があったため、そうしたことから子どもを守るためのシステムが出来始めました。それが、現在の虐待対応の基礎となっている部分もあります。

荻上 児童相談所は現在、どこが設置をしているのでしょうか。

和田 県と政令市に義務付けられています。中核市でも設置はできるのですが、今のところは金沢市と横須賀市にしかありません。この二つの地域はトップのリーダーシップが強く、「地域の子どもは自分たちで守る」という意思のもと予算を作って設立したという経緯があります。

2016年度現在で全国に209箇所設置されており、10000人程度の職員が働いています。そのうち、136箇所に一時保護所があります。

荻上 一時保護所の役割はどういったものなのでしょうか。

和田 虐待などが原因で親と暮らすことが難しいお子さんを預かったり、非行などさまざまな事情を抱えている場合には、しばらく様子を見て判断するため「調査保護」という形で預かることもあります。平成25年度のデータでは、一時保護だけで年間2万1000件ほどで、そのうち半数の1万件は虐待による一時保護です。

荻上 こんなメールもきています。

「以前、大阪でマンション内に児童相談所を作ろうとして、反対署名が多数で断念した件がありました。児童相談所は嫌われる存在なのでしょうか。」

和田 保育園でも反対運動が起こるくらいなので、子どもの施設はどうしても住民からの合意を得るのが難しいです。「声がうるさい」「子どもが脱走して家に入ってきたらどうするんだ」といった反対意見をよく聞きます。

荻上 実際に児童相談所ではどんな方が職務にあたっているのですか。

和田 もっとも多いのは児童福祉司です。次に児童心理司、一時保護所には児童指導員、保育士がいます。全体的には医師や保健師、看護師、調理師なども在職しています。学習支援ではボランティアの方にもご協力いただいております。

児童福祉司は児童のソーシャルワーカーです。社会援助技術という専門的な技術を持つ資格で、子どもや親に対して必要な指導を行います。児童福祉法が設置された時にこの資格が作られました。児童指導員とは、一時保護所にいて子どもとともに生活しながらサポートをするケアワーカーです。そして児童心理司は、心理学の学識に基づいて心理判定をおこなったり、子どもへのケアを行う職種になります。

荻上 例えば子どもが虐待を受けているという通報があったときは、どういった流れで対応するのですか。

和田 まず、児童相談所で受理会議を行い、通告を受け付けます。その後にさまざまな調査を行います。児童福祉司が行う「社会診断」、児童心理司が行う「心理診断」、一時保護される場合には「行動診断」、医学的な判断が必要な場合は「医学診断」などです。次に援助方針会議を開き、総合的な判断によって在宅で指導するのか施設で預かった方が良いのかを検討します。

荻上 その中で児童相談所の権限はどの範囲になるのでしょうか。

和田 児童相談所の特有の権限としては二つあり、一つは先ほど説明した一時保護をする機能です。親の意向に関わらず子どもを預かることができるのは児童相談所にしかない機能です。ちなみに預かる期間の目安は2ヶ月となっています。一時保護をした後、親と暮らすのが望ましくないと判断した場合には、もう一つの権限として子どもを措置する機能があります。児童擁護施設や里親のもとで暮らすということです。

荻上 一時保護にするかどうかの判断は難しいものなのですか。

和田 はい。子どもによっては一時保護が不適切な場合もあれば、一時保護をしなかったことによって、その後トラブルにつながる危険もあります。そのあたりの判断は非常に難しいので、現在、国が一時保護や措置に対するアセスメントを作成しているところです。

深刻な人材不足と職員の疲弊

荻上 現場の方からもメールをいただいております。

「東京都の児童福祉施設で勤務していました。正直なところ、児童相談所から措置され施設入所をする子どもは、児童福祉司と児童相談所の力量に人生を大きく左右されています。優れた児童福祉司は、対応のスピード感、児童相談所内での援助方針の通し方、子どものためにという熱意、児童の専門家としてのテクニック、どれも素晴らしいものを兼ね備えています。一方で、福祉とは無関係の部署から異動してきた人や子どもに関心がない人など、明らかに資質として不適合だと思われる方もいました。この業界も、自分の都合ではなく子どもや家庭の都合で動くので、長時間のサービス残業が当たり前になっている問題があります。」

措置や一時保護なども、現場のテクニックにかなり依存する部分がある。属人的な能力に頼りがちになっている状況を、どのように改善すれば良いのでしょうか。

和田 行政の内部においても、もう少し福祉に光を当てて対応してほしいと思います。児童相談所職員の適切な研修制度や採用方法、ジョブローテーションも含め、まだまだ改善が求められます。

また、希望をしていないのに人材異動で児童福祉を担当することになったという場合はすぐに異動できる体制を作り、本当に熱意のある人を呼べるようなシステムにしていく必要があります。公務員の人事制度は硬直化していますが、子どもの人生に対する影響の大きさを考えると、児童福祉に関する部署だけでもフレキシブルな対応ができる制度にしてほしいです。

そして、長時間のサービス残業が当たり前になっているという点も実感しています。ケースが立て込んでいる時期は家に帰れない、土日も対応せざるをえないなど、厳しい職場環境であることは事実です。

荻上 人材不足の解消のためにも、業務の複雑化に合わせて予算を割き、しっかりとした研修を行うなどの対応が重要ですね。

和田 日本の児童虐待の関連予算は年々増えているのですが、それでも諸外国と比べると桁が違います。例えばアメリカの予算は日本の30倍もあります。虐待件数でいうとアメリカの方が10倍ほど多いのですが、それでも件数ごとの予算ではアメリカの方が大きいです。

荻上 こんなメールも来ています。

「労働基準監督官が持っているような司法警察権を児童相談所に付与することはできないのでしょうか。人材が足りていないのも大きな問題だと思いますが、児童相談所経由で警察に家庭の問題を報告するなら、児童相談所の存在意義が薄くなると思います。もしかすると児童相談所に問題解決のソリューションが備わっていないから、人材が集まらないのではないでしょうか。」

和田 実は介入からケアまですべて同じ機関で行っているのは、日本だけです。他の国では、警察と児童相談所を足したような機関が別に設けられており、そこが初期対応を担当しています。児童相談所はあくまで子どものケアを専門に行う機関になっています。

荻上 すると、日本でも警察に適切な介入をしてもらって児童相談所に受け渡しをするなど、分担をした方が良いのでしょうか。

和田 他国の事例を見てみると、警察が初期対応を行っている国は少ないです。やはり、犯罪かどうかという観点ではなく、子どもの安全を第一として考える視点が重要だからです。

別の機関との連携の必要性については、少しずつ議論が進んできてはいます。先月の国会でも児童福祉法の司法関与について取り上げられました。今後、児童相談所ではなるべく行政判断によって子どもの判断をしないように、司法が関与するようになってくると思います。例えば一時保護で二ヶ月を超える場合は、家庭裁判所の許可を得なければいけません。

荻上 一時保護の課題としてはどういったことがありますか。

和田 一つには入所期間の長期化です。現在、平均でも2ヶ月を超えている状況です。一時保護の場合は義務教育以下のお子さんが非常に多いため、長期の入所となると就学機会を損失する可能性があります。

一時保護所から学校に通うケースはほとんどありません。通学中や学校に親が来て連れ戻そうとすることも多く、過去に殺人事件も起きているからです。そうした危険を避けるため、施設内部での学習が多くなっているというのが実情です。内部での学習が学校の学習指導要領に準じていれば出欠扱いになるという通知も出たのですが、実際に学校に通うのと比べればまだまだリソースが足りていません。

また、もう一つの課題としては、施設に保護者が強引に引き取り要求に来る場合があるため、子どもの安全を考えて自由を制限してしまう可能性も高いということがあります。

児童相談所での虐待対応の実態

荻上 ここからは実際に児童相談所で起きていることについて伺っていきます。今年3月まで児童相談所で働いていた、群馬医療福祉大学専任講師の茂木健司さんです。よろしくお願いします。

茂木 よろしくお願いします。

荻上 茂木さんは児童相談所でどういった業務をされていたのですか。

茂木 私は児童福祉司の業務と一時保護所の業務が6対4くらいでした。児童福祉司の仕事は相談に応じる、社会診断を行うなどで、一時保護所では保護された子どもたちの生活支援や学習指導などを行いました。

32年間勤めてきて、業務の内容や環境は非常に大きく変わったと思います。私が働き始めたころは虐待は年に数件程度でしたが、2000年以降は統計の数値通りうなぎ登りになっています(下図)。2000年前後は最も深刻な状況で、件数そのものは現在の半分以下ではありましたが、命に関わる事案が非常に多かったです。虐待の受理件数が激増したので、命に関わる事例は相対的には減りましたが、一定数はあります。当時に比べて職員数は大きく増加しましたが、まだまだ不十分です。

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全国208か所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数

出典:厚生労働省HP

(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000132381.html)

荻上 早期でアプローチできているから件数も増えているというところはあるのかもしれませんね。この間、業務も増えてきたのでしょうか。

茂木 2000年以降、虐待が増え始めてからは通告があれば48時間以内に駆けつけることがスタンダードになっていきました。そして早急に親との面接を設定する、時間との勝負です。

法律ができて児童相談所が広く認知されるようになり、訪問した際に親御さんに拒絶されることは少なくなりました。しかし、最近では親御さんとなかなか面接の設定ができないケースが増えています。親御さんの労働環境の厳しさが原因で、なかなか仕事とのタイミングがあわない。面接が設定できるまでに2〜3週間かかったり、夜20時ころの所内面接や21時以降に訪問するなどのことが日常的に起きています。

荻上 48時間以内に対応しなければならないということは、職員の人数とスキルの両方が求められますね。例えば家庭に訪問して親御さんに「子どもの身体を見せてください」と言うと、抵抗する方も多いと思います。親御さんとの衝突で職員の方が疲弊するということも少なからずあるのではないですか。

茂木 はい。そういう場合も、私たちは子どもの安全を第一に考えていますから、「子どもの安全のためにどうしても見せて欲しい」と説得するしかないのかなと思います。

職員が抱えている相談・対応の件数は、虐待だけで月に10〜20件にのぼります。それに加え、児童養護施設への措置後も保護者支援や施設支援も必要になってくるので、これも行わなければなりません。

子どもに対する心理的ケアの必要性

荻上 リスナーの方からメールをいただいております。

「児童虐待が疑われる子どもを保護した場合でも、『親が改心したから』と家に帰した後に再び虐待を受けて死亡するという事件が起きています。なぜ、そのような事件が繰り返されるのでしょうか。親が本当に改心したかの判断は難しいものです。子どもはどんな親でも好きです。久しぶりに親と会えば、懐いていきます。それを見ると、児童相談所の職員も帰そうと思うのでしょう。しかし、事件は起こります。児童相談所の職員体制が万全ではなく、子どもを預かることができないのか、実態を知りたいです。」

こうした事件をきっかけで児童相談所を知る方も多いと思いますが、今のメールはいかがお感じですか。

茂木 いわゆる「改心」ではなく、子どもが安心して暮らせるかどうかを行動のレベルで判断していかなければいけません。親御さんに対しては、時には保健師さんや保育所の力を借りたり、子育てに苦しくなったらば電話相談もあるんだ、ということも含めて子どもの安全な生活のためのプランニングをしていく必要があると思っています。

荻上 児童相談所で人手を増やしていく必要があるのは、どの資格についても言える状況ですか。

茂木 児童福祉司の増員が話題となっていますが、私の現場感覚としてはむしろ児童心理司をより充実させてほしいなと思います。以前は「子どもを親から分離させるか否か」という観点が大きかったのですが、現在ではむしろ、「子どもが受けた精神的なダメージをどうケアしていくか」という視点に移ってきました。

児童福祉司は地方交付税交付金の算定基礎があるため、基準通りに配置されていますが、心理司にはそうした基準がなく自治体の裁量任せです。そのため心理司はほとんど増員されていない状況です。今後は心理的なアセスメントについても光を当ててほしいと思います。

荻上 相談件数も業務も増えている中で、これから児童相談所の状況をより良くしていくにはどのような対応が必要だと思われますか。

茂木 基本的には、高齢者の支援でスタンダードになっている「包括的ケア」という考え方です。地域の中で、職種問わずみんなで子どもや保護者を支えていこうということで、前回の法改正でようやく子育て世代の包括支援センターを作ることが推奨されたところです。どこか一つの機関だけでやっているのでは限界がきてしまうので、地域のあらゆる社会資源を総動員させる。この体制が当たり前になっていくことが今後望まれる姿かと思います。

荻上 なるほど。虐待の被害や問題が発覚して児童相談所に来る前の段階で地域の中で未然に防止し、さまざまな育児ニーズにも答えていく。子どもに対する包括的な支援が必要だということですね。茂木さん、ありがとうございました。

もう一つ、リスナーからのメールを紹介します。

「私は幼児期のころに両親の私に対する行動から、児童相談所で相談員の方とお話しする機会を数回経験しました。相談員の方から『君は悪くないよ』『安心して暮らせるところがあるからね』と何度も話されたことはずっと記憶に残っています。私の場合、相談員と警察と両親で話し合いを繰り返し行い、施設などに行くことはなかったため、そのまま日々の生活は変わりませんでした。保護を受けていたらどのような環境を通じて生活していけたのか気になります。両親のことは今でも夢に見ることがあり、鬱々とした気分になります。さまざまな問題を抱えている子どもたちや親御さんに、私のように時が経っても心の中にモヤモヤとした思いを抱えてほしくないと願っております。」

和田さんはこれからの児童相談所、児童福祉をめぐる課題としてどのような対応が必要だとお感じになりますか。

和田 子どもへのケアを充実させることです。現在はトラウマなどに対するケアを児童相談所で行うことはリソース不足から難しい状況です。業務が多く、なおかつそうした複雑な問題に対応できる心理司が少ないからです。

荻上 虐待を受けてトラウマを抱えるだけではなくて、知的障害、発達障害などの障害があって、なおかつ虐待で相談所に来るという方もいると思います。そうした場合は、心理司だけではなく各専門分野のプロフェッショナルが関わる必要がありますよね。

和田 そういう場合には児童精神科医の役割が高いのですが、日本には非常に少ないです。地方は特に深刻な状況で、各地域に一人しかいないところもあります。

荻上 より多くの地域における児童相談所の設置、職員の育成が求められていますが、それだけでなく、心理的ケアも含めた支援体制を制度として広げていく観点が重要だということですね。和田さん、今日はありがとうございました。

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プロフィール

和田一郎児童家庭福祉

社会福祉士、精神保健福祉士。博士(ヒューマン・ケア科学)茨城県職員として、県庁児童福祉主管課・福祉事務所・児童相談所に勤務。その後、社会福祉法人恩賜財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所主任研究員として、子ども虐待防止政策の研究を行う。現在、花園大学社会福祉学部児童福祉学科准教授。

この執筆者の記事

茂木健司群馬医療福祉大学社会福祉学部専任講師

1981年に埼玉県の福祉職として入庁後、1985年から2017年3月まで埼玉県内の複数の児童相談所の児童福祉司、児童相談所一時保護所の児童指導員、児童福祉司のスーパーバイザー、一時保護所のスーパーバイザーなどを歴任した。2008年ころから業務の傍ら一時保護所問題の研究にも携わり、いくつかの論文・著書がある。2017年4月から群馬医療福祉大学社会福祉学部専任講師。ほか児童養護施設の外部スーパーバイザー、全国児童相談所一時保護所研究会代表。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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