2019.08.26

日本の公的扶助制度とセーフティネット――国際比較からみた特徴

埋橋孝文 社会政策・社会保障論

福祉

1.「最後の拠り所」としての公的扶助制度

公的扶助制度とは、「例外的な困窮に対処し貧窮を軽減しうるように、所得および資産の調査(ミーンズテスト)にもとづいて金銭給付を提供する制度」といわれる。それは「最後の拠り所」であって、わが国では生活保護制度が代表的な公的扶助制度である。この制度は次のような2つの性格をもっている。

第1に、年金や医療などの社会保険制度が、貧困を未然に予防するという役割を期待されているのに対して、公的扶助は「所得および資産の調査」を経たうえで給付される“事後的救済”(「救貧」)である。第2に、その財源が全額公費(税金)であること、このことが「所得および資産の調査」を行う根拠となっている。

本稿では、筆者がこれまで発表してきた論文をもとに、日本の公的扶助とセーフティネットが国際比較からみた場合にどのような特徴をもっているかを整理し、そこから導き出される政策的意味合いを述べる。

図1は、公的扶助支出/GDP(横軸)と統合脱商品化度(縦軸)の関係を示している。統合脱商品化とは、エスピン・アンデルセンが用いた概念であり,老齢や病気,失業などのリスクに遭遇したときに、労働市場に出て働かなくてもすむ程度を示している。同図から、脱商品化度の高い国ほど、国民経済に占める公的扶助の比重が小さいという傾向がみてとれる。なぜそのような国では、公的扶助の必要性が低いのだろうか?

統合脱商品化度は、年金、医療、失業に関わる社会保険制度を対象にして算出され、社会保険給付の広義の「寛大さ(手厚さ)」を測るものである。先に述べたように、社会保険制度は貧困を未然に予防するという「防貧」的役割を期待されているが、これが「寛大」であるならば、結果的に、貧困者を事後的に救済するという救貧的役割を担う公的扶助制度の比重が小さくなるのは当然といえよう。未然に貧困が防がれているのであれば、事後的に貧困を救う必要性は小さくなる。

出所)埋橋(2013a)

先行研究によって、すでに下記のことが明らかになっている。(1)日本の公的扶助の割合(受給人数が人口に占める割合や、公的扶助支出額がGDPに占める割合)が国際比較的に見て低いこと、(2)捕捉率が低いこと、つまり、公的扶助を受けることができる有資格者の中で実際に受けている人の割合が低いこと(20~30%)、である。以下ではそれ以外の特徴について述べる。

公的扶助受給世帯の4大グループは、各国にほぼ共通して、(1)高齢者世帯、(2)疾病・障害者世帯、(3)母子世帯、(4)失業者世帯であるが、日本の場合、母子世帯、失業者世帯(統計上「その他の世帯」として扱われる)の割合がそれぞれ6%、16%と少なく、高齢者世帯、傷病・障害者世帯で全体の77%を占めている(2018年)。大まかにいって、老齢年金や障害年金の充実している国では、高齢者世帯、傷病・障害世帯の割合が小さいが、日本は逆でその割合が高い。

受給世帯全体の中で、いわゆる稼動層(労働可能層)に分類される母子世帯、失業者世帯の割合の低いことが、日本の公的扶助制度の第1の特徴である。日本ではこうした世帯のように労働能力があるとされた場合には生活保護を受けることが難しいのである。

2.日本の生活保護の制度設計

(1)勤労収入と可処分所得

図2は、6つのタイプの生活保護世帯別に、勤労収入が増加するにつれて、可処分所得がどのように変化するかを図示している。

図からは、以下のような興味深いことがわかる。

第1に、生活保護を受けている間 (図2では屈折点を迎えるまでの間)は、子どもがいることによる生計費の増大をカバーするように、生活保護給付は設計されている。つまり、屈折点までは、同じ勤労収入であっても、子1人、子2人いる世帯の方が可処分所得は高い。子どもが一人増えると、生活保護給付も増えるからである。

しかし、生活保護が打ち切られて以降(図2の屈折点の右側)は、そうした生活保護給付がなくなるわけだから、この数による可処分所得の差はなくなる。このことは、生活保護世帯より所得水準が若干高いだけのボーダーライン層では、子どものいることによる生計費の上昇が、かなり生活を圧迫することを意味する。というのも、生活保護を受給している間は、子どもがいることで生活保護給付が高くなっているが、ボーダーライン層ではそうでないからである。

第2に、生活保護を受けている間にも、とくに収入が200万円までは、可処分所得がなだらかではあるが増加している。それは勤労控除制度があるためである。その結果、勤労収入の増加によって生活保護を受けられなくなったときに、却って可処分所得が減少するという、いわゆる「貧困の罠」(poverty trap、働くとかえって可処分諸国が減るため働こうとしないようになること)は観察されない。このような意味で、わが国の生活保護制度は就労促進的な制度設計になっているといえる。

ただし、図2では生活保護給付として「生活扶助」「教育扶助」「住宅扶助」という現金給付のみを取り上げている。サービスを提供する医療扶助や介護扶助を視野に入れると、勤労収入の増加によって生活保護給付を打ち切られた場合に、医療費や介護費の自己負担分が発生するので、事情は変わってくる。つまり、サービス給付を考慮した場合には、「貧困の罠」が存在する可能性は高い。

第3に、子どものいる世帯で、勤労収入が300万円を超えてからは、可処分所得の伸びがないフラットな収入の幅が広くなっている。つまり、勤労収入を増やしても、手元に残る可処分所得が増えないかたちになっている。この幅がもっとも広いのは夫婦と子ども2人世帯である。この世帯では、あまり就労インセンティブが働かないことになっている。

要約すると、国際比較からみた日本の生活保護制度の第2の特徴として、一定の範囲で、勤労収入の増加にともなって、可処分所得が漸増する制度設計となっている。また、現金給付だけを見れば、基本的に「貧困の罠」が存在しない制度設計になっている。

ただし、保護が打ち切られたのちの生活で、生計費の大きな項目となる子育て費用や教育費を考慮した場合には、実質的な生活水準の低下がみられることになる。受給中はこれらの費目も、生活保護手当によってカバーされているからである。さらに、保護受給中には、医療扶助や介護扶助などが現物サービスで提供されているが、保護が打ち切られたのちにはそれらのサービスに対する自己負担分が家計を圧迫することになる。

図2 モデル勤労世帯別可処分所得(いずれの世帯も働き手は1人、年当たり、円)

出所)埋橋(2013a)

(2)「包括的」で「体系的な」日本の生活保護

次に注目されるのは、OECD諸国の中で、日本がフィンランド、韓国、スロバキアと並んで、住宅、医療、教育、就業支援などの、いく種類もの個別(カテゴリー別)給付が支給されることである。イギリスでは日本でいうところの生活扶助だけであるし、オランダではそれに加えてひとり親への付加給付があるだけである。

生活扶助以外の個別給付

フィンランド-医療、家賃、就業のための経費

韓国-医療、教育、出産、葬祭、住宅、自立支援

スロバキア-医療、住宅、就業支援など

日本-医療、介護、住宅、生業、教育、出産、葬祭

もちろん、家賃については多くの国で公的扶助がカバーしているが、日本の生活保護制度の第3の特徴としては、生活保護が8種類もの個別の支出項目をカバーし、そうしたカテゴリー別の個別給付が整い、制度的にはもっとも「包括的」・「体系的」なものになっていることである。

その評価は分かれるところである。やむなく生活保護を受給せざるを得なかった世帯には、パッケージとして一括して細かい支出の項目に沿った手当が支給される。しかし、このことは逆に、結果として医療サービスや住宅、教育などの個別扶助を、単体として得ることが難しいことになる。

また、生活保護基準をわずかに上回る所得のいわゆるボーダーライン層あるいはワーキングプア層には、そうした包括的な手当が得られないことを意味する。これが、日本において、ワーキングプアの問題の解決を困難にしている制度上の理由のひとつである。

3.公的扶助給付の「水準」比較

次に、日本の生活保護給付の「水準」は国際比較的に見るとどのような特徴があるかを検討する。図3は、OECD29ヵ国の「最低賃金」「公的扶助」「老齢最低所得保障(老齢基礎年金)」の水準を比較したものである。

OECD平均で見ると、最低賃金がもっとも高く、次いで老齢最低所得保障、公的扶助等を含む純所得となっている。それに対して日本では、最低賃金と公的扶助の水準がもっとも近接し、また、老齢最低所得保障が公的扶助より低いという少数派(日本、フィンランド、アイスランド)に属している。

図3からわかるように、「公的扶助等を含む純所得」が高いスイス、スウェーデン、フィンランド、イギリス、ノルウェーなどでは、「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」との間隔が広くなっている(◆を折れ線でつなぐとよくわかる)。日本ではその間隔が狭い。

つまり、日本では最低賃金と公的扶助の水準がOECD諸国のなかでもっとも近接しており、日本の公的扶助「単体」の水準はかなり高いといえる。だが、住宅給付や家族給付制度を考慮に入れた「公的扶助を含む純所得」は、OECD平均で中位にとどまる。「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」の差額が小さいのである。

こうしたことは、基本的には税を財源とするが、公的扶助のような厳しい所得・資産調査を必要としないいわゆる「社会手当」が日本では未整備で、しかも、その給付水準が低いことから生じる。ここでは詳しくふれることができないが、社会手当の代表は住宅手当(いわゆる家賃補助)である。「公的扶助等を含む純所得」と「公的扶助」の差額部分が社会手当の金額となっている。

以上のことから、日本の生活保護の第3の特徴として、最低賃金や老齢最低所得保障と比べての生活保護の水準は国際的には高いが、しかし、社会手当をプラスした「公的扶助を含む純所得」はそれほど高くないことがわかる。

これまでをまとめると、次のようになる。

日本の生活保護の受給者と金額ベースの割合は、国際的にみて著しく低く、捕捉率も低い。捕捉率が低いことは、本来は生活保護を受給できる資格をもつが、受給していない生活困窮者が多数存在していることを意味する。

制度設計上は8種類の扶助を備え「包括的」、「体系的」であり水準的にも見劣りしないが、子どもの養育、教育に関わる経費や医療などのサービス給付を視野に入れると「貧困の罠」が存在する可能性がある。

また、最低賃金や老齢所得保障の水準が低く、住宅や医療、家族に関わる社会手当の整備がないのが現実である。社会手当は、いわゆるワーキングプア(働いていても所得が貧困線を下回る人々)も受け取ることができるものであるが、実際はその水準が低く、かれらの生活改善に役立っていない。 

4.日本のセーフティネット

(1)セーフティネットの綻び 

湯浅誠氏によると、日本のセーフティネットは、(1)雇用(労働)のネット、(2)社会保険のネット、(3)公的扶助(生活保護)のネットの3種類からなっている(湯浅2008)。

つまり、働くことで得られる所得をもとにして、私たちは日々の生活を営むことができる。しかし、不幸にして失業や病気、事故、あるいは高齢などの理由で働くことができなくなったときには、自らが保険料を拠出してきた失業保険や健康保険、年金保険などの社会保険制度を利用して生活を継続することができる。失業や病気の期間が長くなったり、何らかの理由から保険料を納めてきた期間が短かかったり、そもそも保険制度に加入していなくて保険給付を受け取る資格がない場合には、最後のセーフティネットとしての生活保護に頼ることになっている。

こうしたセーフティネットのかたちは先進諸国ではある程度共通したものであるが、現在、日本ではセーフティネットを構成する雇用や社会保障制度から漏れ落ちていく人々が少なくない。非正規労働者に代表されるワーキングプア、長期失業者、ひとり親、学卒未就業者などである。

非正規労働者は1985年には655万人、全労働者に占める割合は16.4%であったが、10年後の1995年には1000万人を超え(1001万人、同20.9%)、2018年で2036万人、全労働者に占める割合は37.3%となっている。

こうしたなかで、それまでから綻びを見せていたセーフティネットの不備と欠陥がよりいっそう明らかになりつつある。つまり、これまでの日本のセーフティネットは、労働者の3人にひとりが非正規労働者となるような状況を予め想定しておらず、そのためかれらの多くがセーフティネットの恩恵を受けないという状況が生まれてきている。

以下では、日本のセーフティネットの「かたち」を検討し、非正規労働者をはじめとするワーキングプア=低所得者への支援のあり方を考える。

(2)日本のセーフティネットの「かたち」

日本のセーフティネットは国際比較という鏡を通して見た場合、どのような姿をしているのであろうか。

OECDの報告書Benefits and Wages 2007(邦訳『図表でみる世界の最低生活保障-OECD給付・賃金インディケータ』、2008年、以下OECD報告書という)は、加盟28カ国を調査し、社会保障制度と税制、最低賃金制のそれぞれを比較検討している。ここでは、この報告書から浮かび上がる日本の特徴を4つにまとめておく。

第1、日本の法定最低賃金の水準は低く(28ヵ国中26位)、失業保険の受給期間が短い(28ヵ国中19位)。失業保険給付の水準は平均的な水準にある。

第2、公的扶助制度は、すでにふれたように、OECDのなかでももっとも「包括的」・「体系的」で生活費の各分野を網羅している。そうしたカテゴリー別の個別給付を合計すると、給付水準はOECDのなかでも上位にあるが、受給者の割合がきわめて低く、その結果、生活保護を受給していない(働いていても貧しい)ワーキングプアが多数存在することになる。

第3、日本では、そうしたワーキングプアに代表される低所得層に対して、もっとも所得の底上げを期待される「社会手当」の整備が遅れている。このことは、典型的には、日本で住宅給付(これは生活保護のなかの住宅扶助ではなく、低所得層に対する「一般的な住宅給付」のことであり「家賃補助」のかたちをとることが多い)が存在しないことに表れている。

図4 3層のセーフティネットから4層のセーフティネットへ

出所)埋橋(2010)

以上を通して、「正規職労働者と生活保護受給者の『狭間』に多数存在する非正規労働者やワーキングプア層への所得保障措置が採られていない」ことがさまざまな側面から示された。

ここで明らかになった光景は、これまで検討してきた生活保護制度やその他のセーフティネットの制度が全体としてもたらす必然的帰結といえよう。比ゆ的にいえば、「安全ストッパー」のない「滑り台社会」のもつ危うさを示している。

安全ストッパーとは、多くのOECD諸国で制度化されているような、第2層の社会保険と第3層の生活保護制度の間にあって、生活保障機能を担う各種社会手当のことを指す。日本のセーフティネットは雇用(労働)、社会保険、公的扶助の3層から構成されているが、第2層と第3層の間の広すぎる隙間を生めるための新たなセーフティネットを導入する必要がある。

参考文献

・埋橋孝文(1999)「公的扶助制度の国際比較-OECD24ヶ国のなかの日本の位置-」『海外社会保障研究』127号

・埋橋孝文(2010)「3層のセーフティネットから4層のセーフティネットへ」埋橋孝文+連合総合生活開発研究所『参加と連帯のセーフティネット:人間らしい品格ある社会への提言』第6章、ミネルヴァ書房

・埋橋孝文編著(2013a)『生活保護』ミネルヴァ書房

・埋橋孝文(2013b)「日本の生活保護・低所得者支援制度-ワーキングプア層への目配り」宮本太郎編『生活保障の戦略-教育・雇用・社会保障をつなぐ』第4章、岩波書店

・湯浅誠(2008)『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』岩波新書

プロフィール

埋橋孝文社会政策・社会保障論

1951年大阪府に生まれる。1983年関西学院大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学;関西学院大学)。現在、同志社大学社会学部教授、放送大学客員教授。専攻は、社会政策・社会保障論。

主な著書は、『現代福祉国家の国際比較-日本モデルの位置づけと展望』(単著、1997年)、『比較のなかの福祉国家』(編著、2003年)、『ワークフェア 排除から包摂へ?』(編著、2007年)、『参加と連帯のセーフティネット』(共編著、2010年)、『福祉政策の国際動向と日本の選択-ポスト「三つの世界」論』(単著、2011年)、『中国の弱者層と社会保障-「改革開放」の光と影』(共編著、2012年)、『生活保護』(編著、2013年)、『子どもの貧困/不利/困難を考える Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ』(共編著、2016年、2019年)、『貧困と生活困窮者支援-ソーシャルワークの新展開』(共編著、2018年)。

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