2013.09.03

新たな支援制度の実態とは――生活困窮者自立支援法の問題点

大西連 NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

福祉 #もやい#生活困窮者自立支援法

7月21日の参議院議員選挙は、自民・公明両党の圧勝となった。今後の社会保障をめぐる議論においても、与党の「意向」が強く反映され、進められていくことは間違いない。

政府は選挙前の6月に閣議決定した「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」において、『聖域とはせず、見直しに取り組む』と、今後の社会保障の削減を明言している(*1)。

また、社会保障制度改革国民会議においても、

(1)「自助を基本としつつ、自助の共同化としての共助(=社会保険制度)が自助を支え、自助・共助で対応できない場合に公的扶助等の公助が補完する仕組み」が基本

(2)政策効果を最小の費用で実施できるよう、同時に徹底した給付の重点化、効率化が必要

などが基本的な考え方として提言されている。

ここでの議論は、年金や医療、介護などの「社会保険」に関するものが中心だが、全体として「財源的な持続可能性」という基軸の下で語られている(報告書自体はそれぞれ非常に読みごたえのあるものになっているので、ぜひ目を通してもらいたい(*2))。

もちろん「財源的な持続可能性」の話はとても重要だ。それなしに議論することはできない。しかし一方で、「財源的な持続可能性」によって重点化・効率化されるそれぞれの制度は、現在進行形で人々の生活を支える大切なセーフティネットになっていることも事実だ。

「削減」や「見直し」ありきに見える議論は、「いのちの持続可能性」についての発想や理念が軽視されているようにも思える。

実際に、生活保護については8月から給付基準額が一部引き下げられた。世帯構成や地域によって金額は異なるが、数百円から場合によっては数千円のカットが始まり、すでに215万人の生活保護利用者の生活を「削減」している。

生活保護の「引き下げ」は何をもたらすのか https://synodos.jp/welfare/743

このように社会保障全体が、現在、全方位的に「削減」の波にさらされている。そういった文脈をふまえた上で、本題に入っていきたい。

(*1)経済財政運営と改革の基本方針 http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2013/2013_basicpolicies.pdf

(*2)社会保障制度改革国民会議 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokuminkaigi/

新しい支援制度は生活保護の改悪と両輪

さきの国会で政府与党は「生活保護法改正法案」と新法である「生活困窮者自立支援法」の両法案を重要法案と位置づけ、その成立を目指した。5月17日に閣議決定されると、すぐさま衆院で可決。しかし、参院では審議が長引き、国会閉幕の6月26日、結果として時間切れ廃案となった。

この両法案は民主党時代に「生活支援戦略」と呼ばれていた、生活困窮者支援の体系化をおこなうための議論の文脈を引き継いでいる。生活支援戦略は、「生活保護の見直し」と、生活保護の手前に「新たな支援制度」をつくることを両輪として設計されていた。

「生活支援戦略に関する主な論点(案)」における「生活保護の適正化」についての私見 https://synodos.jp/welfare/1449

動き始めた「生活支援戦略」をひも解く https://synodos.jp/society/379

つまり、ここでいう「新たな支援制度」は、まったく新しいところから作る(メニューを増やす)支援制度ではなく、結果的にしろ、生活保護の役割を圧縮することを「前提」とした制度であると考えることができる。

そして、両法案は自公政権に引き継がれ、ここでも「セット」として国会に提出された。

生活保護法改正法案に関しては、その内容のひどさもあって批判や議論を呼び起こした。

生活保護法改正法案、その問題点 https://synodos.jp/welfare/3984

しかし、もう一方の生活困窮者自立支援法に関しては、これまでメディアもふくめて、あまり積極的にその内容が検証されることはなかった。

また、「新しい支援制度」ということからくる期待や、生活保護法改正法案とセットであることの意味、提起されている制度の内容をよく知らないままに、比較的ポジティブな印象で受け取られる場合も多い。

政府は秋の国会に両法案を再度国会に提出すると明言している。生活困窮者自立支援法は、そもそもどんな制度で、一体何が問題なのか。成立するとどんなことがおこるのか。本稿では、あまり語られていない「生活困窮者自立支援法」について考えていきたい。

生活困窮者自立支援法 その内容

生活困窮者自立支援法では、さまざまな事業が提案されている。法案自体は23条からなるシンプルなもので、経済的に困窮し、最低限度の生活を維持できなくなるおそれがある方を対象とし、その自立支援をおこなうための施策を整備するとしている(*3)。

(*3)生活困窮者自立支援法 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/183-49.pdf

以下に各事業を一つひとつみていきたい。

■自立相談支援事業(必須事業)

いわゆる総合相談窓口。この法案の最大の事業である。福祉事務所の手前のフィルターとして「ワンストップ」で相談を受け付ける。相談後は支援プランを作成し、「よりそい型」「伴走型」の支援をおこない、必要な他の各事業につないでいく。民間委託も可能。必須事業であり、すべての自治体に設置される。

■住居確保給付金(必須事業)

現在の「住宅手当」を継承。離職後2年以内の方を対象に、就職のために最大9ヶ月程度の家賃補助をおこなう。必須事業であり、すべての自治体でおこなわれる。

■就労準備支援事業(任意事業)

ただちに雇用に結び付くのが難しい生活困窮者に対して、一般就労に従事する準備として、日常生活自立、社会生活自立、就労自立の各段階に合わせた事業を有期でおこなう。具体的には生活習慣形成のための指導・訓練や、社会的能力の習得、就労体験や、職業訓練等が想定されている。

■中間的就労(都道府県知事が認定)

すぐさま就労に結び付かない方、就労の訓練等が必要な方、一般就労が難しい方に対して、就労の機会の提供や訓練等を行う場を提供する事業について都道府県が認定をおこなう仕組みを作る。

中間的就労はまだ未確定の部分が多いが、ボランティアワークやトライアル雇用などが盛り込まれるとも言われている。福祉的労働、実際の雇用との整合性や、実質的に「労働」でも最低賃金を割ってしまうのではないか、など問題が多い。

■一時生活支援事業(任意事業)

住居のない生活困窮者に対して、一定期間(3カ月を想定)に限り、宿泊場所や食事などを提供する。

■家計相談支援事業(任意事業)

必要に応じて生活資金の貸付のあっせん、家計や支出への相談・指導をおこなう。金銭管理が入るかどうかは不透明。

■学習支援等子どもに対しての支援事業(任意事業)

生活困窮状態にある家庭の子どもなどに対して、学習支援などのプログラムをおこなう事業。その他、地域事情にあわせた取り組みを援助。

これらの各事業を、自立相談支援事業を中心に、パッケージとして生活困窮者に提供する。この法案に盛り込まれた内容は、非常に先駆的な取り組みの提案もあれば、多くの問題や危険性を抱えたものも含まれている。以下にいくつか検討したい。

就労に「特化」した支援制度

各事業の構成や役割をみるとわかるが、可能な限り「就労支援」をベースにしたものである。前提として、生活困窮者を生活保護にいたる前に支援し、就労可能な方には早期の就労支援、すぐさま就労が難しい方に関しては、就労準備支援事業や中間的就労などの事業を拡充して、「就労自立を目指す」という、ワークファーストやワークフェアなどと呼ばれる形で施策を展開している。

具体的な支援の流れとしては、まず「自立相談支援事業」がすべての相談の最初の窓口となる。自治体の直轄か、もしくは民間委託による「ワンストップ」の総合相談窓口をつくり、相談にこられた生活困窮者のアセスメント(状況の整理と問題点の把握)、適切な支援機関へのつなぎ(他の各事業等)、継続してのフォローを、関係機関と連携・協力しながらおこなう。

ワンストップ(窓口をたらい回しせず、ひとつの窓口でさまざまな支援を受けられること)の相談窓口は必要性が高い。また、そこを経由して一人ひとりへの「よりそい・伴走型(支援する人・される人が二人三脚で一緒に考えながら進んでいくこと)」の支援をおこなうことができるとすれば、それは非常に魅力的なものである。

しかし、ここでいう「アセスメント」は、先述したような各事業の性質上、「就労できるか・できないか」ということの「見極め」に大きなウェイトが占められてしまう可能性が高い。そして、そこで判断された「就労できるか・できないか」という評価をもとに、その方の今後の支援計画が立てられ、利用できる事業が決定していく。

この法律は、その名の通り「自立」を支援するための法律だが、ここでいう「自立」は「就労」に特化したものである。

もちろん、「就労」を目指して支援をおこなっていくことも必要なことだ。しかし、一方で「自立」の概念は必ずしも「就労」にとどまらず、就労にいたらない方の日常生活自立や、地域生活移行も「自立」である。就労自立をあくまで「ゴール」と設定して制度をつくっていくことは、生活困窮という状態を一面的にとらえているものである。

そもそも、この法案を考えるにあたって開かれていた社会保障審議会「生活困窮者の支援等の在り方に関する特別部会」においては、経済的な困窮のみならず、社会的な孤立やそれを支える仕組みについてなどの問題が主なテーマとして議論されてきた。

それらをふまえると、この法案は、「社会的孤立」や「生活支援」という視点が含まれた「生活困窮者支援」ではなく、あくまで「就労自立」を前提とした「就労自立支援法」へと変貌してしまっている。

そして、ゴールを設定して進めていく支援は、そこからこぼれてしまう方を支える仕組みや支援の幅が、限定的になってしまう可能性がある。

特に、各事業は基本的に「有期」である。期間が限られた中で、必ずしも就労に結びつくか分からない。また、もし結果が出なかった時に、一生懸命就労活動をしたか、そもそもしていなかったのか、などの評価は非常に難しいし、担当者や制度運用者の恣意性が入ることを防ぐことはできない。

ゴールを設定してそこに向かっていく支援の在り方ではなく、その人のペースで本人の意向をふまえながら「就労自立」に限らない「自立」の在り方を求めていくことが、新しいセーフティネットの議論では必要なのではないか。

就労に特化した支援制度は、その目的と用意している施策の幅が限定的で、セーフティネットと呼べるものではない。

ワンストップ窓口は「水際作戦」のリスク

また、ワンストップの相談窓口を設置することは画期的で評価できる部分もある。

既存の福祉事務所もワンストップの相談窓口ではある。しかし、実際には生活保護制度に関しては「水際作戦」と呼ばれる、本来制度利用可能な方が、窓口で違法に追い返されてしまう、ということが少なからず起きている。

生活保護の水際作戦事例を検証する https://synodos.jp/welfare/4583

これらの福祉事務所自体が持つ既存の問題をきちんと検証することがなく、公的なところがダメなら民間委託で解決しよう、という発想は軽薄である。

また、この自立相談支援事業は福祉事務所の手前の相談窓口として、実質上のスクリーニング(制度を活用できるかどうかや、他により適した制度があるかどうかの判断)をおこなう役割を担う。つまり、最悪の場合、そこが新たな「水際作戦」の担い手になってしまう可能性がある。委託を受けている民間団体が、いかに委託の決定権を持つ自治体に対して、独立して意見を言うことができるのかなども疑問である。

そして、ワンストップの窓口ということは、逆に言うと「そこの窓口しかない」と言うこともできる。もしその窓口で適切な対応をしてもらえなかったり、担当者と上手くいかなくなってしまったら、相談者は相談先がなくなってしまう。

生活保護制度ではそういった状況を防ぐために、福祉事務所の決定や対応に対して不服があった場合に、審査請求と言って、その自治体のある都道府県に対して申し立てをすることが認められている。しかし、生活困窮者自立支援法にはそれが盛り込まれていない。

そういった異議申し立てや審査請求などといった、相談者が不適切な扱いを受けた時のための手立てを保障しないと、生活保護行政以上に窓口で「対等ではない」状況が起こってしまう可能性もある。ワンストップの窓口を作るのはいいことだが、それを健全な形で維持するためには、そういったチェック機関・機能、制度利用者の「救済機関」をきちんと作っていく必要がある。

そういった議論がないままに制度設計し、運用されていくことには大きな危険性がある。

「生活保障」の視点がない 貸付はセーフティネットではない

生活困窮者自立支援法の問題としては「生活保障」の視点がないということも挙げられる。

もちろん、住所不定の方に関しては一時生活支援事業を利用し、有期で宿と食事の提供を受けることができる。住居がある方の場合は、その生活保障のために住宅確保給付金による家賃補助と、家計相談支援事業による貸付のあっせんが支援の方法として想定されていると思われる。

しかし、一時生活支援事業に関しては「有期」であり、その間に就労できなかった場合は、その後にどういった生活保障を受けることができるのか不透明である。

同じく、住宅確保給付金による家賃補助も「有期」であり、家計相談支援事業による「貸付」は「借金」である。期間中に就労できない場合、公的な支援制度によって多重債務者を作ってしまいかねない。

この住宅確保給付金のもとになっている「住宅手当」などのいわゆる「第二のセーフティネット」のデータを見てみると、平成21年10月の事業開始以来、3年間で制度利用者は94868件(平成24年11月末現在)、常用雇用(6カ月以上の雇用期間の仕事)につながった方はそのうちの40.2%と、制度利用中に就労出来た方の割合は少ない(*4)。

(*4)住宅手当実績平成24年11月末現在 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/topics/dl/tp130315-01-05-01.pdf

常用雇用と言ってもすべてが正社員としての雇用ではない。また、その後どのくらいの期間、安定して就労を継続しているかどうかについては後追いのデータがないのでわからない。

また、残りの60%の利用者がその後にどういった支援を受けたのか、それとも受けていないのかなどについても検証する必要がある。

例えば、現在の「第二のセーフティネット」の施策を使って、仮に6ヶ月間、住居のある生活困窮者が支援を受けたとして、家賃は住宅手当による給付を受けることができるが、生活資金に関しては、生活支援資金貸付等の「貸付」に頼らざるを得ず、10万円×6カ月で60万円の借金を背負ってしまうことになる。

6カ月後に安定した雇用につくことができればいいが、上手くいかなかった場合、生活保護を利用するしかない。また、雇用につくことができたとしても、公的な支援を受けることによって負った借金の返済に追われることになる。

そもそもが、生活に困っている方に「貸付」をおこなうことは誤った支援の在り方である。現在仕事をしていて給料が出る見込みがあるなどの、返済できる状況が予測できる場合以外は、生活費を貸付けることはその方のリスクを高めてしまう。特に数カ月にも渡る期間であれば、返済額も増えるし危険性が高い。

今回の制度には、そういった長期的な視点での「生活保障」の仕組みがない。家賃補助などの給付は、有期ではなく必要な方には恒常的におこなうべきだ。また、一時的な宿や食事の提供も同様で、有期という形で期間を限定せずに、必要か必要ないかの判断で延長等を柔軟におこなっていくべきだし、そもそも「貸付」を生活保障に位置づけることは非常に問題がある。

既存の事業の問題点や課題について、きちんと検証することなく進めてしまうことは、拙速な議論である。

中間的就労、就労支援準備事業の難しさ

今回の施策には、中間的就労や就労準備支援事業という新しい事業が提案されている。中間的就労については、まだ一体どういったものが事業化されていくのか検討段階にある。平成24年度の厚生労働省の社会福祉推進事業にて、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが報告書を作成している(*5)(*6)。

(*5)生活困窮者の就労支援にかんするモデル事業報告書 http://www.murc.jp/uploads/2013/04/koukai130424_04.pdf

(*6)中間的就労のモデル事業実施に関するガイドライン案 http://www.murc.jp/uploads/2013/04/koukai130424_05.pdf

同様に、生活クラブ風の村の取り組みはモデル事業として有名だ(*7)。

(*7)生活クラブ風の村 http://kazenomura.jp/

今回、中間的就労については都道府県が認定をおこなうことが提起されている。これは、それぞれの事業所がおこなう独自の取り組みに対して、都道府県がそれを認定し、助成等をおこなうということである。

まだ始まっていないのでわからない部分もあるが、労働と社会的就労の中間という定義が曖昧であるし、そもそも心配なのは本来「労働」である領域が、中間的就労という枠組みにあてはめられてしまい、結果的に最低賃金以下の賃金での労働を強いられる、などのことが起きてしまわないかということだ。

地域ごとのさまざまな取り組みを伸ばしていくことは、すごく大切なことである。しかし、それはモデル事業などの取り組みを助成しながら、少しずつ、丁寧に育てていくことによって初めて成立する。あまりにも議論がたりないまま進めていくことはリスキーだ。

また、就労準備支援事業も実態がよくわからない。

現状では事業の形式として、通所や合宿などが想定されている。しかし、モデルとされている横浜市の事例などは、平成24年9月現在で就労率が60%と言われているが、受講者は56人(修了者48人)で、うち就職したのは29人である。

こちらも、まだ始まったばかりの事業とはいえ、母数が少ないことは気になる点だ。いますべきことは全国的に事業化を進めることよりも、こういった地域の先端的な取り組みに対して助成して、積極的にその芽を育てて、分析・検証していくことだ。

中間的就労に関しても就労準備支援事業に関しても、まだまだ一部のモデル事業が成功事例として出てきたばかりで、全国的に進めていくには時期尚早なのではないか。地域事情に合わせてそれぞれの取り組みを育て、まだまだ調査・分析していく段階にある。

必須事業と任意事業 地域差や財源の限界という課題

各事業は、それぞれ必須事業と任意事業にわかれている。自立相談支援事業と住宅確保給付金は全国一律に「必須事業」としておこなわれる。

しかし、他の事業は「任意事業」であり、おこなうかどうかは、各自治体が自分たちで決定する。そのため、自治体によっては任意事業をおこなわないということもできる。その場合、せっかくワンストップ窓口である自立相談支援事業ができても、次につなぐ他の施策が用意されていないということが起こる可能性もある。

また、事業の費用に関しては、すべてを国が負担するわけではない。

必須事業である自立相談支援事業と住宅確保給付金は4分の3が国庫負担となっていて、任意事業である就労準備支援事業と一時生活支援事業は3分の2が国庫補助、家計相談支援事業と学習支援事業などは2分の1が国庫補助となっている。

つまり、その自治体の財政的な規模や、自治体が考える財政的な優先順位によって、任意事業は「設置されない」ということが起きかねない。住んでいる自治体によって支援のメニューが異なってしまうということは、セーフティネットとして構想するのであれば、あまりにも不十分だ。

国が主導でつくる施策にも関わらず、「必須事業」と「任意事業」にわけて自治体判断にするのはおかしいし、そこには財政的な事情が間違いなく入ってくる。地域事情などによって場合によっては必要ではない施策があるのはわかるが、せめて各事業を全額国庫負担するなどして、財政的な裏付けは担保していくべきである。

セーフティネットとは何か

生活困窮者自立支援法は、就労に特化した非常に限定的な制度である。この制度に関しては支援団体や専門家のなかにも「ないよりはまし」「まず作って問題があれば変えていけば良い」と考えている人もいる。しかし、この制度は明らかに「セーフティネット」と呼ぶにはお粗末なものだ。

そもそもが「就労」というゴールは、生活困窮という問題を解決するには、不安定で不確かなものである。

先述した社会保障制度改革国民会議の報告書でも、

『格差・貧困問題の解決を図るには、所得再分配の強化を図りつつ、経済政策、雇用政策、教育政策、地域政策、税制など様々な政策を連携させていくことが必要』

と明記されている。

生活困窮にいたる要因は人それぞれだ。

例えば脱法ハウスと呼ばれるゲストハウスやレンタルスペース等に居住している方は、不安定な生活をしているという意味では、仮に就労していたとしても、生活困窮者、もしくは生活困窮リスク群であると言える。

「就労」という切り口から見える風景は、貧困や生活困窮という社会全体の大きな病巣を見渡すには、あまりに狭すぎる。

生活困窮にいたる原因は、必ずしも本人の資質や能力によったものではなく、雇用状況や労働環境、家族との関係や制度の不備などの「社会環境の問題」がすごく大きい。

そういった問題に目を向けずに、生活困窮者に対して「自立支援」を課すことは、しかも「就労自立」という限定的なゴールを課すことは、本質的な議論から外れた間違った方法だ。その観点で支援をおこなっても、そして一度は就労し自立にいたったとしても、再度の生活困窮化や、社会構造的な「貧困状態」の解決をはかることは難しい。

新しいセーフティネットを作っていくことは必要だ。しかし、それは限定的な「制度」を作ってお終いではなく、雇用政策、他の社会保障政策などの、さまざまな施策と連携した、社会全体の「セーフティネット」を作っていく作業だ。

先の参院選ではくしくも、自民・公明・民主・社民などの各党は、その内容や考え方は違えど、生活保護の手前に支援制度を作ることを政策として掲げていた。

いま私たちの社会は「新しい支援制度を作る」というフェーズから、「どういった内容のセーフティネットを作るか」というフェーズに移り変わりつつある。「まず作ってから変えていく」という発想はあまりにも無責任だ。

私たちが取り組むべきことは、まず「貧困」や「生活困窮」の実態と、その背景にあるさまざまな社会環境の問題について、現在おこなわれている以上にもっと調査・分析し、必要な施策はどういったものなのかを、専門家、支援者、当事者を含めた多種多様なメンバーによってより深く、かつ丁寧に考えていくことだ。

そして、各地域の自治体やNPO等がおこなっている先端的な取り組みを、モデル事業として財政的な面からもきちんと支援し、その芽を育てていくことだ。

セーフティネットを作るということは並大抵のことではない。新しい制度を作ることによって不利益を被る方が出るかもしれない以上、拙速な議論に基づいた、限定的で問題の多い制度ができてしまうことは防がなければならない。

必要なことは、短期的な視点ではなく中長期的なビジョンだ。日本の貧困、生活困窮をどうするのか。現在の日本の相対的貧困率はどのくらいあるのか、自治体によってどのくらいの差があるのか、何年後までにどのくらいの数値目標を設定して取り組んでいくのか。

「貧困」や「生活困窮」といった大きな問題に対して、いまこそ腰を据えて議論していかなければならない。

サムネイル「shadow」marya

http://www.flickr.com/photos/emdot/14360123/

プロフィール

大西連NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

1987年東京生まれ。NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わる。東京プロジェクト(世界の医療団)など、各地の活動にもに参加。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言している。初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)発売中。

この執筆者の記事