ケアする、されるを超えて――ALS患者とミステリー作家が語るケアのその先

ケアされるのも、ケアするのも嫌な時代!? ケアのその先にあるのはなにか。ダンディなALS患者と、気鋭のミステリー作家が語り合う。(構成/山本菜々子)

 

 

はじめに(葉真中顕)

 

私が岡部宏生さんをはじめてお見かけしたのは、今年の5月。NPO法人「ICT救助隊」が主催する「ITパラリンピック2013」の会場だった。これは、障害のある人のIT活用法を広く周知するために毎年行われているイベントだ。

 

会場には、発話ができなくなった人とのコミュニケーションを支援する文字盤や、十指が動かなくなっても些細な動きだけで電子機器を操作するスイッチ、視線だけでパソコンを操作する視線入力装置など、さまざまな機器が並び、これらを使ったゲーム大会なども行われていた。

 

その中でも、一番の目玉、ハイライトと言えるのがサイバーダイン社が開発中の「HALスイッチ(仮称)」のデモンストレーションだった。このHALスイッチとは、介護用のロボットスーツのために開発された技術を応用したもので、四肢が麻痺してしまった場合でも手足を動かそうと意志したときに身体に微弱に流れる電位信号を読み取り、電子機器への入力を可能にするというものだ。従来の“わずかに動く部分で使う”スイッチではなく、“どこも動かさなくても使える”スイッチであり、極めて汎用性の高い画期的なものだ。このデモンストレーションを行ったのが岡部さんだった。

 

岡部宏生という名前はそれまでも何度か目にしたことがあった。脳の機能や意識に障害のないまま、全身が脱力、筋萎縮し自発呼吸すらできなくなってしまうという進行性の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹患した当事者でありながら、日本ALS協会の理事を務めるなど積極的に社会参加されている方だという。

 

会場に登場した岡部さんの第一印象は(これは多くの人が同じ印象を受けるそうだが)「ダンディ」だった。端正な顔立ちに、口ひげがよく似合っている。その一方で人工呼吸器を付けた状態でリクライニング式の車椅子に身を横たえ、少しの身動きもできないその姿に「これがALSか」と、重いものも感じた。

 

そんな岡部さんが行ったデモンストレーション、それはまるで超能力、あるいは魔法のようだった。

 

岡部さんが、手足をまったく動かしていないことは傍目にも明らかだった。無論、キーボードやマウスに触れることもない。身体のどこも動かしていないのに、確かにパソコンの画面に文字が打ち込まれていくのだ。一文字、一文字、確実に。

 

──私たちは夢の架け橋を渡り始めました。動かない右腕で操作しています。みなさん一緒に頑張りましょう!

 

岡部さんは、そう打ち込み、そしてそれをパソコンが読み上げた。声だ。それは、確かに声だった。

 

その人は、身体を動かさずに、文字を綴り、喋ったのだ。

 

これはすごい! 魔法のようだが、魔法じゃない。絵空事でなく、今ここにある人間の力だ! そんな感動と共に、私はおもった、これは面白い! と。

 

 

(参考1)ITパラリンピック2013の実施報告

http://www.rescue-ict.com/wp/2013/03/31/itp2013/

 

(参考2)荻上チキによる取材レポート

http://togetter.com/li/477379

 

 

それから、およそ2ヶ月。

 

その岡部さんのご自宅にお邪魔し、対談させていただく機会が訪れた。願ってもないチャンスである。

 

都内某所にあるマンション。部屋の入り口には、車椅子での出入りができるように手作りのスロープが付けてあった。その扉の向こうで、岡部さんと、ヘルパーさん、そして学生のボランティアさんの三人に迎えられた。

 

部屋の真ん中に岡部さんのベッドがあり、その傍らにヘルパーさんとボランティアさんが立つ。普段の岡部さんは口元の微妙な変化を読み取る「口文字」という方法でコミュニケーションをする。これは、私がその場ですぐに読めるようになるものではないので、ヘルパーさんがいわば通訳の役割を果たすのだ。

 

正直、このとき、私は最高に緊張していた。ALS当事者の方に話を聞くのも、「口文字」を介して話を聞くのも、初めてだった。聞きたいことはいくつもあるのだが、どんな順番で、何を、どう聞けばいいのか。

 

そんなことをぐるぐる考えていた私に、岡部さんはまずこう言ったのだ。

 

「受賞おめでとうございます」

 

そう、私は「日本ミステリー文学大賞新人賞」という賞を受賞し、ミステリー作家としてデビューした。だから、当たり前といえば、当たり前の挨拶だ。

 

けれどこのひと言で、私は気づかされた。

 

今の今まで、完全に「取材」することしか頭になかった。もちろん、そういう側面は間違いなくあるのだけれど、これから始まるのは、対話、コミュニケーションなのだ。

 

少しだけ視界が広がる感覚がした。岡部さんのパジャマの柄や、部屋の壁に張られた予定がびっしり書かれたカレンダー、それに天井から吊ってある馬の形の紙細工が目に入った。私は、この人と話をしに来たのだ。

 

まあ、要するに、私は最初のひと言でいきなり掴まれたのである。このダンディなALS当事者に──

 

 

 

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