「生」と「死」をめぐる普遍的な問いかけ――『クリスチャン・ボルタンスキーアニミタス-さざめく亡霊たち』

東京都庭園美術館で「クリスチャン・ボルタンスキーアニミタス-さざめく亡霊たち」展が開催中だ。クリスチャン・ボルタンスキー氏は1944年フランス生まれ。一貫して「名もなき人びとの「生」と「死」」をテーマとしてきた、現代美術の巨匠である。彼の作品は芸術作品というより、哲学的な「問い」だ。そのテーマの根底に流れるものは何なのか、展覧会の担当学芸員、田中雅子さんにお話を伺った。(取材・構成/増田穂)

 

 

「まず場所に対して耳を傾ける」

 

――現代美術では大御所のボルタンスキー氏ですが、東京での個展ははじめてなんですね。

 

そうなんです。1990年には名古屋や水戸で日本初個展を開催していますし、瀬戸内国際芸術祭越後妻有アートトリエンナーレには度々参加しているので意外ですが、東京では初個展になります。日本で広く名前が知られるようになったのは、やはり上記2つの芸術祭への参加が大きいと思います。

 

前者の作品は恒久的に訪れることができます。2010年の瀬戸内国際芸術祭の際に豊島に開館した「心臓音のアーカイブ」では、世界中の人びとの心臓音を録音し、保存しているのですが、訪れるとその音を聞くことができます。また今年の夏には同じ豊島の檀山の中腹に「ささやきの森」という作品を制作しました。いずれもサイトスペシフィックな、この場所でしか体験できない作品です。

 

 

《心臓音》「心臓音のアーカイブ」展(2008年)展示風景 Courtesy Maison rouge c Christian Boltanski

《心臓音》「心臓音のアーカイブ」展(2008年)展示風景
Courtesy Maison rouge c Christian Boltanski

 

 

――作風としてはどんな特徴がある方なのでしょうか。

 

「まず場所に対して耳を傾ける」ことを大切になさっている方です。「空間と対話する作品」と言いましょうか。いわゆる美術館のホワイト・キューブ(美術展示用の真っ白な空間)だけでなく、廃校や教会、屋外など、特徴のある空間に作品を設置して、インスタレーション(装置を設置したり音や光を駆使して、展示空間を含めて作品とする芸術の表現手法)にすることにも積極的に取り組んでいます。

 

今回東京都庭園美術館で個展を開催するにあたり、当然ボルタンスキー氏は朝香宮邸にまつわる歴史についても調べたと思います。ただ彼は、そうした歴史に直接言及するのではなく、あえて曖昧にし、解釈を鑑賞者に委ねることで、普遍的な意味を持たせているところがあります。彼の考える歴史とは単なる「事実」の連なりではなく、もっと複雑で重層的なものなのです。

 

東京都庭園美術館 本館 正面外観 写真提供:東京都庭園美術館

東京都庭園美術館 本館 正面外観
写真提供:東京都庭園美術館

 東京都庭園美術館 本館 大客室  写真提供:東京都庭園美術館

東京都庭園美術館 本館 大客室 
写真提供:東京都庭園美術館

 

 

――ボルタンスキー氏は人びとの存在性に対する問いかけという普遍的で壮大なテーマを扱っていらっしゃいますよね。私の中では「芸術家」というより「哲学者」というイメージです。

 

そうですね。「現代美術の世界で何をやるか」を追及しているというより、自分のルーツや世界に対するまなざしを表現する方法が、彼の場合たまたまアートだったのだと思います。その作品が問うてる内容は哲学者の探求に近いですね。

 

 

「記憶」を留めておくための芸術

 

――彼の生い立ちは作風にどのように関係しているのでしょうか。

 

ボルタンスキー氏の父親はユダヤ系フランス人です。ボルタンスキー氏自身は1944年9月6日にパリで生まれました。パリ解放直後のことです。彼の幼少期には常に戦争の影が付きまといました。父親は少し運命が異なれば強制収容所に送られていたかもしれない。母親は父親を匿うために、離婚したふりをして父親は床下に隠れていたそうです。父親は存在しないことになっていた。

 

他のユダヤ系の家庭でも同じような経験があったかも知れませんが、ボルタンスキー自身も、こうした経験がトラウマになり作品に影響していると言っています。

 

 

――大変な子ども時代を過ごされたんですね。

 

ええ。それもあってか12歳の時には学校へ行かなくなりました。そして13歳ごろにオブジェのようなものを作り出します。するとその作品を兄がほめてくれた。それまで勉強も好きではなく、何かに熱中するということがなかったボルタンスキーは、それで一気にやる気になって、どんどん作品を作るようになったんです。

 

芸術に対して家族の理解があったのも、彼の才能が開花した理由でしょうね。母親が彼の作品を展示するためにギャラリーを始めたり、周囲からのサポートが大きかったんです。アーティストといってもボルタンスキー氏の場合、アヴァンギャルドに「挑発的なことやってやろう!」みたいな気負いがないのも、そうしたバックグラウンドがあるからかもしれません。

 

 

――今回の展覧会に関するインタビューでの雰囲気も、大学の教授のような落ち着いた感じですよね。

 

本当に穏やかで優しい方なんです。

 

子どもの頃から、とても感受性が豊かだったのだと思います。刻一刻と成長し、自分の幼少期が過ぎ去っていく、死んでいくことに、何かを残したいと感じたんですね。それで、自分が使っていた日用品とかクッキーの入っていたブリキの缶なんかをとっておくようになった。彼の作品はそこから始まっています。なので最初はホロコーストとかそういった大きなものを扱っていたわけではないんです。「身近で個人的な過去を保存する」というのが、「記憶」をめぐる彼の芸術の出発点でした。

 

 

――はじめはあくまで自分の記憶を留めておくためのものだった。

 

ええ。しかし次第に外に目が向くようになり、他者の過去を集めるようになります。名もない人びとの生きた証として、その人が使っていた日用品などを集めて美術館の展示ケースに陳列する。こうした手法は今でこそ普通に受け止められるかもしれませんが、60年代末から70年代はじめの当時は画期的な表現方法でした。美術館に本来あるはずのないものが展示ケースにおさまっていたのですから。

 

70年代以降、ボルタンスキー氏の活動も広がり、ドイツのドクメンタ(5年に1度開催される大規模な現代美術の祭典)にも参加するようになりました。自分自身が現代アートのシーンのメインストリームに身をおくことで彼自身のアートを見る目が磨かれ、その中でアーティストとしてどのような表現を目指すべきか模索した時期でもあるといえます。

 

80年代もまた、ボルタンスキーにとって重要な転換期が訪れました。この頃、社会的には、ヨーロッパを中心に歴史を再構成する動きがありました。それまで国家主導で作り上げてきた「大きな歴史」に対して、より「小さな歴史」を残していこうとする動きです。戦争の記憶に対して、それまで国が慰霊碑を立てたり、追悼祭典をしたり、マクロに行っていた記憶の継承を、より個人的な、ミクロな継承に目が向けられるようになった。こうした動きに当時の現代アートの手法がマッチしたことで、現代アートそのものが広く活用されるようになります。

 

そして同時期に、ボルタンスキー氏の父親が亡くなります。これをきっかけにボルタンスキーもホロコーストを強く意識するようになりました。今では彼のシンボリックな表現方法のひとつとなった、大量の古着を展示してホロコーストを印象付けるような手法も、この頃にはじまったものです。

 

重要なのは、こうした彼の作品は、彼のホロコーストのトラウマに深く根ざしてはいるけれど、その作品が伝えているのは、ホロコーストの悲惨さや悲しみそれ自体ではないということです。ボルタンスキー氏の作品は、作品そのものが重要なのではなく、その作品には普遍的なものが内包されていて、作品を観ることでその普遍的な「何か」の感覚が呼び起こされる。それが彼の作品の持つ力、私たちが心を打たれる理由なのだと思います。

 

 

――私も作品を観ていて、具体的な経験は違っても人びとに普遍的に共有されているトラウマや喪失感、そうした我々の根底にある感情に響く作品が多い印象を受けました。

 

まさにその通りです。今回の展示でも「大切な人の記憶」をテーマにした「ささやきの森」という作品の映像を出品しました。来館者からも「作品を見て自分の大切な人を思い出した」という感想がよく聞かれます。それぞれの想いや対象は違っても「大切な人への想い」という普遍的な感情を呼び起こしているのでしょう。

 

ボルタンスキー氏がすごいのは、芸術の表現手法として難しいことは一切せず、こうした大切な感情や記憶を呼び起こす「装置」を作り上げることです。ほんの少しその空間に介入することで、人の心を動かすきっかけを作る。

 

 

《アニミタス》(小さな魂)、2014年  Photo: Angelika Markul Courtesy the artist and Marian Goodman Gallery

《アニミタス》(小さな魂)、2014年
 Photo: Angelika Markul Courtesy the artist and Marian Goodman Gallery

《ささやきの森》2014年 © Fukutake Foundation

《ささやきの森》2014年
© Fukutake Foundation

 

 

――ボルタンスキー氏自身も「ただ美しい個展ではなく、観客に問いかけるものでありたい」と言っていますね。特に現代アートはただ美しいだけではなく、人の在り方など深いテーマを考えさせられるものが多いと感じます。こうした哲学的問いに人が引き付けられるのでしょうか。

 

そうですね。だからこそ難しいと言われてしまうこともあるんですが。

 

現代美術ではコンセプトが非常に重要です。20世紀はじめに、マルセル・デュシャンが美しさを重視した既存の美術のあり方を徹底的に覆しましたが、21世紀以降は、現代美術の扱う範疇はさらに広くなり、今日私たちが生きている社会とリンクした問いかけを内包する作品が多く生まれています。

 

ボルタンスキー氏の作品を観ていると、私自身も自分の存在自体について問われているような気になります。「死」とは何なのか、なぜ現代社会では「死」はタブー視されているのか。いうまでもなく「生」と「死」は切り離せません。私たちが生きている以上、不老不死の方法が開発されない限り、「死」は必ず訪れます。「死」が明らかになった時に、「生」も裏返しじゃないですが、生き生きというか、鮮明になってくる。彼の作品にはそういった面についても考えさせられます。

 

ボルタンスキーの言う、「何か事件があり何千人もの人が亡くなったと、私たちはニュースで知るけれど、本当はそのひとりひとりが誰かにとってのかけがえのない存在」ということは、考えれば当たり前なのですが、私たちは普段膨大な情報に接する中で、さっと流し見て、理解した気なってしまう。その恐ろしさをボルタンスキーの作品は思い出させてくれますね。

 

 

――そうした当事者性を思い出すためにも、直感に訴える、実際にその感覚を体験する、インスタレーションの手法が効果的なのでしょうか。

 

インスタレーションの大きな特徴のひとつが、観客が作品の中に入れるということです。絵や彫刻だと、作品の前あるいはその周りにいることしかできません。一方インスタレーションでは、空間全体を使い観客は作品を「実体験できる」。感情に訴えかけるものは大きく変わっていきます。

 

 

――ボルタンスキー氏はいつからインスタレーションの手法を使うようになったのですか。

 

ボルタンスキーは当初絵を描いていました。しかしさまざまな現代美術を観る中で、自分は絵画には向いていないと思うようになり、すっぱりとやめてしまいます。その後しばらくは粘土の玉をひたすら続けたりしていたようです。しかし、そこからインスタレーションがはじまっていたのでしょうね。土のボールがひとつあっても単なるオブジェですが、それが何千個とある空間に存在したら、その「場」が変わる。初個展もラヌラグ劇場というパリの劇場を利用した空間性のある展示でしたし、芸術家としての彼のキャリアはインスタレーションで始まっています。【次ページにつづく】

 

 

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