日銀のマイナス金利政策は「劇薬」なのか!?

本稿では、2016年1月29日金曜日に日本銀行が発表した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」とはどのようなものであるかを解説します。特に、

 

(1) 日銀のマイナス金利は読者の皆さんの銀行預金の金利をマイナスにするものではない

 

(2)同種の政策は、すでにヨーロッパでは欧州中央銀行等で実行されており新奇なものではない

 

(3)今回の決定は黒田・岩田日銀が発足当初から目指してきたデフレ脱却をさらに押し進める動きである

 

以上の3点に重きをおいて解説します。

 

なお、長い記事を読む時間がない方は次節の「時間のない方へ」だけでもお読みください。

 

 

時間のない方へ:銀行預金金利がマイナスになるわけではない

 

2016年1月29日金曜日に日本銀行(日銀)は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(以下、日銀マイナス金利と呼びます)の実施をアナウンスしました。日銀は、量・質・マイナス金利という3つの次元で金融緩和を進めると説明しています。

 

マイナス金利と聞いて、「私たちの銀行預金の金利もマイナスになってしまうのでは?」と心配になった方もおられるかもしれません。

 

しかし、今回の政策は、金融機関等が日銀に資金を預けるときに使用する口座、いわゆる日銀当座預金(詳細は後述)にマイナス金利を実施するものです。日銀当座預金を開設できるのは金融機関、各国中央銀行や国際的な機関などだけで、個人や企業は開設できません。つまり、皆さんの銀行預金とは別の話なのです。

 

なお、同種の政策は欧州中央銀行、スイス中央銀行、デンマーク中央銀行、スウェーデン中央銀行等ですでに実施されており、新奇な政策ではありません。1月29日の日銀の決定を、「劇薬の投与」、「未踏の領域」などとした報道がありましたが、ヨーロッパではすでにおなじみの政策なのです。

 

先行するそれらヨーロッパで、マイナス金利のために個人の預金金利が低下したのは確かですが、マイナスになった例はほとんどありません。預金金利が低下するのは預金者としては楽しいことではありませんが、貸出金利が低下するという作用があることも忘れてはいけません。

 

また、今回の決定は、マイナス金利の適用範囲が日銀当座預金の一部に限定されており、皆さんの銀行預金への影響が小さくなるように巧妙に考えられています(詳細は後述)。

 

 

予備知識:日銀は銀行の銀行である

 

日銀マイナス金利の対象である「日銀当座預金」とは何でしょうか?

 

これを理解するには、日銀は我が国唯一の紙幣発行主体であり、銀行の銀行であることを知らねばなりません。このような存在を中央銀行といいます。逆にいうと、日銀は、名前に「銀行」とついていますが、皆さんが日々接する銀行・金融機関とはまったく違う存在なのです。

 

なお、中央銀行は日銀以外にも数多く存在します。たとえばアメリカには連邦準備制度、英国にはイングランド銀行、ユーロ加盟国には欧州中央銀行があります。

 

日銀を始めとした中央銀行は、銀行の銀行として、日々、銀行間の資金の仲介をしています。たとえば、皆さんが銀行Aから銀行Bに送金をする場合、そのお金は日銀を通じて送金されます。

 

この「日銀を通じた送金」の際に使用されるのが日銀当座預金です。つまり、銀行間の資金の仲介は日銀当座預金を通じて行われます。注意していただきたいのは、名前に「預金」とありますが、皆さんが日々使っている銀行預金(普通預金・当座預金等)とはまったく別だということです。

 

さて、各金融機関は、常に日銀当座預金にある一定の資金を預け入れることが定められています。これを法定準備(もしくは所定準備)といい、「準備預金制度に関する法律」で定められています。

 

各金融機関が法定準備を超えて日銀当座預金に資金を預け入れた分を超過準備といいます。つまり、法定準備に超過準備を足すと日銀当座預金残高となります。

 

さらに日銀は2008年から超過準備に対して利息をつけています(法定準備には利息はつきません)。この利息を付利と呼び、1月29日の決定までは超過準備に対して一律に0.1%の付利が実施されていました。つまり、金融機関は、何もせず日銀当座預金に超過準備(法定準備で定められた以上の資金)を積み上げておくだけで利息を稼ぐことができたのです。

 

なお、金融機関が日銀当座預金に積み上げた超過準備は2015年12月で210兆円程度になっています。そのため、今回の日銀マイナス金利が実施されなければ、金融機関は1年間で2000億円以上の利息を無リスクで日銀から受け取ることができる状態でした。

 

ここまでで予備知識は終わりです。法定準備・超過準備・付利の3つの用語はこれからの解説に必須ですので、頭の片隅に留めておいてください。

 

 

マイナス金利で先行するヨーロッパ

 

日銀マイナス金利とほぼ同種の政策はヨーロッパですでに実施されています。具体的には欧州中央銀行、スイス中央銀行、デンマーク中央銀行、スウェーデン中央銀行です。

 

まず最も先行してマイナス金利を実施したのがデンマーク中央銀行です。同行は2012年7月から日銀の付利に相当する譲渡性預金金利にマイナス金利を実施してきました。2014年4月に一度停止した後、2014年9月から再度マイナス金利を実施しています。

 

ただし、残念ながらデンマーク中央銀行の例はあまり参考になりません。かなりの小国で日本経済の規模とは比べ物にならないというのが理由の一つです。さらにデンマークは1999年からERM2(Exchange Rate Mechanism 2)に加入しているため、自国通貨クローネをユーロに対して一定範囲内で維持する義務を負っているという特殊事情も存在します。

 

そこで次にユーロ圏の中央銀行である欧州中央銀行のマイナス金利をみてみましょう。ユーロ圏は名目GDPでみて世界経済の約15パーセントを占める非常に大きな経済圏です(注)。

 

(注)国際通貨基金(IMF)のWorld Economic Outlook database (October 2015)の名目GDP(ドル換算)から筆者が計算。

 

欧州中央銀行は2014年6月から日銀の付利に相当する預金ファシリティ金利をマイナスにしています。その後、2015年1月から量的緩和を実行しています。マイナス金利と量的緩和を実施しているという点では日銀と非常に似ているわけです。ただし、日銀は2013年4月から量的・質的緩和を実施し、2016年1月からマイナス金利ですから、欧州中央銀行とは実施の順番が逆にはなります。

 

さらに2015年初頭からスイス中央銀行・スウェーデン中央銀行がマイナス金利を実施しています。

 

これらのマイナス金利について注意すべきは、中央銀行の当座預金全体に実施されているわけではなく「超過準備に対してマイナス金利が設定されている」という点です。そのため、専門家は、これら欧州・スイス・デンマークの各中央銀行がおこなっているマイナス金利政策を「超過準備に対するマイナス金利(Negative interest rates on excess reserves)」と呼んでいます(後述する日銀マイナス金利も基本は同じです)。なお、マイナス金利に関する議論は極めて長い歴史があるため、どこまで遡るか難しい問題ですが、この政策はGoodfriend (2000)によって提案されてから広く知られるようになりました。

 

1月29日の日銀マイナス金利は「劇薬の投与」、「未踏の領域」、「“預金者を罰する”」等の表現で報道されました。しかし、世界的にみれば、日銀マイナス金利はそれほど新奇な政策というわけではないのです。

 

 

新日銀をめぐるこれまでの情勢

 

黒田総裁・岩田副総裁が率いる現在の日銀(以下、新日銀)が量的・質的緩和を開始したのは2013年4月のことです。新日銀は一貫して(1)旧日銀(2013年3月以前の日銀)がおこなってきた政策から決別し、(2)新日銀としてデフレを絶対に許さず、年率2%のインフレ目標(物価安定の目標)を実現するために動いてきました。

 

旧日銀がおこなってきた古い政策から決別し、まったく新しい政策に移ることを「レジーム・チェンジ(もしくはレジーム・シフト)」といいます。

 

レジーム・チェンジを通じて新日銀は (1)民間の予想インフレの引き上げ、(2)長期金利の低下を促してきました。前記の2つを通じて、予想実質金利を引き下げ、消費・投資を刺激し、最終的には物価目標2%を実現することを目指してきたのです。

 

以上が新日銀の根幹にある発想であり、その根幹は2013年4月から今日にいたるまで一貫して変わらないようです。

 

レジーム・チェンジをはっきりとした形で誰もが分かるメッセージにしたものが量的・質的緩和です。つまり「より長期の国債買いオペを通じてマネタリーベースを2倍にし、2年でインフレ率2%を実現する」という量的・質的緩和の初期のスローガンは予想インフレ率引き上げを通じた景気刺激のための市場・民間への強いメッセージでした。

 

しかし、2014年4月の消費税率引き上げ以降、消費は低迷し、コアコアCPI(食品[酒類を除く]及びエネルギーを除く消費者物価指数)でみて、インフレ率は1%弱にしかなっていません。2013年3月にはインフレ率(コアコアCPIでみて)は約マイナス0.9%とデフレでしたからマイナスをプラスに転換したことは大きな意義があるといえます。

 

しかし、2013年から3年近くが経過する現在では、中国を含めた新興国の景気低迷も日本経済の重い足かせとなっており、量的・質的緩和の初期メッセージのみでは目標実現には不十分なことは明らかです。

 

つまり、新日銀はレジーム・チェンジを堅持するためにさらなる手段を必要としていたといえます。【次ページにつづく】

 

 

 

 

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