円高は経済政策の失敗が原因だ  

為替レートにまつわる議論の論点

 

為替レート(円ドルレート)の円高が進んでいる。サブプライムローン危機が顕在する直前の為替レートは1ドル=115円台であったが、世界金融危機が深刻化するにつれて円高が進み、2008年9月のリー マン・ショック時には107円となり、2009年11月には89円台となった。2010年4月には93円台まで円安が進むものの、その後はふたたび円高が 進み、10月8日には81円台に突入した。

 

円高の進行に際して「注視」を決め込んでいたかにみえた政府は、9月15日に総額2兆円あまりの円売りドル買い介入を行い、10月8日には「円高・デフレ対応のための緊急総合経済対策」を閣議決定した。そして日銀は10月5日の政策委員会・金融政策決定会合において、金融緩和策を決定したが、これらの政策をどのように考えることが可能なのか。

 

そして、これらの政策は円高とデフレに悩む日本経済にはたして効力があるのか、関連する論点にふれながら考えてみよう。

 

円高が進行する過程においてはさまざまな議論がなされたが、統計データや既存研究の知見に照らした場合に問題をはらむものが多い。まず事実認識について確認しておきたい。

 

ひとつ目は拙稿(「ドル安ではない。円高こそ重要だ。」Synodos Journal 2010/9/2)で指摘した、「円高が進むのはドル安が進むことによるのが原因である」という議論だが、これは事実に反する。現状、円はすべての主要国通貨に対して円高が進むが、ドルが独歩安になっているわけではない。

 

ふたつ目は、「実質実効為替レートをみると、現在は1995年の円高期と比較しても円高ではないため、深刻な問題ではない」という議論だ。この点は飯田泰之駒澤大学准教授が明確な反論を行っている(「為替レートに騙されるな いま本当に円高なのか?」Voice11月号)。

 

実質実効為替レートは、円と貿易相手国との為替レートを、貿易相手国との物価の相対的変化を考慮しつつ、日本の貿易シェアで加重平均した値であり、円ドルレートといったかたちによって、ひとつの相手国を対象とするのではなく、貿易相手国全体との貿易面での有利・不利を示す指標である。

 

実質実効為替レートは、日本が貿易相手国と比較して物価下落が進めば(輸出には有利となるため)下落し、日本が貿易相手国と比較して為替レートが円高になれば(輸出には不利となるため)上昇する。

 

貿易相手国との物価の相対的変化を調整していない名目実効為替レートをみると、今回の円高は1995年の円高期を越える円高水準(つまり上昇している)だが、物価の相対的変化を調整した実質実効為替レートでは、直近では上昇しつつも1995年の円高期を下回る水準である。

 

これらふたつの指標の差は、日本が貿易相手国と比較して物価水準が低下したこと、つまりデフレが進んだことを意味している。

 

円高やデフレが進むことで懸念されるのは、そのことで国内企業の収益条件や雇用環境が悪化し、一定の時間的ラグを伴いながら消費や投資、輸出入に影響を与えるためだ。

 

「実質実効為替レートでみると現代の円高は深刻な状況でない」という議論は、他国と比較してデフレが進んでいるから、輸出には有利であるということを意味しているのであって、円高およびデフレで懸念される、国内企業の収益条件や雇用環境の悪化等とは関係がないことに留意すべきだろう。

 

なお、購買力平価説に則って、「輸出物価ベースの購買力平価では1ドル=85円程度であるため大した問題ではない」という議論もあるが、これも実質実効為替レートと同じく貿易面での有利・不利を含意しており、現代の円高を考える際には適切ではないことに留意すべきだ。

 

三点目の議論は、マスメディアで度々登場する「通貨切り下げ競争」に伴う見解についてだ。浜田宏一イェール大学教授との拙稿(「日銀は「正しい歌」を思い出したのか?不胎化介入は自国窮乏化を招く」週刊エコノミスト2010.10.12号)で具体的に述べたが、為替レートの競争的切り下げ競争が近隣窮乏化を招くという議論は正しくない。

 

この点は既存研究から確認できる。バリー・アイケングリーン・カリフォルニア大学教授とジェフリー・サックス・コロンビア大学教授は、1930年代の金本位制下の世界経済において、金本位制の段階的離脱を伴った為替切り下げ競争は近隣窮乏化をもたらさず、むしろ大恐慌からの回復の契機となったことを示した。

 

そして岡田靖・元内閣府経済社会総合研究所主任研究官と浜田宏一教授は、変動為替制度における為替切り下げ競争は、世界経済で望ましい状態をもたらすことを示している。つまり、金融緩和(広義のオペレーションを含む)は近隣窮乏化にはつながらないのである。

 

これら既存研究の議論は、金融緩和策を伴う為替レートの切り下げが、自国の金融緩和を通じた内需増加と、為替レート切り下げを通じた外需増加をもたらすかぎり成り立つ。ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授はニューヨーク・タイムズのコラム(A Note On Currency Wars 2010年10月4日)で、アイケングリーン教授とサックス教授の研究が現在成立するか疑義を投げかけている。

 

だがクルーグマン教授の議論は、現代のゼロ金利下において各国がマネーに近い短期資産(たとえば政府短期証券)を購入するという政策を行っても、金融緩和を通じた内需増加を生み出さないことを意味しており、上記研究とは別の話題(どのような金融緩和策が有効か)を含むことに留意しておく必要があるだろう。

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

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