反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと「予想」

さてこの連載では、国家が経済のことにいろいろ管理介入する1970年代までの体制が、80年代以降世界中で崩れている転換を、「転換X」と呼び、その正体は何だったのかを探っています。

 

それは「小さな政府」への転換だ──こう言って、企業が利潤をもとめて活動するのを自由にして、みんな競争させようという「新自由主義」や、それをマイルドにした「ブレア=クリントン=日本民主党路線」が80年代以降今日に至るまでとられてきました。しかしそれは誤解だったというのが、この連載で言いたいことです。

 

そこで、70年代までのやり方が行き詰まった原因がどこにあって、それを解決するためにはどうしなければならないのか──それを、この転換を提唱した経済学者たちの言っていたことを振り返る中から探ってきました。

 

まず、国家が管理介入する体制の中でも一番典型的なソ連型システムが行き詰まった原因を、ハンガリーの共産党体制批判派の経済学者であったコルナイさんの言っていたことにそくして見てみました。さらに、やはり長年ソ連型システム批判を続けてきた、自由主義の巨匠ハイエクが言っていたことも検討しました。二人とも言っていたことをまとめると、リスク決定責任は一致しなければならない、これがズレていたのがソ連型システムの根本的な問題だったのだということになります。

 

ハイエクによれば、この批判があてはまるのは、ソ連型システムだけでなくて、国家が経済のことにいろいろ管理介入する体制全部に言えることです。リスクのあることは、それにかかわる情報を持つ現場の人々に決定と責任をまかせるべきである。それに対して、国家はリスクのあることには手を出さず、人々の予想を確定する役割に徹するべきである──こういうわけです。

 

そして、このように見ると、この転換にのっとったと称して新自由主義政策がやってきたことは、しばしば、コルナイさんやハイエクが言ってきたこととは、逆行することだったということもわかりました。

 

今回は、世界が新自由主義政策へ転換するにあたって、一番影響力があった経済学者として、誰もが筆頭にあげるミルトン・フリードマンの言っていたことを検討します。そして、彼の切り開いた経済学の「反ケインズ革命」の道を徹底し、その後の主流派マクロ経済学の源流を築いた「合理的期待形成学派」のルーカスさんの経済理論も見てみます。

 

その結果は、ここでもやはり、前回見たものと同じ命題にたどりつきます──予想は大事! ということです。

 

※1月23日朝掲載しました原稿には、ルーカスモデルの説明に関して間違いがありましたので、訂正いたしました。お詫びいたします。松尾匡(1月24日)

 

連載『リスク・責任・決定、そして自由!』

第一回:「『小さな政府』という誤解

第二回:「ソ連型システム崩壊から何を汲み取るか──コルナイの理論から

第三回:「ハイエクは何を目指したのか ―― 一般的ルールかさじ加減の判断か

第四回:「反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと『予想』

第五回:「ゲーム理論による制度分析と「予想」

第六回:「なぜベーシックインカムは賛否両論を巻き起こすのか――「転換X」にのっとる政策その1

第七回:「ケインズ復権とインフレ目標政策──「転換X」にのっとる政策その2

第八回:「新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府──「転換X」にのっとる政策その3

 

 

反ケインズ革命の旗手フリードマン

 

ミルトン・フリードマン(1912-2006)は、ケインズ政策全盛時代からケインズ理論を批判して、民間企業の自由な活動に任せて「小さな政府」にしたら、市場メカニズムが働いてうまくいくと大声で提唱し続けたことで有名です。

 

ケインズ経済学はそれとは逆で、資本主義の市場メカニズムは放っておいてはうまく働かなくて、ときどき不況になって失業者がたくさん出てしまうことがあるから、そんなときには政府や中央銀行がおカネをつぎ込んで景気をよくしなければならない。そうやって雇用を増やさないといけないと主張します。第二次世界大戦後の先進資本主義諸国では、この理屈に基づいて、政府が経済全体の需要を拡大して、完全雇用の実現を目指すようになっていきました。

 

アメリカではとくに1960年代、ケネディ大統領の元で「ニュー・エコノミクス」と銘打ち、積極的な財政政策で経済成長が図られました。その後のジョンソン政権も「偉大な社会」というスローガンでこの路線を推進し、60年代の半ばにはほぼ完全雇用が実現されるという、輝かしい成果をあげていました。

 

フリードマンはこんな頃、孤立無援の少数派になりながら、ブレることなく現実のケインズ政策を批判していました。やがて1970年代に、本連載第1回にも書いた「スタグフレーション」が起こり、ケインズ政策が景気停滞を解決できずに、ただインフレだけを悪化させるに及んで、フリードマンは俄然攻勢に出ることになります。講演や評論を精力的に行い、1980年には彼の監修するテレビの十回シリーズが放映されて反響を呼びました。同年これを書籍化したのが、有名な世界的ベストセラー『選択の自由』です。

 

こうした活動がどの程度あずかったことかわかりませんが、同年にはアメリカ大統領選挙で、「小さな政府」と市場規制の緩和を掲げる、共和党のレーガン候補が勝利しました。前年のイギリスでのサッチャー政権の成立とも合わせ、この後、新自由主義政策が世界を席巻していくことになります。そして学術的にもこれ以降、反ケインズ派が破竹の勢いで学界を制覇していきました。

 

……読者のみなさんは、フリードマンはお嫌いですか。たしかに、それもごもっともなことです。

 

この連載の主題の一つは、フリードマンも含め、70年代までの国家介入体制行き詰まりの本質を分析した学者たちが言ったことを、新自由主義政策は、しばしば非常に歪めてきたということです。その中にはフリードマン学説の真意に反した政策もたくさんあったと思います。しかし、フリードマン自身は学者であるにとどまらず、非常に政治的な動きをしてきた人です。新自由主義の政治家を応援し、世界に新自由主義政策が広まっていったことを、自説が受け入れられていったストーリーとして自慢しています。新自由主義政策がもたらした様々な犠牲や混乱に対する個人的な責任はたしかに免れないと思います。

 

とはいえ、理論の検討は、それとはまた別問題として重要なことだと思います。あとで申しますように、経済理論としても、フリードマンの理論の想定には大いに異論があるのですが、それはそれとして、それまでのケインズ派の理論や政策の弱点を突いた点で、大きな貢献があると思います。

 

そもそも新しい説が既存の学説を打ち負かし、人々に受け入れられて一世を風靡したならば、それは何か理由があることです。テクノロジーとか人々の生活のあり方など──流行りの言い方では「ファンダメンタルズ」、古風な言い方をすれば「物質的生産諸力」──の条件に、何かフィットしなくなったから既存の学説は負け、ベストでなくても何らかの適応をしたからこそ、新学説は人々に受け入れられたわけです。思想堅固であれば負けなかったなどという総括は最悪の観念論です。勝った学説のどこにその適応があったのかを見極めて、自分の側のブラッシュ・アップに活かしていく姿勢こそが必要なことでしょう。

 

 

 

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