乗数効果と公共事業の短期的効果への疑問――藤井聡先生へのリプライ

月刊誌『Voice』3月号での連載「ニッポン新潮流」に関し、藤井聡先生(内閣参与・京都大学大学院教授)よりコメントをいただきました。

 

 

飯田泰之氏のVoice(2014年3月号)への寄稿論説について

 

 

一昨年末以来の経済の好循環を本格的な回復に導くにあたって、消費増税が看過できないリスクであるという点を内閣参与である藤井氏が深刻に憂慮されていることは、不安の中での光明とも言えるでしょう。

 

拙稿に関する批判的なコメントをいただきましたので、ここで批判に答えると共に、私の財政政策に関する考え方を整理してお伝えしたいと思います。リプライは(https://synodos.jp/ or http://www.mitsuhashitakaaki.net/)にも掲載いたしました。

 

まずは、いただきました質問への返答から。政府支出が国民経済計算(SNA)体系の泣きどころであるというのは、経済統計を扱う者として「そういうモノなのです」と答えるしかありません。SNA、そしてその主要勘定である国民所得勘定(通称GDP統計)のなかで政府支出は例外的な手続きで計上されています。

 

SNAの原則の一つが市場取引原則です。これは市場である商品が1万円で取引されたことが「少なくともその商品に1万円の価値があると思った人がいた」ことの証明になるという考え方に由来します。家計や民間企業が事前に価値がないと思っているものに支出すると言うことはないでしょう。このような論理の前提となる主観価値説とその正当性については飯田(2012)または一般的な経済学のテキストを参照ください。そして、事後的にも市場価格が主観的な価値とおおむね一致するという点については、以下のように説明されます。「いつでも思ったほどの意味がない支出を行っている」という企業は、いつも投資・調達に失敗しているということです。このような企業が長く市場にとどまることは出来ません。一方で、「いつでも思ったより有用な支出が出来る」ような優秀な企業もまたそう多くはない。ここから、民間経済主体の支出は平均的には払っただけの価値のあるモノを購入していると想定することが出来ます。

 

一方、市場取引を経ていない財・サービスは「いったいそれがどれだけの価値があるのか」を客観的に評価することが出来ません。しかし、市場で取引されることはないが、国民の経済厚生にとって重要なものは確かに存在します。そのため、市場で取引されない付加価値生産についてはその価値を擬制して数値化する必要があるのです。その代表が、家賃・自家消費の帰属計算と政府支出です。政府支出はその支出額(真水部分)だけの価値があるということにして付加価値生産額に計上されます。すると、

 

 

A.10億円を使って非常に重要な道路整備を行った

B.10億円分の自宅警備事業(または穴を掘って埋める工事)を発注した

C.定額給付金10億円を支給した

 

 

という3つの支出において、A・Bでは10億円のGDPの増加が生じ、Cでは(所得移転にあたるため)GDPは変化しないということになります。Aでは確かに新たな付加価値が生まれているため、10億円がGDPに計上されるのは自然な統計・会計処理ですが、Bはどうでしょう? 実質的にBとCでは同じ事が行われているにもかかわらず、両者がGDPに与える影響が異なるというのは、どう考えても統計ルールの不備でしょう。だから、政府支出はSNAの泣き所なのです。

 

「政府の投資は無駄」かどうかは事業次第です。私の議論はマクロ経済学での論争を前提にしているため、ちょっと分かりにくいかもしれませんが、議論の焦点は給付金・減税と財政支出ではどちらの経済効果が大きいかにあります。ここでは「1兆円増税して1兆円政府支出を行った」ときにGDPはいくら増えるかという均衡予算乗数の問題から説明しましょう。

 

分配の問題を無視すると「1兆円増税して1兆円の給付金を支給した」ならば経済効果はゼロ(乗数は0である)と考えられます。分配の変化が消費にもたらす影響については飯田・雨宮(2009)などを参照いただければと思います。一方、教科書的には「1兆円増税して1兆円政府支出を行った」場合には1兆円の経済効果(乗数は1である)ということになります。これは経済学のテキスト等では財政支出乗数と増税乗数が同時に働いたケースとして説明されます。

 

ここで先ほどの例を思い出してください。「1兆円増税して失業者に1兆円を払って自宅警備事業を発注」の乗数が1で「1兆円増税して定額給付金1兆円を支給」の乗数が0であるという両者の差は純粋にSNAの性質に依存しています。

 

ちなみに、このように説明すると増税前提の議論はけしからんと思われるかもしれません。しかし、増税を財源にした場合から考えるのは両者の差が(一方が0になるので)一番見えやすいという説明の方便です。ここで知りたいのは「給付金と財政支出の経済効果の差」です。

 

仮に何の意味もない事業であれば、統計上の差は出ても、実際には給付金・減税と同じ経済効果しかもちません。むしろ収容費・資材費が要される分、財政出動の方が非効率的だと言えます。さらに、支出性向の高い低所得者・育児世代への所得移転となる給付金であれば分配自体が景気刺激効果を持つため、財政出動の優位性はさらに失われるでしょう。すると、「給付金と財政支出の経済効果の差」は財政支出の支出先の中身に依存するという結論に達します。数理的な証明はOno(2011)を参照ください。

 

このように、景気対策としての給付金と財政出動の経済効果の差は「どの程度役立つ事業が行われるか」に依存するという結論になります。「役立つ」の定義については、経済学的には各自のwillingness to pay(以下WTP、虚偽申告なしに支払っても良いと思える額)の総計によって定義されます。このWTPの調査は容易ではありません。アンケート調査によってWTPを調べようとしても、どうせ自身が実際に負担するわけではないのであれば――たとえば自身の負担分がその建設費の1億分の1を負担すれば良いだけなのであれば、誰もが道路や橋を欲しいと答えるでしょう。

 

そのため、公共事業へのWTP総額はあくまで推計によることになります。その恩恵を直接・間接に享受する人の頭数が多い事業は厚生の観点から給付金以上の実体的な経済効果を生みうるでしょうし、それが少ない事業であれば給付金と同じかそれ以下の効果しかもたないと言うことになります。厚生の観点から導かれる望ましい土木・建設事業は幹線や都市部を中心にしたものになると考えられます。

 

 

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