2010.07.11

日銀総裁と経済パフォーマンス

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #金融政策#インフレ目標政策#リーマン・ショック

08年9月のリーマン・ショックから2年余りが経過した現在、日本経済は緩やかながら回復の道を歩んでいる。政府の月例経済報告(平成22年6月18日)では、「景気は、着実に持ち直してきており、自律的回復の基盤が整いつつあるが、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況にある」と述べられている。

デフレ脱却の道、いまだみえず

このような政府の判断の背景には、生産や輸出の回復という、今回の景気回復の主力となっている要因が持続しつつ、個人消費や雇用に持ち直しがみられるという認識がある。だが月例経済報告に明記されているとおり、政府が喫緊の課題としているデフレからの脱却への道はみえていない。

デフレからの脱却にもっとも大きな影響を及ぼすのは、中央銀行(日本銀行)の金融政策である。 では、デフレに陥った時期の金融政策と実体経済の動向はどのようなものであったのか。政策変更に敏感に反応する株価の動きと、政策効果が遅れて影響する実体経済の状況を示す失業率、そして物価動向を検討しつつ考えてみたい。

デフレ下の日銀総裁の経済パフォーマンス

91年以降のバブル崩壊の影響で先送りされた、金融機関の不良債権問題が金融危機として深刻化するなかで、97年4月に消費税率が引き上げられ、また2兆円規模の特別減税が廃止された。

加えて、9月からの社会保険料の引き上げといった財政引締め要因、さらにアジア通貨危機といった対外要因の悪化によって、98年のマイナス成長とデフレへの突入という事態が生み出された。

以降、3人の日銀総裁が指揮を取ったが、在任時の物価動向で共通しているのは、デフレから脱却できていないという事実だ。ただし、物価の下落がつづいたとはいえ、下落幅がゼロとなった時期が速水・福井総裁の就任時には観察できる。一方で白川氏が総裁となった時期の物価は下落が進んでいる状況である。

失業率の動向はどうか。速水氏および白川氏の在任時には失業率の悪化が進んだが、福井氏の在任時には失業率は改善している。

株価の動向については、3人の総裁とも株価の上昇と下落を経験している。ただし、株価の上昇率と下落率に着目すれば、株価の上昇率が高く下落率が低いのは福井氏の総裁在任時であり、株価の下落率がもっとも大きく、株価の上昇率がもっとも低いのは白川総裁の在任時ということがわかるだろう。

つまり、物価の下落度合いの改善、失業率の回復、株価の伸びという視点からは、福井総裁時の経済パフォーマンスがもっともよく、最低なのが白川総裁ということだ。

経済パフォーマンスと金融政策の関係

このようにみていくと、つぎに問題となるのは、なぜ福井総裁時の経済パフォーマンスがもっともよく、白川総裁時の経済パフォーマンスが最低なのか、この差を生み出しているのは何なのかということである。

結論をいえば、これは金融政策の差による。つまり白川総裁の経済パフォーマンスが最低なのは、量的緩和策、ゼロ金利政策のいずれも行っていないためだ。そして、経済パフォーマンスの差と金融政策の関係からは、量的緩和政策がもっとも経済パフォーマンスの改善に影響することも明らかだ。

たしかに、「百年に一度の経済危機」と呼ばれた世界的な危機の影響を考慮すれば、以上の評価は白川総裁に厳しすぎるという批判もあるのかもしれない。

しかし、だからといって、経済パフォーマンスがもっともよかった時期に行われた量的緩和策を試さないという手はないはずだ。そして、量的緩和策を行ってもデフレから脱却できていないという事実を念頭におけば、あと一工夫をする必要があるということになる。

「一工夫」の方法は様々あるが、諸外国ですでに実績がある「インフレ目標政策」を試すべきだ。

本日は参院選の投票日だが、政治家の場合は選挙というかたちで国民の審判が下される。だが、日銀総裁の金融政策の失敗が経済パフォーマンスの悪化を招いていても、現制度では罷免等のかたちで日銀総裁に責任を問うことはできない。

デフレが10年超もつづくいま、求められているのは、日銀に「最大限の努力を期待する」ことではない。「デフレ脱却」という成果が求められているのであって、そのためには現制度を変えるといった具体的な「政治の力」が必要なのだ。

日銀総裁と物価・株価・失業率の推移  (出所)完全失業率:総務省『労働力調査』、コア・コアCPI:総務省『消費者物価指数』食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合、株価:日銀資料(日経平均株価月末値)を参照して筆者作成。
日銀総裁と物価・株価・失業率の推移
(出所)完全失業率:総務省『労働力調査』、コア・コアCPI:総務省『消費者物価指数』食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合、株価:日銀資料(日経平均株価月末値)を参照して筆者作成。

推薦図書

我が国のデフレはなぜつづくのか。本書は、90年代の「失われた10年」とその後の「実感の伴わない回復」、そして世界金融危機に揺れる我が国の経済状況を「失われた20年」ととらえた上で、過去20年間の経済政策と実証研究を整理しつつ「デフレを超える経済政策」について論じた本である。なぜ日本の停滞は続くのか、経済政策はどのように影響したのか、何をすればよいのかといった点に興味をお持ちの方に一読を薦めたい。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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