2016.04.05

子ども1人に1台のICT利用――スウェーデン先進事例に学ぶ

国際大学GLOCOM / 監修 豊福晋平

教育 #スウェーデン#GLOCOM#ICT

国際大学GLOCOMは2015年4月21日、スウェーデンのストックホルム郊外にあるソレントゥナ市(Sollentuna kommun)の教育関係者4人を招き、公開コロキウムを開催した。同市は政治主導で2009年に1:1コンピューティング(生徒1人につきPCあるいはタブレット1台)を決定し、段階的に導入してきた。その結果、生徒の成績ランキングは全国18位(2009年)から4位(2014年)へと大きく改善した。また、ただICTを使えばいいというわけではなく、どのようにICTを授業に統合していくのかを教員が理解したうえで、ICTを使っていくことが重要だということがフォローアップ研究によって明らかにされた。

公開コロキウムでは、同市の現状と展望について話をうかがい、日本との比較について意見交換を行った。会場からは、ICTに否定的な教員をどう説得したのか、どうやって教員の意見交換や取り組みを活発にしているのか、子どもたちの発言がネット上でオープンになることに対して保護者の抵抗はないのか、日本の自治体ではコストに対して目に見える効果がないとなかなか導入できないが、そこはどうしたのかなど、多くの質問が寄せられた。以下、コロキウムの内容を紹介する。(2015 年4月 21 日開催)(初出:智場#120特集号 子どもの未来と情報社会の教育

ソレントゥナ市の教育

ソレントゥナ市の人口は約7万人、生徒(6~16歳)数は約9000人で、77%が公立学校に、23%が私立学校に通っている。2009年、ソレントゥナ市教育委員会の委員長だったマリア・ストックハウス(Maria Stockhause)が1:1を提案し、2013年までに各生徒に1台のPC(あるいはタブレット)を持たせることが政治主導で決まった。これは、家庭の収入格差によって生徒のデジタル能力に差がつくことがあってはならない、学校で平等なICTの学習機会を提供することは民主主義にとって重要だという考え方からだという。この結果、生徒の学力テストにおけるソレントゥナ市のランキングは、全国18位(2009年)から6位(2013年)、4位(2014年)と大きく改善していった。

左から、豊福、ブロマン、エリクソン、ホルムグレン、ゲンロット、上松(敬称略)
左から、豊福、ブロマン、エリクソン、ホルムグレン、ゲンロット、上松(敬称略)

 

教育事務所長のダニエル・ブロマン氏は、市の教育目標として次の三つをあげた。

・スウェーデンでソレントゥナ市がトップになること

・すべての生徒がすべての科目で合格点を取ること

・すべての生徒が安心と安全を得られる教育環境をつくること

これらの目標を実現するために、政治、行政、校長、教員が協力してともに働いている。教員同士で意見を交換する場を設けて互いに学び合っていて、指示が上から一方的に降りてくるというような形ではない。具体的には次のようなことを組織的に行っている。

・良い事例をみんなでシェアする。

・新しいアイデアを採り入れるにあたり、それを研究している人たちと協力する。

・教員たちは、教育手法を発展させるために毎日のように学んでいる。

・ICTを各授業に統合していく。このためにも教員は学ぶ必要がある。

1:1プロジェクトの実態と研究

ソレントゥナ市で1:1を進めるにあたっては、何の問題もなくスムーズに目標が達成されたのだろうか。教育事務所のアニカ・アゲリ・ゲンロット氏によると、彼らが1:1で経験したことは、ハイプ・サイクル(Hype cycle)というモデルに沿って説明できる(図1)。ハイプ・サイクルとは、新しい技術が社会に適用されていくプロセスをモデル化したもので、(1)黎明期、(2)流行期、(3)幻滅期、(4)回復期、(5)安定期という五つの段階があるとしている。すなわち、新技術が登場すると関心が集まり、「これで何でもできるようになるかもしれない」と、期待が非現実的なところまで急速に高まっていく。ところが、もちろんそれら全部が満たされるわけはないので、期待は失望に変わる。急速に落ち込むが、そこから現実に何ができるのかを考えていくうちに、徐々に期待と技術でできることがすり合わされていき、現実的なところに落ち着いていく。

図1 ソレントゥナICT導入におけるハイプ・サイクル 出所:当日の配布資料から
図1 ソレントゥナICT導入におけるハイプ・サイクル 出所:当日の配布資料から

ソレントゥナ市では2009年に、政治家が「2013年までにすべての学校で1:1を達成する」という目標を定めた。そこから期待が高まっていき、2010年頃にピークに達した。ところが、実際に各生徒にPCを与えたものの、Wi-Fiがうまく機能しない、多くの教員が技術の使い方を分からないといった事態が明らかになり、落ち込みを経験した。それをどう解決するかを考えていくなかで、しだいにネットワークが機能するようになり、教員に対する教育も行われていった。

スウェーデンの多くのメディアがソレントゥナ市の挑戦を取り上げ、そのなかには批判的な記事も多くあった。それでも続けていくことができたのは、政治家や校長が、1:1という目標に対して統一的な見解をしっかりと共有していたからだという。2015年の段階で、ある程度の目標を達成することができた。スウェーデン全体で見ても、生徒1人当たりのPC整備は進んでいる。2011~12年のデータによると、たとえば8年生で、1台/2人とEU諸国の中でトップである(EU平均は1台/5人)。

ただ、学校にPCが整備されていても、ICTが高いレベルで授業に使われているわけではなかった。教員の約20%は、ICTが授業の差し障りになると考えていた。約30%はICTを授業に使うことに肯定的だったが、インターネット検索や、タイプライター代わりに使う程度で、授業の中でICTを統合的にうまく使うことはほとんどできていなかった。60~85%の子どもたちは、ほとんどICTを使えていない教員による授業を受けていた。そういった状況を変えるために、ソレントゥナ市はWTL(Write to Learn)という学習モデル(注1)を使った。WTLモデルは、次のようなサイクルを繰り返す。

(注1)ゲンロット氏の WTL モデルについては以下の文献を参照。 Annika Agélii Genlott, Åke Grönlund [2013],

“Improving literacy skills through learning reading by writing: The iWTR method presented and tested,” Computers & Education , Volume 67, September 2013, Pages 98‒104.

 

1. 最初に目標を掲げ、どういう目標が達成されるべきかをしっかり書く。

2. 次の段階で、実際の学習に入る前に、学びというのは生徒にとって楽しいことだ、面白いことだと教える。

3. そして、誰に向かって書くのか、何を書くのか、どういう形で書くのかというwriting strategyをつくる。

4. 実際に書いていく段階では、2人のペアでやっていく。初めは口頭で、徐々にGoogleドライブを使っていく。ソレントゥナ市では1年生(7歳)の段階からGoogleのユーザーIDを持たせていて、書いたものを他の子たちと協力してアップしていく。最初はペア2人で協力して書いたものを、別のペアと共有して、さらに別の人たちと共有する。そういうことによって、書くという行為を徐々に高度化させていく。

5. テキストができあがると、それをGoogleのホームページにアップロードする。そうすることで、それまでは先生に提出して、先生だけが読んでいたものを、多くの人が読むことができる。これが、結果を残すことができたキーポイントだという。

6. 最後に、生徒が何をどのように書いたかを、先生が評価する。

生徒たちは、他の生徒が書いたものをお互いに読んで、「こうしたほうがいいのでは?」といったコメントを付け合う。Googleのサイトを通してお互いにメッセージを残していく。先生も、ここにコメントを書く。文章が苦手な生徒たちは、学校や家庭から何度も何度もこのサイトにアクセスして、どういったレスポンスがあったのかを見ながら徐々に改善していく。そうすることで自信をつけていく。このWTLモデルによってどういう成果が得られたかというフォローアップ研究の結果が興味深い。3年生、500人について、国語(スウェーデン語)と算数の成績を、他の教育手法と比較した。比較したのは、(1)WTLモデルとICTの両方を使った群、(2)伝統的な紙とペンを使った群、(3)WTLモデルは使わずICTだけを使った群、の三つである(図2)。

図 2 WTL モデルと ICT の利用比較 ソレントゥナ市 3 年生の国語・算数の事例 出所:当日の配布資料から
図 2 WTL モデルと ICT の利用比較 ソレントゥナ市 3 年生の国語・算数の事例 出所:当日の配布資料から

 

結果、WTLモデルとICTの両方を使った群が最も良い成績を示し、しかも、女子・男子で到達度にほとんど差がなかった。伝統的な教育手法による群はほぼ2番目で、モデルを使わずICTだけを使った群が一番悪かった。つまり、端末を与えるだけで、どう使ったらいいのか分からないままで使っているのが一番良くない、ということになる。重要なのは、どのようにICTを授業に採り入れていくのかを教員が理解したうえで、授業にICTを使っていくことだと言える。

ソレントゥナ市では、生徒たちだけでなく、教員もこのモデルで学んでいる。約1年間のコースで、月に1回、講義を受けてWTLモデルを学習し、それを学校の現場で実際に試してみて、結果がどうだったかという分析をGoogleのサイトにアップする。生徒たちが学習でやっているように、教員たちも自分たちがどのように学んだかを書き、互いにそれを読んでコメントを付け合う。教員たちを指導している先生も、そこにコメントを書き込む。これを5年間続けてきた結果、このモデルを理解して実践できる教員の数は200人になり、これは約5000人の生徒たちが、このモデルで学習できるということを意味している。

市内の学校での実践事例1――ルンバッカ校(Runbackaskolan)

ルンバッカ校(6~16歳、生徒数580名)では、生徒たちが学問的な知識と創造性の両方において能力を高めていくことを目標にICTを使っている。アニカ・ホルムグレン校長は、「いまやICTがなければ生活は成り立たない。ICTを単に消費者として使うだけではなく、どうアクティブに活用していくかを教えなければいけない」と述べる。

2011年に教員や職員にPCを配ることから始まり、現在では、生徒1人に1台PCあるいはiPad、各教室にグリーンスクリーン(撮影後に映像を合成するために使う背景)とネットワークにつないだアップルTVが整備され、ごく当たり前にICTを使っている。たとえば、学校のホームページに、クラスごと・学科ごとのブログがあり、一般にもオープンにされている。いつの授業に何をやるのか、授業の前にあらかじめ何をしておくのかというインストラクションが示されていて、フリップドクラスルーム(反転授業)にも使う。スペイン語科目のブログを見ると、スペインのお祭りの動画やスペイン語の歌なども載っている。

学習成果のフィードバックにはGoogleドライブを使っている。生徒たちは学習したことをGoogleドライブに書いて、グループでそれを編集する。そこに、先生や生徒たちがコメントを付ける。フィードバックでは、生徒の能力を伸ばすように様々な科目の先生が協力する。たとえば、中学校の生徒が企業経済を学んだときには、社会・美術・国語の先生が協力してコメントを付けた。フィードバックにはMovenoteというサービスも用い、先生たちは顔を見せながら音声でコメントを残すこともしている。

さらに、生徒たちは自分たちが学んだことを映像化している。クロマキー処理に用いるグリーンスクリーン上で撮影してから画像合成し、教室の中にいながら、まるで外国からレポートしているかのような映像を制作している。同じように学校のニュースも制作していて、学校であった事件や旅行の様子を、テレビ局のニュース番組のような動画にしてアップしている。これらはYouTube上にオープンにされているので、保護者や関係者はこれを見て、学校で何が起きているのか、何を学んでいるのかを知ることができる。

プログラミングについても言及があった。ホルムグレン校長は、それまで持っていたプログラミングに対する考え方を180°変えざるを得なかったそうだ。「以前は、生徒たちはプログラミングなんか全く理解できないだろうと考えていた。しかし、今では、生徒たちは私よりずっとクリエイティブだということが分かった」と述べ、Scratchとインタフェースを組み合わせてバナナ・ピアノを作る子どもたちのケースを紹介した。

市内の学校での実践事例2――シェルダールス校(Kärrdalsskolan)

シェルダールス校(6~12歳、生徒数450名)のヤン・エリクソン校長は、「生徒たちは、自分がどのように発達していくのかという目標を自分自身で決め、自分の発達について考えながら授業に参加していくことが重要だ」という。シェルダールス校では4年前の改革で、Google Appsを使って生徒個人の発達記録を一元化していくことを決めた。同時に、三者面談を生徒主導へと大きく変えた。すなわち、生徒が自分の目標を掲げて、なぜこの目標なのか、どのように達成するのか、どこまで到達したのかを、生徒自身が、教師や保護者の前でプレゼンテーションするようにした。

スウェーデンでは、8月に新学年がスタートする。生徒たちはそれぞれ、5~8時間ぐらいかけて学年最初のプレゼンテーションを作る。そして保護者と一緒に学校で面談する機会を持つ。生徒たちは、自分が決めたプランに沿って、どのくらい目標に到達したのかを、自分で評価しながら学習を進める。12月になると、このプランがどのくらい進んだかという評価を自分でする。そして1月に始まる次の学期には、新たなプランを立てる。6月にも12月と同じようなことを行う。1年生から5年生までは、文書によってどういう結果になったかを判断し、6年生になると成績評価が付く。

個人のプランは、たとえば図3のようなものである(2年生の例)。

図3   シェルダールス校 2 年生が作った自分の学習プラン
図3 シェルダールス校 2 年生が作った自分の学習プラン

 

これによると、この児童は、社会性(Social development)に関して、先生や他の生徒の話を聞くことが得意で、質問に答えることに熱心。自分が訓練していくべきことは、全部の授業に集中することで、質問に答えることをもっとよくしていきたい。学校で楽しいことは、スポーツやおはじきで遊ぶこと。スウェーデン語に関しては、文章を書くことが得意で、レポーターとしても優秀。訓練すべきことは、ペンで書くこと、きちんと読んで理解すること。一番楽しいことは読書、と書いている。

このように全ての学科について、何が得意で、何をしなければいけないのか、何が楽しいかを書いていく。こういった方法を保護者はどう評価しているのか。アンケートをとったところ、一部に「自分の子どもが学習においてどういう到達をしたのかを先生から話してもらえない」という不満も聞かれたが、約70%の保護者は「非常に良い」と評価したという。

意見交換

意見交換は上松恵理子・GLOCOM客員研究員の司会で進められた。会場からは、(1)ICTに否定的な教員をどう説得したのか、(2)どうやって教員の意見交換や取り組みを活発にしているのか、(3)子どもたちの発言がネット上でオープンになることに対して保護者の抵抗はないのか、(4)日本の自治体ではコストに対して目に見える効果がないとなかなか導入できないが、そこはどうしたのかなど、多くの質問が寄せられた。

(1)ICTに否定的な教員をどう説得したのか

・組織の中で目標をしっかり決めたことが大きい。校長は自分たちの部下である教員と個別に話をして、なぜこういうやり方をするのかを理解してもらった。(ブロマン)

・優秀な教員にはそれなりの給料を払うことにして、教員のモチベーションを上げることも政治の側としては重要。(ブロマン)

(2)どうやって教員の意見交換や取り組みを活発にしているのか

・オープンに意見交換をできる場所づくりが非常に大事だと思う。たとえば2015年1月、120人の教員と一緒に、ICTでどういう技術的な革新が行われているのかを学ぶためにロンドンまで行ってきた。(ブロマン)

・実際に授業でどうICTを使っていくのかが、常にテストされている。「ぜひチャレンジしよう。失敗するかもしれないが、ときにはそういうこともあっていい」と、私たちは考えている。(ブロマン)

・校長として、きちんと対話をするように教員を指導している。教員にどういう要件が求められているのかを伝えて、チャレンジを要求している。(ホルムグレン)

(3)子どもたちの発言がネット上でオープンになることに対して保護者の抵抗はないのか

・生徒たちはすでにデジタルの世界で生きている。私たちは、彼らがデジタルの世界でどう生き抜いていくかを教え込んでいかなければいけない。消費者として使うだけではなく、こちらからどうアクティブに使っていくかが問題で、そこを保護者ときちんと話をしていくことが大切だ。(ホルムグレン)

ソレントゥナ市ヤーデス校(Gärdesskolan)教室の風景(1)出所:豊福晋平撮影
ソレントゥナ市ヤーデス校(Gärdesskolan)教室の風景(1)出所:豊福晋平撮影

 

・私たち教員がやっていることが、政府の学習指導要領に基づいていることを、保護者に説明して理解を得ることが重要だ。(エリクソン)

・私たちが何をやっていこうとしているのか、これから何が起きるのか、どういうプランでやっているのか、そういう情報を共有していけば、保護者からも理解を得られる。公開しないで秘密にしようとすると、不安な要素が浮かびあがってくる。(ゲンロット)

(4)日本の自治体ではコストに対して目に見える効果がないとなかなか導入できないが、そこはどうしたのか

・教育で確実に結果を出していくことが重要になる。きちんとした結果を出せば、結果でもって議会で話をすることができる。これだけ先進的な試みをして結果を出していれば、当然この市に移りたいという人も増えるし、それは税収の増加につながる。(ブロマン)

 ソレントゥナ市ヤーデス校(Gärdesskolan)教室の風景(2)出所:豊福晋平撮影
ソレントゥナ市ヤーデス校(Gärdesskolan)教室の風景(2)出所:豊福晋平撮影

 

まとめ

ソレントゥナ市の取り組みは、スウェーデン国内に限らず、日本の実態と比較しても間違いなくトップランナーに位置付けられる事例である。我が国のような詳細な学習指導要領や情報化ガイドラインが十分提供されていない状況において、政治・行政・カリキュラム開発・教職員研修・学校導入に至る領域が、それぞれのキーマンの優れた働きによってカバーされ、構築されてきたことがよく理解できる。

また、今回提示された話題について概観すると、我が国の教育情報化では必ず課題とされる授業特化したアプリケーション、コンテンツ、プラットフォーム、デジタル教科書ではなく、また情報伝達や指導の方法論でもなく、むしろ、汎用のクラウド情報環境、学習者のワーク課題の与え方、あるいは授業外の学習計画・評価に関わる活用に言及されていることに気付かれるだろう。

これらは海外1:1の動向を読み解き、ひるがえって、我が国の課題を考察するうえでも重要な示唆を与えるものと考えられる。

プロフィール

国際大学glocom

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM : Center for Global Communications)は、1991年に設立された国際大学付属の研究所です。設立以来、学際的日本研究や、情報通信技術の発展と普及に根ざした情報社会の研究と実践を活動の中心におき、産官学民の結節の場として、常に新しい社会動向に関する先端研究所であることを目指しています。

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