困難を抱えた生徒と向き合う――埼玉県定時制高校生自立支援プログラムにおけるスクールソーシャルワーカーの実践

はじめに

 

筆者は1977年明治大学法学部法律学科を卒業。教職に就いた経験はない。福祉の世界との関わりは、2002年に東京弁護士会「子どもの人権と少年法に関する特別委員会」の弁護士、児童福祉関係者、虐待問題に思いを寄せる一般市民らとともに被虐待児や非行少年のための民間シェルター設立準備会に加わったことに始まる。

 

2004年「NPO法人カリヨン子どもセンター」設立後は理事として、また被虐待児シェルター「子どもの家」開設当初はワーカーとして、入所児の相談援助や生活支援も行った。2008年、当法人が社会福祉法人となってから今日まで男女別「子どもシェルター」、男女別「自立援助ホーム」など5つの事業の運営に理事として関わっている。

 

2011年に社会福祉士、2012年に精神保健福祉士の資格を取得し、2012年、埼玉県のスクールソーシャルワーカーに採用されて、県西部の夜間定時制高校と単位制定時制高校の相談員を兼務した。また、ひきこもりの若者の自立を支援する「若者サポートステーション」では「心の相談員」として15歳から39歳までの不登校や引きこもり経験から就労につまずいた人たちの相談業務に関わった経験もある。

 

「カリヨン子どもセンター」の子どもシェルターで支援した子どもたちの年齢は15歳から20歳、みな養育環境にさまざまな問題を抱えていた。(注1)

 

(注1) 社会福祉法人カリヨン子どもセンター子どもシェルター利用者の実態調査報告書2012年12頁

 

夜間定時制高校は高度経済成長時代には勤労青年のためのものであったが、現在はさまざまな困難を抱えた生徒の集う場所になっている。子どもシェルターで支援した子どもたちの抱える問題と定時制高校に集う生徒たちの抱える問題は共通する部分が多くあった。

 

本稿では、夜間定時制高校に配置されたスクールソーシャルワーカーという福祉専門職の目から見えてきた「困難を抱えた生徒の支援のありかた」について考察し、あわせて「権利擁護」に視点を置いた生徒支援の実践について事例を通して考察する。

 

※本稿は、「明治大学教育会紀要 第7号(2014年度)」より転載いたしました。

 

 

スクールソーシャルワーカー活用事業について

 

文部科学省は平成20年度から、「いじめ、不登校、暴力行為、児童虐待など生徒指導の課題に対応するため、教育分野に関する知識に加えて、社会福祉等の専門的な知識・技術を用いて、児童生徒の置かれた様々な環境に働き掛けて支援を行う、スクールソーシャルワーカーを配置し、教育相談体制を整備する。」として、スクールソーシャルワーカー活用事業を開始した。

 

本事業の実施要領によれば、スクールソーシャルワーカーとして選考する者について、社会福祉士や精神保健福祉士等の福祉に関する専門的な資格を有する者が望ましいが、地域や学校の実情に応じて、福祉や教育の分野において、専門的な知識・技術を有する者又は活動経験の実績等がある者のうち、次の職務内容を適切に遂行できる者とする。

 

(1)課題を抱える児童・生徒が置かれた環境への働きかけ

(2)関係機関とのネットワーク構築

(3)学校内におけるチーム体制の構築・支援

(4)保護者・教職員に対する支援・相談・情報提供

(5)教職員等への研修活動


としている。(注2)

 

(注2)平成25年度文部科学省スクールソーシャルワーカー活用事業実施要領等142-144頁

 

埼玉県は、平成21年度に同事業を受託して、当初8市町に21名のスクールソーシャルワーカーを配置したのを皮切りに毎年増員を図り、平成26年度には44市町に48名を配置している。平成24年度の配置人数、資格、勤務形態、研修体制は、次表の通りである。(注3)

 

(注3)平成24年度スクールソーシャルワーカー実践活動事例集:文部科学省12頁

 

 

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文部科学省が、スクールソーシャルワーカーとして職務内容を適切に遂行できる者としている上記(1)から(5)までの職務を遂行するための専門性が、埼玉県に配置されたスクールソーシャルワーカーに担保されているか、またそのための研修体制が適切かどうか、この表を見る限り疑問が多い。

 

資格のうち、教員免許状とあるのは定年退職者(主に管理職経験者)の再任用である場合が多い。長年にわたる学校現場での生徒指導の経験は、「不登校支援」をスクールソーシャルワーカー配置の主たる目的としている義務教育においては、生徒の学習指導などで力を発揮することが出来るし、学校との連携を図りやすい利点がある。しかし、(1)の「課題を抱える児童・生徒の置かれた環境への働きかけ」という「指導」ではなく「支援」のための相談援助技術の専門性は不十分であると言える。

 

一方、福祉の専門職にあっても社会福祉士や精神保健福祉士は国家資格ではあるものの、スクールソーシャルワーカー養成課程を持つ大学や専門学校が少ない現在、高度の専門性や児童・生徒への支援経験を持つ者が多いとは言えない。

 

研修体制については、年3回の連絡協議会で講演、実践発表、グループ討議等が行われているが、不充分であると言わざるを得ない。基本的な相談援助技術や福祉の価値と倫理についての研修は、福祉専門職資格の有無を問わず着任前に行うべきであると思う。そのためには、専任のスーパーバイザーが必要であることはいうまでもない。

 

 

定時制高校生自立支援プログラム

 

埼玉県は、平成24年度、これまでの文部科学省「スクールソーシャルワーカー活用事業」による小中学校へのスクールソーシャルワーカー(以下SSWと略記)の派遣に加えて、県独自の事業として「定時制高校生自立支援プログラム事業」を開始し、事業の一環として県内の定時制高校2校に週3日、年間135日勤務のSSWを配置した。

 

初年度は、2010年度に中途退学者、不登校が多かった2校をモデル校として実施され、筆者は県西部地区の夜間定時制高校に配置となり、要請によって西部地区の定時制高校すべてに派遣されることとなった。(拠点校配置派遣型)

 

筆者の勤務校での定時制高校生自立支援プログラムの実施要綱によれば、その目的と内容は次の通りである。(注4)

 

(注4)平成24年度埼玉県定時制高校生自立支援プログラム事業実践報告書1頁

 

 

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定時制高校、とりわけ夜間定時制高校は、高度経済成長期においては中卒の勤労青年のための教育の受け皿としての役目を果たしていた。学校が「荒れる教室」と呼ばれた1970年代後半からは、非行系、特に暴走族のたまり場というイメージになっていったが、90年代から2000年代になると非行系の生徒と不登校経験者などの生徒が混在する時代になる。

 

現在、夜間定時制に入学してくる生徒の中にも非行系の生徒は少数いるが、家庭的にも経済的にもさまざまな問題を抱え、中学では不登校やいじめの被害者だった者などが多い。全日制高校に行きたくても、学業成績が極端に悪かったり、不登校で欠席日数が3桁を越えていたりすると受け入れてくれる学校は少ない。経済的にゆとりがあれば、私立のいわゆる「サポート校」と呼ばれる不登校専門の学校もあり、また単位制、通信制、多部制の昼間の定時制などもあるので、夜間定時制に望んで入学してくる生徒はほとんどいないのが現実である。経済的困窮度が高い生徒のほかに外国籍の生徒も増えている。このように現在の定時制高校にはさまざまな社会的弱者が集まっていると言える。

 

明確な目的を持たずに入学してくる生徒には中途退学者が多い。これまでも県は相談員を配置したり、学習支援員、外国籍生徒の日本語指導のための多文化共生推進員、スクールカウンセラーなどを配置して手厚い支援体制を敷いてきたが、それでもなお中途退学率は下がらなかった。

 

 

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これは、朝日新聞埼玉版に掲載された本プログラムに関する記事の一部である。この記事から、全日制高校の中退者が減少傾向にあるなかで、定時制においては中退者、中退率ともに上昇していることが分かる。(注5)

 

(注5)朝日新聞埼玉版2013年4月6日http://www.asahi.com/edu/articles/TKY201304060092.html

 

全国的にも珍しいSSWの高校配置の根底には定時制高校における中途退学者が全日制高校に比べて極めて高く、中途退学率も全国平均を大きく上回っている状態を改善したいという埼玉県教委の危機感が伺える。当初の目的はどうあれ、様々な課題を抱える生徒の集まる定時制高校にSSWが配置されたことには大きな意義があると思う。なお、本事業は平成26年度から「課題を抱える生徒の自立を支援する共助プラン」と事業名を変え、県内の全定時制高校24校をカバーするため、社会福祉士、精神保健福祉士の資格を持つSSWが8名配置された。

 

 

定時制高校における生徒の主な課題

 

前項でさまざまな社会的弱者が集まる時代と述べたが、生徒の抱える問題は、不登校、いじめの体験、貧困、不適切な養育環境、虐待、学力の不足、気づかれない、あるいは受容されない知的障害・発達障害等の障害、これらによる二次的障害(抑うつ、統合失調症の発症が疑われるもの、社会恐怖症、強迫神経症、境界性人格障害など)様々な要素が複雑に絡み合っている。

 

生徒一人ひとりと面談していると、よくここまで頑張って生きてきたな、と思わされることがある。ひとり親家庭、生活保護受給世帯、ステップファミリー、いわゆるワーキングプアと言われる経済的困窮世帯、保護者の疾病や障害、生徒自身の疾病や障害、外国籍などなど支援を必要としている生徒が多く在学している。

 

中学校時代は不登校でほとんど学校に通えなかった生徒が、入学後は休まず登校して学業に励み、文化祭や体育祭などの行事、生徒会での友人との繋がりを通して自己肯定感を高めていくことがある。就労体験、アルバイト支援などで職業意識が醸成され、希望の進路実現を図ることが出来た生徒もいた。本プログラム事業によるSSWの配置によって、チーム体制での生徒支援が可能となり、自立に繋げられたことはひとつの成果だといえる。

 

学校内で管理職、プログラム事業担当教員、一般教員、養護教諭、SSW、スクールカウンセラーなどがチーム体制を組み、教育的側面、保健的側面、心理的側面、福祉的側面などそれぞれの専門分野を持ち寄ることで、これまで個人的な問題として俎上に載らなかったケースを拾い上げることが出来る。そして、必要ならば外部機関に繋げることも出来る。生徒支援のチーム体制の要としての役割を果たすために、定時制高校におけるSSWの配置は「困難を抱えた生徒の支援」にとって効果があると思う。

 

 

学校内におけるチーム体制構築の取り組み

 

1.教員との連携の難しさ

 

初めてSSWの配置を受け入れた学校内にはどのような課題があったであろうか。

 

(1)教員は生徒に関わる際にチームで仕事をする機会が少なく、教員以外の専門職が入ったとしても組織は変わりにくい。

学校には独特の文化があり、組織が閉鎖的であることは巷間喧伝されるところであり、いじめ問題の対応などで子どもを中心とした支援より学校の組織防衛が優先され、子どもの権利が侵害される事例なども散見される。

 

(2)SSWの認知度が低い。

SSWの認知度が低いことは否定できないし、校務分掌などの学校の組織運営体制について筆者に基本的知識が足りなかったことも連携の難しさの要因であったと思う。

 

(3)プログラム事業の受託を含め、教員が望んでカウンセラーやSSWが配置されたわけではない。この点がもっとも難しい課題であった。

 

 

2.チーム体制構築の取り組み

 

(1)そこで、SSWからの着任後いろいろな機会を捉えて情報発信を行った。まず、自己紹介のプリントを作成し全職員に配布、入学式後の保護者説明会でもSSWの役割などについて話をする機会を作って頂いた。

 

(2)支援を必要としている生徒の問題を把握するためにまずは「養護教諭・SSW・SC」の三者で頻繁に情報交換を行った。カウンセラーの勤務日にはプログラム事業担当教員も加えて四者で情報交換会を行った。情報交換会は主に相談室で行ったが、職員室内で椅子を寄せあっただけの時もあればソファに座って行う時もあった。

 

(3)職員室で情報交換をしていると、自然に担任や教科担任が加わってくることもあり、管理職も加わった「ケース会議」へと発展させていくプロセスが生まれていった。

 

学校内における生徒支援のための取り組みを図にすると下のようになる。

 

 

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生徒の出身校や教育センターへの訪問はSSWだけでは行えないので、同行させてもらう形で、生徒の置かれた環境について、「福祉的視点」で質問をし、支援に繋がる情報収集をおこなった。教員対象の研修会は、『生活保護制度』『少年法と更生保護制度』『金銭基礎教育について』という演題で行った。教員が直面している問題の理解のためにプログラム事業担当教員が演題を決める形で行われた。教員からは、「制度理解が生徒理解に通じることが分かり、生徒支援に直接役立った」という評価を得た。

 

今年度、生徒対象に行った「金銭基礎教育」と「社会的自立とは何か」と題した講話は生徒との交流に大いに役立った。管理職、プログラム事業担当教員、担任、その他の教員、養護教諭との連携、定期面談、生徒との交流により、生徒の小さな変化を見逃さないことが可能となり、迅速に生徒支援に繋げることができたと思っている。【次ページにつづく】

 

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