2016.11.09
「給付型奨学金」設立、これからの奨学金制度はどうあるべきなのか?
今や大学生の2人に1人が借りる奨学金。返済義務のある「貸与型」が主流な日本では、学費高騰に伴い借用金が増加。返済の滞納が問題になっている。こうした現状を踏まえ、文部科学省は今年7月から「給付型奨学金」設立の検討を開始した。今後の日本の奨学金制度はどうあるべきなのか。教育学者で、東京大学教授の小林雅之氏と、弁護士の岩重佳治氏からお話を伺った。2016年10月12日(水)放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「政府が返済の必要のない給付型奨学金の創設を検討。学生の2人に1人が借りる日本の奨学金制度はこれからどうあるべきなのか」より抄録。(構成/増田穂)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/
奨学金の高額化、滞る返済
荻上 今日のゲストをご紹介します。東京大学教授で、文部科学省給付型奨学金創設検討チーム委員の小林雅之さんと、奨学金の返済問題に詳しい弁護士の岩重佳治さんです。よろしくお願いいたします。
小林・岩重 よろしくお願いいたします。
荻上 まずは現在の奨学金制度について伺いたいと思います。
小林 1番大きいのは日本学生支援機構(旧:日本育英会)の奨学金です。4割ぐらいを占めていて、全て貸与型です。それ以外では自治体や民間の団体、大学自体の奨学金があり、こちらは給付型が多いです。
荻上 メインが貸与型なんですね。借り方にも種類があるそうですが、どのような種類があるのでしょうか。
小林 2つあります。無利子の第一種奨学金と、有利子の第二種奨学金です。今はマイナス金利ですから有利子でも利率は低いので良いのですが、今後も低いとは限らないので注意が必要です。
荻上 第一種と第二種はどのように分けられるのですか。
小林 成績と所得の基準によって分けられます。第一種の方が審査は厳しい。二種は申請すれば借りられる程度のものです。
荻上 大学生の51.3%が奨学金を借りています。年度別で見るとどれくらいの人が借りているのでしょうか。
小林 大学・短大・専門学校などを含め、一年間で130万人程度です。
荻上 奨学金利用者の割合は進学率の増加に伴っていると言いますが。
小林 そうですね。昔は1、2割だったのが、今は半数近い。この10年ほどで急激に増加しました。日本学生機構の奨学金だけでも4割近くを占めます。
荻上 経済状況の悪化なども関連しているのでしょうか。
小林 格差の拡大により授業料を負担できない人が増加していますので、それは非常に大きいです。しかし第二種に関しては、政府の意図も関係しています。第二種の財源は財政投融資、つまり郵便貯金です。郵便貯金にはゆとりがあるので、政府はより多く貸して、利子をつけて返して欲しい。
荻上 ある種国家の財テクのような面があったのでしょうか。
小林 財テクとまでは行きませんが、それに近いものはありました。
荻上 財源の問題について、岩重さんはどのようにお考えですか。
岩重 第一種の財源は、奨学生からの返還金もありますが、その他は国がお金を貸すというものです。対して第二種は外部資金が中心です。財政融資資金や銀行からの借用、債権の売り出しなど、外からお金を調達するかたちです。従って、安全な債権にするために、回収率を上げなければならない。結果、無理な回収を要求する原因になっています。
荻上 無理な回収とは?
岩重 奨学金の借用時点では、将来の仕事や収入はわからないので、奨学金の借用には返済能力の審査がありません。この点が他の借金と大きく異なります。制度それ自体に返済ができなくなるリスクがあるのです。さらに、非正規雇用が増え、卒業後も安定した就職が困難です。収入が安定せず返済できないということは当然起こってきます。また、奨学金には返済できない時の救済制度があるのですが、この制度の利用が難しいのも問題です。
荻上 救済制度とはどういったものなのですか?
岩重 年収が少ない人の場合、具体的には年収300万円以下の場合、返還猶予制度を利用して、返済を遅らせることが出来ます。しかしこの基準が厳しい。年収300万といえば手取りだと20万ほどです。生活が手一杯な状況です。しかも猶予は10年という期限付きで、今の世の中10年後収入が増える保障もないのに、その後は収入が少なくても打ち切られてしまう。
さらに、返済を延滞している人が猶予を申請する場合、まずは滞納している分を返済しなけならない。返せないから延滞しているのに、返してからでないと救済されない。あべこべなシステムです。これは規則に記載されているわけではありませんが、運用上こうなっています。日本学生支援機構では、救済制度は権利ではなく、機構側が裁量的に決める制度としていているので運用による制限がある。結果として救済されず、返そうにも返せなくなり、弁護士の所に相談に来るのです。
荻上 学生支援機構としては、そうでもしないと財政が成り立たないという面もあるのでしょうか。
岩重 財源問題はあると思います。機構としては支援を続けるためにも返済して欲しい。「社会人として返済責任を果たして、ちゃんと次の世代につなげてください」と。しかし現実として返せないのです。返済者は自分を責め、無理な返済を続け、精神的にも追い込まれてしまいます。
時代に合った制度の必要性
荻上 こんなメールが来ています。
「私自身、奨学金で大学に通い、完済しました。さまざまな理由があるとは思いますが、借りたものを返すのはわかりきっていることです。返還するのが当然の義務だと思います」
岩重さんいかがですか?
岩重 借りたものを返すというのは法律論に過ぎません。しかし「勉強がしたい」ためだけに、これだけの借金を負わせていいのでしょうか。一生懸命返そうとしている人が返済できず、返済のために結婚や出産を諦めなければならなかったり、ブラック企業とわかっていても勤めなければならない。そうまでして返済を求めることが正しいことなのか、考える必要があると思います。
荻上 今現実に返済に困っている人に対しての対応が問われているのですね。小林さんはいかがですか。
小林 今の制度上では「本当に返せない」のか「返したくない」だけなのかわからないのが問題でしょう。返済できない人に低所得者が多いのが事実ですが、年収300万円以下でも返済している人はいる。返している方からすれば「なぜ返せないんだ」となる。そのラインをはっきりさせることが重要です。
荻上 1人当たりの借用金額はどの程度なのですか。
岩重 800万くらい借りている人もいれば100万程度の人もいます。当然それによって返還額も違ってきます。
さらに、学費は物価の上昇率をはるかに上回る勢いで増加しています。例えば1970年代国公立初年度の納入金は1万6千円でしたが、今は80万円を超えています。当然、学費が上がれば借用金も返済金も多くなり、返還も難しくなる。
返済すべきという声は多くが年齢層の高い方から聞かれますが、こういった点を考慮すべきだと思います。以前のように徐々に収入が上がるわけではありません。最初だけ我慢すればいい時代ではない。生活を圧迫しながら10年20年返済を続けていくのは相当な負担です。さらに、返済のため子どもの養育費を十分に用意できなければ、負担は次の世代に引き継がれていきます。
荻上 政府は給付型の奨学金の検討を始めました。これはどういった制度なのでしょうか。
小林 基本的には「返す必要のない奨学金」ですから、返還の問題はなくなります。しかし財源が大きな問題になる。税金を使うわけですから、当然「誰に」「どのような基準で」支給するのかという公平性の問題があがってきます。
荻上 基準の明確化は今後も重要な課題ですね。現在滞納者が増加しているそうですが、どのくらいの方が滞納しているのでしょうか。
岩重 数はわかっていませんが、かなりの方が滞納しているのは間違いありません。特に、低所得者で生活が困窮している方が、滞納でさらなる負担を抱えてしまっているのが問題です。
荻上 小林さん、滞納者の傾向についてはどう考えるべきでしょうか。
小林 これまでは終身雇用が前提でしたので、返済の見通しが立ちました。インフレで所得の増加も見込まれたので、負担は少なかった。時代が変わったのに、奨学金の制度は以前のままです。そこに大きな問題があると思います。
荻上 返せない方のところに、直接取り立てが行くようなことはあるのですか。
岩重 人が来るようなことはあまりありません。日本学生支援機構の返済に関して1番問題なのは、融通が利かない点です。例えばサラ金だと延滞金なんかは比較的簡単に免除してくれる。しかし学生支援機構だと延滞金はまず免除してくれない。少しずつ返済しても延滞金に充当してしまい、元金が減らず延々と払い続けなければならなくなる。税金を使った国の制度なのだから返済しなければ不公平になる、と建前は通りますが、これによって利用者が追い込まれています。
荻上 それでも返せないという人がいると思います。そういった人には新たな問題が発生するのでしょうか。
岩重 生活がさらに追い込まれます。最終的な解決策としては自己破産ですが、これが難しい。機構の奨学金の保証制度には、個人保証と機関保証がありますが、約半数の人が個人の保証人を付けます。個人の保証人は2人必要で、親や親戚などを保証人にする方がほとんどです。自分が破産すると歳をとった親族に請求が行くわけです。そうすると破産も出来ず払い続ける、ということになります。
荻上 実際に奨学金の問題に悩んでいるリスナーからです。
「借金の有無や、学部ごとの学費の違いなど、所得だけで判断できない部分もあります。その辺も考慮した制度を導入して欲しいです」
小林さん、どう思いますか。
小林 中間所得者の教育費の負担が重いということですね。アメリカでは奨学金の申請時、所得だけでなく、資産の調査も行っています。しかしそのせいで手続きが複雑化し、申請者が減ってしまった。こうした例を考えると、簡便でわかりやすい制度と、きめ細やかな基準の規定をどう両立させるのかが問題ですね。
荻上 まずはシンプルな給付基準を設けて、さらに希望者には一定のオプションを設けるなど、段階的なやりとりが必要ということでしょうか。
小林 それが理想ですが、制度決定までの期間が限られているので、どこまで細かに設定できるのか難しいところではあります。
荻上 岩重さんはどのようにお考えですか。
岩重 奨学金がこれだけ注目されることからも、問題が中間層まで広がってきたことを感じます。逆に言えばそれだけ深刻ということです。
給付型奨学金の実現は当然重要なことです。しかし現場の立場としては、返せない人に対して柔軟な救済措置や返済制度を設けることが、より重要だと思っています。「現在困窮している人をどう救うのか」という切迫した問題です。延滞金の免除や猶予制度の改善は、比較的限られた予算の中でもいろいろできるはずです。そのためにも、文科省での議論では、実際に困っている人に接している現場の意見を取り入れて欲しいと思います。
荻上 給付型奨学金の導入で今後の制度を考えることも重要ですが、今実際に返済できず困っている人を救済しなければならない。その問題を議論が重要ということですね。
岩重 社会が教育に対しての出資に合意できるかが鍵だと思います。理想は無償での支援ですが、いきなりは難しいと思いでしょう。他方、一部の人だけを救済するシステムとなるとバッシングがおきますが、これが社会全体にとってメリットになると認識されれば、税金を払ってもいいという人はたくさんいます。この意識をどう作って行くかが重要だと思います。
社会が教育を支える仕組みづくりを
荻上 奨学金を返済しているリスナーからです。
「公立中学に勤務しています。生徒を見る中で、奨学金制度は大学進学以前でも重要だと感じます。特にひとり親の世帯など、家庭ごとの教育費格差が大きいです。奨学金に限らず教育環境の整備全般に投資が必要だと思います」
高校進学の奨学金問題もあるんですね。
小林 高校生の奨学金は、旧日本育英会から日本学生支援機構に変わるとき、地方行政に委託され、今は都道府県が行っています。したがって、地域格差もあります。
荻上 岩重さんの所には高校の奨学金問題で相談に来られる方もいるのでしょうか。
岩重 はい。この問題は都道府県により制度が違うのでケースごとに対応しなければならない。やはり格差の問題はあります。
荻上 奨学金だけでなく教育環境全体の問題という話もありました。
小林 日本の場合、教育に対する国の投資が少ないのが最大の問題です。欧州では大学の授業料は無償という場合が多いですが、日本では教育は親の責任という考えが非常に強い。それで個人が無理をしてしまう。同時に、そうした認識のせいで、教育を税金で運営していくという発想も生まれにくいのです。皮肉なことですが、親が教育に投資すればするほど、税金でやる発想がなくなってしまう。
荻上 「親が頑張るのが当然」という認識になると、社会で教育を支える再分配の意識が薄れていってしまい、結果として各家庭の格差を増長させてしまうわけですね。岩重さん、いかがお考えですか。
岩重 深刻な問題ですね。高校で奨学金を申し込む際、先生や事務員が手続きを行っています。ものすごい事務手数料なわけですが、先生方は生徒のためだと思って無償でやっている。同時に、生徒を債務者として卒業させることに複雑な感情を持たれる先生方も多いです。そうした背景もあり、学校の先生方からも奨学金制度改革の必要性の声は上がっています。
荻上 申請作業は先生方が行っているんですね。時間外労働のような形でしょうか。
岩重 規定があるわけではありません。学生支援機構では「推薦は学校長を通して行う」という規定があるのみで、先生方がやる根拠はない。しかし、実際のところ全部やらされています。
さらに、卒業生に滞納者が多い学校を公表するという話も出ています。これは「学校側がちゃんと説明していない」という立場です。本来これは運営側の責任ですから、おかしな話だと思います。こうしたことが続くと、学校現場の縛りつけが強くなり、序列もついてしまう。奨学金を受ける生徒を選別していくことにも繋がりかねない。
荻上 地域の所得格差などによる学校格差が、教員の能力の責任にされる流れにつながる気がします。
岩重 そうした流れはあると思います。日本学生機構が奨学金の説明会を行うとき「返済を怠ったら大変だよ」という説明はありますが、救済制度の説明はほとんどありません。ホームページに説明がある程度で、学校に任せっきりです。
救済制度は法律家である私が3年近く勉強しても未だにわからないほど複雑なものです。この説明を学校が行わなければならないというのは非常に問題だと思います。救済制度があるのであれば、その中身をきちんと説明するのは運営側の責任です。
荻上 リスナーから率直な質問です。
「今まで給付型奨学金制度が整備されてこなかったのはなぜですか?」
小林 財務省がそのような考え方をしなかったのです。特に今は公財政が逼迫しています。この状況で渡し切りのような奨学金は作れない、というのが財務省の主張です。
荻上 しっかりとした教育を施すことは人材育成にも繋がり、長期的にはより多くの税負担者を得ることが出来るという話もあります。そうした投資的側面はあまり議論されてこなかったのでしょうか。
小林 日本は元来そういう国でした。明治時代から「学問は身を立てる」と言われていたように、教育は将来自分のためにも、社会のためにもなるとされてきた。それが特に公財政が逼迫していった中で、国は教育に対する予算の比率を下げていった。今ではOECDの中で教育に対する出資が最も少ないのです。
対してフィンランドがよく例にされますね。フィンランドは小さな国なので、「生き残っていくには教育に投資するしかない」と考えて、積極的に投資を行いました。今では学力は世界1位となり、社会全体もうまく動いている。ひとつの成功モデルです。しかし日本では、それを推進するための合意が社会全体でなされていないのです。
荻上 今後少子化か進む中、国民ひとりひとりの質を高めることが重要になってきます。そうした観点からも教育投資は重要になっていくと思いますが。
小林 それは間違いないと思います。
救済制度の整備と情報周知の徹底が課題
荻上 現行の奨学金制度について「奨学金とは名ばかりで、もはや学生ローンではないか」という意見もあります。給付型奨学金となれば、立派に奨学金と名乗れそうですが、検討チームではどのような議論をしているんでしょうか。
小林 1番の議論は「誰に対して」「どのような基準で」出すのかという点です。公平性に関わる非常に重要な点です。全ての人に納得してもらうのは難しいですが、ひとりでも多くの方が納得できるよう話を詰めています。
もう1点は支給金額と人数のバランスのとり方です。給付型奨学金はひとりひとりへの支給金額が高くなります。財源が限られる以上、その分給付できる人数は限られますから、その調整が重要です。
荻上 「どういった人にどの程度の金額を渡すのか」という基準を作っている。
小林 児童養護施設の退所者や生活保護世帯は元々奨学金の対象として想定されていました。今はそれを、さらに課税対象所得がない人たちにも広げようとしています。こうした人たちは、給付がなければ進学はほぼ不可能です。
今大きな議論になっているのは成績の基準です。委員の中でも意見は割れている。厳格に成績を基準にするべきと考える人もいれば、所得と学力の関連を踏まえて、そうした人たちに優先的にチャンスを与えるべきだという人もいます。この辺りをどうするのかですね。
荻上 リスナーからのメールでは、大学院を考慮した奨学金についても質問がきています。給付型奨学金の議論は、高校や大学院を含めた話になっているのでしょうか。
小林 給付型に関しては、大学院は対象になっていません。ただ、既存の制度で所得連動型奨学金制度というものがあります。無利子ですが、将来の所得によって返済額が決まります。課税所得がゼロの場合は毎月2000円だけ返済し、所得が上がると、それに伴い返済額が上がっていく。所得の低い20代の返済額が少くなるので、返済の負担は小さくて済みます。こちらは大学院生も対象なので、こうしたものを利用できると思います。
荻上 岩重さんはこの制度に関してはどのようにお考えですか。
岩重 率直に申し上げて、現場としては所得連動返還制度はほとんど役に立ちません。所得連動制では非課税の人も2000円払わなければなりません。これは「多少なりとも支払いをしていないと返済の自覚が出来ない」ことからだそうですが、自覚させるための方法は他にもあるはずですし、そもそも収入がゼロの人に2000円払えというのは無理な話です。
現場からすれば、返済猶予制度にしろ所得連動制度にしろ、状況の改善には繋がっていない。制度に期待した側としては失望してしまう。むしろ「所得によって返還金額を設定したのだから、返せて当然だろう」という、返済できない人への請求や対応がより厳しくなるのではないかと懸念しています。
荻上 制度設計の時点で、猶予が権利であることをしっかり明記する必要があると。
岩重 そうです。所得連動制度が意味をなすためには、既存の救済制度をしっかり機能するように改善する必要があります。
荻上 給付型奨学金検討チームで、救済の話は取り上げられているのでしょうか。
小林 取り上げられ、徐々にですが実際に改善もされています。返済猶予も以前は5年でしたが、10年になりましたし、延滞のペナルティーも10%と高額なものから、5%に下げられました。少しずつは変わってきている。しかし財源上の問題でできないこともある。なかなか進まないのが現状です。
荻上 なるほど。岩重さんは今後の奨学金制度改革がどのように進んで欲しいと思っていますか。
岩重 まずは柔軟な返還体制を整備することです。困っている人がしっかり救済されるように、制度を変えていかなければなりません。ある一定期間返済が出来なかったら、免除することも検討すべきでしょう。でなければ死ぬまで返済を続けることになってしまいます。現場の実情にあわせた制度設計が第一に必要です。
荻上 小林さんは今後の制度に関してどうお考えですか。
小林 制度が複雑化したことで、情報を持っている人と、そうでない人で格差が出てきます。文部科学省でも予算つけて、情報の周知を徹底するようにしていますが、実際問題としては難しい。例えばホームページも見る人と見ない人がいます。そして多くの場合、問題が起こるのは見ない人たちです。
情報が蔓延する中で、間違った情報をつかんでしまう人もいる。正しい情報を如何に周知していくのか。その辺が難しいところです。
荻上 既存の制度の周知も含めて責任を持ち、奨学金の問題に取り組んでいきたいですね。小林さん、岩重さん、ありがとうございました。
プロフィール
小林雅之
1953年生まれ。東京大学教育学部卒業、同大学教育学研究科博士課程単位取得。広島修道大学助教授、放送大学教養学部助教授、東京大学大学総合教育研究センター助教授を経て現職(東京大学教授)。博士(教育学)。文部科学省「所得連動型奨学金返還制度に関する検討会議」主査、文部科学省「給付型奨学金制度検討チーム 」委員、日本学生支援機構運営評議会委員。主な著書に『進学格差』(筑摩書房 2008 年)、『大学進学の機会』(東京大学出版会 2009 年)、『教育機会均等への挑戦』(編著)(東信堂 2012 年)など。
岩重佳治
1958年生まれ。弁護士。もともと、多重債務問題の取り組みからスタートし、その背景に貧困の問題があることから、貧困問題に取り組み始めた。その後、貧困を抱えた人の中に、子どもの頃から困難を抱えた人が多いことに気づき、子どもの貧困問題に取り組むようになった。その取り組みの中で、奨学金問題の深刻さを目の当たりにして、2013年3月、奨学金問題対策全国会議を設立。以来、事務局長をつとめる。奨学金問題対策全国会議事務局長。日本弁護士連合会貧困問題対策本部委員(女性と子どもの貧困部会)。独立行政法人国民生活センター客員講師。獨協大学非常勤講師。中央区自殺対策協議会委員。主な著書に、『日本の奨学金はこれでいいのか!-奨学金という名の貧困ビジネス』奨学金問題対策全国会議編(あけび書房)(共著)、『日弁連 子どもの貧困レポート』日本弁護士連合会編(明石書店)(共著)、『イギリスに学ぶ 子どもの貧困対策』「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク編(かもがわ出版)(共著)、『個人債務整理実務マニュアル』個人債務整理実務研究会編(新日本法規出版)(共著)など。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。