「給付型奨学金」設立、これからの奨学金制度はどうあるべきなのか?

今や大学生の2人に1人が借りる奨学金。返済義務のある「貸与型」が主流な日本では、学費高騰に伴い借用金が増加。返済の滞納が問題になっている。こうした現状を踏まえ、文部科学省は今年7月から「給付型奨学金」設立の検討を開始した。今後の日本の奨学金制度はどうあるべきなのか。教育学者で、東京大学教授の小林雅之氏と、弁護士の岩重佳治氏からお話を伺った。2016年10月12日(水)放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「政府が返済の必要のない給付型奨学金の創設を検討。学生の2人に1人が借りる日本の奨学金制度はこれからどうあるべきなのか」より抄録。(構成/増田穂)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

奨学金の高額化、滞る返済

 

荻上 今日のゲストをご紹介します。東京大学教授で、文部科学省給付型奨学金創設検討チーム委員の小林雅之さんと、奨学金の返済問題に詳しい弁護士の岩重佳治さんです。よろしくお願いいたします。

 

小林岩重 よろしくお願いいたします。

 

荻上 まずは現在の奨学金制度について伺いたいと思います。

 

小林 1番大きいのは日本学生支援機構(旧:日本育英会)の奨学金です。4割ぐらいを占めていて、全て貸与型です。それ以外では自治体や民間の団体、大学自体の奨学金があり、こちらは給付型が多いです。

 

荻上 メインが貸与型なんですね。借り方にも種類があるそうですが、どのような種類があるのでしょうか。

 

小林 2つあります。無利子の第一種奨学金と、有利子の第二種奨学金です。今はマイナス金利ですから有利子でも利率は低いので良いのですが、今後も低いとは限らないので注意が必要です。

 

荻上 第一種と第二種はどのように分けられるのですか。

 

小林 成績と所得の基準によって分けられます。第一種の方が審査は厳しい。二種は申請すれば借りられる程度のものです。

 

荻上 大学生の51.3%が奨学金を借りています。年度別で見るとどれくらいの人が借りているのでしょうか。

 

小林 大学・短大・専門学校などを含め、一年間で130万人程度です。

 

荻上 奨学金利用者の割合は進学率の増加に伴っていると言いますが。

 

小林 そうですね。昔は1、2割だったのが、今は半数近い。この10年ほどで急激に増加しました。日本学生機構の奨学金だけでも4割近くを占めます。

 

荻上 経済状況の悪化なども関連しているのでしょうか。

 

小林 格差の拡大により授業料を負担できない人が増加していますので、それは非常に大きいです。しかし第二種に関しては、政府の意図も関係しています。第二種の財源は財政投融資、つまり郵便貯金です。郵便貯金にはゆとりがあるので、政府はより多く貸して、利子をつけて返して欲しい。

 

荻上 ある種国家の財テクのような面があったのでしょうか。

 

小林 財テクとまでは行きませんが、それに近いものはありました。

 

荻上 財源の問題について、岩重さんはどのようにお考えですか。

 

岩重 第一種の財源は、奨学生からの返還金もありますが、その他は国がお金を貸すというものです。対して第二種は外部資金が中心です。財政融資資金や銀行からの借用、債権の売り出しなど、外からお金を調達するかたちです。従って、安全な債権にするために、回収率を上げなければならない。結果、無理な回収を要求する原因になっています。

 

荻上 無理な回収とは?

 

岩重 奨学金の借用時点では、将来の仕事や収入はわからないので、奨学金の借用には返済能力の審査がありません。この点が他の借金と大きく異なります。制度それ自体に返済ができなくなるリスクがあるのです。さらに、非正規雇用が増え、卒業後も安定した就職が困難です。収入が安定せず返済できないということは当然起こってきます。また、奨学金には返済できない時の救済制度があるのですが、この制度の利用が難しいのも問題です。

 

荻上 救済制度とはどういったものなのですか?

 

岩重 年収が少ない人の場合、具体的には年収300万円以下の場合、返還猶予制度を利用して、返済を遅らせることが出来ます。しかしこの基準が厳しい。年収300万といえば手取りだと20万ほどです。生活が手一杯な状況です。しかも猶予は10年という期限付きで、今の世の中10年後収入が増える保障もないのに、その後は収入が少なくても打ち切られてしまう。

 

さらに、返済を延滞している人が猶予を申請する場合、まずは滞納している分を返済しなけならない。返せないから延滞しているのに、返してからでないと救済されない。あべこべなシステムです。これは規則に記載されているわけではありませんが、運用上こうなっています。日本学生支援機構では、救済制度は権利ではなく、機構側が裁量的に決める制度としていているので運用による制限がある。結果として救済されず、返そうにも返せなくなり、弁護士の所に相談に来るのです。

 

荻上 学生支援機構としては、そうでもしないと財政が成り立たないという面もあるのでしょうか。

 

岩重 財源問題はあると思います。機構としては支援を続けるためにも返済して欲しい。「社会人として返済責任を果たして、ちゃんと次の世代につなげてください」と。しかし現実として返せないのです。返済者は自分を責め、無理な返済を続け、精神的にも追い込まれてしまいます。

 

 

時代に合った制度の必要性

 

荻上 こんなメールが来ています。

 

「私自身、奨学金で大学に通い、完済しました。さまざまな理由があるとは思いますが、借りたものを返すのはわかりきっていることです。返還するのが当然の義務だと思います」

 

岩重さんいかがですか?

 

岩重 借りたものを返すというのは法律論に過ぎません。しかし「勉強がしたい」ためだけに、これだけの借金を負わせていいのでしょうか。一生懸命返そうとしている人が返済できず、返済のために結婚や出産を諦めなければならなかったり、ブラック企業とわかっていても勤めなければならない。そうまでして返済を求めることが正しいことなのか、考える必要があると思います。

 

荻上 今現実に返済に困っている人に対しての対応が問われているのですね。小林さんはいかがですか。

 

小林 今の制度上では「本当に返せない」のか「返したくない」だけなのかわからないのが問題でしょう。返済できない人に低所得者が多いのが事実ですが、年収300万円以下でも返済している人はいる。返している方からすれば「なぜ返せないんだ」となる。そのラインをはっきりさせることが重要です。

 

荻上 1人当たりの借用金額はどの程度なのですか。

 

岩重 800万くらい借りている人もいれば100万程度の人もいます。当然それによって返還額も違ってきます。

 

さらに、学費は物価の上昇率をはるかに上回る勢いで増加しています。例えば1970年代国公立初年度の納入金は1万6千円でしたが、今は80万円を超えています。当然、学費が上がれば借用金も返済金も多くなり、返還も難しくなる。

 

返済すべきという声は多くが年齢層の高い方から聞かれますが、こういった点を考慮すべきだと思います。以前のように徐々に収入が上がるわけではありません。最初だけ我慢すればいい時代ではない。生活を圧迫しながら10年20年返済を続けていくのは相当な負担です。さらに、返済のため子どもの養育費を十分に用意できなければ、負担は次の世代に引き継がれていきます。

 

 

岩重氏

岩重氏

 

荻上 政府は給付型の奨学金の検討を始めました。これはどういった制度なのでしょうか。

 

小林 基本的には「返す必要のない奨学金」ですから、返還の問題はなくなります。しかし財源が大きな問題になる。税金を使うわけですから、当然「誰に」「どのような基準で」支給するのかという公平性の問題があがってきます。

 

荻上 基準の明確化は今後も重要な課題ですね。現在滞納者が増加しているそうですが、どのくらいの方が滞納しているのでしょうか。

 

岩重 数はわかっていませんが、かなりの方が滞納しているのは間違いありません。特に、低所得者で生活が困窮している方が、滞納でさらなる負担を抱えてしまっているのが問題です。

 

荻上 小林さん、滞納者の傾向についてはどう考えるべきでしょうか。

 

小林 これまでは終身雇用が前提でしたので、返済の見通しが立ちました。インフレで所得の増加も見込まれたので、負担は少なかった。時代が変わったのに、奨学金の制度は以前のままです。そこに大きな問題があると思います。

 

荻上 返せない方のところに、直接取り立てが行くようなことはあるのですか。

 

岩重 人が来るようなことはあまりありません。日本学生支援機構の返済に関して1番問題なのは、融通が利かない点です。例えばサラ金だと延滞金なんかは比較的簡単に免除してくれる。しかし学生支援機構だと延滞金はまず免除してくれない。少しずつ返済しても延滞金に充当してしまい、元金が減らず延々と払い続けなければならなくなる。税金を使った国の制度なのだから返済しなければ不公平になる、と建前は通りますが、これによって利用者が追い込まれています。

 

荻上 それでも返せないという人がいると思います。そういった人には新たな問題が発生するのでしょうか。

 

岩重 生活がさらに追い込まれます。最終的な解決策としては自己破産ですが、これが難しい。機構の奨学金の保証制度には、個人保証と機関保証がありますが、約半数の人が個人の保証人を付けます。個人の保証人は2人必要で、親や親戚などを保証人にする方がほとんどです。自分が破産すると歳をとった親族に請求が行くわけです。そうすると破産も出来ず払い続ける、ということになります。

 

荻上 実際に奨学金の問題に悩んでいるリスナーからです。

 

「借金の有無や、学部ごとの学費の違いなど、所得だけで判断できない部分もあります。その辺も考慮した制度を導入して欲しいです」

 

小林さん、どう思いますか。

 

小林 中間所得者の教育費の負担が重いということですね。アメリカでは奨学金の申請時、所得だけでなく、資産の調査も行っています。しかしそのせいで手続きが複雑化し、申請者が減ってしまった。こうした例を考えると、簡便でわかりやすい制度と、きめ細やかな基準の規定をどう両立させるのかが問題ですね。

 

荻上 まずはシンプルな給付基準を設けて、さらに希望者には一定のオプションを設けるなど、段階的なやりとりが必要ということでしょうか。

 

小林 それが理想ですが、制度決定までの期間が限られているので、どこまで細かに設定できるのか難しいところではあります。

 

荻上 岩重さんはどのようにお考えですか。

 

岩重 奨学金がこれだけ注目されることからも、問題が中間層まで広がってきたことを感じます。逆に言えばそれだけ深刻ということです。

 

給付型奨学金の実現は当然重要なことです。しかし現場の立場としては、返せない人に対して柔軟な救済措置や返済制度を設けることが、より重要だと思っています。「現在困窮している人をどう救うのか」という切迫した問題です。延滞金の免除や猶予制度の改善は、比較的限られた予算の中でもいろいろできるはずです。そのためにも、文科省での議論では、実際に困っている人に接している現場の意見を取り入れて欲しいと思います。

 

荻上 給付型奨学金の導入で今後の制度を考えることも重要ですが、今実際に返済できず困っている人を救済しなければならない。その問題を議論が重要ということですね。

 

岩重 社会が教育に対しての出資に合意できるかが鍵だと思います。理想は無償での支援ですが、いきなりは難しいと思いでしょう。他方、一部の人だけを救済するシステムとなるとバッシングがおきますが、これが社会全体にとってメリットになると認識されれば、税金を払ってもいいという人はたくさんいます。この意識をどう作って行くかが重要だと思います。【次ページにつづく】

 

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