2013.02.01

いじめを止めたい大人たちへ ―― 「ストップいじめ!ナビ」第二弾更新にあたり

荻上チキ×井桁大介×明智カイト

教育 #いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン#ストップいじめ

解決への兆しが見えない「いじめ問題」に一石を投じようと、様々な分野の専門家らが有志で集まり、立ち上げたストップいじめプロジェクトチーム。いじめで苦しむ子どもたちへの支援を行うことと共に、いじめの発生リスクをできるだけ抑制する社会環境づくりをめざして、多岐に渡る取り組みを行っている。

彼らによるいじめ対策のポータルサイト「ストップいじめ!ナビ(http://stopijime.jp/)」の開設から三ヶ月が経過し、先日第二弾更新が行われた。今回の更新では、「いじめに関する統計データ集」「裁判例紹介」「LGBTといじめの関係の説明」といった新たな項目が追加され、大人たちがより多面的にいじめの現状を理解できるようになっている。

谷川弥一文部科学副大臣による「いじめ対策に武道の先生や警察OBを導入すべきだ」という発言は、本当にいじめ軽減につながるのだろうか。精神論をもって語られることの多いいじめ問題に対して、統計や法律の観点は何を語るのか。ニコニコ生放送で行われた会見の模様を記事化した。(構成/出口優夏) 

いじめは増えても減ってもいない

荻上 こんにちは。プロジェクトチーム代表の荻上チキです。今回は「ストップいじめ!ナビ」第二弾更新内容のうち、統計データ集、裁判例、いじめのハイリスク層であるLGBT当事者への対処法という3つの要素について説明をしていきたいと思います。

まず僕からは、いじめに関する統計データについての説明をさせて頂きます。

いじめ研究はまだまだ発展途上ですが、それでもメディアが報じている以上に、そして多くの人が思っている以上に、研究によって判明している事実が多くあります。報道されていない多くのいじめに関する事実をお伝えするためにサイト上に統計データのページを設けました。

昨年、大津市のいじめ事件をきっかけとして大変いじめ報道が盛り上がりました。それを受けて文部科学省が緊急調査を行ったところ、その途中経過(4~9月)の結果でさえ、2011年の総認知件数をはるかに上回ったと報告され、話題になりましたね。そこで、「本当にいじめは増えているのか」という問いから始めてみようと思います。

いじめ認知(発生)件数の推移

こちらは文部科学省が行っている統計を並べたものです。これを見る限りですと、件数の増減が何度か繰り返されているように思えますね。この件数の推移をもって、「いじめの発生にはピークやブームが存在する、そうしたタイミングでしっかり対処しなければいけない」という論調をとる人もいます。

しかしながら、実はこのグラフのデータの取り方には問題があります。文科省のデータは、学校側の認知件数を国が取りまとめたものです。そしてそのカウント方法は、これまで何度か変わってきました。1985年定義、1994年定義、2006年定義のそれぞれで、より多くの数をカウントできるような仕方に変えたのです。

いじめ報道が盛り上がったタイミングで、文科省や政治家が「これは問題だ!」と、より多くのいじめを発見できる定義に変更してきた。そうすると当たり前ですが、認知件数が跳ね上がるようになります。

「学校側の認知件数」というのも重要なポイントです。これは「学校側が把握できた」いじめ件数の推移ということです。いじめの報道が盛り上がると、保護者が「もう少ししっかりと数えてください」と盛り上がり、学校側にプレッシャーをかける。学校側も、普段以上にしっかりいじめを把握しようとする。その結果、アンケートや個人面談を一生懸命行いますから、社会問題化された時期の認知件数は増えるわけです。

しかし時間が経つと、調査を担当した熱心な先生が異動したり、熱が冷めて翌年には調査を減らしたりするところが出てくる。そうこうしているうちに、「学校側の認知件数」は減る。こうしたことがあるため、文科省のデータ上では、いじめの数に増減があるように見えてしまう。でも、この文部科学省のデータは、実際のいじめ件数の増加とはリンクしていません。

次のデータを見て頂きたいと思います。こちらは教育政策研究所が行っている統計です。

小学校4~6年 いじめ被害 仲間はずれ・無視・陰口

こちらのグラフが文科省の調査と異なるのは、「いじめ」というキーワードを使わずに、悪口や無視といった具体的ないじめ内容の経験について、生徒本人に個別に聞き取りをしている点です。

「いじめ」という単語を使うと、定義に当てはまらない人が出てきたり、本人が認めようとしないことがありますが、「無視された」といった経験そのものは否定しようがない。また、こちらは認知件数ではなく本人の申告ですから、先程の文部科学省のものよりも実態に近いだろうということがわかります。

このグラフの推移を見てみると、だいたい横ばいになっていますね。つまり、いじめの件数は「増えてもいないけど、減ってもいない」というのが正しいことになります。ここから、「いじめが深刻化している」と騒ぐのは間違いだけれども、この十数年間、いじめを改善できていないという事実が浮かび上がってきます。

不登校児童への対処が必要

荻上 このグラフは不登校児童数の推移を表しています。いじめ報道が盛り上がるときというのは、いじめ自殺報道が盛り上がるときでもあります。その報道に引っ張られて、「いじめの最大のリスクは自殺である」という前提で議論してしまうことが多くあります。

しかし、実際のいじめでは、自殺につながるものよりも不登校につながるものの方が多い。毎年10万人程が不登校になっているという事実への対処をせずに、自殺を防止するためのいじめ対策だけが独り歩きすることは問題です。

「自殺するくらいならば、学校から逃げてもいい」という発想は重要ですが、不登校は不登校でまた、大きなリスクです。現実的に考えると、学校に行かなくなると履歴書に空白ができるので、就職などの面で大きなハンディキャップになります。「逃げてもいい環境」がなければ、そのセリフもまた、自己責任を押し付ける精神論になってしまう。

すべての生徒が適切に教育を受けられる環境を作るということ、学校を誰にとっても危険な場所ではない状態にすることが、当たり前のことではあるがベストだということは、忘れられてはいけないでしょう。

クラス空間のストレス度合がいじめに影響する

荻上 データが語ることは非常に多くありますが、すべては紹介しきれないので、次のデータで最後にしましょう。

先日、谷川弥一文科副大臣が「いじめ対策で武道のできる先生や警察OBを学校に雇おう」と発言したことが大きな話題になりました。この方向性が問題だということは、いくつかのデータからも言えることかと思います。

参考;「いじめ対策に武道家を」はどんな文脈で発言されたのか――文部科学副大臣・政務官の任命記者会見全文文字起こし(2012/12/27)

https://synodos.jp/education/806

まず前提として日本のいじめは、外国のいじめと比べると暴力系のいじめが相対的に少なく、代わりにコミュニケーション操作系のいじめの割合が多くあります。警察の早期介入は暴力系いじめにとっては有効な場面もありますが、コミュニケーション操作系のいじめの多くは、刑事罰化するというのが難しい。

警察OBを導入する話や、武道の先生云々という人は、報道された極端な暴力的いじめのイメージにひっぱられ過ぎていると思います。そもそも学校側が認知しきれていない実態があるなかでは、対処の仕様がありません。課題解決のポイントを間違えています。

いじめ対策には、「解決」と「予防」があります。そしていじめを減らすには、「予防」が重要となります。「解決」は、起きたことへの対処なので、「起きなくすること」とは別です。

その「予防」で着目されているのが、ストレス分析です。生徒が感じるストレスが大きい教室は、そうでない教室に比べて、いじめの件数が増加するため、いかにストレスをコントロールするかが重要となる。

被害加害経験別にみた「クラスの雰囲気」 「みんなと調子をあわせない」ときらわれると思っている人が多いか

たとえば、被害加害経験別に見たクラスの雰囲気というデータがあります。「みんなで調子を合わせないと嫌われる」と思っている人が多いクラスの方が、いじめ経験率が多いことがわかります。強い同調圧力や、「誰かの言うことが絶対だ」という抑圧があるクラスでは、いじめの被害および加害が非常に増えやすくなってしまうというデータです。

クラスのストレス度合が高いといじめが増え、ストレスの低いクラスだといじめは減る。だとしたら、「怖い武道の先生によって厳しく監視する」という対策は、生徒に同調圧力をかけ、ストレスを加えることですから、結果はどうなるか。加えて、「大人に見つからないようにしよう」と考える児童に対し、こうした「脅し」は有効か。こうしてみると、文科副大臣の発言は筋が悪い議論だとわかるでしょう。

日本でいじめが社会問題化して30年が経ちました。その間、専門家たちは手を打ってこなかったわけではありません。丹念なデータの蓄積によって、いじめの傾向がわかかってきてもいるのです。ですからいじめ対策をめぐる議論もあてずっぽうなものではなく、より現実的なものが必要とされます。

しかしそれでも、まだまだデータは不足しています。国や自治体は、継続的に、有意義なデータを取り続けてほしい。その場だけでは目立てる、思いつきのいじめ対策を掲げるのではなく、継続的に意義のある、そして効果の確かないじめ対策こそが必要です。

話題になった今だけ、突貫工事的なアンケートを行うのではなく、定期的に匿名のアンケートを行い、集計する。そして個人面談を行うことによって、その学校にどういった対策が効果的なのかをきちんと考えていくことが必要です。

学校によっては、校長先生に直接連絡をとれるアドレスを生徒全員に伝えるとか、目安箱を作ってサービスの不満を投稿できるシステムを作るという対策を行っているところもありますね。いろいろな対策のメソッドもあるので、それらの効果検証とメニュー化も重要です。

いじめに関しては多くの統計があり、また学校ごとにさまざまないじめ対策の実践例があります。もちろん、わかからないことは多くありますし、わかかっていれば解決できるというわけでもありません。

しかし、統計を用いることによって、テレビや新聞で偉そうに精神論を語っている人たちが間違っているということは少なくともわかります。ダメないじめ論議を仕分けしていくことが、より良いいじめ対策の構築につながると思いますので、どんどんとデータを更新しつつ、議論し続けていく必要があります。

「ストップいじめ!ナビ」統計データページ;http://stopijime.jp/data/

 教育現場は聖域ではない

荻上 続きまして、弁護士の井桁大介さんより、いじめの裁判例についてご説明いただきます。

「ストップいじめ!ナビ」では、代表的ないじめ事件の裁判例を紹介し、いじめ被害者やいじめ自殺の遺族が、いじめの加害者や学校を訴えた場合にどんな判決が出ているのかということを解説しています。

「ストップいじめ!ナビ」裁判例紹介ページ;http://stopijime.jp/precedent/

井桁 わたしからはふたつのことをご説明したいと思います。ひとつ目は、教育現場は聖域ではなく、法の支配が及ぶ社会の一部分だということです。テレビを見ていると、「教育とは子供の魂を成長させる場だ」とか、「子どもは未発達で、お互いにもみ合いながら成長していくものだ」と、教育を聖域化するかのような発言をされる教育関係者の方がいらっしゃいます。

もちろん、教育現場は普通の社会と比べると少し特殊なものではあると思います。しかし、法律を度外視していいわけではありません。法律で禁じられることをした場合には、裁判になれば裁判所が違法行為と明言しますし、刑事罰がしっかりと生じます。

荻上 子どもは「未成熟な市民」として、すでに法律上である程度の区別はついていますよね。それにもかかわらず、さらに「教育空間だから法が及ばない」と特別扱いしてしまうと、それは法治国家のルールを犯していることになります。

井桁 そうなんです。大人にもパワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントのようないじめは多くあります。でも、しっかりとそれらを禁止する法律があり、会社のなかには相談窓口が設置されている。一方、学校では、生徒が匿名でいじめについて相談できる制度が設けられているところはまだまだ少ないと思うんですね。まず、学校空間にも大人の社会に存在する対策を導入するべきだと思います。

もうひとつは、いじめに対して教員は適切に介入する責務を負っているということです。データからも、教員の適切な介入によっていじめが改善されることがわかかっています。裁判例によって教員の責務はかなり精緻化されていますので、後ほどそのあたりもご説明させていただきます。

どんないじめが違法行為なのか

井桁 それでは、実際に裁判例をご紹介していきます。ひとつ目は「吹奏楽部いじめ事件」(註:事件名は井桁氏による。以下の事件名も同様)です。この事件では「いじめ」と「じゃれあい」の違いに焦点を当てて考えたいと思います。いじめている方にとっては「じゃれあい」でも、いじめられている側にとっては「いじめ」になってしまうという事例をよく聞きます。ふたつの境界を抽象的に定めるのは非常に難しいのですが、この裁判例では「これは違法行為である」という行為が示されています。

(1)アトピーが汚いと罵る

(2)楽器が下手だから部活に邪魔だと言う

(3)「顔が醜い」と容姿を罵る

(4)被害者の体調が回復して部活に復活した際に「仮病治ったの?」と言う

一つひとつを個別に取ると、日常的なじゃれあいのようにも見えます。しかし、こういった行為があいまった結果として被害者が傷ついたということを裁判所は認め、これらの行為を違法行為として認定しました。判断の決め手としては、他の生徒からの証言が複数あったことや、母親が被害者が泣いている姿を複数回目撃していたこと、教師も相談を受けていたことがあげられます。

つぎの「解離性同一性障害自殺事件」においても、裁判所は複数の行為を違法だと判断しています。

(1)仲間外れ、無視

(2)毎日のように「ウザい」「きもい」等と繰り返し述べる

(3)鞄をける

(4)教科書やノートに「死ね」等と書く

(5)掃除の際、わざと机の周りにごみを集める

(6)ロッカーに貼っていたアイドルのポスターを破る

(7) 教科書を隠す

(8) 机を外に出す

(9) 靴に画びょうを入れる

(10) 被害者が登校した際に「くさいから空気の入れ替えをする」と述べる

こちらも一つひとつを見ると、じゃれあいの一環に見える行為が多くあります。いじめは一つひとつの事象を抽象的に見るだけでなく、全体像を見ていかないと実態がわかからないということですね。

荻上 こうした裁判例の積み重ねによって、「このようないじめ行為があると、このような判決がでる」ということが明確になってきます。そういったことが、いじめについて考えるための判断材料のひとつになると思います。

いじめに対する先生の責務

荻上 いじめのなかには、教員が積極的に関与している事例や監督不行き届きな事例も多くありますよね。

井桁 そうですね。再度「解離性同一性障害自殺事件」を例にご紹介したいと思います。この事件では、学校の責務について裁判所が次のような判断を下しています。

(1)教員が生徒の安全を確保し、危害のリスクを防止する義務

(2)校長や教頭といった監督者による教員の監督義務

(3)生徒からの相談を深刻に受け止める義務

(4)事情聴取や注意指導、適切な対応を行う義務

一つひとつを抽象的に眺めれば、学校がこれらの義務を負っているのは当たり前のように思えますね。しかし、実際のところこれらを怠っている学校が多く存在します。

荻上 データからも、「教師がいじめを見て見ぬふりをしたり、指導に失敗すると、いじめがエスカレートしやすい」ということがわかかっています。教師のダメ指導によるいじめ加担機能として、「エスカレーション」と「ラベリング(マーキング)」のふたつが少なくともあることを、知ってほしいと思います。

いじめをしている生徒というのは、善悪の区別がついていないわけではありません。善悪の区別はついているけれど、「自分は悪ではない」という自己正当化のもとにいじめを行い、「おまえは悪だ」と非難してきそうな人の目からは隠れようとする。

教員が注意をせずに放置しておくと、いじめ空間での自己正当化が進み、「これくらいならセーフ」というメッセージを構築してしまいます。そしていじめをエスカレーションさせてしまうのです。

あるいは、教員が積極的に、いじめの対象づくりに加担してしまう場合もある。たとえば、発達障害を持っている生徒に、授業中に「本当にお前はダメだな」となじったりする。他の生徒たちに「この子はダメな子だ」というサインを与えていることになる。そうして、いじめを行なっていい対象としてラベリング(マーキング)してしまうということです。

生徒たちは先生が出すさまざまなサインをよく見ていますから、指導のあり方の検討は非常に重要です。

井桁 そうですね。そうすると、学校側がどこまで対策をすればいいのか、という問題になってきます。対策の具体的な内容については「トイレ暴行事件」を例にご説明したいと思います。この事件では、いじめの起きた中学校がしっかりといじめ対策を行っていたと評価されたことから、裁判においてこの中学校の責任は否定されました。いじめ対策として評価された点が裁判例で詳細に取り上げられています。代表的なものは下記の4点です。

(1)いじめ対策会議や研修の開催、いじめ情報の共有

(2)小学校からの生徒情報の引き継ぎ

(3)校内巡回、近所への見回り

(4)生徒への個別指導

もちろん、これらの対策を行っていてもいじめが起きてしまったという事実は深刻に受け止める必要があります。しかし、少なくとも裁判では、これらの対策が評価されて学校には責任がないと評価されました。逆に言うと、これらの対策を怠っている学校は法律上の義務に違反すると判断される可能性があることになります。

このような対策をしなければならないとなると学校の教師の負担が重くなるという批判があるかもしれません。しかし、法律違反になるのですから、「負担が重くなるからやらない」では許されません。「やらなければいけないけど、現状だと負担は重い。負担を軽減して実現するためにはどうしたよいか」と考えるべきです。すべての学校でしっかりと制度を整えていく必要がありますね。

性的指向は変えることができない

荻上 あらゆる社会問題には、とくに当事者になりやすい「ハイリスク層」がいます。

その代表的のもののひとつとして、性的マイノリティの当事者がいます。アメリカの場合、ネットいじめの被害経験は、性的マイノリティの生徒はそうでない生徒の二倍にのぼると指摘されています。

そうした当事者たちがいじめを受けた際に、どうやって対処したらいいのかという情報は圧倒的に不足しているんですね。今回「ストップいじめ!ナビ」では、LGBTといじめの関係について解説したコーナーを追加しました。「いのち リスペクト。ホワイトリボンキャンペーン」共同代表の明智カイトさんに、コーナーの主旨をご説明いただこうと思います。

明智 性的マイノリティやLGBT(L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイ・セクシュアル、T=トランスジェンダーの略)といった言葉になじみのない方も多いと思いますが、多くの性的マイノリティの当事者が周囲からのいじめに苦しんでいるという現状をみなさんに知って頂きたいと思います。

レズビアンやゲイといった、同性に魅力を感じ、恋愛感情を抱く人々については、文化や時代によってさまざまな解釈をされてきました。今の日本では「同性に魅力を感じることは一過性のものであり、いつかは異性を好きになることができる」とか、「同性愛はライフスタイルや趣味のひとつ」と間違って捉えられていることが多くあります。

同性愛というのは「性的指向」です。異性愛者の男性に対して「男を好きになれ!」と言っても無理であるのと同様に、同性愛者に対して「異性を好きになれ!」といっても無理なんですね。「同性愛は趣味や嗜好である」という捉え方はまったくの誤解であり、「同性愛は変えることのできない揺るぎないものである」ということをわかって頂きたく思います。

井桁 なるほど。バイ・セクシュアルというのは両方の性別に恋愛感情を抱く指向の人のことですよね。では、トランスジェンダーとはどのような人のことですか?

明智 トランスジェンダーとは、心と体の性別が一致しない人のことを指します。男性の体で生まれても、成長していく段階で「心は女性である」と認識する人がいます。心と体を一致させるために、性転換手術や戸籍の性別を変更する人も多くいます。

テレビでは、性的マイノリティは「オネエ系」という言葉で一括りにされていますが、そのなかには同性愛者とトランスジェンダーが混在しています。自分が望んでいる性別が生まれたときと逆であればトランスジェンダーであり、性自認は一致していても恋愛対象が同性であれば同性愛者です。このふたつはまったく違ったものなんです。

性的マイノリティを当たり前に受け入れる

明智 では、いじめのハイリスク層である性的マイノリティの子どもたちが安心できる環境を作るにはどうすればいいのかを説明していこうと思います。「自分はLGBTかもしれない」、「自分は周りと違うのかもしれない」と思っている子どもたちは、自分の悩みをどのように対処すればいいのか戸惑うことが多くあります。また、カミングアウトするには相当な勇気が必要ですし、リスクも伴います。したがって、子どもたちがカミングアウトをするか否かにかかわらず、安心して生活できる環境を作る必要があります。

性的マイノリティの子どもたちには、「自分らしく生きてはいけない」、「自分の好きな人を好きになってはいけない」という圧力を感じながら生活をしている子が多くいます。誰にとっても、そんな生活はとてもストレスフルです。周りの大人たちや学校の先生はそういった現状をしっかりと理解した上で、生徒たちのなかに当事者がいるかもしれないという意識を持たなければいけません。

どんな子どもでも同じように尊重される権利があるはずですから、学校側は「性的指向や性自認にかかわらず、すべての生徒を守る」ということを明示していく必要があります。大人たちが性的マイノリティの存在を当たり前のものとして意識していくことによって、子どもたちが性的マイノリティのクラスメイトを当たり前に受け入れていくことにもつながるのではないかと思います。

井桁 実際のところ、どれくらいの割合で性的マイノリティの当事者がいるのですか?

明智 日本では統計調査が行われていないので、海外の統計調査などからの推測ですが、30~40人のうち1人の割合で性的マイノリティの当事者がいると言われています。

荻上 単に自分が気づいていないだけでも、性的マイノリティの当事者は必ず周りにいる。積極的に何かをしろというわけではありませんが、積極的・無配慮に攻撃している状態を解除することからはじめるべきであろうと思います。

明智 そうはいっても、いきなりLGBTの子どもに相談やカミングアウトをされたら、対処に困りますよね。その時に一番大切なことは、相談してきた子どものプライバシーを守ることです。本人の許可なく、その子の両親や友だちに相談内容を伝えることは避けてください。

なぜかというと、自分が性的マイノリティであることを家族に一番知られたくないと思っている子が多いからです。本人とじっくり相談した上で、この先どうすればいいのかを一緒に考えてあげる必要があります。また、さまざまな性的マイノリティ当事者による互助グループが相談に応じていますので、わからないことを積極的に外部団体に聞いてみるというのも有効な手段です。

ジェンダーハラスメントをなくす

明智 次に、ジェンダーハラスメントについてご説明したいと思います。ジェンダーハラスメントとは「男らしさ」や「女らしさ」から外れた行動を非難することを指します。たとえば、「女のくせに~」「男のくせに~」「男なんだから~」「女なんだから~」という言い回しですね。

これは「男らしい男」「女らしい女」でなければ認めないという認識に基づくもので、多様な性のあり方が人権として認められつつある現代の社会とは反対の考え方です。そして、ジェンダーハラスメントの被害に遭いやすい層としてLGBTの当事者が存在します。学校の先生が、ハラスメントであるとは思わずに、クラスの笑いを取るための道具としてジェンダーハラスメントを行っている場合もあります。

荻上 テレビの世界では「オネエ系タレント」と呼ばれる人たちが、自ら「オカマっぽい」ことをキャラ化し、笑いを取っていますが、それはテレビ空間だから成り立つことです。現実社会では、勝手なキャラを押しつけるからかいは、偏見とレッテルの押しつけとして機能し、当事者たちを傷つける原因になりうるということは意識されなければいけません。

「ストップいじめ!ナビ」性的マイノリティといじめページ;http://stopijime.jp/term_lgbt/

荻上 さまざまなことをお話しましたが、今回ご説明した以外にも「ストップいじめ!ナビ」にはいろいろな情報を掲載していますので、ぜひサイトをご覧いただければ幸いです。また、僕たちストップいじめプロジェクトチームは、ウェブサイトの制作だけでなく、自分たちでできることを全力でやり続けていきます。本日はありがとうございました。

(2013年1月8日 ニコニコ生放送「いじめを止めたい大人たちへ」より抄録)

プロフィール

明智カイトNPO法人市民アドボカシー連盟代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。中学生の時にいじめを受け、自殺未遂をした経験から「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、ホワイト企業の証しである「ホワイトマーク」を推進している安全衛生優良企業マーク推進機構の顧問などを務めている。

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井桁大介弁護士

弁護士・あさひ法律事務所所属。早稲田大学大学院法務研究科卒業。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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