特集:支援とアート

1.荒井裕樹×星野智幸 受け手の想像力をはみだして――「心のアート展」と「路上文学賞」のあいだに

 

東京精神科病院協会に加盟する68の病院に入院・通院している方たちの作品を展示している「心のアート展」実行委員会特別委員である荒井裕樹氏と、ホームレスの人たちが書いた文学作品を対象とした賞である「路上文学賞」審査員の星野智幸氏が語りあう。

 

◇フィクションであること

 

荒井:星野さんが関わられている「路上文学賞」、公式HPに掲載されている作品を拝見しました。自分にとって必要なことを、自分に必要な風に書いている感じがして、とても興味深かったです。

 

ぼくは紙に文字を打ち出さないと読めないので、作品をプリントアウトしたんですけど、あえてランダムに出力しました。なるべく「作品名」「作者名」を見ないようにして、「大賞」や「佳作」という評価もみないようにして、まずは作品そのものを読もうと。

 

星野:ああ、よくわかってらっしゃる(笑)

 

荒井:一見、赤裸々な人生の告白のように思える作品もありましたけど、でも、きっとどこかにフィクションも混じってるんだろうな、と思いながら読みました。

 

フィクションっていいですよね。以前、俳人の十亀わらさんと対談したときに、俳句のいいところはウソがつけることだとおっしゃっていたのが印象的でした(「俳句に一歩近づこう」→https://synodos.jp/culture/13022)。俳句はウソをついていい。女の子が男の子になってもいいし、好きなことを嫌いといってもいい。ちょっとウソをつけると、生きるのが少し楽になる気がするんです。

 

星野:ぼくの持論は、文学はすべて比喩であり擬人であると。まぁ、ウソということなんですが、たぶんウソをついたときにその人が出るんですよ。どんなウソをつくのかというその人の人生観や人柄が出る。

 

たとえば、サッカーのゴールをどんな比喩でたとえるか。男の人は「射精」に例える人が結構いたのですが、多くの女の人からその比喩は出てきません。一番無防備で自分をさらすのが比喩なんです。

 

荒井:政治家の失言も比喩が多いですからね。その人が自分や他人に対して抱いている感覚が出てしまいますよね。よく星野さんは「みんな小説を書いちゃえ」とおっしゃいますが、それはフィクションににじみ出す、その人の感覚が大切だと言うことですか?

 

星野:そうです。結局そこにはごまかしようもなく自分があらわれてくるし、そのことを受け止められたときに自分を肯定できる。ぼくは言葉で書けないことを書くのが文学だとおもっています。

 

荒井:小説家になって印税を取れといっているわけではない。

 

星野:そっちの方は誰にも薦めません。食っていけないから(笑)。

 

 

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◇勝ち負けの論理に

 

荒井:「路上文学賞」のような活動で難しいのは「賞」の位置づけですよね。ぼくが関わっている「心のアート展」でも、一度、「賞」を試したことがありました。ささやかな額ですけれど画材券を準備して、あと実行委員が手づくりした版画の表彰状を進呈しました。別に「順位」をつけたいわけじゃなくて、素朴に励ましたい気持ちからだったのですが、どうやら「勝ち負け」の論理として受け取めた方もいたようで……

 

星野:ああ、やっぱり。

 

荒井:さらに言うと、アート展に足を運んでくれた観覧者に対しても「作品の序列」を示してしまったような節があって……あとでいろいろと悩みました。……つづきはα-Synodos vol.192で!

 

 

2.長津結一郎 障害とアート、そこにある共犯関係

 

「障害者アートバブル」と言われる昨今、求められる新しい関係性の表現とは何なのでしょうか。

 

私は普段、芸術と社会包摂の分野について研究を行っている。なかでも障害のある人の表現活動については、ここ10年あまりその動向をさまざまな形で見つめてきた。その中で言えることは、ここ数年の盛り上がりはある種の「障害者アートバブル」である、ということだ。そうした社会的背景の中、障害とアートをめぐる多角的な視点をすべて論述するには困難を極める。ここでは「障害とアート」に対する安直な推進が孕む課題に注目しつつ、現場から導き出せる視点について言及していきたい。それは、善意による無自覚な「健常者目線」からの逸脱が生み出す、新しい関係性の表現という視点である。

 

 

◇なぜ今、「障害とアート」なのか?

 

現在日本において障害のある人の、とくに美術分野での作品制作については「アール・ブリュット」という言葉を用いられることが多い。アール・ブリュットという言葉はフランスの画家、ジャン・デュビュッフェが提唱したもので、日本語では「生(き)の芸術」と翻訳される。

 

正規の美術教育を受けていない者による作品をデュビュッフェが蒐集したことにはじまり、1976年には、それまで収集した1000点以上の作品をもとに、「アール・ブリュット・コレクション」と呼ばれるギャラリーをオープンさせた。このアール・ブリュットという言葉がイギリスに渡った際に、イギリスの批評家、ロジャー・カーディナルが翻訳した言葉が「アウトサイダー・アート」である。その言葉は、強迫的な幻視者、精神病者など、社会の外側に取り残された者たちによる造形作品のことをさしている。

 

日本においてこうした分野は、美術界ではなく福祉施設の職員や、そこに赴く美術作家などにより注目されていったという経緯がある。福祉施設において日常的なプログラムの一つとして創作的活動が取り入れられるようになり、こうした障害者の表現活動はアウトサイダー・アートの枠組みで紹介されてきた。

 

日本において、美術の文脈でアウトサイダー・アートやアール・ブリュットが着目されるようになったのは、1993年に世田谷美術館で開催された「パラレル・ヴィジョン」展と、それに併催された「日本のアウトサイダー・アート」展である。「パラレル・ヴィジョン」は1992年にロサンゼルス郡立美術館が企画したもので、スペイン、スイスなどを巡回した展覧会であった。その中ではヘンリー・ダーガーをはじめ、現在では著名となったアウトサイダー・アートの作家たちの作品が多数紹介された。

 

一方、1995年に提唱された、財団法人たんぽぽの家とエイブル・アート・ジャパン(後にNPO法人化)が主導した「エイブル・アート・ムーブメント」は、その後の障害とアートの分野において大きな契機をもたらした。「エイブル・アート」とは、1995年に財団法人たんぽぽの家理事長の播磨靖夫により「エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)」として提唱された概念である。芸術を通じて、障害のある人たちの障害にではなく、その人の可能性(=エイブル)に着目しようとする試みであった。

 

多くの福祉施設でさまざまな表現活動がおこなわれていたが、そのほとんどは余暇の一環という位置づけで、そこで生まれた作品の多くは埋もれてゆき、時には廃棄処分され、社会に出て行かないという現実があった。そこで、福祉施設等での余暇の活動も含んだ表現活動のネットワークを形成すべく、1994年に結成されたのが「日本障害者芸術文化協会」であり、これが後のエイブル・アート・ジャパンであった。こうした活動の積み重ねで、現在ではさまざまな福祉施設をはじめとした多様な福祉の現場で表現活動が扱われてきている。

 

このような障害とアートをめぐる活動に対して近年、行政による支援が広がってきていることは見逃せない。滋賀県、埼玉県、京都府、大阪府、奈良県など都道府県レベルで障害とアートの分野についての政策や事業を生み出しているのだ。

 

また国レベルでも、2007年に文化庁と厚生労働省が合同で「障害者アート推進のための懇談会」を開催したことを皮切りに振興策が広がり、2014年からは厚生労働省「障害者の芸術活動支援モデル事業」が開始された。これは、芸術活動を行う障害のある人や、その家族、また福祉事業所などで障害者の芸術活動をサポートする人を支援するモデル事業を実施し、その成果を普及することを目的としている。……つづきはα-Synodos vol.192で!

 

 

李永淑 「支援」の可能性――「“アートな”ボランティア」を手がかりに

 

アートを通じて、支援者・被支援者の立場を超えた「良い支援」は実現するのか、その可能性に迫ります。

 

「支援」とは言葉のとおり、支え助けることを意味する。そして、支え助けられた側が「支え助けられた」と感じたときに、「良い支援が成立した」と言えるだろう。しかしそう感じる「支援」のあり方は個々で異なる。単純に計算すると、世界の人口と同じ数の種類の支援が必要になる。それは、途方もない道のりのように感じるが、人々は日々知恵を絞り、議論を重ね、個々に寄り添った「良い支援」の具体的な内容やその実現を目指して挑み続けている。

 

しかし本稿では、それとは異なる眼差しから「良い支援」を考えたい。例えば、受け手の満足度が高い「良い支援」の実現には、支援側の「負担」が増えるのではないかという懸念がよぎる。すると、双方の「負担」や「犠牲」が「良い支援」の実現に向けた議論の争点になって、どちらが「勝つ」か「負けるか」という構図が強化される可能性がある。

 

それでは、「そうはならない良い支援の実現」という、都合の良い可能性はないのだろうか?結論を先取りすると、支援が「アート(芸術的)」であることにより、その可能性を諦めなくて済むと考える。

 

「支援」の隣に、「アート」や「芸術」という言葉が並ぶと、治療としての音楽や創作活動であったり、アーティストによるチャリティー活動であったり、被支援者の「個性」に転換する手段といったイメージを思い浮かべるかもしれない。しかし、本稿の趣旨は、「支援側」と「被支援側」の立場を越えた「良い支援」の可能性の手がかりを、「アート/芸術」の概念を借りて探ろうとするものである。

 

それでは、「アートな/芸術的な支援」とはどのような「支援」なのだろうか?そこで、「支援」という言葉をもう少し身近な感覚に近づけるために、「ボランティア」という補助線を引いて、「支援」に対する批判的検討から始めたい。

 

 

◇「支援」に潜む盲点――「ボランティア」を手がかりに

 

「ボランティア」という言葉は日本社会においてすっかり市民権を得た感がある。しかし、「ボランティア」と聞いて思い浮かべるイメージや反応は、人それぞれ多様である。情熱的にボランティアに打ち込んだり支持する人から、ひどく嫌悪感を示したり批判する人まで実に幅広い。にもかかわらず、私たちは「ボランティア」という言葉を「社会的共通理解がある」かのように使う。そして、誰もが知っている言葉であると、細かい「違和感」があってもいちいち確認することは憚られる。

 

しかし、「ボランティア」の場において、人々の思いと思いの間に十分なコミュニケーションが存在していない場合、複雑な人間関係の往復を重ねるごとに思いのギャップは深まり、その小さな「違和感」は蓄積されていく。それでは、この密かな「違和感」はどこから生まれるのだろうか?

 

ボランティアの条件が列挙されるとき常に登場するのは、<自発性>・<無償性>・<公益性>」という三つの条件である(※1)が、本稿では「ボランティア」の「違和感」について、「ボランティア」が抱える三つの「常識」から考えたい。……つづきはα-Synodos vol.192で!

 

 

4.水谷みつる 困難を表現すること――個にとっての重みに辿り着くために

 

「大切なのは表現し、受け止められる場があること」。抱えた「重み」を外に出すという表現のあり方について、ご寄稿をいただきました。

 

◇半分、正しくて、半分、間違っていた

 

1991年4月27日土曜日、私は2歳年下の弟を自殺で喪った。「軽い精神分裂病(現在の統合失調症)の初期」と診断されて3週間経つか経たないかの出来事だった。

 

精神科病院に入院中だった彼は、週末の一時帰宅のため、前夜から実家にいた。私は当時、新米の美術館学芸員として土日もなく深夜まで働く日々を過ごしていたが、その日は夜には出勤する約束でオフをもらい、弟に会いに行くことになっていた。だが、午前中から昼にかけて別の用事を二つほど済ませ、午後半ばに実家に辿り着いた時にはもう遅かった。弟は私を待っていてはくれなかった。前夜に母に「死にたい」と打ち明けた彼と、久しぶりの空き時間にほっと一息ついていた私の時間の流れは、違っていたのだ。

 

弟は、夜遅くに両親に伴われ、警察から白木の棺に入れられて戻ってきた。「損傷が激しい」という理由で、私は遺体に会うことも許されなかった。その夜、両親の部屋で(両親は別室で棺に付き添って寝た)一睡もできずに考え続けるなかで、私は3つのことを決意した。

 

「自殺や精神疾患をstigmatizeもromanticizeもしない。差別も聖別もしない。だから、精神分裂病と診断されていたことも含め、決して隠さない」

「(弟の死にまつわるすべてのことを)決して後悔しない」

「90歳で老衰で死ぬのも、24歳で自殺で死ぬのも、死という意味では等価であると思う」

 

人は必ず死ぬ。生きていれば、人の死に遭遇するのも避けられないこと、当たり前のこと、ありふれたこと。特別なことじゃない。自殺だからと言って、苦悩の末のヒロイックな悲劇のように語りたくも、語られたくもない。精神疾患もまた、生きていればかかり得る、ありふれたもの。特別なことじゃない。「狂気」などというものものしい言葉を使って、あたかも繊細で鋭敏な感受性の帰結のように語る言辞は、拒否したい。

 

つまり私は、日々、起こる諸々のことと同じように、それらと同等のものとして、弟の死を淡々と受け止めようとした。いま思えば、その後、起こり得ることを直感的に察知して、そう決心することで、自分の感情にロックをかけようとしたのだろう。

 

この私の決意は、半分、まったく正しくて、半分、徹底的に間違っていた。でも、その半分の間違いに気づくのに20年以上の歳月と自分自身の精神疾患への罹患が必要だった。

 

10年近く頑なに決意を守り続けたあと、2000年に精神科に通わなければならなくなって、初めて弟の死をめぐる自分の感情に向き合い始め、それからまた10年近くかかってようやく治療のなかで本当の意味で語れるようになり、そしてさらに年単位の時間をかけて、やっと自分は実にたくさんのことを深く、深く後悔していたのだと認められるようになった。

 

弟の自殺は、確かにこの世の中で数限りなく起こっている出来事の一つ、ありふれたことだった。また、スティグマ化されるべきものでも、ロマンティックに語られるべきものでもなかった。

 

でも、私にとってはとてつもなく大きなことで、一生かけて向き合い、考え、抱えていくような性質のものだった。そして弟にとってもまた、ありふれた、よくある、しかし、命を絶つほどに苦しい状況だった。だから死んだ。……つづきはα-Synodos vol.192で!

 

 

5.片岡剛士 経済ニュースの基礎知識TOP5

 

震災から5年経った復興の様子や、春闘の動向、3月月例経済報告などの経済ニュース、そして国内、欧米諸国の経済・金融政策について解説!

 

日々大量に配信される経済ニュースから厳選して毎月5つのニュースを取り上げ、そのニュースをどう見ればいいかを紹介するコーナーです。

 

いよいよ年度末ということで3月末の〆切の仕事が多く、猫の手も借りたい状況ですが、都内では桜の開花宣言もあって暖かくなってきましたね。今月は、春闘動向、月例経済報告、東日本大震災から5年、日米欧金融政策、国際金融経済分析会合についてみていくことにしたいと思います。

 

 

◇第5位 春闘動向(2016年3月16日、18日、25日)

 

今月の第5位のニュースは、今年の春闘の動向についてです。

 

主要企業の集中回答日であった3月16日。懸念されていたことですが、今年の春闘は前向きムードにブレーキがかかる結果となりました。背景となっているのは、円高や株安の進行や新興国経済の減速です。

 

連合は18日に回答をまとめ、賃金を一律に引き上げるベースアップ(ベア)と定期昇給を含めた企業の賃上げ率は2.08%、さらに25日の第二次集計では賃上げ率は2.10%と報告しています。ただ中堅・中小企業が順次回答を今後行うため、現段階で報告されている賃上げ率は今後低下していくと見込まれます。

 

第二次集計結果については、人手不足が深刻化している流通業などで自動車を上回る賃上げ率を達成している所もあり、内需型産業が賃上げを牽引しているとの指摘もあります。従業員300人未満の中小企業の賃上げ率は2.07%で大手・中小企業の賃上げ率とほぼ並んだ事も特徴です。

 

ただ、第二次集計段階での賃上げ率は全体が2.36%、中小企業が2.19%であるため、今年の賃上げ率は全体として低水準に留まっていることには留意する必要があるでしょう。

 

また大企業の動向をみていくと、ベースアップの伸びは少ないものの、ボーナスなどの一時金では労働組合側が提示する額に対し満額での回答をした企業が多く見られています。ただボーナスなどの一時金の上昇は所得の継続的拡大にはつながりにくいため、消費への影響は限定的になるでしょう。賃金引き上げの動きが弱まると、国内需要への影響も限定的となるため、今後の動向が懸念されます。……つづきはα-Synodos vol.192で!

 

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vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」