特集:AIと経済

今回のαシノドスでは、9月17日(土)早稲田大学早稲田キャンパスにて開催されたワークショップ「『人工知能と経済の未来』を考える」の模様を抄録します。今年7月に出版された井上智洋さんによる『人工知能と経済の未来』 (文春新書)をめぐって、経済学者、社会学者、AI研究者の方々が討論を行いました。

 

 

○挨拶/司会:矢野浩一(統計学)

 

矢野:本日の司会を務めさせていただきます、駒澤大学経済学部の矢野浩一を申します。まず、私の方から本日の合評会の趣旨説明をさせていただきます。

 

本日は人工知能研究者の浅川伸一先生、社会学者(社会倫理学)の稲葉振一郎先生、経済学者の飯田泰之先生、若田部昌澄先生という4名の方にお越しいただき、先日、井上智洋先生が出版されました『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』(文春新書)についてご討論をいただきます。先生がたのご発表後に井上さんからリプライ・コメントをいただきたいと思います。

 

本日はかなり長時間になりますので、多くのテーマが取り上げられることになるかと思います。そのため、フロアーにお越しの皆様のために、本日、焦点になるだろうと予想される問題を3点にまとめてみました。

 

まず一つ目は「人工知能(AI)は汎用目的技術(General purpose technology、 汎用技術と訳すこともある)なのか?」という問題です。とはいえ汎用目的技術という言葉を聞いたことがない方も多いでしょう。汎用目的技術とはさまざまな用途に応用でき、経済・社会の広範囲に影響する基幹的技術を意味します。それに対して特化技術とはある特定目的のために使われる技術です。

 

たとえば、スマホ(スマートフォン)は通信に特化した特化技術です。スマホが普及して失業者が増えたなんて話は聞いた事がありませんね。一方で、蒸気機関や内燃機関、電力、コンピューターは汎用目的技術で、人の雇用だけではなく経済・社会の広範囲に影響してきました。AIはそのような汎用目的技術なのでしょうか?

 

以上のように第一の論点は「AIは知的活動技術全般に関する汎用目的技術なのか?」です。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

矢野氏

矢野氏

 

第1部:若田部昌澄(経済学)×井上智洋(経済学)

 

◇未来の研究

 

若田部:今日はじめにお話させていただく早稲田大学の若田部と申します。自己紹介を少しだけすると、私は経済学史が専門です。なぜAIの研究と関わることになったのかというと、以前、経済学者のタイラー・コーエンによる『大格差』(NTT出版、2014年)という本の解説を書いたことがきっかけでした。この本は、知能を有した機械が雇用を大きく変えていくことを大胆に予想したものです。

 

その解説を書いたことを機に、経済産業研究所で報告しないかと声をかけていただきました(「経済学者は人工知能の夢を見るか?」2015年7月13日)。現在では、AI社会論研究会など人工知能に関するさまざまな研究会に参加させていただいたり、総務省のAIネットワーク化検討会議や、内閣府の人工知能と人間社会に関する懇談会の構成員も務めています。

 

まず、井上さんの本の優れている点を三つほどまとめます。

 

一つ目に、未来についての研究であることが大事なことだと思っています。アメリカにロビン・ハンソンという面白い経済学者がいます。最近、The Age of Emという、全能エミュレーションが全面普及した経済社会を描いたかなり「ぶっ飛んだ」本を書いています(Hanson 2016)。その彼が言うには、経済学にかかわらず社会科学全般において未来についての研究は非常に少ない。重要度から考えれば、未来に起きることの方が大事なはずだと。私もAIに関心を持ち始めたのは、歴史の話をするだけではなく、未来のことも考えなければならないと思ったからです。

 

二つ目は、人工知能の研究と経済学の二つを踏まえている点です。私は人工知能については勉強している段階ですが、両方を抑えて議論できるのは日本では井上先生くらいだろうと思います。

 

そして三つ目は、経済学における井上先生独自の視点についてです。マクロ経済における長期と短期の関係や、総供給と総需要の関係など、非常に野心的な研究課題を独自の観点から見解しておられます。その結果として彼が提唱しているのが、中央銀行が家計に直接お金を配る「ヘリコプターマネー」と、毎月一定額の生活費を支給する「ベーシックインカム」の組み合わせです。私もこの二つの組み合わせは有効と考えます。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

若田部氏

若田部氏

井上氏

井上氏

 

第2部:浅川伸一(AI研究)×井上智洋

 

◇最近の人工知能研究の特徴

 

浅川:東京女子大学の浅川と申します。私からはAIの研究を行っている立場から話題提供させていただきます。本日お話させていただきたい話題は2点あります。1つは、最近の人工知能の趨勢を理解する上でのキーワード、もう一つは人工知能にまつわる社会的、経済的な話題です。それから、最後に私から井上先生への簡単な質問をさせていただきます。

 

最初の話題である人工知能研究のキーワードは3つあります。

 

1)畳み込みニューラルネットワーク(CNN)

2)リカレントニューラルネットワーク(RNN)

3)強化学習(RL)

 

1.畳込みニューラルネットワーク

 

最初は畳込みニューラルネットワークCNNです。この技術は近年、画像認識や音声認識で急激な性能向上をもたらしました。ニュートラルネットワークとは、人間の脳の振る舞い(神経回路)を模した計算モデルを指します。

 

現在の第三次AIブームの火付け役となったのは、井上先生のご著書でも触れられています深層学習(ディープラーニング)という機械学習の手法です。ここで用いられているモデルがニューラルネットワークであり、ニューラルネットワークの中間層を多層化したモデルのことを深層学習と言ったりします。

 

技術的には、中間層を多層化する工夫が実用化されてきたため認識精度が向上しました。下図は大規模画像認識コンテスト(ILSVRC)の成績を示しています。

 

 

大規模画像認識コンテストの年次ごとの成績の推移

大規模画像認識コンテストの年次ごとの成績の推移

 

横軸は開催年度で、縦軸はその年の優勝チームの成績を表しています。およそ130万枚の画像を1000種類のカテゴリーに分類するコンテストですが、その成績はモデルが予測するカテゴリーの上位5つの中に正解が含まれているか否かで競われます。図は間違えた割合を示してありますので、棒グラフが短い、あるいは小さいほど成績が良かったことを表しています。

 

130万枚の画像の中には紛らわしい画像が含まれていますので、たとえ人間であっても100%正解はできません。人間の場合5%強間違うようです。ところが昨年2015年の優勝チーム(マイクロソフトアジア研究所のチーム)は人間の誤り率よりも低い値を叩き出しました。今年に入って他のモデルでも人間超えする性能が得られたと報告されています。すなわち大規模画像認識コンテストの成績を見る限りコンピュータの認識性能は人間を越えたと言って良いでしょう。人間の成績を超えたことは世界的な衝撃を与えました。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

浅川氏

浅川氏

 

第3部:飯田泰之(経済学)×井上智洋

 

◇純粋機械化経済の到来

 

飯田:明治大学の飯田泰之と申します。『人工知能と経済の未来』、新しい発見ばかりで興味深く読ませていただきました。その中でも本日は、AIと経済について論じられている3、4、5章の内容を中心に討論させていただきたいと思います。まず少し復習を兼ねて、3、4、5各章で書かれている内容と、その中で私が注目した部分についてお話しさせていただきます。

 

第3章は主に特化型AI、つまり従来型のAIの発展がどのような経済的帰結をもたらすのかという議論になっています。特化型AIですと、産業革命から工作用ロボットの導入まで、大きな発明・発見がある度に生じてきた技術的な失業が生じます。つまり、より少ない人数で仕事がこなせるようになるので、労働の需要が減り、職を失う者がでる。非常に想像がつきやすいタイプの失業が発生するわけです。

 

その対策として必要になってくるのが、需要不足を補うための金融政策や財政政策といったマクロな政策です。さらに本書では、金融政策の中身についてもヘリコプターマネーを否定せず、大胆な金融政策を行っていくべきであるという結論に至っています。

 

こうした議論は、これまでのICT、インターネットの普及においても、かなり似た形で行われてきました。しかし、第4章での議論はこれとは大きく異なります。なぜかというと、人間と同じように知的活動全般をこなす汎用AIが誕生した未来では、人間が関わるすべての産業において、多少の濃淡はあれど、労働を必要としない経済に移ってしまうかもしれない。

 

かつてであれば、エネルギー革命によって炭鉱の仕事がなくなっても、かなりの数の労働者がトンネル技術者に移ったように、転職する先がまだまだありました。しかし、汎用AIが普及すると、ある産業で失業者が生まれるどころか転職先さえなくなってしまうと考えられます。そうなった時に何が起こるのかという問題です。

 

さらに、機械が機械を生産して、その機械が商品を生産していく、純粋機械化経済の時代が到来してしまうと、人間のやることはほとんどなくなります。すると、どうなるか。通常、生産活動は機械化設備と人間で行うため、どこかで制約が生じます。

 

たとえば第二次世界大戦中の日本であれば、生産設備が空襲によって破壊されたことで、機械の不足で生産が低下してしまった。現在であれば、景気がよくなると人手不足になり、労働なしで作れるものはないので、そこで成長が止まってしまいます。しかし、純粋機械化経済においては、どちらの供給制約も存在しません。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

飯田氏

飯田氏

 

第4部:稲葉振一郎(社会学)×井上智洋

 

◇バラ色の未来ではない

 

稲葉:私は現在、宇宙倫理学のプロジェクトに参加しており、有人宇宙ミッションの政策的評価及び倫理的問題について研究を行っています。そこで、人工知能ならびにロボットの政策的倫理的問題と構造的同型性があるのではないかと思いつき、それについて1冊本も書きました(『宇宙開発の倫理(仮)』ナカニシヤ出版刊行予定)ので、その線も踏まえつつお話しさせていただきたいと思います。

 

『人工知能と経済の未来』ですが、極めて実直で禁欲的に書かれている本だと思います。おさらいしますが、近年、人間並みの知能、ひいては人間以上の知能を持ったAIの出現の可能性が「シンギュラリティ」という言葉で語られています。この問題について世界で最も進んだ議論をしている、『スーパーインテリジェンス』という本を書いたニック・ボストロムという哲学者、倫理学者がいます。ただ彼自身は「『シンギュラリティ』という言葉はバズワードだ」と言い、「インテリジェンス・エクスプロージョン(知能爆発)」という言葉を使っています。

 

井上さんの本ではこれについて一切議論していません。つまり、人間並みに自由意思を持って動き回る自律型人工知能が引き起こしうる問題については触れていない。汎用AIといっても既存の汎用技術と同じレベルの話、つまり現在のパーソナルコンピューターがありとあらゆる産業分野、生活の局面に入り混んでいるのと同じような意味における汎用技術である、という程度の話に留まっています。重要なのは、そのレベルに限定したとしても、非常に大きな変化が展望されるということです。

 

もう一つ注意すべきは、それは放っておいたら大変なことになる、カタストロフィ的な変動だということです。それが本書の基調であり、だからベーシックインカムなどを動員して危機に備えなければいけない、という話をしている。

 

つまり、AIの発展を放っておいたら行き着く先はディストピアなんだ、だからなんとかしましょうという話なのです。ところが、読者の反応を見るとしばしば誤解があるようです。「AIによって労働から解放され、働かなくてもいい社会が来るんだ」というように、誤読されることが非常に多いです。井上さんの論点はそこにはないというところは強調しておきたいです。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

稲葉氏

稲葉氏

 

<連載> 戸村サキ「ニートいろいろ:就労支援機関での体験(最終回)>」

 

この連載では、私が過去に1年半通っていた就労支援機関(「みんなの部屋」)で体験したこと、そこで出会った若年無業者たちについて書いてきた。

 

実はここに辿り着くまでに一度だけ、別の就労支援機関にも見学に行ったことがある。

 

そこではまず、氏名や年齢、学歴、職歴、持っているスキルなどを書かされた。私は高校と大学をドロップアウトしていること、アルバイトしか経験がないことを正直に書き、スキルに関しては英検と、特技として文章を書くこと、それからHTMLとCSSが多少分かるといったことを記述した。

 

次に、相談員との面談。四十代くらいの女性で、物腰柔らかな人だった。しかし話し合いは思わぬ方向に転がる。

 

私が高校時代の話やNYに留学していた話、今でも文章を書くことが大好きで、できれば物書きになりたいという目標を持っている、といった内容を話すと、相談員の女性は、うーんと首をかしげた。

 

「あなたはとても明朗快活だし、話も理路整然としてる。特技もたくさんあって、物書きになりたいっていう夢もある。それだけあれば、正直、うちでサポートできることはあまりないと思うの」

 

精神疾患のことは告げていたが、好調時の私は傍から見れば「コミュ力」とやらが高いらしい。病気のことをカミングアウトしても、信じてもらえないか、そこまで重篤だと思われないことが多い。相談員の女性もそうだったのだろう。

 

彼女は続ける。

 

「これがうちの一ヶ月のスケジュール表、見てみて。最初は自己紹介、それから自分の特技を探したり、人と話す練習をしたり、パソコンの勉強をしたり、みんなで本を読んだり。特にこの日なんかは、『自分再発見』っていうイベントで、やりたいことを探す趣旨なのよ」

 

それを聞くと、ああ、確かに私は自分を発見済みだなぁ、やりたいこともあるなぁ、人と話すのも好きだなぁ、と、その施設に通う必要性を感じなくなった。私の求めているものとは違ったのだ。

 

だからこそ、「みんなの部屋」のフリーダムっぷりが私に合ったのだろう。いたければいればいいし、いつ帰っても構わない、という自由な空間。自宅にいて母親との折り合いが悪くなったりしたら逃げ込んでいたし、誰かとおしゃべりしたくなったら朝一番でも行っていた。私以外にも、そういうメンバーは多かった。

 

たしかにスケジュールが最初からきっちり決まっているのは、「生きていくために何をしていいかまったく分からない」という場合には有効なのかもしれない。しかし、若年無業者という「社会的に断絶されている若者」に真に必要なのは、職業訓練でも然るべき教育でもなく、その一歩手前、「強制力を持たない居場所を提供する」ことなのではないか、と私は考える。

 

多くの人間が帰属感を持っているが、若年無業者には帰属すべき学校や職場がなく、家族からも「早く働け」と辛く当たられたり、腫れ物に触るように扱われることが多い。「多くの同級生、もしくは年下の人間が、『社会人』として今この瞬間も働いているのに自分は」。働けていない現状に危機感を抱いている若者は、親や周りの社会人の反応に敏感だ。時には被害妄想にも近い思い違いをしてしまうこともある。

 

そういった若者に、「行きたい」と思える場所を提供する。「居場所」とも「避難所」とも言える場所がもしあれば、少なくとも「自分は社会から断絶されている」という苦しみからは解放されるのではないだろうか。……つづきはα-Synodos vol.206で!

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

・仲村清司氏インタビュー「変わる沖縄——失われる心と『沖縄問題』」

・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

・神戸和佳子「『わからなさ』の中でいかに語り考えるのか——沖縄をめぐる哲学対話の実践から」

・山本ぽてと「沖縄トイレットペーパー産業史」
・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」