2018.06.13

世界はフェイクニュースにどう立ち向かうか――諸外国のメディアリテラシー教育から学ぶ

耳塚佳代 ライター

情報 #フェイクニュース#教育#メディアリテラシー

「メディアリテラシー」は、フェイクニュースに対抗する武器になるのか。根拠のないうわさや誤情報がソーシャルメディアに蔓延する中、海外では、ネットのうそにだまされないスキルを学校で教えようという機運が高まっている。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)が立ち上げた「フェイクニュース研究会」の活動などを通じてこの問題に取り組む筆者が、各国の取り組みを紹介する。

1.試行錯誤の対策

フェイクニュースに対処するため、世界各国でさまざまな対策が行われている。中でも「ファクトチェック」(事実検証)の取り組みは、ここ数年で飛躍的に増加した。「Duke Reporters’ Lab」によると、ファクトチェック団体は世界53カ国で149あり、4年前の約3倍だ。

デマ拡散の温床と批判されているソーシャルメディアの運営企業も、フェイクニュース排除を進めている。フェイスブックは、外部のメディア団体と連携してファクトチェックを行ってきた。

だが、こうした取り組みがどの程度読者に届いているかについては、専門家などから疑問が呈されてきた。ファクトチェック結果を示すと、逆にフェイクニュースの信頼性を上げてしまう「バックファイアー効果」を指摘する研究結果もある。

フェイスブックは、ユーザーにフェイクニュースを知らせるための「警告マーク」を表示していたが、強いデザインや言葉遣いが「バックファイアー効果」につながったと認め、昨年末に表示を取りやめる事態となった。対策の方針はなかなか定まらず、「特効薬」のような解決法は生まれていない。

2.私たちはフェイクニュースを見抜けるか?

では、フェイクニュースに踊らされないためにはどうすれば良いのだろう?「自分に限って、簡単にはだまされない」と思うだろうか。これまでに行われたいくつかの研究は、私たちがネット上のうそと事実を見分ける能力は、それほど高くないことを示唆している。

若いうちからネットに親しむ「デジタルネイティブ」世代を対象にした、米スタンフォード大の調査がある。研究チームは、計約7,800人の中高生に関して、正しい情報と偽情報を区別する能力を調べた。福島第一原発事故の影響で植物に異常が見られたことを示唆するようなキャプション付きの写真(実際にネットに投稿されたもの)を生徒に見せたところ、40%が「原発周辺の状況を示す強い証拠だ」と回答。情報の出所などについては何の記述もないことを指摘した生徒は20%未満だった。

(1)調査に使われた写真

4分の1の生徒は「強い証拠とは言えない」と回答したものの、その理由として挙げられたのは「放射能の影響を受けたと思われるほかの動植物が写っていないから」といったものだったという。

研究チームは、日常的にソーシャルメディアを使う若い世代でさえも、ネット上の情報について理論的に考える力は「弱い(bleak)」と指摘。事実ではない情報を簡単に信じてしまう傾向があると警告している。

同じくスタンフォード大の、大人を対象にした研究も興味深い。博士号を持つ10人の歴史学者、25人のスタンフォード大学部生、10人のファクトチェッカーが、ネットの情報をどう評価するかを比較したところ、事実検証の「プロ」であるファクトチェッカーたちは、偽のウェブサイトをきちんと判別することができた。一方、歴史学者と学生は、公式に見せかけたうそのロゴやドメインを見分けることができなかった。学歴などには関係なく、大人もたやすくだまされてしまう可能性があると言えるだろう。

3.広まるメディアリテラシー教育

こうした状況の中、改めて注目を浴びているのが「メディアリテラシー教育」だ。情報を批判的に読み解くための教育自体は新しいものではないが、欧米ではフェイクニュースの見分け方を具体的に学ぶ方法に注力したプログラムが登場している。ネット時代の課題を反映したデジタルツールも普及し始めている。

まず、アメリカから見ていこう。元ロサンゼルス・タイムズの記者が設立した「ニュース・リテラシー・プロジェクト」(NLP)は、約10年前からメディアリテラシー教育に取り組む非営利団体だ。AP通信やCNN、ABCニュースなどの主要メディアと連携し、ボランティアのジャーナリストたちが中高生に授業を行っている。

フェイクニュースが社会問題として認識されはじめた2016年からは、「checkology」というEラーニングプログラムを提供している。「バーチャル教室」とも言えるこのプログラムでは、情報の分類方法、ネット上のうわさが本当かどうかを見抜くスキル、アルゴリズムの仕組みなどについて学ぶことができる。

例えば、偽情報に簡単にだまされない方法を教えるレッスンでは、ネットで広く拡散する情報の多くには、怒り・好奇心・恐怖といった感情を強く引き起こす要素があることや、偽コンテンツはどんな理由で作成されるのかをクイズ形式で学び、普段からこうした点を意識するよう呼びかけている。NLPによれば、2018年2月の時点で約1万2千人の教員がこのツールに登録し、全米の学校で約178万人もの生徒が学んでいるという。

アメリカでは、学校のカリキュラムにメディアリテラシー教育を組み込もうと、法整備で後押しする州もある。モデル法案を提案している団体「メディア・リテラシー・ナウ」(Media Literacy Now)によれば、昨年は5つの州で関連法案が成立。ワシントン州では、リテラシー教育を推進し、現在どんな授業が行われているかの調査を学校に求める法律が導入された。

コネティカット州には、教員をはじめ、図書館司書やPTAなども参加する「メディアリテラシー評議会」を設置する法律がある。評議会は、リテラシーを教えるための効果的な取り組みや知見についてアドバイスを行う役割を担う。フェイクニュースによって人々の政治的分断が深まっていると指摘されるアメリカだが、こうした法整備の動きは超党派で進められている。

4.ゲーム感覚で学べる

欧州でも取り組みが加速している。イギリスでは国営放送BBCが、11-18歳を対象に最大1,000校で、フェイクニュースの見分け方を学ぶプログラムを開始。BBCのジャーナリストたちが実際に学校に赴いて授業を行うほか、無料オンライン教材も提供する予定という。

BBCはこの試みの一環として、メディアリテラシーを学べる「BBC iReporter」というゲーム教材も作成している。生徒がソーシャルメディア・チームの記者になり、偽情報にだまされないようにニュースを速報していくという設定だ。ソーシャルメディアのコメントは報道に使えるのか、一般ユーザーが投稿した写真をもとに速報していいのか、情報源は正しいのか……こうした状況ごとに判断しながら、ニュースの仕組みを学んでいく。

シェアしたリンクの内容が間違っていたり、数年前に撮影された動画が最近の出来事として拡散されていたりと、実際にソーシャルメディアを使う際にもあり得るシチュエーションが盛り込まれている。アカデミー賞を受賞したこともある「アードマン・アニメーションズ」が制作に関わっており、楽しみながら学べる内容だ。

(2)ゲーム教材

欧州では、国単位にとどまらず、地域レベルでの取り組みも強化している。欧州委員会(EC)は、「Media Literacy for All」という枠組みの中で、メディアリテラシーに関する先進的な取り組みを支援。ソーシャルメディアの情報について批判的に考える力を養い、メディアへの理解を深める試みが対象だ。今年本格的に始まったプロジェクトの一つ「Media In Action」は、学校の教員や図書館司書など、リテラシーを「教える側」にトレーニングを行っている。欧州全体で約70人の教員を対象にワークショップやイベントを行い、将来的には誰でも活用できるオンラインコースも開設する予定だ。

5.進む対策への投資

こうした流れを受けて、プラットフォームもメディアリテラシー教育の支援に乗り出している。

グーグルは、中高生向けの教育を推進するプロジェクト「MediaWise」に、今後2年間で300万ドル(約3.3億円)を出資。スタンフォード大学やジャーナリズム研究機関のポインター・インスティテュートなどと連携し、学校用カリキュラムの構築や、10代向けのオンライン・ファクトチェックの試みを進める予定だ。約100万人の生徒がアクセスできるようにし、低所得家庭など教育機会が十分でない生徒たちにも届けることを目標にしている。

また、フェイスブックも、ブラジルで行われている2つのニュースリテラシープロジェクトに計30万レアル(約1千万円)を提供している。ブラジルでは今年10月に大統領選を控え、フェイクニュース拡散の影響が懸念されていることが背景にある。

6.学校教育にリテラシー教育を

もちろん、メディアリテラシーの取り組みがすべてを解決するわけではないだろう。プラットフォームのさらなる自助努力や、報道機関によるファクトチェック強化など、多角的なアプローチが必要だ。だが、メディアの仕組みを知り、情報の真偽を見抜く力は、日常的にネットを使用する私たちにとってはもはや必須の能力である。実際、米イリノイ大が行った研究では、ニュースやメディアに関するリテラシーが高い人ほど、根拠のないうわさや陰謀論を信じる割合が低いという結果も出ている。

日本でも、2019年度から中学校で使われる道徳の教科書に、情報モラルをテーマにスマホやソーシャルメディアについて考える内容が盛り込まれた。メディアリテラシーに対する関心は高まっているものの、現在のメディア・情報環境を反映したカリキュラムはまだまだ不十分だと言える。海外の事例も参考にしながら、国内でも取り組みを進めていく必要があるだろう。

プロフィール

耳塚佳代ライター

ライター・翻訳家。2008年に共同通信社入社後、松江支局や国際局海外部を経て、フリーランスに。メディアリテラシー教育やフェイクニュース対策に関心を持ち、主に海外事例について発信している。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)運営委員。

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