2012.12.31
“ネット上の小沢人気”言説が示すネットと政治の今後
ネットの「世論」を提示するネット投票
インターネットでは、同じ政治的意見を持つ人が数人集まると、それを「みんなと同じ意見」と認識する人がいる。これが数十人ともなれば、それを「世論」と表現する人も出てくる。これは一見馬鹿馬鹿しく感じるかもしれないが、普段生きているリアル世界で政治的な議論がほとんど交わされていないのであれば、そのように感じる余地は充分にあるだろう。そしてネットには、そのように感じさせる種や仕掛けが無数に存在している。
よくある「ネット投票」の類はそうした仕掛けの代表である。ネットで実施される投票や調査の類が、調査会社やメディアが実施する世論調査と全く異なるものであることは、もはや言うまでもないだろう。しかし、ネット投票にまつわる動きは、ごく小規模の政治的意見の集まりが「世論」と認識され、広められる過程を理解する良い材料である。ネット投票は、クリック数を示すだけでなく、現代の政治と有権者、そしてメディアの関係の一端を浮かび上がらせる装置なのである。
こうした問題意識を背景として、今回は、小沢一郎氏のネットでの「人気」とネット投票について取り上げ、考察していきたい。
メディアが報じる“ネット上の小沢人気”
2010年9月に行われた民主党代表選挙では、この選挙に出馬した小沢一郎氏がネットで人気であるとメディアで報じられるようになった。突然「そういうこと」になったのである。
スポーツ紙や夕刊紙のような「おやじメディア」が中心ではあったが、全国紙でも真面目にそのように指摘されている。朝日新聞(2010年9月17日付朝刊1面)で曽我豪編集委員が「この代表選でも浮かんだ一般世論とネット世論の乖離」と表現したように、一般有権者を母集団とした世論調査では菅直人氏が強く、ネットの世界では小沢一郎氏が人気という対照的な構図がメディアで盛んに伝えられたのである。
この“ネット上の小沢人気”の主要な発信源は小沢陣営とその周辺の関係者、そして小沢氏自身である。読売新聞(2010年9月15日付朝刊岩手面)は、「小沢氏周辺では、インターネットのアンケートを論拠にマスコミの世論調査を批判、「本当の世論は小沢氏支持だ」との声が頻発した。」と報じている。また小沢氏は、「(報道各社の世論調査で説明不足を指摘する声が多いことは)謙虚に受け止めている。ただ、調査は新聞・テレビだけではない。ネットなど私を支持してくれている調査も多い。」(朝日新聞2010年9月3日朝刊)と述べている。
バラバラなネット投票結果
では実際どのような結果になっていたか。報じられたいくつかの投票結果はもはや閲覧が難しくなっているが、まだ残っているものもある(※この記事は2012年3月に執筆している)。これら「証拠」を確認してみよう。
gooニュース畑
小沢氏が民主党代表選に出馬へ あなたは小沢氏の代表選出馬に賛成ですか、反対ですか? http://news.goo.ne.jp/hatake/20100826/kiji4596.html
小沢氏の代表選出馬に賛成 65%
小沢氏の代表選出馬に反対 32%
(2010年8月26日~9月16日)
Yahoo!みんなの政治 政治投票
Yahoo!みんなの政治投票では、投票権がなくても投票可能です。9月14日に行われる民主党代表選に投票できるなら、どちらの立候補者に投票しますか?
http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201009010002/
小沢一郎氏 64%
菅直人氏 24%
(2010年9月1日~9月14日)
ライブドア ネットリサーチ
【民主代表選】菅首相と小沢氏、どちらをより支持する?
http://research.news.livedoor.com/r/50300
小沢一郎 65.6%
菅直人 34.4%
(2010年8月26日~9月2日)
このように並べると、ネット投票結果は小沢一郎氏に好意的なようである。だが、次のような結果もある。
Yahoo!ニュース リサーチ 意識調査
民主党の代表選に小沢一郎前幹事長が出馬する意向を表明。あなたは小沢氏に期待する?
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizresults.php?wv=1&poll_id=5799&typeFlag=1
期待しない71%
期待する21%
(2010年8月26日~8月31日)
Yahoo!みんなの政治 政治投票
民主党の代表選に小沢一郎前幹事長が出馬する意向を表明。あなたは小沢氏に期待する?
http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201008260001/
期待しない54%
期待する39%
(2010年8月26日~9月6日)
日経クイックVote第1回緊急調査
9月14日投開票の民主党代表選に立候補した菅直人首相と小沢一郎前幹事長のどちらが首相にふさわしいと思いますか。
菅首相 66.6%
小沢前幹事長 33.4%
(2010/8/26-27)
日経クイックVote(第22回)
あなたは民主党代表選に小沢一郎前幹事長が出馬することに期待しますか、しませんか。
(2010/8/23~24)
期待する 28.7%
期待しない 71.3%
以上に示すように、小沢一郎氏に好意的でない調査結果も、実は数多く存在していたのである。それにもかかわらず、多くの報道は前者の好意的な結果のみを取り上げ、ネットで小沢氏が人気である、世論調査とネットでは異なるといった報道を行っていたということになる。
“小沢人気”の背景
このようにいくつかの投票所で小沢一郎氏に好意的になったのは、明確な背景がある。ネット上で支持者が投票を呼びかけ続けたのである。ツイッターで【拡散!】という掛け声とともに小沢氏への投票依頼が回ってきたという経験を持つ人も多いだろう。あるいは投票所の情報を共有するような場所もある。たとえば以下は阿修羅掲示板のスレッドである。
http://www.asyura.com/10/senkyo93/msg/236.html
http://www.asyura.com/10/senkyo93/msg/308.html
リンク先の書き込みを見れば明らかなように、こうした人々はネット投票所の情報を共有するとともに、それらへの投票を積極的に推奨している。先に紹介したライブドアの投票所は8月26日19時作成となっているが、同34分には阿修羅掲示板で投票の呼びかけが始まっているのが確認できる(なお、ライブドアの当該投票所の作成者は自ら作成したその投票所で「小沢一郎」に投票しているようである)。
ただし、こうした動きを大多数に広めるのには時間も手間もかかる。かつての「麻生人気」のように、コアなファンがネット上で交流を続けていた場合には投票初期から人の集まりもよい。これに対して“ネット上の小沢人気”ではネットワークも準備も不足していた。投票結果にもそれが示されており、投票開始・締め切りの時期が早いほど小沢氏に好意的でない結果となる傾向が見られる。
あるいは、小沢氏に好意的でない結果の多くがID制で多重投票がしにくいものであるというのも運動の弱さを示す。以前から支持者間の交流が盛んで、こういった投票所に集う習慣が醸成されていれば、ID制投票にも早い時期から対応し全投票所で「小沢人気」を演出できただろう。その意味で、小沢氏不利の投票結果の存在は、こうした運動に従事した陣営や支持者にとってその力不足を示すものと言えるかもしれない。
ネット運動家を釣り上げるメディア
もっとも、こうした投票を促すような運動が悪いということはない。昔だったらオフラインで行われたような運動や組織が、ネット上でも行われるようになっただけかもしれない。好みの政治家がいるということはその人個人にとって良いことだと思われる。
ここで重要なのは、ネット上で行われるため、こうした政治的な運動のかなりの部分が可視化されるという点である。これは、ネット上でたまたま見た「結果」から「ネットでは~~だ」と述べたとしても、その言い過ぎや間違いも簡単に確かめることができるということを意味する。自らの分析過程の一部が可視化されているということである。この点は、こうした問題に言及する報道関係者、評論家、研究者は皆、意識したほうがよい点である。
この点、先の阿修羅掲示板でターゲットとなっていた読売新聞の本紙の対応は面白い。この読売オンラインの「みんなのYES/NO」の結果は2010年9月21日朝刊の解説記事で紹介されている。この記事では「小沢氏が出馬を決断した一つの理由に、ネット上での“小沢人気”を指摘する声がある」と紹介したうえで、そうしたネットと世論調査の違いは手法などに起因し、ネットでは極端な結果が出ることもあると明確に指摘している。そして、「ネット投票はネット利用者の意見も代表していない」という松本正生埼玉大学教授の解説、「政治家が人気を得る手段として戦略的に利用することはありうるが、行動の指針として頼るのは大変危険だ」という川上和久明治学院大学教授の指摘も掲載している。ネット投票に関するこの記事の解説は的確である。
しかしこうしてみると、読売新聞がサイトに開設した投票所は、結果的にある種の罠となっていることに気づく。集票運動を促し、可視化する装置として投票所は作用している一方、その結果を指して「ネット投票は極端になりがち」としているのだから、集まった投票者は「釣られた」ということになるだろう。
ネットと政治の今後
ネット投票結果が小沢氏の決断にどれだけ作用したのかは不明だが、一部関係者がネット投票結果に意気揚々としていたことは、最初に述べたようにメディアやネットを通じて知られている。彼らは、熱烈な支持者が作り上げた投票結果を“ネットの世論”として吹聴したわけである。純粋にネット投票を信じていたのかもしれないし、怪しいとわかっていたが口に出さず演出に乗ったのかもしれない。だが、どちらに転んでも政治家として好ましくはないだろう。
もっとも、これもネットの可視化の一側面であり、好ましいと言うこともできる。ネット投票に簡単に転がされる、釣られる政治家を、われわれはネットを介して目にすることができる。熱烈な支持者に囲まれて気分がよくなり、言うべきでない軽口を叩く政治家を発見できる。われわれはこれを政治家の評価の材料として使うことができるわけである。
もちろん、そういう政治家が一人でもいること自体は好ましいことではない。しかし、ネット上に仕掛けられた数々の罠が、政治家の質を明らかにする装置として働き、その選別に役立てられるのだと仮定すれば、それは悪い話ではないだろう。
もちろんこれは、“ネット上の小沢人気”言説を振りまくようなメディアも避けることはできない。データが明確で、蓄積もされており、専門家も参加するネットという世界では、各メディアの報道は時間と空間を選ばずに検証され続ける。むしろ、そうした検証を活かしながら報道を深めていくようなスタイルが求められていくのかもしれない。
政治報道の検証作業のひとつであるこの記事も、そうしたメディアや政治の改善に寄与できれば幸いである。
プロフィール
菅原琢
1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。