創られた「野生の王国」セレンゲティ――自然保護と地域住民の受難

自然保護の光と影

 

タンザニアのセレンゲティ国立公園は、アフリカでもっとも有名な自然保護区の一つである。四国と同じ面積をもつ広大な平原では、360度の地平線の上をゾウ、ライオン、キリンなどの大型動物が闊歩し、その姿を求めて観光客が世界中からやってくる。中でも有名なのは、100万頭のヌーが生息することである。「ヌーの大群が川に向かって飛びこむシーン」はテレビの自然番組でおなじみであり、たいていの場合ナレーションは、「人間の存在しない野生の王国」としてセレンゲティを紹介する。

 

しかし、そのイメージは、実は私たちを含む先進国の人間が勝手に創ったものなのだ。セレンゲティが国立公園になる以前は、周辺に暮らす複数の民族がこの地域を利用しており、人びとが行き交う「人間の大地」だった。「野生の王国セレンゲティ」「稀少動物の最後の楽園」といったイメージは、地域住民を強制的に移住させた上で創られたものなのである。

 

先進国では「善」「正しい」と考えられている「自然保護」が、実は「保護地域に接して暮らす住民の生活を圧迫している」という事実は、驚くほど無視されている。かくいう私も、はじめはセレンゲティの野生動物にあこがれてこの地に通いだした口である。1996年以来、住民の生活や歴史を調査するうちに、この南北格差・権力支配の縮図である自然保護区の実態に怒りを覚えるようになったのだ。本稿では、アフリカの自然保護区の周辺で現在も続いている「地域住民の受難」を紹介し、読者のみなさんに「自然保護」の光と影を問いかけたい。

 

 

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観光客

 

 

地域住民イコマ

 

私は、セレンゲティ国立公園の北西部に暮らすイコマ民族の村で調査を続けてきた。イコマは、農耕・牧畜・狩猟を複合的に組み合わせて、不安定な気候と野生動物の豊富な環境に適応して生活してきた。とはいえ、この地域の年間降水量は700㎜前後で、数年おきに干ばつも起こる。ほぼすべての世帯が主食であるソルガムを耕作しているものの、自給できるほどの収穫は難しい。家畜はウシ、ヤギ、ヒツジで、60%の世帯が財産として飼養している。婚資として授受され、現金が必要な時には売買される。

 

 

図1

 

2ママルーシー家

 

 

 

狩猟は、おかずの獲得という日常生活のためと同時に、非常時の支えでもあった。干ばつで主食が収穫できない年には、セレンゲティで最も個体数の多い動物であるヌーを狩って干し肉を作り、それを売って作物と交換した。また、婚資にするウシを提供してくれる父や親せきがいない若者は、やはり干し肉の商売でウシを入手して結婚することができた。

 

しかし、一九八〇年代後半にアフリカゾウ保護の政策が国際的に強化されてからは、住民による狩猟は禁止され違法行為とされてしまった。近年では逮捕の危険が高いため、狩猟する村人はかなり減っている。狩猟に替わって現金収入の手段となっているのは、男性では国立公園や観光ホテル関連の雇用であり、女性では地酒の醸造・販売である。

 

 

8狩猟者

 

 

 

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