世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い

米国をはじめとする海外の日本研究者ら187名が、連名で「日本の歴史家を支持する声明」を発表した。

 

内容よりもまず注目すべきは、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ヴォーゲル氏、『敗北を抱きしめて』のジョン・ダワー氏、『歴史としての戦後日本』のアンドリュー・ゴードン氏、『歴史で考える』のキャロル・グラック氏、『国民の天皇』のケネス・ルオフ氏、『天皇の逝く国で』のノーマ・フィールド氏ら、学問的にトップクラスであるばかりか米国のアジア政策にまで影響を与えるような名を知られた大物が、ほぼ全員名を連ねていること。わたし自身も署名したが、あとになってリストを見ると、わたしなんかが入って本当にすみません、と謝りたくなる気分だ。権威主義的だと言われるかも知れないが、これだけ有名人が揃うと壮観。そして、この声明が発表されたことが、尋常ならぬ事態だということが分かる。

 

声明は、安倍首相が日本の総理としては史上初となる米国議会の両議院総会での演説を行った一週間後に発表された。その中で表明されているのは、首相がこれまで日本軍「慰安婦」問題の解決を求める声を無視してきたばかりか、その史実を覆そうとする歴史修正主義的な動きを明白に後押しするような一連の行動への失望だ。

 

なかでも、日本政府が米国の世界史教科書の出版社や著者に「慰安婦」問題についての記述を書き換えるよう迫った件は、政治的立場を超えて米国の学界から反発を受けている。2月には20人の歴史学者が日本政府による歴史学への介入を非難する共同声明を発表したが、その後も政府が海外の報道機関に歴史修正主義に親和的な特定の識者を起用するよう要請していることが発覚するなど、事態は改善されていない。

 

安倍首相の米国議会演説では、「慰安婦」問題を取り上げ被害者への謝罪と歴史修正主義との決別を表明すべきだという一部の議員や識者などの声もむなしく、期待された発言はなかった。それを受けて、欧米で活動する多数の日本研究者が発表したのが、今回の声明だ。直接安倍首相を非難する言葉が入っていないから日本批判・安倍批判ではないと言う人もいるかもしれないが、文脈やタイミングから、明らかに安倍首相と日本政府の姿勢を批判するものだ。

 

そもそも、なぜ「日本の歴史家を支持する声明」というタイトルが付けられているのか考えてみれば、署名した研究者たちが日本における歴史研究が政治的な攻撃に晒されていることを危惧し、日本政府や歴史修正主義者たちによるまっとうな歴史学への攻撃に対抗しようとしていることが分かるはずだ。

 

もちろん、政治による歴史の改竄や利用は日本だけに限った話ではない。また、 負の歴史に向き合うことが困難なのはどの国も同じだ。だからこそ声明では、日本だけでなく韓国や中国でも「慰安婦」問題がナショナリズムの資源として利用されていることや、米国が第二次世界大戦中の日系人収容政策や奴隷制度に向き合うために長い時間を必要とし、いまだ解決されていない問題も残されていることにも触れられている。にもかかわらずこれだけ多くの研究者たちが、とくに日本の「慰安婦」問題をめぐる歴史修正主義を問題視する声明を発表したのは、今の日本における歴史修正主義の跋扈や歴史的事実を主張する者の社会的排除が、他国の状況と比べても度を越して危機的状況にあると見られているからだ。

 

わたしは、3月にシカゴで開かれたアジア研究学会において、この声明のもととなる議論が行われた会合に参加した。その中心メンバーは、2月の声明にも参加した歴史学者たちだ。かれらは、自分たちが学会の会報に出した声明が大きな国際ニュースとなったことに驚きつつも、それ以降も日本政府によるメディアへの(特定の識者を起用するように、などの)干渉が続いているなど、歴史修正主義を事実上政府が後押ししていることを踏まえ、歴史学以外の日本研究者にも呼びかけ、より大きな声明を発表することを決めた。そうした声明を発表する一番の目的は、歴史修正主義的な政府と世論の圧力に晒され、自由な研究や報道を脅かされている日本の歴史学者やジャーナリストらを支援することだ。

 

もちろん、これだけの研究者たちの賛同を得るためには、さまざまな妥協が必要だった。署名の取りまとめを見た上でのわたしの印象だが、たとえば、多くの学者は自らの行動が政治的であると見られるのを嫌うので、直接安倍首相を批判する文言は含まないなど、政治色は可能な限り薄められた。本題でもないのに韓国や中国でも歴史がナショナリズムの資源として動員されていることや、米国も負の歴史に向き合うことに苦悩していることに触れられているのは、反日だとか日本叩きだと思われたくないためだろう。

 

また、研究者の中でも超大物と呼ばれる人たちは、日本の学界のみならず政官財の実力者とそれぞれ人脈的な繋がりがあり、反日的だと思われると今後の研究に差し障りが生じる恐れもある。そういった事情のなか、学問的に真摯でありつつ、なおかつ政治の暴走を牽制しようとする、ギリギリのラインを狙ったのがこの声明だ。有名人は有名人なりに、かなりのリスクを背負ってこの声明に賛同している。

 

そもそも日本研究者たちの多くは、日本に好意を抱いているからこそ日本研究を専門に選んだのであり、「私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります」と声明に盛り込んでいるのは嘘ではない。もしこれが反日学者による反日のための声明であったなら、これほど広範な支持を得ることはなかっただろう。【次ページにつづく】

 

 

 

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