VW排ガス不正問題はどこへ向かうのか

昨年9月に発覚したドイツ自動車大手・フォルクスワーゲンの排ガス規制逃れ問題。今回の不正はなぜ起きたのか。そして、自動車業界が抱える問題の本質とは。自動車・科学技術評論家の両角岳彦氏とジャーナリストの牧野茂雄氏が解説する。TBSラジオ「荻上チキSession22」2015年11月12日(木)「排ガス規制の不正の問題はVWだけなのか?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

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ソフトによる切り替えは違法だが……

 

荻上 ゲストを紹介いたします。自動車・科学技術評論家の両角岳彦さんです。

 

両角 よろしくお願いします。

 

荻上 そして、ジャーナリストの牧野茂雄さんです。

 

牧野 よろしくお願いします。

 

荻上 今回の排ガス規制逃れ問題、フォルクスワーゲンはどのような不正を行ったのでしょうか。

 

両角 自動車の排ガス規制は、いうならば「お受験」であって、その始まりは40年以上前にさかのぼります。そこからステップ・バイ・ステップで規制の内容と合格ラインが厳しくなってきました。今回、フォルクスワーゲンの車は「お受験を受けている状況であることを判別し、その時だけ排ガス規制の条件を満たすよう切り替える」仕組みを、エンジンを制御するソフトウェアの中に組み込んでいた。これが違反だと指摘されたポイントです。

 

この排ガスと燃費の公的試験では専用の「走行モード」が決められており、それ以外の一般道路を走る状況のことを「オフサイクル」「リアルワールド」と言っています。試験の走行モードは加減速が緩やかな、言ってみれば「お行儀の良い」走らせ方なので、現実社会の速度域や走らせ方の一部分にすぎません。

 

だから今回フォルクスワーゲンは、走行モード域まで含めた現実の路上での走りの良さを優先してソフトウェアのプログラムの中に「切換スイッチ」を組み込んでいたわけです。こうした「お受験のときに働き、普通に走っているときには装置の機能を失わせる」仕組みのことを「デフィート・デバイス」と言います。

 

そもそも自動車の排ガス中の有害成分を規制しようという施策は、車が密集する場所の局地的な環境問題を防ぐことが目的です。したがってアメリカだとカルフォルニアのロサンゼルス、日本だと東京周辺などの走り方を模擬して走行モードは設定されてきました。

 

しかし、オフサイクルで走る時にははるかに幅広い状況でうまく走れるようにしたいし、エンジンなどの耐久性も確保しないといけない。排ガスの環境影響だけを見ても、車両密度が高く特定の排気成分が問題になる状況と、走行距離を伸ばす中でCO2の排出量、すなわち実用燃費の削減が重要になる状況と、それぞれのパフォーマンスをどこかでバランスさせるのは、多かれ少なかれどのメーカーもやっていることです。しかも、それは排ガス規制が始まって以来40年以上にわたって続いてきたことなのです。

 

牧野 ただ、エンジン制御ソフトウェアの中で切り替えをしてしまうというのは完全にアウトです。これは例えると、お受験になったらカンニングする、というのとほとんど一緒です。アメリカには「Clean Air Act(大気清浄法)」という法律がありますが、今回フォルクスワーゲンはその第203項に違反していると指摘されたわけです。

 

ただ、この法律の条文自体は様々に解釈可能な記述になっており、まず規制の数値も書かれていません。今回問題になっている装置の作動切り替えについても「いかなるときにも排ガス浄化装置の働きを緩めたり停止させてはならない」というだけで、何をどうしてはいけないのかは書いていないのです。

 

荻上 試験の中身とはどういったものなのですか。

 

両角 まず、空調した部屋の中で、「シャシーダイナモ(シャシーダイナモメーター)」という試験装置の大きなローラーの上に車を固定します。(図1)そして駆動輪を動かし、ローラーを回転させることで走行を模擬するのです。これを「台上試験」といいます。この状態で加減速だけを繰り返すわけです。走行モードとは「時間経過に対する車速の変化」で規定されていますので、それにできるだけ沿うように車を加減速させます(モード試験)。

 

 

図 シャシーダイナモ(シャシーダイナモメーター)と排ガスを分析する周辺設備(出典:日本自動車研究所)

図1 シャシーダイナモ(シャシーダイナモメーター)と排ガスを分析する周辺設備(出典:日本自動車研究所)

 

 

この試験の条件は、データの信頼性を得るためにかなり厳密に規定されています。例えば試験時の室温は20℃と決められています。0.1度のずれも許されません。空気の温度が変わっただけ燃焼によって生成して排出されるガスの成分量は変わってしまうからです。

 

排ガスに含まれる規制物質は、燃料が完全に燃えきらなかったときに生ずる炭化水素(HC)や一酸化炭素(CO)。そして高温・高圧の状態で、空気中の窒素と酸素が結びついてできる窒素酸化物(NOX)。さらにディーゼル車では、Particulate Matter(PM)も規制されます。これは燃焼がうまく進まなかった時に出る黒い煙、つまり「すす」のような物質だと考えていただければいいでしょう。

 

モード試験では、エンジンから排出されたガスを全部捕集します。そして集めたものを分析し、それぞれの規制物質の量を計測するのです。モード試験の走行距離は決まっていますから、この、モード全体の測定結果から「1km走る中でどれだけの量(重さ)の規制物質を排出したか」を求めることができます。同時に、排ガス中のHCやCO、CO2などに含まれる炭素(C)の総量から燃やした燃料の量を逆算した数値が、モード試験における「燃費」となります。

 

牧野 たとえば今、日本の乗用車の排ガス規制では「JC08」という走行モードが決められています。この場合、走行距離は8.172kmですから、それを試験全体でNOXが0.3グラム排出されたのなら、「NOX排出量は0.0367グラム/km」という平均値になります。この値が規制値の範囲内ならば試験合格です。(今の日本のNOxの規制値は0.05グラム/km)

 

逆に言えば、モード走行全体を平均した数値が規制値以下になってさえいれば良いので、試験中にNOXの排出が急に増える場面があっても問題がないことになります。報道では「排出量が規制レベルの5〜35倍もあった」などと言われていますが、たとえ一瞬だけ35倍の排出量が現れても試験全体の平均値で抑えれば良いのです。

 

 

お受験対策と「走りの良さ」のバランス

 

荻上 今回、どのような経緯で問題が発覚したのですか。

 

牧野 もともとのきっかけはヨーロッパのEU委員会が行った排ガス測定です。新車ではなく実際に使われている色々な車を集めて排ガス中のCO、HC、NOxの量をそれぞれ測定しました。すると、「EURO 2」という以前の規制と、最近の「EURO 5」という規制、それぞれに適合した車を比べても、実際に走ったときに出ている排ガスの成分にほとんど差がないことがわかった。もちろん後になるほどモード試験に対する規制値は厳しくなっているわけですが。そこから、オフサイクルでの排ガスの規制成分を削減しなくては、というムードがヨーロッパの中で高まっていました。

 

その一方で、「クリーン輸送のための国際会議」(ICCT)というNGO(非政府組織)が、ずっと公的規制の試験結果(公表値)と現実の路上を走らせた時の排ガス成分、そしてCO2排出量(つまり燃費性能)が大きく乖離している問題を指摘していました。試験の走行モードとは「発進して○秒で時速△kmまで加速し、そこから□秒間で時速×kmまで減速して……」というギザギザの速度変化を追いかける、きわめて人工的な運転パターンになっています。

 

これでは「リアルワールド」の排ガスや燃費とはかけ離れた数字が出るだけで、それぞれの車が現実の環境にどれだけの影響を与えるかの指針にはなっていない。自分たちはそれを明らかにするところから始めて、「正しい」方向にリードしたい、というのがICCTの考えだと思います。

 

そこで彼らはまずヨーロッパで、複数のメーカーの車を入手し、走りながら排ガスの計測ができる簡易型の計測システムを車両に積んで、実際の道路を走らせて排ガス中の規制対象物質とCO2の排出量を計りました。その結果、NOXやCO2の排出量が規制値を大幅に上回る車があったこと、メーカーによっても多い少ないがあったことなどを公表したのです。もちろん、環境条件が管理された中で計った台上試験とは違って測定結果のばらつきは大きいはずですし、もちろん走らせ方も違うので、数字の大小を直接比較することはできませんが。

 

このヨーロッパでの独自テストと結果の公表に続いて、彼らはアメリカでもウェストバージニア大学に依頼して、同じように実車を実路で走らせて排ガス測定を行いました。その結果はやはり、いくつかのメーカーの車で、NOxの排出量が規制値を大幅に上回っているというものでした。このデータは、アメリカの環境保護局(EPA)にも提示したのですが、それだけでは法律に違反しているという判断にはなりません。彼らはさらに調べつづけました。

 

そして、ついに不正を見つけ出したのです。つまり、フォルクスワーゲンのディーゼル車のエンジン制御ソフトウェアには、いくつかの条件から台上試験を行っていることを判定したときには、通常走行と制御を切り替える仕組みが組み込まれていた。この情報をEPAに提出し、EPAはその信ぴょう性を検証し、間違いないと確信したのでしょう。それで今回問題が公表されるに至りました。

 

ただその前段階で、他の自動車メーカーを含めた関係者の中では、アメリカで販売されているフォルクスワーゲンのディーゼル車の走りがあまりにも良い、良すぎる、という認識が広がっていました。とくに排ガス規制に関わる自動車エンジニアで、「ディーゼル乗用車に対しては世界一厳しい排ガス規制を通して、しかもここまで走りも燃費も良い車ができるんだろうか?」という疑問を抱いていた人は多かったはずです。

 

しかし、そのために何かしているのではないかを調べるとなると、コンピュータの制御プログラムを一つ一つ紐解いていかなくてはいけませんから、お金も手間もかかる。わざわざライバルの粗探しをする暇はないけど、かなり怪しいとみんな思っていたところで、今回、問題が明らかにされたわけです。

 

両角 今日、エンジンを制御するコンピュータに組み込まれているソフトウェアは、専門的な「プログラム言語」で書かれた、ものすごく複雑なものになっています。そのプログラム言語の専門家でも、プログラム全体を読み解いて今回の「台上試験判定」「切り替え」の部分を見つけるためには、数ヶ月かかりっきりにならないといけないほどだそうです。だから、そういう制御を仕込んであることまで深く知っている人は、フォルクスワーゲンの内部でも少ないと思います。それだけの解析をICCTとその協力者がやって、EPAに告発したということになります。【次ページへつづく】

 

 

 

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