口パクを聴く――ウガンダのショー・パフォーマンスの現場から

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「等身大のアフリカ」(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)です。

 

 

「カリオキ」と呼ばれるショー・パフォーマンス

 

2006年、東アフリカの内陸に位置するウガンダの首都カンパラで、演劇に関する調査をするなか、アマチュアで無名な若者たちがやっていることを知りたくて、私は劇団関係者に問いかけていた。

 

「かれらはカリオキをしている。」

 

返ってきた言葉のなかに、それまで聞いたことのない「カリオキ」という単語があった。まったくもって意味がつかめなかったが、とにかくそれがおこなわれている場所を聞き出した。そこはカンパラの中心部にあるレストラン・バーだった。

 

夜、友人の女の子たちを誘って、その店をおとずれた。にぎやかな音楽が鳴り響いていた。店の入り口近くにある1メートル以上の高さのあるステージには、豹柄の衣装をまとっておどりくるう若い男女。女性の露出度は高め。私たちは、とにかくそのステージから一番近い場所にあるプラスチックの椅子に腰を落ち着けた。音楽は次々に変わっていく。ウガンダのローカル・ソングから、アメリカやジャマイカの最新ヒット、ヒップホップ、R&B、さらに一昔前のアメリカのカントリー・ミュージック。そのたびに若い男女が入れ替わり、おどったり、うたったり。

 

「うたう・・・?」

 

同じパフォーマーがまったく違う声色を奏でたとき、ようやく私は気づく。うたっていない、「口パク」をしている。若者たちが握っているマイクを見つめながら、私は同時に悟った。「カリオキ」が、日本発祥の「カラオケ」からきていることを。一緒に来ていた女の子たちは、最初は少し照れたようにステージを見ていたが、カントリー・ミュージックが流れた瞬間、「これ好き~」とノリノリで身体を揺らし、カウボーイ・ハットをかぶって「口パク」するステージ上の男性を見上げてニコニコしていた。

 

* * * *

 

こんなふうにして、私はウガンダ共和国の首都カンパラで、「カリオキ」というショー・パフォーマンスに出会った。このカリオキは、日本のカラオケを原語にしていながらも、一番肝心のポイントが異なっている。つまり、「うたわない」パフォーマンスなのである。

 

 

カンパラ中心部のバス停留所。バスには日本製の中古車が使われている。私がはじめてカリオキを見に行った場所はここからほど近い場所。(2010年9月2日筆者撮影)

カンパラ中心部のバス停留所。バスには日本製の中古車が使われている。私がはじめてカリオキを見に行った場所はここからほど近い場所。(2010年9月2日筆者撮影)

 

 

もう少し詳しく述べよう。カリオキとは、2000年代に盛んにおこなわれるようになったショーで、夜間のレストランやバーのステージで2~4時間かけて披露される。英語でうたわれるアメリカやジャマイカの歌から、ウガンダや隣国のケニアやタンザニアの歌手たちがうたうガンダ語やスワヒリ語(注)の歌まで、数十曲を使用する音楽エンターテイメントである。男女ともに鑑賞する姿が見られ、若者が多いものの、年配者も楽しんでおり、祝日には子どもたちも見に来るなど大衆的な人気を誇る。

 

(注)カンパラでは、ウガンダの公用語である英語が、新聞やラジオなどのマスメディア、学校でも使われているが、日常生活では共通語としてガンダ語が広く使用されている(一部の新聞やラジオも含む)。スワヒリ語は、ウガンダの隣国、タンザニアやケニアで広く話されている共通語のひとつで、ウガンダでも公用語に指定されているものの、カンパラでは商人や警察官が使用する程度で、日常的にはあまり使用されない。しかし若者たちはタンザニアやケニアのスワヒリ語の歌を好んで聴いている。

 

音楽に合わせたパフォーマンスの内容には、ダンスのほかに、「マイム」と「コメディ」と呼ばれるものがある。マイムは、歌詞が流れるのに合わせた口の動きや身振りでうたっていることが表現される口パクのパフォーマンスである。コメディは、マイムと同様に歌詞が口パクされながらも、うたう身振りではなく、台詞として語るさまが表現され、コミカルな動きをすることにも重点が置かれる。1回の公演ではマイムが多くを占め、合間にダンスがさしはさまれ、客が多い時間帯にコメディが披露されることが一般的である。

 

 

クリスマスにおこなわれたカリオキの様子。ステージ上ではコメディがおこなわれている。(2009年12月25日筆者撮影)

クリスマスにおこなわれたカリオキの様子。ステージ上ではコメディがおこなわれている。(2009年12月25日筆者撮影)

 

 

このカリオキの勃興にはもちろん社会環境がかかわっている。1990年代のカンパラにおける治安の安定と経済成長によって、カリオキを楽しめる人びとが増え、レストランやバーなどの盛り場の数も増加したことが、カリオキの発展要因となったと考えられる。

 

また、デジタル技術の進展も指摘できる。グローバリゼーションのもとでメディア技術の流入が進み、音楽のデジタル化を受けて、カンパラにおける音楽の制作・流通方法が変化した。つまり、コンピュータ上で音楽が制作可能になり、音楽自体もカセットテープやCDを介さずにデータで流通するようになった。これにより音楽の制作が容易になることに加え、多様なジャンルの音楽が入手しやすくなり、さまざまな音楽を使用するカリオキを発展させることにつながった(大門 2012)。

 

しかし、このカリオキの誕生を下支えしたカンパラの社会的な背景には、ウガンダの人びとが口パクをパフォーマンスとして受け入れる直接的な理由は見当たらない。本稿では、もう少しこの状況を詳しく探り、口パクを楽しむ人びとについて考えてみたい。

 

 

口パクに求められるもの

 

もちろん口パクがステージで披露されるのはウガンダに限らない。身近なところでは渡辺直美がビヨンセの、はるな愛が松浦亜弥の、歌に合わせて口パクする芸がある。これらの芸はオリジナルの歌手に似せることと同時に、本物とは異なるところを強調して、たぶんにパロディの要素が含まれたパフォーマンスとなっている。

 

歌手も口パクをおこなっている。たとえば3人組の女性ユニットPerfumeは、口パクであることが当然視されている。彼女たちの場合、歌声にエフェクトをかけるテクノ・ポップや、うたいながらでは不可能なダンスの魅力が認められ、「その場でうたっていない」ことは問題視されていないようだ。またTM Networkのギタリストが、デビュー当時からギターを弾くまねをしていたことをテレビ番組で告白したのは今年1月のことだ。仲間内では知られていたものの、本人はファンをだましている罪悪感にかられていたという。そして、ギターを弾くまねを徹底的に訓練する一方で、ライブでは竹馬に乗るなど曲芸まがいのこともした。

 

1980年代以降、コンピュータでの楽器演奏が容易になり(注)、電気が供給される限り歌も録音を流して奏でられるようになった。そうして演者は、「その場で実際にはうたわない(演奏していない)」としても、できるだけ「実際にうたっている(演奏している)ように見せる」ことに邁進し、加えて「うたう(演奏する)以外のパフォーマンス力を高める」ことを目指してきたと言えるだろう。同じことは口パクをする芸人たちにも指摘できる。観客は「実際にうたう(演奏する)」ことを前提としているし、そうでないのならば「その場でうたっていない」ことを補ってあまりある価値を求めるからである。

 

(注)電子楽器の発展と演奏者の身体との関係性、電子楽器で奏でられるテクノ・ミュージックとそれに合わせておどる身体との関係性については、増田(2008)が論じている。

 

 

ウガンダにおける口パク

 

この状況を当然とするとき、ウガンダのカリオキで登場する口パクには疑問を感じざるをえない。うたう身振りを見せることをメインにおいたマイムの場合、衣装はオリジナルの歌手に合わせるよりも、見栄えのする格好をすることに重点がおかれている。よってパロディの要素もほとんどない。そしてパフォーマーたちは歌詞を覚えることを重要視していない。ある曲の歌詞を知っているかどうかについてパフォーマーと話をしていたときに「私たちも知らない。私たちは(ステージ上で歌詞に)出会うの」と言われたこともあった。なんの曲が再生されるかわからないままステージにあがるパフォーマーの姿も目撃した。

 

このパフォーマンスのあり方に対する批判もある。カリオキが公演されるようになった2000年ごろからカリオキをしていた人は、「(私たちはオリジナルの歌手のことを)よく知っていた。インターネットから歌詞をプリントアウトして、何を言っているか完璧にわかるようにした。今では知らない曲なのに行く。人びとをだましている」と語る。この批判は、今のカリオキがおざなりな口パクであることを表すと同時に、客も実際にうたっているような緻密な表現を求めていないし、オリジナル歌手のモノマネやそのギャップを楽しむ芸にばかり価値を置いているわけでもないことを示している。

 

 

マイムの様子(2012年3月9日筆者撮影)

マイムの様子(2012年3月9日筆者撮影)

 

 

カリオキ以外の芸能関係者からの批判もある。振付師は「かれらはマイムをしているだけ、ダンスはラガー(おそらくダンスホール・レゲエに合わせたダンスのこと)しかしていない」と話し、国立劇場の技術スタッフは「マイムは新しいもので、仕事のない若い人たちが暇つぶしにしている」と言い、歌手は「(カリオキでは歌の)ピッチを上げる。ちゃらちゃらーって、音楽へのリスペクトがない。漫画みたいにしている」とぼやくなど、いずれもカリオキを嫌がる発言をしていた。カリオキに対して、専門性が高くなく素人っぽい芸であるというネガティブなイメージがあるようだ。しかし、ここでも「その場でうたっていない」ことに関する非難は聞こえてこない。【次ページにつづく】

 

 

 

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