2017.03.16
第三世界で地位を築く――北朝鮮外交の姿とは
先日も金正男氏の殺害や、続くマレーシアとの国交問題などでメディアの注目を集めた北朝鮮。核実験やミサイル発射など、センセーショナルな話題が多い一方、その外交や友好国との関係はあまり知られてはいない。北朝鮮外交とは、どのようなものなのか。聖学院大学政治経済学部教授、宮本悟氏に伺った。(聞き手・構成/増田穂)
世界164カ国と国交のある北朝鮮
――日本メディアでは、ロシアや中国などとのつながりを除き、その閉鎖性が際立つ北朝鮮ですが、その他にどのような国と交友関係があるのでしょうか。
北朝鮮は、2017年3月現在、国連加盟193ヶ国のうち161ヶ国と国交を締結しています。国連加盟国以外も含めれば、164ヶ国と国交があることになっています。中国が国交を締結しているのが国連加盟国以外も含めて、173ヶ国であることを考えると、それほど閉鎖的とはいえません。特に、アフリカ大陸とは、2014年まではすべての国と国交があり、国連における北朝鮮の立場を支持する国々も多いのです。2016年初めの時点では、北朝鮮人がノービザまたはアライバルビザで入国できるのは29ヶ国ありました。その後、シンガポールとマレーシアがノービザを止めましたが、おそらく一般の日本人が考えているよりもはるかに北朝鮮人は外国に行けるのです。
北朝鮮が閉鎖的といわれるのは、外交関係ではありません。国内の情報を外に出すことを避ける傾向が非常に強く、また外国人の出入国に厳しいことが原因です。観光客でも、観光できる場所が非常に制限されています。自由旅行はできません。また、北朝鮮にノービザで入れる外国人は、唯一マレーシア人だったのですが、それも現在ありません。
――なぜ外国人の入国に対してそこまで厳重な警戒態勢をとっているのでしょうか。
理由はいくつかありますが、まず朝鮮戦争がまだ続いているということがあります。戦争が続いているので、内情を敵対国に知られたくないという事情があるわけです。ただし、他の社会主義国家や戦争が続いている国に比べても、北朝鮮の場合にはあまりにも度が過ぎています。それは、伝統的な社会構造なども一因なのでしょうが、社会主義国家である北朝鮮は、自由主義に反対しているため、自国民に対しても報道や結社、宗教、移動の自由などに制限が強く、自由主義国家では考えられないほど、生活や行動は厳しく監視されています。そのために、外国人に自由に国内を見せず、その自尊心から良いところだけを見せるという傾向になりやすいと考えられます。
――なるほど。中国との関係はどうなのでしょうか。一説には、忠告にも関わらず北朝鮮がミサイル実験を頻発していることで、関係が悪化しているという話もありますが。
もともと中国と北朝鮮の関係は、一般に思われているほどよくありません。おそらく、同じ社会主義国家で軍事同盟があるからという理由で、中国が北朝鮮のパトロンのように思われる傾向がありますが、あまりにも単純な見方です。
1960年代には、同じ社会主義国家で軍事同盟があるとはいえ、両国間でかなりの批判の応酬がありました。隣国で、しかも大国である中国に対する北朝鮮の警戒心はかなり強いものです。北朝鮮が、他国の干渉を受けないことをうたった主体思想というスローガンを掲げたのもこの頃です。その後に関係修復しましたが、1992年に中国が韓国と国交を締結すると、中朝関係はまた冷え込みます。2000年に金正日が訪中してからまた関係修復に向かいましたが、度重なる核実験や外交上の懸念によって政治的には再び冷却しています。
それに加えて、現在では両国民間の感情は非常に悪化しています。もともと一般人レベルでの朝鮮人の中国人に対する差別意識は非常に強いものでした。近年、両国の経済発展に伴う経済交流が活発になって、北朝鮮を訪問する中国人が多くなり、これまで以上に中国人と接触する機会が増えたことで、中国人に対する嫌悪感がさらに増大しています。
駐朝イギリス大使であったジョン・エヴァラードが著書で記したように、それは大国である中国に対する対抗意識などによるものと思われます。こうした北朝鮮人の中国人に対する差別意識や、中国に対する警戒心が強い北朝鮮の事情から考えれば、北朝鮮と中国の関係は日本などで思い込んでいるような良好なものではないのです。
――核実験などでロシア・中国との関係が悪化し、マレーシアなどの大国以外の友好国の重要性が増しているという見解もありますが、そういうわけではないのでしょうか。
もともと北朝鮮は中国やロシアなどの大国に対する警戒心が大変強い国です。それは今に始まったものではなく、1960年代の中ソ対立時代からすでに見られたものであります。北朝鮮はソ連の影響の下に建国されたのですが、大国であって隣国であるソ連に対する警戒心は常にありました。
1950年代後半に中ソ対立が始まり、1960年代になると北朝鮮は公にソ連を批判し始めます。しかし、1965年にはソ連と和解し、中国と対立します。10年以上も対立する大国・中ソの狭間で綱渡り外交をした北朝鮮は、1970年代には中ソとも和解しながらも両国と一定の距離を置き、米ソどちらの陣営にも距離を置く第三世界の新興国との国交を次々に締結していきます。
一時は、一年に十数カ国と国交を締結する勢いであって、マレーシアはその一つでした。つまり、北朝鮮は社会主義国家であるとともに、1970年代からは第三世界の国家でもあったのです。ですから、1970年以降は中国やソ連(ロシア)などの大国以外と友好関係を築きあげてきたのです。今に始まったことではありません。40年も前から大国以外の友好国を数多く作る政策を続けてきたのです。
しかし、実際には、第三世界は、安全保障という面では北朝鮮にとってあまり役に立ちませんでした。軍事同盟に近いリビアやキューバとの関係ですら、北朝鮮の安全保障に意味があったとは思えません。ただ、第三世界は、中ソと距離を置いた北朝鮮にとって、国際的に地位を確保するために重要でした。それは、朝鮮半島の正統政府を競う韓国に対抗するためです。
第三世界の中で経済的つながりを築く
――北朝鮮は以前から大国を牽制しつつ、国際的地位を築くために、第三世界各国とのつながりを重視していたのですね。
そうです。ただし、第三世界はかなり団結力がなく、第三世界同士でもよく戦争が起きました。イラン・イラク戦争では、北朝鮮はイランに味方して軍事顧問団や武器を送っていますが、その代わりにイラクに断交されてしまいます。
とはいえ、第三世界は、国によっては北朝鮮にとっても政治的に重要です。例としてはカンボジアやベトナム、ラオス、キューバなどですね。それ以外でも、国連で北朝鮮の人権問題の決議を採るときに、反対票を投じる第三世界の国は意外と多いです。
しかし、国によっては経済的な意味しかない国もあるのです。今の第三世界外交は、北朝鮮が1970年代から進めてきた「貿易の多角化・多様化政策」にとって重要になってきました。それは制裁逃れのためでもあります。北朝鮮は、「貿易の多角化・多様化政策」によってある特定の国家との貿易に集中してはならないことを方針としています。それでも隣の大国である中国との貿易が大きくなりすぎており、北朝鮮にとっては望ましいことではありません。そこで、できる限り、中国ではなく、第三世界の国々との貿易を増やしていくように努めています。
先にあげた政治的に重要な友好国が社会主義や容共、一党独裁といった北朝鮮とある程度政治的な共通点があるのに対し、マレーシアなどの政治体制は比較的自由主義的で、その点で政治的には友好国ではありません。ただし、お互いに安全保障上の脅威ではないので、経済的な交流は進んでいます。今では、第三世界は、経済制裁の効果を弱めるための経済協力相手国として、重要です。
――金正男氏の暗殺に関しては、金正恩氏の命令で行われた可能性を指摘する声もありましたが、こうした経済的重要性を持つ国との国交を危険にさらして、マレーシアでの暗殺を命じることはあり得るのでしょうか。
よく誤解されていますが、北朝鮮にとって、マレーシアが重要な友好国というわけではないです。申し上げた通り、マレーシアの政治体制は容共でも社会主義でもありません。政治制度も、北朝鮮が嫌う君主制です。北朝鮮の最高指導者と個人的な友好関係を持った首相もいません。両国間で重要な使節の往来は少なく、北朝鮮にとってはあくまで第三世界の一つにすぎないのです。
東南アジアにおける北朝鮮の最も長い友好国は、金日成と最も多く会談した外国首脳であるシアヌークがいたカンボジアです。ただし、マレーシアとシンガポールは東南アジアの中ではノービザで北朝鮮人が入国できて経済発展しているので、北朝鮮人が比較的自由に経済活動できる国でした。マレーシアもシンガポールも、北朝鮮に対しては、特段に警戒心があったわけではないので、自国の経済活動を拡大するための措置として北朝鮮人にノービザ入国を認めていたわけです。ただし、その両国も、核実験や外交上の懸念によって、今ではノービザ入国を認めていません。
マレーシアが重要な友好国と誤解されているのは、マレーシアに北朝鮮人がノービザで入れることを知らなかった人々が、金正男事件によって突然、北朝鮮人がノービザで入れる国があることを知ったための反動でしょう。北朝鮮が外貨不足によって対外経済活動を拡大させていたので、まだ少ないとはいえ、北朝鮮人がノービザで入れる国があることは驚くに値しません。
――北朝鮮にとってマレーシアは暗殺による外交への影響を懸念するほど大きな存在ではなかったということになるのでしょうか。
必ずしもそういうことではありません。北朝鮮にとってマレーシアは貿易データ上では20番目ぐらいの貿易相手国であって、それだけだとあまり重要ではありませんが、多くの北朝鮮人がマレーシアでビジネスを展開しており、外貨を稼ぐ場所としては重要な場所なのです。もちろん、国連安保理制裁破りの温床でもあります。そのような北朝鮮人が数多く住むマレーシアで、事件を起こすことは北朝鮮の外交にとってマイナスであることは間違いありません。
金正男の暗殺に関しては、北朝鮮が一つの生き物のように動くのであれば、こんな非合理なことはありません。しかし、実際には、北朝鮮政府や支配政党である朝鮮労働党には、数多くの省庁や部署があります。各省庁や部署にはそれぞれの目的や利益があるのです。それらの各省庁や各部署が、北朝鮮全体のことを考えて行動するとは限らないのです。それは、日本でも同じことが言えます。外務省が貿易自由化を推進しようとしても、農林水産省は農業や水産業を保護するために貿易自由化に反対するでしょう。
ですから、もし、金正男がある部署にとって大きな障害となれば、北朝鮮全体のことは考えずに、その部署やその幹部が金正男の殺害を計画することはありえます。しかも、金正男事件の場合には、殺害場所や時間、方法が素人レベルであって、戦時体制にある北朝鮮の工作員の仕業とは到底思えません。ですから、金正恩など党中央がわざわざ指令を出して、専門の工作員を送って殺害したのではないでしょう。もっと、省庁や部署単位で動いたものと思われます。
金正男は、北朝鮮ではほとんどその存在を知られていません。若い頃には身近な者からも、大将とか「先生(金正日の隠語)」の息子と呼ばれていましたが、こうした彼の存在を知っている人々ですら、金正男という名前を知っていたかは分からないのです。不倫の末の隠し子として、世間から徹底的に隔離されて育った金正男は、北朝鮮の学校にも通ったことがなく、若い頃には親戚一同が手を焼く、放蕩でわがままな人物でした。しかも、政治家ではないのですから、金正男は海外に住んでいるビジネスマンに過ぎないのです。そんな性格の金正男が何かしら労働党の部署とトラブルを起こして、殺害された可能性も捨て切れません。その部署では、金正男が誰の息子が知らないまま、北朝鮮全体のことも考えず、殺害したかもしれないのです。
「抑止力」としてのミサイル実験
――北朝鮮の外交で何か特長的ことはあるのでしょうか。
北朝鮮は、普通の外交をしています。それは、儀典を含めた国際交流です。ここであえていえば、北朝鮮は、国連安保理制裁の下にありますが、その制裁破りをするために外交官が活躍しています。もともと、外交官に限らず、多くの北朝鮮人が大使館の中に住んでいます。それはビジネスをしている人も含まれます。北朝鮮では、基本的には大使館員に給料が払われず、現地でのビジネスによって収入を確保しています。そのために、以前から、大使館の建物の一部を賃貸したり、大使館員が違法な外貨稼ぎをすることが問題になっていました。これらはウィーン条約に抵触する部分もあります。国連安保理制裁でも禁止されています。
――メディアではミサイル発射と政治交渉を関連付ける分析も多くありましたが、実際に北朝鮮はミサイル発射を外交手段として利用しているのでしょうか。
かつて、日米韓には、北朝鮮がミサイル実験や核実験で、外国を威嚇して、援助をもらおうとする「瀬戸際外交論」というのが流布していました。もちろん、学術的に検証された学説ではありません。もっとも、北朝鮮政府そのものは、この「瀬戸際外交論」を嫌っており、何度かそれを否定する声明を発表しています。
実際にミサイル開発や核開発は、莫大な費用がかかっています。北朝鮮が1990年代に国際社会から支援をもらっていたのは、食糧事情の悪化によるものですので、核実験やミサイル実験によってもらっていたわけではありません。
北朝鮮が核兵器やミサイルを開発しているのは、北朝鮮が当初から言っているように、アメリカに対する「抑止力論」が目的です。つまり、アメリカが北朝鮮を攻撃してきたら、それなりの報復攻撃をすると脅迫して、そもそも攻撃させないようにするものです。
今、北朝鮮は、ミサイル実験や核実験を以前にもまして数多く行っていますが、それによって援助が増えているわけではありません。それを考えれば、そもそも「瀬戸際外交論」というのは、何も説明していないのです。むしろ何か援助を欲しかったり、政治交渉をしたりしようとするのであれば、核実験やミサイル実験をやめたほうが効果的でしょう。実際に莫大な費用がかかるミサイル実験や核実験によって、北朝鮮は政治交渉や援助をほとんど得ていないのです。「瀬戸際外交論」は、結局、北朝鮮の外交や核実験などを説明できていないといえます。
今では、北朝鮮がミサイル発射や核実験で相手を威嚇して、政治交渉を有利にしたり、援助をもらったりしようとしているという「瀬戸際外交論」を考えている人は、あまり見かけません。「瀬戸際外交論」が誤っていたことがむしろ認識され始めているのではないかと思います。
――北朝鮮はアメリカの軍事力をかなりの脅威と捉えているということでしょうか。
ええ。北朝鮮は、以前から米国の軍事力については脅威に感じていました。それは朝鮮戦争での経験が最も重要な原因です。一度は、アメリカ軍によって滅びかけた北朝鮮にとって、アメリカからの軍事的な脅威は、国家存亡の死活的なものになっています。北朝鮮の核兵器開発もアメリカに対抗するために進められているものです。
――対するアメリカは、韓国との合同軍事演習も行っていますが、北朝鮮の軍事力をどの程度危険視しているのでしょうか。
アメリカや韓国に対する北朝鮮の懸念に比べれば、アメリカや韓国にはあまり危機感があるようには思えません。それは日本でも同じでしょう。アメリカの場合には、距離が離れているので、危機意識が希薄なのはある程度は仕方ありません。アメリカが北朝鮮の核やミサイルを自国に対する脅威として危険視し始めたのは、2016年の核実験やミサイル実験からです。
それに比べれば、韓国では、いまだに危険視している人々は少ないように見えます。それは学校や家庭教育、報道の効果もあるのでしょう。在韓米軍のTHHAD導入はやっと決まったとはいえ、韓国軍自身のミサイル防衛システムは、ほぼ皆無な状態です。ただし、もともと北朝鮮は、ミサイル実験や核実験を外交手段として使っているわけではありません。北朝鮮のミサイルや核兵器は、戦争を抑止するためのものであり、戦争が勃発すれば相手を攻撃するための道具なのです。
――北朝鮮のミサイル実験や核実験はあくまでアメリカへの抑止力として行われているということですが、その場合、北朝鮮の恐怖感を減らし、これらの実験やめるよう、国際社会ができる働きかけとはどういったことなのでしょうか。
北朝鮮が冷戦後、1990年代から主張してきたのは、アメリカと平和協定を締結することでした。つまり、朝鮮戦争を終わらせることだったのです。2003年から2009年まで北朝鮮の核問題を話し合うために、アメリカと北朝鮮、中国、日本、韓国、ロシアによる六者会合が続けられていましたが、そこでも北朝鮮が核兵器開発放棄の条件として提示したのは、アメリカとの平和協定でした。時折誤解する人がいますが、アメリカとの国交正常化ではありません。国交正常化だけでは安心できないということで、まずは平和協定を求めていました。
たとえ、中国や日本、韓国、ロシアが北朝鮮を支援しようと批判しようと、そんなことは北朝鮮にとってはどうでも良い話だったのです。実質的に北朝鮮を滅ぼす可能性があるアメリカと平和協定を締結しなければ、国家の存亡がかかっていたからです。だから、アメリカ以外の国際社会がどう働きかけようと、北朝鮮の恐怖感を減らすことにはならないのです。恐怖感を減らすには、アメリカと平和協定を締結するか、アメリカを抑止できる核兵器を保有するか、というのが、北朝鮮が考える選択肢だったのです。
2005年2月に北朝鮮は核兵器の保有宣言をするわけですが、それでも2011年に金正日が死亡するまでは、朝鮮半島の非核化は先代の金日成の遺言であるとして、アメリカと平和協定を締結すれば、核兵器は必要ないと主張しておりました。ところが、最高指導者が金正恩になると、世界が非核化するまでは核兵器を放棄しないという政策に変わりました。もはやアメリカとの平和協定では、莫大な費用と労力をかけた核兵器を放棄する理由にはならないのです。
北朝鮮が提示している条件は、アメリカやロシア、中国などの世界の核保有国が核兵器をすべて捨てれば、北朝鮮も核兵器を捨てるというものです。現実としてあり得ません。したがって、北朝鮮が核兵器を放棄することはもうないでしょう。国際社会ができることは、可能な限り制裁によって、北朝鮮の国力を奪い、核兵器開発やミサイル開発を遅らせることでしょう。しかし、すでに北朝鮮は核兵器を保有してしまっているのです。アメリカや日本、韓国、中国、ロシアは、相手国の数十万から数百万人を虐殺できる核兵器を保有した北朝鮮と向き合わなくてはなりません。
プロフィール
宮本悟
1970年生まれ。同志社大学法学部卒。ソウル大学政治学科修士課程修了〔政治学修士号〕。神戸大学法学研究科博士後期課程修了〔博士号(政治学)〕。日本国際問題研究所研究員,聖学院大学総合研究所准教授を経て,現在,聖学院大学政治経済学部教授。専攻は国際政治学、政軍関係論,安全保障論,朝鮮半島研究。〔著書〕『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?:政軍関係論で読み解く軍隊統制と対外軍事支援』(潮書房光人社,2013年10月)。〔共著〕「国連安保理制裁と独自制裁」『国際制裁と朝鮮社会主義経済』(アジア経済研究所,2017年8月)pp.9-35,「北朝鮮流の戦争方法-軍事思想と軍事力、テロ方針」川上高史編著『「新しい戦争」とは何か-方法と戦略-』(ミネルヴァ書房,2016年1月)pp.190-209,「北朝鮮の軍事・国防政策」木宮正史編著『朝鮮半島と東アジア』(岩波書店,2015年6月)pp.153-177。〔論文〕「「戦略的忍耐」後と北朝鮮」『海外事情』第65巻第7・8号(2017年7月)pp.60-71,「ストックホルム合意はどうやって可能だったのか?―多元主義モデルから見た対朝政策決定―」『日本空間』第19集(2016年6月)pp.136-170,「千里馬作業班運動と千里馬運動の目的―生産性の向上と外貨不足―」『現代韓国朝鮮研究』13号(2013年11月)pp.3-13,「朴槿恵政権による南北交流政策」『アジ研ワールド・トレンド』第19巻6号(2013年6月)pp.9-13,「中朝関係が朝鮮人民軍創設過程に与えた影響」『韓国現代史研究』第1巻第1号(2013年3月)pp.7-29など。