第三世界で地位を築く――北朝鮮外交の姿とは

先日も金正男氏の殺害や、続くマレーシアとの国交問題などでメディアの注目を集めた北朝鮮。核実験やミサイル発射など、センセーショナルな話題が多い一方、その外交や友好国との関係はあまり知られてはいない。北朝鮮外交とは、どのようなものなのか。聖学院大学政治経済学部教授、宮本悟氏に伺った。(聞き手・構成/増田穂)

 

 

世界164カ国と国交のある北朝鮮

 

――日本メディアでは、ロシアや中国などとのつながりを除き、その閉鎖性が際立つ北朝鮮ですが、その他にどのような国と交友関係があるのでしょうか。

 

北朝鮮は、2017年3月現在、国連加盟193ヶ国のうち161ヶ国と国交を締結しています。国連加盟国以外も含めれば、164ヶ国と国交があることになっています。中国が国交を締結しているのが国連加盟国以外も含めて、173ヶ国であることを考えると、それほど閉鎖的とはいえません。特に、アフリカ大陸とは、2014年まではすべての国と国交があり、国連における北朝鮮の立場を支持する国々も多いのです。2016年初めの時点では、北朝鮮人がノービザまたはアライバルビザで入国できるのは29ヶ国ありました。その後、シンガポールとマレーシアがノービザを止めましたが、おそらく一般の日本人が考えているよりもはるかに北朝鮮人は外国に行けるのです。

 

北朝鮮が閉鎖的といわれるのは、外交関係ではありません。国内の情報を外に出すことを避ける傾向が非常に強く、また外国人の出入国に厳しいことが原因です。観光客でも、観光できる場所が非常に制限されています。自由旅行はできません。また、北朝鮮にノービザで入れる外国人は、唯一マレーシア人だったのですが、それも現在ありません。

 

 

――なぜ外国人の入国に対してそこまで厳重な警戒態勢をとっているのでしょうか。

 

理由はいくつかありますが、まず朝鮮戦争がまだ続いているということがあります。戦争が続いているので、内情を敵対国に知られたくないという事情があるわけです。ただし、他の社会主義国家や戦争が続いている国に比べても、北朝鮮の場合にはあまりにも度が過ぎています。それは、伝統的な社会構造なども一因なのでしょうが、社会主義国家である北朝鮮は、自由主義に反対しているため、自国民に対しても報道や結社、宗教、移動の自由などに制限が強く、自由主義国家では考えられないほど、生活や行動は厳しく監視されています。そのために、外国人に自由に国内を見せず、その自尊心から良いところだけを見せるという傾向になりやすいと考えられます。

 

 

――なるほど。中国との関係はどうなのでしょうか。一説には、忠告にも関わらず北朝鮮がミサイル実験を頻発していることで、関係が悪化しているという話もありますが。

 

もともと中国と北朝鮮の関係は、一般に思われているほどよくありません。おそらく、同じ社会主義国家で軍事同盟があるからという理由で、中国が北朝鮮のパトロンのように思われる傾向がありますが、あまりにも単純な見方です。

 

1960年代には、同じ社会主義国家で軍事同盟があるとはいえ、両国間でかなりの批判の応酬がありました。隣国で、しかも大国である中国に対する北朝鮮の警戒心はかなり強いものです。北朝鮮が、他国の干渉を受けないことをうたった主体思想というスローガンを掲げたのもこの頃です。その後に関係修復しましたが、1992年に中国が韓国と国交を締結すると、中朝関係はまた冷え込みます。2000年に金正日が訪中してからまた関係修復に向かいましたが、度重なる核実験や外交上の懸念によって政治的には再び冷却しています。

 

それに加えて、現在では両国民間の感情は非常に悪化しています。もともと一般人レベルでの朝鮮人の中国人に対する差別意識は非常に強いものでした。近年、両国の経済発展に伴う経済交流が活発になって、北朝鮮を訪問する中国人が多くなり、これまで以上に中国人と接触する機会が増えたことで、中国人に対する嫌悪感がさらに増大しています。

 

駐朝イギリス大使であったジョン・エヴァラードが著書で記したように、それは大国である中国に対する対抗意識などによるものと思われます。こうした北朝鮮人の中国人に対する差別意識や、中国に対する警戒心が強い北朝鮮の事情から考えれば、北朝鮮と中国の関係は日本などで思い込んでいるような良好なものではないのです。

 

 

――核実験などでロシア・中国との関係が悪化し、マレーシアなどの大国以外の友好国の重要性が増しているという見解もありますが、そういうわけではないのでしょうか。

 

もともと北朝鮮は中国やロシアなどの大国に対する警戒心が大変強い国です。それは今に始まったものではなく、1960年代の中ソ対立時代からすでに見られたものであります。北朝鮮はソ連の影響の下に建国されたのですが、大国であって隣国であるソ連に対する警戒心は常にありました。

 

1950年代後半に中ソ対立が始まり、1960年代になると北朝鮮は公にソ連を批判し始めます。しかし、1965年にはソ連と和解し、中国と対立します。10年以上も対立する大国・中ソの狭間で綱渡り外交をした北朝鮮は、1970年代には中ソとも和解しながらも両国と一定の距離を置き、米ソどちらの陣営にも距離を置く第三世界の新興国との国交を次々に締結していきます。

 

一時は、一年に十数カ国と国交を締結する勢いであって、マレーシアはその一つでした。つまり、北朝鮮は社会主義国家であるとともに、1970年代からは第三世界の国家でもあったのです。ですから、1970年以降は中国やソ連(ロシア)などの大国以外と友好関係を築きあげてきたのです。今に始まったことではありません。40年も前から大国以外の友好国を数多く作る政策を続けてきたのです。

 

しかし、実際には、第三世界は、安全保障という面では北朝鮮にとってあまり役に立ちませんでした。軍事同盟に近いリビアやキューバとの関係ですら、北朝鮮の安全保障に意味があったとは思えません。ただ、第三世界は、中ソと距離を置いた北朝鮮にとって、国際的に地位を確保するために重要でした。それは、朝鮮半島の正統政府を競う韓国に対抗するためです。

 

 

第三世界の中で経済的つながりを築く

 

――北朝鮮は以前から大国を牽制しつつ、国際的地位を築くために、第三世界各国とのつながりを重視していたのですね。

 

そうです。ただし、第三世界はかなり団結力がなく、第三世界同士でもよく戦争が起きました。イラン・イラク戦争では、北朝鮮はイランに味方して軍事顧問団や武器を送っていますが、その代わりにイラクに断交されてしまいます。

 

とはいえ、第三世界は、国によっては北朝鮮にとっても政治的に重要です。例としてはカンボジアやベトナム、ラオス、キューバなどですね。それ以外でも、国連で北朝鮮の人権問題の決議を採るときに、反対票を投じる第三世界の国は意外と多いです。

 

しかし、国によっては経済的な意味しかない国もあるのです。今の第三世界外交は、北朝鮮が1970年代から進めてきた「貿易の多角化・多様化政策」にとって重要になってきました。それは制裁逃れのためでもあります。北朝鮮は、「貿易の多角化・多様化政策」によってある特定の国家との貿易に集中してはならないことを方針としています。それでも隣の大国である中国との貿易が大きくなりすぎており、北朝鮮にとっては望ましいことではありません。そこで、できる限り、中国ではなく、第三世界の国々との貿易を増やしていくように努めています。

 

先にあげた政治的に重要な友好国が社会主義や容共、一党独裁といった北朝鮮とある程度政治的な共通点があるのに対し、マレーシアなどの政治体制は比較的自由主義的で、その点で政治的には友好国ではありません。ただし、お互いに安全保障上の脅威ではないので、経済的な交流は進んでいます。今では、第三世界は、経済制裁の効果を弱めるための経済協力相手国として、重要です。

 

 

――金正男氏の暗殺に関しては、金正恩氏の命令で行われた可能性を指摘する声もありましたが、こうした経済的重要性を持つ国との国交を危険にさらして、マレーシアでの暗殺を命じることはあり得るのでしょうか。

 

よく誤解されていますが、北朝鮮にとって、マレーシアが重要な友好国というわけではないです。申し上げた通り、マレーシアの政治体制は容共でも社会主義でもありません。政治制度も、北朝鮮が嫌う君主制です。北朝鮮の最高指導者と個人的な友好関係を持った首相もいません。両国間で重要な使節の往来は少なく、北朝鮮にとってはあくまで第三世界の一つにすぎないのです。

 

東南アジアにおける北朝鮮の最も長い友好国は、金日成と最も多く会談した外国首脳であるシアヌークがいたカンボジアです。ただし、マレーシアとシンガポールは東南アジアの中ではノービザで北朝鮮人が入国できて経済発展しているので、北朝鮮人が比較的自由に経済活動できる国でした。マレーシアもシンガポールも、北朝鮮に対しては、特段に警戒心があったわけではないので、自国の経済活動を拡大するための措置として北朝鮮人にノービザ入国を認めていたわけです。ただし、その両国も、核実験や外交上の懸念によって、今ではノービザ入国を認めていません。

 

マレーシアが重要な友好国と誤解されているのは、マレーシアに北朝鮮人がノービザで入れることを知らなかった人々が、金正男事件によって突然、北朝鮮人がノービザで入れる国があることを知ったための反動でしょう。北朝鮮が外貨不足によって対外経済活動を拡大させていたので、まだ少ないとはいえ、北朝鮮人がノービザで入れる国があることは驚くに値しません。

 

 

――北朝鮮にとってマレーシアは暗殺による外交への影響を懸念するほど大きな存在ではなかったということになるのでしょうか。

 

必ずしもそういうことではありません。北朝鮮にとってマレーシアは貿易データ上では20番目ぐらいの貿易相手国であって、それだけだとあまり重要ではありませんが、多くの北朝鮮人がマレーシアでビジネスを展開しており、外貨を稼ぐ場所としては重要な場所なのです。もちろん、国連安保理制裁破りの温床でもあります。そのような北朝鮮人が数多く住むマレーシアで、事件を起こすことは北朝鮮の外交にとってマイナスであることは間違いありません。

 

金正男の暗殺に関しては、北朝鮮が一つの生き物のように動くのであれば、こんな非合理なことはありません。しかし、実際には、北朝鮮政府や支配政党である朝鮮労働党には、数多くの省庁や部署があります。各省庁や部署にはそれぞれの目的や利益があるのです。それらの各省庁や各部署が、北朝鮮全体のことを考えて行動するとは限らないのです。それは、日本でも同じことが言えます。外務省が貿易自由化を推進しようとしても、農林水産省は農業や水産業を保護するために貿易自由化に反対するでしょう。

 

ですから、もし、金正男がある部署にとって大きな障害となれば、北朝鮮全体のことは考えずに、その部署やその幹部が金正男の殺害を計画することはありえます。しかも、金正男事件の場合には、殺害場所や時間、方法が素人レベルであって、戦時体制にある北朝鮮の工作員の仕業とは到底思えません。ですから、金正恩など党中央がわざわざ指令を出して、専門の工作員を送って殺害したのではないでしょう。もっと、省庁や部署単位で動いたものと思われます。

 

金正男は、北朝鮮ではほとんどその存在を知られていません。若い頃には身近な者からも、大将とか「先生(金正日の隠語)」の息子と呼ばれていましたが、こうした彼の存在を知っている人々ですら、金正男という名前を知っていたかは分からないのです。不倫の末の隠し子として、世間から徹底的に隔離されて育った金正男は、北朝鮮の学校にも通ったことがなく、若い頃には親戚一同が手を焼く、放蕩でわがままな人物でした。しかも、政治家ではないのですから、金正男は海外に住んでいるビジネスマンに過ぎないのです。そんな性格の金正男が何かしら労働党の部署とトラブルを起こして、殺害された可能性も捨て切れません。その部署では、金正男が誰の息子が知らないまま、北朝鮮全体のことも考えず、殺害したかもしれないのです。【次ページにつづく】

 

 

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