駆けつけ警護、PKO撤退、日報問題…安保法制施行から1年、自衛隊をめぐる課題とは

万が一起こった戦争犯罪を裁けない

 

荻上 南スーダンPKOをめぐる日報問題(注)では、そもそも戦闘なのか武力衝突なのかという言葉の問題や、政治的忖度で情報の削除が検討されたなどとも言われ注目を集めましたが、そもそも日報が破棄される可能性があるということ自体が大問題ということですね。

 

(注)ジャーナリストが南スーダンのPKOに参加している陸上自衛隊の日報の情報開示を求めたところ、当初防衛省は「破棄した」と回答。その後、陸上自衛隊とは別の部署に保管されていたとして公開された。ところが実は当初から陸上自衛隊にデータが保管されていたことが明らかになった。

 

伊勢崎 それが議論の俎上にのぼること自体が、法治国家の体面に関わる大問題です。軍事組織を国外に出すということの深刻さを全く理解していない。もう、ほとんど冗談の世界です。

 

戦争犯罪、つまり国際人道法違反で一番深刻なのが、一般市民の誤射、誤爆です。これは残念ながら、非常によく起こる。こうした事故があったとき、軍はそれがどうして起こったのか、まず被害者国民・社会に、自国民・社会に、そして国際社会に説明するべく審理しなければならない。日報はそのために不可欠です。日本には、審理する法体系、そして戦場まで出かけて行って証拠集めをする起訴能力さえありません。見事なまでに抜け落ちている。

 

既に述べたように、南スーダンをはじめ現代PKOは、住民の保護を主要任務にしていますので、そのためには好戦的にならざるを得ない。それは同時に、PKO自身が過失を犯す可能性を明確に想定しきゃならないことです。PKO部隊が国際人道法違反をしたら、当然、過失として法的に審理されなければなりません。しかし南スーダンのような現地政府には、国連との地位協定があるため裁判権がない。同時に、国連は地球政府ではないので、国連軍事法廷のようなシステムを持たない。従ってこのままではPKOが犯した戦争犯罪は裁かれないことになってしまう。

 

国連は人権侵害への不処罰を抑制するために存在しています。ですからPKO自身の戦争犯罪が裁かれないということになっては、組織の理念の根幹に関わる。そんなことを看過するわけにはいきません。だからこそ、国連は、国連事務総長の名で1999年に告知文を発表し、PKO隊員が戦争犯罪を犯したときは、国連地位協定で現地政府に裁判権がないからこそ、各PKO部隊派遣国の国内法廷で裁くよう義務付け、そのための法整備をするよう勧告したのです。つまり、PKO参加時に起きた国際人道法違反の処罰は各部隊派遣国の責任なのです。

 

これは努力義務ではありません。全ての部隊派遣国に課せられた義務です。しかしこれが日本の政局には全く反映されていない。日本には刑法しかないでしょう。さっきも言ったように軍法が存在しない。ですからこの義務が全く遂行できないのです。

 

軍法と刑法には2つの大きく異なる点があります。ひとつ目は、軍法の方が量刑が大きい。普通の刑法でも殺人や放火などの破壊行為は重い罪になりますが、軍隊は殺傷や破壊行為を専門に訓練している人たちですから、その力をコントロールするためにも厳罰に処されなければならないのです。

 

それと同時に、軍事行動は強い服従を強いる組織の命令で行われるもので、個人の意思ではありません。だからこそ、その行動の被害がどれだけ大きくても、それが軍令を遵守したものであるならば、事件の刑事性は勘案される。これが軍法のふたつ目の特徴です。

 

軍法がない日本では、自衛隊が殺傷に関わる事故を起こしたとき、日本の刑法で裁くしかありません。それは国家の命令で執り行っていることでも、隊員本人が犯罪として全ての責任を負わなければならないということです。しかも、日本の刑法には国外犯規定というものがあって、日本人が国外で犯した過失は裁けません。自衛隊員が派遣先で事故を起こしてしまったとき、過失として審理する法理そのものがないのです。

 

軍法のない現在の状態で自衛隊に海外に派遣するということは、国家の命の軍事行動の責任を個人に負わせるしかない。首相や防衛大臣が、全責任をとる、なんて軽々しく言える問題ではありません。正当に「審理」し、それを国内外に対して説明責任を果たす。ここなのです。

 

 

isezaki

伊勢崎氏

 

日報は公正な処罰に不可欠

 

荻上 国内外に対する説明責任を果たし、隊員を守るためにも欠かすことの出来ない日報が破棄されたわけですよね。糾弾されてもおかしくないような話ですが、政権などからは擁護の声が大きいですね。

 

伊勢崎 自衛隊には、忸怩たる思いがあるでしょうね。現場の人間は問題をしっかり認識しています。だからこそ昨年の7月にジュバで戦闘が起こった際、陸上自衛隊は撤退を含めて検討していたのです。

 

荻上 実際にドイツでは戦争犯罪の裁判で日報が重要な証拠として使われたことがあるそうですね。

 

伊勢崎 2009年、アフガニスタンで起こった事例ですね。当時ドイツ軍が管轄する地域で、タリバンがガソリンを運ぶタンカーを乗っ取ったと連絡が入ったんです。そしてそのタンカーが道で立ち往生した。そこに野次馬のように近隣の住民が集まってきたんです。それをドイツ司令官はタリバン兵だと勘違いして、NATOの本部にこれを爆撃するよう要請しました。そして実際に爆撃が行われ、結果、民間人が100人以上死亡しました。これは、戦後ドイツが初めて犯した重大な戦争犯罪として、ドイツ国内がひっくり返るほど大騒ぎになったのです。

 

ドイツに常設の軍事裁判所はありませんが、軍刑法にもとづいて、通常の裁判所が戦争犯罪を裁きます。この事案では1年をかけて調査が行われ、最終的にその司令官には軍事的な過失はないとされました。状況精査の結果、その状況下ではしかたがなかったことであり、現場の司令官個人に責任はないとされたわけです。

 

ただし、ドイツは国家をしてその責任を認め、謝罪をしています。日本でも何か起これば総理大臣や防衛大臣が出てきて謝罪するくらいのことはするでしょうが、審理する法体系がないのです。ドイツでは審理をつくして説明責任を果たした上で、糾問金を支払っているわけです。これが大きな違いです。

 

荻上 仮に日報がなければ全責任を個人に押し付けてしまったり、しらを切ることもできてしまうわけですし、逆に相手国に言われるがまま、反論できずに多くの罪を着せられることにもなりかねない。

 

伊勢崎 その通りです。100人も自国民を殺されて黙っている国家なんてないですからね。説明責任が果たされなければ外交問題になってしまう。

 

日本でも沖縄で米軍基地の関連で事故があると、問題として取り上げられるでしょう。あれも地位協定のもと、公務内の事故であれば日本に裁判権はありません。アメリカの軍法会議で裁かれます。もしこれが、アメリカには軍法がなくて裁けません、と言われたらどうしますか?そういう話なんです。こうした日本とアメリカの関係を考えれば、軍法がない状態で海外に軍事組織を派遣するということがどれだけ無責任なことなのか想像できそうなものですが、なかなかそうした議論にはならないのが不思議です。

 

荻上 憲法の関係もあって、日本では保守もリベラルも安全保障に関して正面から議論が出来ず状況が進展しないというところがありそうですね。

 

伊勢崎 残念ながら日本人は、現代の戦争の現実、そして国連PKOの実情を全く理解していません。僕自身は自分をリベラルだと自負していますが、今回の自衛隊撤退に対する一部の護憲派のよろこび方には共感できません。PKOは住民を守ることを任務にして派遣されているんです。そのPKOから自衛隊が撤退したら、現地はどうなるのか。護憲派の人たちは日本が平和主義だと主張していますが、自衛隊の撤退は南スーダンの一般市民がさらなる危機に晒されるということです。これを喜んでいるようでは非人道的としか言いようがありません。

 

荻上 今回自衛隊の撤退が決定されましたが、国連の承認などは必要なのでしょうか。

 

伊勢崎 結論から言って、国連の承認は必要ではありません。これが一国の軍隊であれば、敵前逃亡や利敵行為は厳罰の対象です。しかしPKO国連平和維持軍は多国籍軍です。確かに指揮権は国連が持っていますが、国連は南スーダン政府と地位協定を結び、その特権を各国部隊に分与して「言うことを聞けよ」としているだけなのです。離脱を阻止するような力や仕組みはありません。

 

荻上 そうした国連事情なども含めて、世界の安全保障やその中での日本の役割を考えていかなければならないのですね。伊勢崎さん、ありがとうございました。

 

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