「韓国ムカつく」「訳わからん」と投げ出す前に――『戦後日韓関係史』の使い方

この鼎談を収録した翌日(2017年3月10日)、韓国の憲法裁判所が朴槿恵大統領を罷免するという決定を下した。それにより5月9日に大統領選挙がおこなわれることになったが、韓国政治の今後を見通すことは容易ではない。

 

先のみえない韓国政治に対して、日本政府も対応に苦慮しているのか、ソウルの大使館に続いて釜山の総領事館の前にも慰安婦少女像が設置されたことに抗議して、駐韓大使らを一時帰国させたが、特に進展がないなかでおよそ3カ月ぶりに帰任させたところである。

 

この慰安婦問題ひとつをとっても、どれだけの人が現状や論点をきちんと理解しているだろうか。膠着状態に陥っているいまこそ、これまでの経緯を振り返ってみる必要があるのではないだろうか。

 

この2月に刊行された『戦後日韓関係史』は、そうしたときにまず参照してほしい一冊である。本書は、日本と韓国との関係を、政治だけでなく、経済や社会の動きにも触れながら、その戦後の歩みを丁寧に叙述している。しかも、本書に登場するのは日本と韓国だけではない。その背景には、中国や北朝鮮といった周辺国、そして日韓両国の同盟国であるアメリカの動きが垣間みえる。

 

戦後の日韓関係の歩み、そしてより広く、国際政治における日韓関係を意識して書かれた本書の読み方・使い方について、この本の執筆者のひとりで韓国政治が専門の浅羽祐樹教授(新潟県立大学)、戦後日本外交史が専門の白鳥潤一郎助教(立教大学)、そしてソウル・北京・上海で特派員を歴任した佐々木真解説委員(時事通信社)に、縦横無尽に語ってもらった。(有斐閣編集部)

 

 

 

asaba01

 

 

ミッシング・リンクとしての『戦後日韓関係史』

 

浅羽 まずは、執筆者のひとりとして、この『戦後日韓関係史』の狙いをお話ししたいと思います。

 

1つ目は、「関係史」ということで、「外交史」だけではない視点を示そうとした点です。ややもすれば、政治・外交、政府間の関係だけに焦点が当たるところがありますが、経済はもちろんのこと、社会・文化まで、国家にくわえて市場や市民社会といった複合的な層があるということを重視しました。 

 

2つ目は、全体像や文脈を踏まえようとした点です。そうすることで釣り合いのとれた視点、プロポーショナリティを回復しようとしたのです。というのも、テレビのワイドショーで大統領の弾劾やデモ、金正男の殺害に関する報道が連日続くなど、ある特定のイシューにはものすごく細かいところまで報道されるんですが、断片的な関心にとどまっていて、これまでの流れとか、その時点における全体像やその事象がそのなかで占める比重を確かめてみることはまずなされていないからです。とりわけ、ネットでは、自分のみたいものだけをみることでどんどん強化学習されていきます。

 

3つ目は、戦後70年の通史を一貫して描こうとした点です。一昨年の2015年は、1965年に日韓国交正常化がおこなわれてから50年の節目ということで、『日韓関係史1965-2015』が刊行されていますが、その前史、1945年から65年の部分を明示的にくわえることで、「戦後」日本について「ポスト帝国」「ポスト植民地主義」という観点から浮き彫りにできるところがあるのではないかということです。

 

4つ目は、2国間の関係で成り立つのが、日本にとっては日米と日中、そして比重は下がりますが、この「日韓」というのが、それでもまだ成り立つんだということの意味を探ろうとした点です。同時に、それはある種の限界も示しているのかもしれません。「バイ(2国間)」と「マルチ(多国間)」との関係、広域の地域構想における2国間関係というものを考えるうえで、日韓という2国間でとらえるという枠組みの立て方自体についても、同時に照射することができればと思っています。

 

最後に、いろんな経緯があって最終的にはこの4人で通史を書くことになったのですが、こうしたコラボにともなう強みと弱みがきっとあるはずだと承知しています。戦々恐々としながら、お二人には率直な評価をお願いします。

 

白鳥 最初に、本書の刊行の意義を簡単にお話ししたいと思います。

 

まず、これまで日韓関係について通史的な書籍がほとんどなかったところに、この本が刊行されたという意義があります。類書といえば、最近のものだと、韓国外交部で東北アジア局長を務めた趙世瑛さんが書かれた『日韓外交史』という、いわば韓国側の視点から書かれたものがあります。それ以前は、李庭植さんの『戦後日韓関係史』がありますが、これは日本語版の刊行が1989年で、しかも英語で出たものの日本語訳というかたちであったと思います。こうした状況が長く続いていました。

 

他方、さきほど挙げられた『日韓関係史1965-2015』もそうですし、その少し前に刊行された『歴史としての日韓国交正常化 』もそうですが、この10年ぐらいの間に、日韓双方で、国交正常化前後を中心に外交文書が公開されたことで、多くの研究者によって日韓関係に関する研究はかなり蓄積されました。まさに多面的な分析がなされています。でも、日韓関係を専門にしていないと、どこから手を付ければいいんだろうと思ってしまうぐらい大量にさまざまな研究が出たんですね。

 

それが、今回、『戦後日韓関係史』というかたちで、ひとつの一貫したストーリーに基づいてまとめられた。日本側の研究者から、戦後の日韓関係を終戦直後から現在までを見通すような日韓関係史が出たということが、まず大きな意義として挙げられます――「日本側」と乱暴にいってしまうと李鍾元先生に怒られてしまうかもしれませんが。

 

ひとつ付け加えると、やはりこのテーマは何を取り上げても政治的に注目をされやすい。もしくは、政治的な立場から歴史を読み解くということが、やはり傾向としても強い分野なのかなというような印象をもっているんですけれども、ある種、そういう影響から一歩距離をおいて書かれた、戦後を通した信頼できる著作が出たということが非常に意義あることだと考えています。

 

佐々木 ジャーナリストの立場、あるいは韓国、朝鮮半島、中国を取材してきた立場からいいますと、大変ありがたいという印象があるんですよね。ありがたいというのは、朝鮮半島に関する取材をしているときに、戦前からのことももちろん知らなきゃいけないんですけれども、やはり、現状を形づくっている大きな要素のひとつが、1945年以降の歴史なわけです。これをちゃんと頭のなかで整理してひとつの見取り図みたいなものをもって取材に当たらなければいけないわけですが、それがなかなか、これまでできなかった。今回、この本を通読して、頭の整理ができたというのは非常によかったということがあります。

 

記者はさておき、たぶん実務的な仕事をしている人たち、たとえば日本の政府関係者もいるでしょうし、あるいは日韓、韓国が専門ではない研究者の方々、企業やその周辺のいろいろな団体の方々にとっても、基礎的な知識や枠組みを得られる大変いい機会になったのではないかと思います。

 

 

佐々木真・時事通信社解説委員

佐々木真・時事通信社解説委員

 

 

たとえば、私は、国交正常化は朴正煕になってから急速に進展したという印象をもっていましたが、そうではないとする研究も最近わりと出ているようです。これは私にとっては新しい知見だったんですよ。やっぱりそれを知っているか知っていないかによって、朴正煕政権なり、李承晩政権なりに対する評価というのは変わってくるのではないかと思います。そういう新しいことを入れていただいて、自分の知識、実務者の頭のなかをバージョンアップしていただいたという意味は大きいかなというのがありますね。

 

あと、中国も含めて取材している者としていわせていただくと、李鍾元先生が書かれた1950年代では、アメリカの影響が大きいわけです。その後、米中和解以降、中国の存在が急激に浮上するわけですよね。朝鮮半島に対してのさまざまな物事、日韓関係についても大きな影響が及んできて、その中国ファクターというのが、1992年の中韓国交正常化を経て、2000年代になって非常に大きく出てきている。私は昨年12月まで中国にいましたけれども、これは中国を取材していて日々感じることと一致します。

 

そのあたりの関わりみたいな、日韓という2国間だけじゃなくて、周辺国も含めた、特に中国、アメリカも含めたかたちでこの地域の2国間をみていこうという意思が、この本では非常に強く感じられます。それは新しい視点というか、いま、私たちが仕事をしているなかで、現代にとって有意義な見取り図を与えてくれたかなというような気がします。

 

もうひとつは、やっぱり、トランプ政権ができて、多少内向きな、保護主義的な傾向がみえるなかで今後どうなっていくのか。グローバル化とは、ちょっと違うようなものが大きくみえているなかで、いちどみんなで考え直す意味、これからどういう方向に日韓関係が進んでいくのか。アメリカや中国がどういうかたちで進んでいくのかが不透明ななかで、自分たちの基準といいますか、現在の到達点みたいなことをみせてくれたということでも意味があるのかなと思いました。

 

他方で、苦言も少しお伝えしたいと思います。

 

ひとつは、経済的な結び付きについての話が若干弱いのかなという感じがしました。日韓関係の経済的な側面について、個別、具体的なケースにも触れられてはいますが、企業についても、もう少し盛り込んでいただくと、読者にとってはより親近感が湧いてくるのではないかという感じがします。

 

よく取材をしていて思うんですけれども、日本人にとって韓国についての経済的な重要性というのがあまりみえていないと思うんですよね。中国と比べると、経済的な重要性についてあまり認識が整っていない、十分でない面がある。だけれども実際はそうではないし、いろんな面でのつながりの重要性はますます高まっていますし、実績にもあるわけですから、そういう面ではもうちょっと強調されてもよかったかなという感じはしました。

 

せっかく三層構造というかたちで描いているので、もうちょっと経済的な部分も強く出したほうが、立体的に日韓関係が浮かび上がってきたのかなという印象をもちました。

 

もうひとつは、これは教科書ということですが、図表の類が、ほとんどないですよね。写真はありますけれども、グラフィックで説明されていません。とくに、いまの若い学生さんなんかは、基本的に画像による認識度というのがすごく高まっているんだと思います。この本のように文章でずっと説明されると、ちょっと億劫さを感じるのではないでしょうか。教養課程じゃなく、専門課程向けなのでいいのかもしれないんですけれども、もうちょっと工夫があってもいいかとは思いました。

 

白鳥 分野の問題もあるかもしれないですが、図表などで説明することが求められる教科書であると同時に、ひとつのスタンダードな「通史」としての位置付けというバランスが少し難しいのかなという気もします。

 

あと、これは個人的な感覚かもしれないんですけれども、ある程度難しいと思うくらいのものを1冊じっくりと読むという経験を大学時代にするほうが、実は定着もするということもあるのかなと思います。そういう点では、専門課程向けの、基本的には大学3、4年生向けのテキストとしては、これでいいのかなとも思います。【次ページにつづく】

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

α-synodos03-2

1 2 3 4 5 6 7
シノドス国際社会動向研究所

vol.224 特集:分断を乗り越える

・吉田徹氏インタビュー 「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

・【ヘイトスピーチQ&A】 明戸隆浩(解説)「ヘイトスピーチ解消法施行後の現状と課題」

・【今月のポジ出し!】 荻上チキ 「今からでも遅くない!メディアを鍛える15の提言」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文) 「Yeah! めっちゃ平日」第七回