「韓国ムカつく」「訳わからん」と投げ出す前に――『戦後日韓関係史』の使い方

「基本的価値を共有していない」相手だからこそ理解する

 

白鳥 この本に引き付けて重要だと思うことがあります。

 

それは、中国と韓国が、日本国内では「中韓」セットで論じられてしまうという問題です。反中の人は反韓でもあるという世界ですね。逆に親中の人は親韓でもあると。だけど、この両国の関係自体が非常に大きく変化をしてきているし、それが日韓関係に大いに影響しているということを歴史のプロセスや変化のなかでとらえることが、いま、あらためて必要だと、お聞きして思いました。

 

日韓関係の観点から論じられているけれども、韓国とも中国とも関連するような問題、たとえば抗日戦勝70周年記念式典ですね。そういうときに「中韓」をセットでみていたり、韓国について語っているようでいて、実は中国について語っているとか、中国に関するものをそのまま韓国に投影していたりだとか、そういう面があるんじゃないかということです。

 

もう少し丁寧に、何が中国との関係で、何が韓国との関係なのか、また、「日中韓」という3国のなかでどうとらえるのかということを考えなきゃいけないのかなということを、いま、お話をうかがっていて思いました。

 

佐々木 「中韓」をセットでみるというのは、私が上海にいたころに、そうしたイメージがかなり日本側に拡散したように思います。中韓が共闘していて日本が袋叩きにあっているみたいな印象です。

 

それによって、日本の世論調査で中国に対する感情が悪くなり、そして韓国に対する感情も悪くなるという相乗効果が起こったんだろうなと考えています。やっぱり、中国や韓国に対する日本人の意識については、特にここ15年で、とても変化しているのかなと思いますね。

 

ただ、私たちが当たり前だと思っていることや、自国に関して感じていることをそのまま中韓に投影している部分が、さまざまな点であるのかなとは思います。

 

浅羽 本当に基礎統計というか、最初に確認しないといけない数値をみていないことがあります。そのため、実態よりも大きくみえていたり、逆に過小評価したりしてしまっています。中韓に関しては、こういう思い込みというか手抜きが一番顕著に出ているように感じますね。

 

白鳥 中国の場合は、日本と完全に政治体制が違うということが、いちおう日本社会でも理解されているわけです。韓国に関してはかなり怪しいです。

 

たとえば、大統領制と議院内閣制の違いです。政治学を学んでいると、その違いというのは最初のイロハのひとつとして教わるわけです。けれども、その違いもなかなか理解されていないんじゃないのかなと思うときがあります。権力融合的な性格をもつ議院内閣制と、権力分立的な大統領制はまったく違いますし、半大統領制はこれも違う。朴槿恵政権にしても、過去の政権にしても、日本のたとえばいまの安倍政権と比べたら、常に弱い大統領だったわけです。

 

浅羽 弾劾に関する報道の仕方をみててあらためて痛感させられましたが、日本では大統領制に対する誤解が根強いですね。1990年代に「憲法体制」が改革されてからはなおさら、そもそも権力融合型の首相のほうがリーダーシップを発揮しやすいというのは、政治学では常識なのに、一般の理解ではまるで逆になっています(「憲法典」の改正なき「憲法体制」の改革については、「憲法論議を「法律家共同体」から取り戻せ―武器としての『「憲法改正」の比較政治学』」を参照されたい)。

 

日本政府は、『外交青書』のなかで2007年以降一貫して、日韓関係について「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」と規定してきましたが、2015年に外しました。2016年以降は代わりに「戦略的利益の共有」が明記されています。

 

ただ、厳密に体制レベルで共有していないかというと、そんなことはなくて、違いがあるとすれば、サブカテゴリーやその組み合わせの部分です。たとえば大統領制か議院内閣制かとか、あるいは政治と司法の関係とかです。それは、国によって、「憲法体制」によって、体制レベルでは同じ自由民主主義でも、実にさまざまなバリエーションがあるわけですよね。

 

にもかかわらず、自分に馴染みのあるタイプだけを唯一絶対なものとして、そことの差分で、進んでいるとか、劣っているとかというように、みてしまいがちなのです。なんかもう体制レベルで共有しているだけで、価値観や意識も共有できるだとか、南シナ海問題についても日韓は一致して対応しなければいけないだとか、主張されたりします。

 

体制、価値観・意識、個別の政策、本来まったくレベルが異なる話がいっしょくたにされて、全部つながるとか、逆に全部切るとか、短絡的に考えられやすいのかもしれません。ですが、そもそも無理な話で、そこはひとつずつ分けて考えたいところです。

 

 

浅羽祐樹・新潟県立大学大学院国際地域学研究科教授

浅羽祐樹・新潟県立大学大学院国際地域学研究科教授

 

 

白鳥 いまのお話とも関連すると思いますが、この10数年については、韓国に期待をしていた人たちの間でも裏切られ続けてきたという意識だったり、いちど決めたことが履行されないじゃないかという意識だったりが、専門家のコミュニティの間でも広がってしまっているのかなというのが、やや気になるところではあります。

 

たしかに、この本の第5章以降で描かれている、冷戦終結後の日韓の間のさまざま歩みをみると、1998年の日韓パートナーシップ宣言をひとつの頂点としながらも、90年代にもさまざまな問題があった。結局、なかなか進んでいないようにもみえるし、そうしたマイナスの意識が広がるというのもわからなくもないわけです。

 

だからこそ、日本の専門家からみるとこういうふうにみえるよねということが、韓国側にももう少し理解されると、少しはいい方向に日韓関係も変わるのかなとも思います。

 

佐々木 浅羽先生は、たぶん、いろんな日韓の枠組み、すなわち、学会交流とか討論会とかに出られていると思うんですが、私も言論界同士の交流の場というようなかたちで、何回も出たことがあります。

 

それで感じるのは、もちろん歴史問題など、そのときどきでホットな、新聞を賑わせている問題について意見を戦わせるわけですけれども、議論が日本対韓国になるんじゃなくて、韓国のなかの分裂みたいなことになることが多いんですよね。対日アプローチの仕方についてどうするかが、韓国国内のメディア間の差のほうが、日本のなかの朝日新聞と産経新聞の差よりも大きいのではないかと思えることがあります。

 

国と国との話じゃなくて、韓国のなかで話がまずまとまっていないというような構図になることがあるんですが、学術的な場でも、そういうことがありますかね?

 

浅羽 ちょうどいま、日本政治学会の日韓交流小委員長を務めているのですが、その関係で、昨年末、ソウルでおこなわれた韓国政治学会で討論者の役目を割り当てられました。

 

英語のパネルで、韓国側は、日本の外務省が作成した『竹島問題 10のポイント』というパンフレットに対してひとつずつ反駁するという報告でした。私も内閣官房主権・領土対策企画調整室が進めている「竹島に関する資料調査」で研究委員会委員を務めたりもしていますので、逐条で再反駁をしてもよかったのですが、そういうポジショントークはしませんでした。

 

あえて、そもそも領土問題はこれまでどういう文法で論じられてきたのかとか、そういう文法だとこういう結論にしか至らないとかという議論の仕方にしたんですが、逆にそのせいか、まあ、盛り上がりませんでした。むしろ、日韓ガチンコ対決をすればよかったのかよ、せっかくの学会なのに、と悶々としました(苦笑)。

 

白鳥 領土と歴史がからむ難しさでしょうか。

 

浅羽 これはちょっと極端なエピソードですが、こういう部分はそれぞれ固有のポジションがあって、なかなか外しにくいんですよね。私的な場だとけっこういろんな話が出るんですけれども。

 

佐々木 もちろんそうです。私が出席したような言論界の交流、公式の会合でも、半日ぐらいかけて侃々諤々やりますが、そのときは対峙しても、その後の飲み会では、なんか、やあ、やあという感じになりますよね。

 

浅羽 フォーマルな部分で許容される度合いが、問題領域ごとにずいぶん違っています。

 

たとえば、日韓政治制度比較なんかだと全然もめようがないんですが、竹島とか歴史認識とかは、合意した後なのに、もういちど総理の手紙がほしいといった意見が韓国から出てきます。国内世論は厳しいし、説得するにはそういう材料が必要なのもわからなくもないんですが、それだったら最初からパッケージ・ディールにするしかなかったわけですし、日本としては、「あらためて」おわびと反省を表明したうえに「またかよ」となりますから、そういう日本の状況を知ってますか、そしてそういう「蒸し返し」が試みられることで、さらに日本国民が「さらにうんざりしますよ」と韓国側のナカノヒトにいろんなかたちで伝えています。

 

ただ、反応が鈍いんですよね。日本はまだ余裕があるだろうとかね。慰安婦少女像の「移転/撤去」において進展がないなかで10億円を拠出することに対しては、日本も世論が厳しかったわけです。政治決断にリスクがともなうのは本来、双方同じはずです。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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・内田良「児童虐待におけるスティグマ――『2分の1成人式』を手がかりに考える」

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