「韓国ムカつく」「訳わからん」と投げ出す前に――『戦後日韓関係史』の使い方

「外交」という営み――歴史認識問題をめぐって

 

白鳥 歴史認識については、日韓双方の市民レベルで、そもそも外交とはどういうものか、歴史認識とはどういう性格をもつものなのかについて、一般論として理解される必要があると思います。そのうえで、ひとつのケースとして歴史認識の問題を考えることが、必要です。

 

かつてのように、本来の当事者が多数いる時期から、文字どおり「歴史」に関する認識ということになり、総理大臣、大統領が双方とも戦後生まれ、その下の世代になると、もう自分の親も戦争中の記憶がほとんどないという世代になってきている時代には、それなりに距離をおいて歴史を考える必要があると思います。

 

まず、外交に関していえば、決裂しない限り外交交渉というのは常に妥協でしかないわけです。当たり前のことではあるんですけれども、にもかかわらず、ゼロサムゲームであるかのように、自分たちの想定する100点満点があって、そこから、両国の間で妥協の結果としてまとめられたものがどれだけ足りないというのを、日本、韓国双方でやり合っているようにみえます。これは、非常に不健全です。

 

外交においては、日本が100点をとれたと思うようなことは、相手にとっては0点しかとれなかったということになるので、当然向こうの国内では不満が高まります――もちろん点数の付け方が双方違えばウィンウィンにもなるわけですが、ここでは措いておきます。これでは、外交の妥協として機能しません。

 

外交を通じて妥協することの意味を、もう少しお互いに考えなければいけないんじゃないでしょうか。こうした、ある種の「外交感覚」のようなものを、もう少し幅広く意識したうえで日韓関係を考えるということが必要だと感じています。

 

もうひとつは、そもそも歴史とは何かということです。これは、山崎正和先生が「歴史の真実と政治の正義」〔『アステイオン』1999年〕という論考のなかで、政治ないし国家の考えるある種の正義と、歴史家が追究するような歴史的な真実というのは、究極的には対立するということを指摘し、国家はいまおこなわれているような歴史教育からは撤退せよという、かなり極端なことを書かれています。

 

歴史家の数だけ歴史があるというような立場は日本ではそれなりに理解されていますが、それを前提に、国家がひとつの歴史観を「正しい歴史」だと想定して、義務教育で教えるというのは、そもそも不可能じゃないかというのが、山崎先生のご意見です。これは、韓国や中国における一般的な歴史観とは絶対に相容れない立場です。

 

山崎先生ほど厳密な立場に立たなくとも、違う国家の間での歴史認識というのは究極的に一致しない。逆にいえば、歴史認識が完全に一致したときは、ひとつの国家になっているというぐらいの意識が、この歴史認識問題を考えるときには必要だと思います。そのうえで、この部分に関しては合意できるというところを、どれだけつくれるかが重要なのです。

 

一般論として、外交や歴史のもつ性格を理解したうえで、日韓を特殊ではない「普通」の2国間関係としてとらえることが、現実の日韓関係と向き合うという際には特に必要です。その作業があまりされてこなかったのが、民主化後の韓国と日本の関係だったのではないかということを、『戦後日韓関係史』を読んだときにあらためて感じたところです。

 

浅羽 それこそ、2015年末の日韓「慰安婦」合意は双方100点満点とはいかないわけです。双方というのは必ずしも日韓両政府ということではなくて、ある特定の立場しか正解でない、100点でないという見方からすると、60点かもしれないし、100点じゃないものは全部0点にみえている人たちがいるわけですよね。

 

一方では、そもそも慰安婦を売春婦だとみる人からすると、1965年の請求権の対象ですらないという極論もあり、他方では、強制連行で、少女が連れて行かれて――たとえ実証的な裏付けはなくても――法的賠償や、追悼碑の日本国内での建立、そして教科書での分厚い記述をしなければならないという極論があります。そうした人たちからみると、このたびの合意というのはそもそも不要か、あるいは不十分なわけです。

 

ですが、外交もそうですし、国内においても政治的な成案をひとつに絞るときには、なんらかの意味での妥協は必ずともなうわけです。それが均衡であるならば、その合意は維持されるでしょうし、均衡が破れると「蒸し返される」という話になると思うんです。

 

日韓で大事なのは、「正解」よりも「均衡解」を一緒に目指すことなのではないでしょうか。60点でも0点よりはずっとマシだというアプローチを探るほうが、大きく得しないかもしれないけれども、双方ちょっとずつプラスになることはままあるわけです。あるいは、たとえ「ルーズ・ルーズ」になるとしても、想定される最大のマイナスをミニマムにする戦略をとることだってできるわけです。

 

ロマンだけでなく、いろんな仕方でソロバンを弾いて、プラクティカル(実利的/実用的)に向きあえばいいとずっと主張しているんですが(「「俺がルール」じゃ動かないから―「均衡解」の日韓関係へ」)、力不足でなかなか広がらないですね(笑)。

 

佐々木 そうですよね。だから、私も、メディアにいる者としてはなるべく広い視野でみようとしているし、記事が日本の主張だけを一方的に伝えて、それで終わりというような原稿はなるべく書きたくないと思っています。

 

しかし、私たちメディアも、かなり日本の視点を軸にした論旨構成にどうしてもなってしまいがちです。それは、取材源の関係があって、私たちがアクセスしやすいのは、日本の外務省なり、日本関係者になってしまいます。独立した考え方、あるいは他の取材源を基にして日本側の主張を相対化すべく努力はするわけですけれども、限界があるんです。そういう意味では、ちょっと相対化が弱いかなという反省はあります。

 

ただ、仕事柄、韓国や中国の報道をずっとみているんですが、相対化の視点としては、これらの国よりも日本のほうが若干あるなという感じはしていて、その部分をもっと伸ばしていきたいと思いますね。

 

そうするべきではないんだけれども、いまは、ユーザーサイドの雰囲気みたいなのがあって、あまり韓国や中国について肯定的なことを中心的に書きにくいような面は確かにあるんですよ。

 

雰囲気を意識して、それに合わせたようなかたちで書くということはないんだけれども、無意識的に働いている面はあるかもしれません。そこもなんとかしなきゃとは思うんです。

 

白鳥 1990年代に書かれたものを読むと、その当時は非常に明るいというか展望があり、その延長線上に2002年のワールドカップの日韓共催までいったということに感慨を覚えます。その時代にはある種共有されていながら、いまは失われてしまったのかなと日本側で感じることがあります。

 

時折、韓国からの留学生と話すことがあります。彼らは、日本のこともよく知っているし、日韓の交渉の経緯にも詳しい彼らがいうことのひとつは、日本は1965年の合意にこだわりすぎだということです。その論拠のひとつは、民主化後の韓国と民主化前の韓国の違いをもっと考えてほしいということです。これは、それなりに説得的だと思いますし、それがもう少し日本国内で受け入れられると少しは違うのかなと思います。

 

 

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他方で、それが有効に機能した時期が1990年代だったのです。だからこそ、日本政府、特に細川内閣や村山内閣といった時期の歴史問題に関する取り組みは、そうした日本国内の雰囲気の変化とも実は連動していた。いまはもうその機会が失われた後ともとらえることができるのかもしれません。

 

浅羽 まさに1965年体制は、日韓基本条約をはじめとした当時のテキスト群だけではなくて、その後のテキスト群、とりわけ1990年代に積み重ねた新しいテキスト群、すなわち村山談話や河野談話なども含めた総体のことです。

 

本来、政権が変わろうが、民主化しようが、司法でこれまでと異なる判決が出ようが、「合意は拘束する(pacta sunt servanda)」わけです。国家間の合意はそれくらい重いんですね。一方の当事者における事情の変更は、いろいろ新たに争点化する背景としてはよくわかるのですが、これは相手がある話で、ただちに修正せよとか、ましてご破算、ちゃぶ台返しとはいかないはずです。

 

ですが、1990年代に1965年体制は「上書き」されたんですよね。そういう政治状況でした。

 

その後もさらに上書きされた1965年体制がいま、問われているといえます。1990年代の上書きについて韓国側は何も評価しないという部分の不満が、ここにきて一気に表面化しました。

 

歴史認識問題で一番の食い違いは、1945年以前でも国交正常化過程でもなくて、実は1990年代に関してではないかと思います。一緒に頑張ったことについて、そもそも頑張る必要がなかったんだというのも嘘だし、頑張ったことをいっさい認めないのも嘘ですよ。10年ひと昔といいますから、ふた昔も前のことで、よく検証し、思い出す必要があります。

 

佐々木 駐在経験からいいますと、細川内閣ができたときに慶州で首脳会談をやったんですよね。そのときは、歴史問題に対してこれまでよりもかなり踏み込んだ言及をしていて、韓国メディアも含めて非常に歓迎するような空気があったんですよ。ところが、その後だんだん時が経って、菅内閣のときもかなり積極的な施策をやっていたのですが、それに対する韓国の評価、とりわけメディアの評価が非常に冷淡で、それが社会の雰囲気をつくっていました。

 

その後もずっと韓国メディアをみていると、1990年代を中心にして、いくつも取られたそれなりに前向きな日本の措置を正当に評価していない。そこがなんとかならないといけないでしょう。韓国の評価は日本側にもすぐ伝わりますから。

 

インターネット技術の進歩で、朝鮮日報の日本語版などで、本当にすぐに日本人も韓国メディアの論調をみることができます。そうすると、これだけ誠意をみせているはずなのに、それがまったくゼロ回答、むしろマイナスの評価ということが、お互いの関係をさらに悪くするようなことも起こりえます。そこのところがなんとかならないのかなというのをずっと思いますね。

 

だから、インターネットの発達によって韓国のメディアの厳しい論調に日本人が接することで、日本人が理解を深めたという面と、がっかりとしたというか、感情を悪化させたという面との両方があって、難しいものがあるなというのは思うんですよね。【次ページにつづく】

 

「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

 

「日本社会は本当に右傾化しているのか?――”ネットとレイシズム”から読み解く」

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シノドス国際社会動向研究所

vol.224 特集:分断を乗り越える

・吉田徹氏インタビュー 「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

・【ヘイトスピーチQ&A】 明戸隆浩(解説)「ヘイトスピーチ解消法施行後の現状と課題」

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