英国はテロとどう向き合っているのか?

マンチェスター、ロンドンとテロが相次いだイギリス。度重なるテロを受けて、メイ首相は過激思想の温床とされるインターネットの規制も含め、テロ対策の抜本的な見直しを宣言した。2005年のロンドン同時爆破テロから12年。移民大国として多文化社会の中で度々テロを経験してきたイギリスは、どのようにテロを受け止め、対策を講じてきたのか。専門家に伺った。2017年6月5日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「相次ぐテロ。英国はテロとどう向き合っているのか?」より抄録。(構成/増田穂)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

強まる監視体制

 

荻上 本日のゲストをご紹介します。イギリスの政治や移民政策に詳しい東京外国語大学教授の若松邦弘さんです。よろしくお願いします。

 

若松 よろしくお願いします。

 

荻上 今回のロンドンでのテロ事件はどのようにご覧になっていますか。

 

若松 いろいろな視点があると思いますが、私は今回のテロは3月のイギリス国会議事堂付近でのテロ、マンチェスターのテロから続く3連続のテロの一つだと考えています。現地メディアによる現段階での情報では、今回の3つのテロ事件の容疑者は、みな人種・民族・文化的にイギリス社会においてマイノリティだったとはいえ、多くがイギリス国籍をもつ、イギリス生まれのイギリス育ちでした。この共通性は重要だと考えています。また、5月のマンチェスターでのテロは爆破でしたので少し性格が違いますが、1回目と3回目のテロは手法もとても似ています。どちらも車で人をはね、その後ナイフで周囲の人を襲っています。

 

荻上 テロに対するイギリス国民の反応はどのようなものなのでしょうか。

 

若松 印象としてこれまでのイギリスのテロ対策が破たんし始めているのではないかという不安があると思います。イギリスでは2005年の7月7日にロンドンで同時多発テロがありセンセーションになりましたが、以降小さなテロはあれど、フランスのように大きく注目を集めるようなテロは起きていませんでした。それが今年に入ってから3連続で複数の死傷者が出るテロ事件が相次いでいます。2005年のテロ以降、これまでイギリスはテロ対策には成功していると考えられてきただけに、その破たんは国内でもショックな出来事としてとらえられていると思います。

 

若松氏

若松氏

 

荻上 一連のテロを受けて、メイ首相はテロ対策強化を宣言しましたが、この見直しの方向性はどうなっているのでしょうか。

 

若松 現段階ではまだどうなるのか明確には分からないのが正直なところだと思います。野党労働党は警官や警備員を増員して対応することを訴えていますが、現政権の保守党は伝統的に厳格な治安対策を行うことで知られています。新たなネット規制がどのようなものになるかはわかりませんが、それ以外はおおよそこれまで行ってきたことの延長線上にあるのではないかと思います。

 

荻上 治安当局の権限拡大や取り締まりの強化は、事前調査や監視の強化にもつながりそうです。

 

若松 そうなると思います。特に過激思想が広まりやすいと考えられているコミュニティは監視対象になるでしょうね。テロの犯人というのは、比較的若い人に多い。学校などで、どのような人と付き合いがあるのか、監視対象にすることも考えているかもしれません。実際保守党政権はこれまでも、大学のキャンパスの中に急進的な過激思想の動きに染まるグループがあるのではないかと懸念しています。感化が起こる場所への取り締まりは本腰をいれて行っていくと考えられます。

 

荻上 実際に大学にそうした温床のようなものはあるのでしょうか。

 

若松 恐らくゼロではないと思います。先ほど申し上げた通り、近年テロを起こす人はイギリスで生まれ育った人たちです。彼らはイギリスで生まれながら、イギリス社会に受け入れられなかったことで、心理的な不安定さを抱えています。そうした不安感を抱えた若者が、大学や、駆け込み寺的な宗教施設で長い時間を過ごす間に過激思想に染まっていくことがあるのかもしれません。

 

荻上 今回のテロも、外国から戦闘員が送られるものではなく、その国で生まれ育った人が過激化してテロを起こすホームグロウン・テロリズムでした。こうしたテロの増加に伴い、テロの手法も爆弾のような準備期間や専門知識が必要なものから、トラックで突っ込んだり、ナイフを持って暴れまわったりという簡易的、ソフトな方法に変化しつつあります。準備行為と判断するのが難しいこうした手法でのテロに対して、イギリスは今後どのような対応をしていくでしょうか。

 

若松 難しいですね。イギリスのテロの特徴は銃が使われないことです。フランスなど、大陸ヨーロッパでテロが起こる時は銃が使用されることが多いですよね。イギリスは島国で周囲が海に囲まれているので、他のヨーロッパ諸国と比べて銃の持ち込みが難しいんです。逆説的ですが、それゆえ車やナイフでの犯行が多くなっています。そうすると、対策のしようがない。残念ですが、可能なのはテロを企図する人をしっかり把握して、監視することです。危険人物の監視は現在も行われていますが、今後この動きは強化していくと思います。

 

 

コミュニティ主体でのテロ対策

 

荻上 イギリスでは2005年に大規模なテロがありました。その後どのようなテロ対策を行ってきたのですか。

 

若松 イギリスのテロ対策が他の大陸ヨーロッパ諸国と比べて独特なところは、マイノリティの社会統合をコミュニティの手にゆだねているところです。「レッセフェール(なすに任せよ)」と言いますが、行政が積極的に関与するのではなく、各コミュニティが自主的に社会的に排除され、疎外感や不満を抱えた若者たちを包摂していこうという思想です。イギリスにはそうした思想が伝統的に根付いており、テロ対策もコミュニティを基軸として行われてきました。コミュニティ内で何か不審な動きがあれば、警察に知らせてください、と。行き過ぎると密告社会になりますが、反面コミュニティ内で孤立した若者が過激な行為に走らないよう周囲の人が支えてきたのです。この方法が、これまではある程度機能していると考えられてきました。

 

荻上 コミュニティベースでの社会参画が進み、国や自治体がそれを支援しているかたちなんですね。具体的に行政はどのようなサポートをしているのでしょうか。

 

若松 そこが最大の問題です。確かにコミュニティベースの支援というと聞こえはいいですが、イギリスにおけるテロ対策に関しては、事実上行政は地域コミュニティに丸投げの状態です。従って補助金も限定的にしか付きませんし、もしコミュニティの治安が悪化し始めたら、外からの介入でそれを止めることは難しい。実際、ロンドンにはかなり急進的な宗教的指導者が何人か潜伏してきたと言われています。ステレオタイプかもしれませんが、こうした人物が他のヨーロッパの都市ではなく、ロンドンに潜伏しているのは、ロンドンは監視における行政の関与が弱い分、潜伏しやすい雰囲気があるのかもしれません。

 

荻上 アメリカは9.11後、2001年にテロ対策として愛国者法が施行され、監視も進み、社会の雰囲気は大きく変化しました。2005年のテロの後、イギリス社会に大きな変化はあったのでしょうか。

 

若松 2005年のテロは確かに大きなテロでした。朝のラッシュ時に地下鉄やバスが爆破され、50人以上の人が亡くなっています。多くの人が、イギリスのテロ対策はこの事件をきっかけに始まったと考えています。

 

しかし実際には、イギリスのテロ対策はそれ以前から始まっていました。本格化の具体的なきっかけは2004年にマドリッドで起きたテロ事件です。アルカイダ系の組織が犯行声明を出しています。もちろんアメリカでのテロも各国のテロ対策に大きな影響を与えましたが、ヨーロッパ諸国にとって、アメリカの事件は対岸の火事的なところがありました。マドリッドの事件は、ヨーロッパ諸国が自分たちがテロの標的になる可能性があるのだと現実的に捉えるようになったきっかけと言えるでしょう。イギリスもこれを受けて本格的なテロ対策に乗り出し、地縁、血縁関係を基盤とした情報提供のネットワークを築いてきました。

 

イギリスの治安当局は、2005年から現在までの12年間に、未遂に終わったテロの企図を100件以上摘発していると公表しています。

 

荻上 未遂とはどの段階を言うのでしょうか。

 

若松 計画していた、ということですね。日本で言うと共謀段階になるでしょう。治安当局からしてみれば、実際に存在した危険に対してうまく対応できていた、ということになるでしょう。しかし今回の一連のテロ事件で、その確証が揺らぎ始めているところだと思います。

 

荻上 イギリスというと町中に監視カメラがあって市民を監視しているイメージですが、監視カメラ以外の監視強化の議論はあるのでしょうか。

 

若松 ええ。イギリス以外のヨーロッパ諸国では、アイデンティティカード、つまり身分証明書の携帯が義務付けられていまが、今のところ、イギリスではそうした義務はありません。義務化の動きは以前からありますが、これまでは市民のプライバシーや市民の自由の問題ということで、押し留められていました。しかし増加するテロを懸念して、携帯義務を課そうとする動きが強まっています。

 

先ほど申し上げたように、イギリスには行政が社会に介入すべきでないという伝統的な価値観があります。確かに町には監視カメラがあふれて一見すると矛盾するのですが、本来は監視体制を敷くべきではない、という思想が強いんです。IDカードも行政が発行するものですから、携帯の義務化を強化する動きに反対する思想が根強いのだと思います。【次ページにつづく】

 

「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

 

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