2017.07.06

英国はテロとどう向き合っているのか?

若松邦弘×荻上チキ

国際 #荻上チキ Session-22#イギリス#英国

マンチェスター、ロンドンとテロが相次いだイギリス。度重なるテロを受けて、メイ首相は過激思想の温床とされるインターネットの規制も含め、テロ対策の抜本的な見直しを宣言した。2005年のロンドン同時爆破テロから12年。移民大国として多文化社会の中で度々テロを経験してきたイギリスは、どのようにテロを受け止め、対策を講じてきたのか。専門家に伺った。2017年6月5日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「相次ぐテロ。英国はテロとどう向き合っているのか?」より抄録。(構成/増田穂)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

強まる監視体制

荻上 本日のゲストをご紹介します。イギリスの政治や移民政策に詳しい東京外国語大学教授の若松邦弘さんです。よろしくお願いします。

若松 よろしくお願いします。

荻上 今回のロンドンでのテロ事件はどのようにご覧になっていますか。

若松 いろいろな視点があると思いますが、私は今回のテロは3月のイギリス国会議事堂付近でのテロ、マンチェスターのテロから続く3連続のテロの一つだと考えています。現地メディアによる現段階での情報では、今回の3つのテロ事件の容疑者は、みな人種・民族・文化的にイギリス社会においてマイノリティだったとはいえ、多くがイギリス国籍をもつ、イギリス生まれのイギリス育ちでした。この共通性は重要だと考えています。また、5月のマンチェスターでのテロは爆破でしたので少し性格が違いますが、1回目と3回目のテロは手法もとても似ています。どちらも車で人をはね、その後ナイフで周囲の人を襲っています。

荻上 テロに対するイギリス国民の反応はどのようなものなのでしょうか。

若松 印象としてこれまでのイギリスのテロ対策が破たんし始めているのではないかという不安があると思います。イギリスでは2005年の7月7日にロンドンで同時多発テロがありセンセーションになりましたが、以降小さなテロはあれど、フランスのように大きく注目を集めるようなテロは起きていませんでした。それが今年に入ってから3連続で複数の死傷者が出るテロ事件が相次いでいます。2005年のテロ以降、これまでイギリスはテロ対策には成功していると考えられてきただけに、その破たんは国内でもショックな出来事としてとらえられていると思います。

若松氏
若松氏

荻上 一連のテロを受けて、メイ首相はテロ対策強化を宣言しましたが、この見直しの方向性はどうなっているのでしょうか。

若松 現段階ではまだどうなるのか明確には分からないのが正直なところだと思います。野党労働党は警官や警備員を増員して対応することを訴えていますが、現政権の保守党は伝統的に厳格な治安対策を行うことで知られています。新たなネット規制がどのようなものになるかはわかりませんが、それ以外はおおよそこれまで行ってきたことの延長線上にあるのではないかと思います。

荻上 治安当局の権限拡大や取り締まりの強化は、事前調査や監視の強化にもつながりそうです。

若松 そうなると思います。特に過激思想が広まりやすいと考えられているコミュニティは監視対象になるでしょうね。テロの犯人というのは、比較的若い人に多い。学校などで、どのような人と付き合いがあるのか、監視対象にすることも考えているかもしれません。実際保守党政権はこれまでも、大学のキャンパスの中に急進的な過激思想の動きに染まるグループがあるのではないかと懸念しています。感化が起こる場所への取り締まりは本腰をいれて行っていくと考えられます。

荻上 実際に大学にそうした温床のようなものはあるのでしょうか。

若松 恐らくゼロではないと思います。先ほど申し上げた通り、近年テロを起こす人はイギリスで生まれ育った人たちです。彼らはイギリスで生まれながら、イギリス社会に受け入れられなかったことで、心理的な不安定さを抱えています。そうした不安感を抱えた若者が、大学や、駆け込み寺的な宗教施設で長い時間を過ごす間に過激思想に染まっていくことがあるのかもしれません。

荻上 今回のテロも、外国から戦闘員が送られるものではなく、その国で生まれ育った人が過激化してテロを起こすホームグロウン・テロリズムでした。こうしたテロの増加に伴い、テロの手法も爆弾のような準備期間や専門知識が必要なものから、トラックで突っ込んだり、ナイフを持って暴れまわったりという簡易的、ソフトな方法に変化しつつあります。準備行為と判断するのが難しいこうした手法でのテロに対して、イギリスは今後どのような対応をしていくでしょうか。

若松 難しいですね。イギリスのテロの特徴は銃が使われないことです。フランスなど、大陸ヨーロッパでテロが起こる時は銃が使用されることが多いですよね。イギリスは島国で周囲が海に囲まれているので、他のヨーロッパ諸国と比べて銃の持ち込みが難しいんです。逆説的ですが、それゆえ車やナイフでの犯行が多くなっています。そうすると、対策のしようがない。残念ですが、可能なのはテロを企図する人をしっかり把握して、監視することです。危険人物の監視は現在も行われていますが、今後この動きは強化していくと思います。

コミュニティ主体でのテロ対策

荻上 イギリスでは2005年に大規模なテロがありました。その後どのようなテロ対策を行ってきたのですか。

若松 イギリスのテロ対策が他の大陸ヨーロッパ諸国と比べて独特なところは、マイノリティの社会統合をコミュニティの手にゆだねているところです。「レッセフェール(なすに任せよ)」と言いますが、行政が積極的に関与するのではなく、各コミュニティが自主的に社会的に排除され、疎外感や不満を抱えた若者たちを包摂していこうという思想です。イギリスにはそうした思想が伝統的に根付いており、テロ対策もコミュニティを基軸として行われてきました。コミュニティ内で何か不審な動きがあれば、警察に知らせてください、と。行き過ぎると密告社会になりますが、反面コミュニティ内で孤立した若者が過激な行為に走らないよう周囲の人が支えてきたのです。この方法が、これまではある程度機能していると考えられてきました。

荻上 コミュニティベースでの社会参画が進み、国や自治体がそれを支援しているかたちなんですね。具体的に行政はどのようなサポートをしているのでしょうか。

若松 そこが最大の問題です。確かにコミュニティベースの支援というと聞こえはいいですが、イギリスにおけるテロ対策に関しては、事実上行政は地域コミュニティに丸投げの状態です。従って補助金も限定的にしか付きませんし、もしコミュニティの治安が悪化し始めたら、外からの介入でそれを止めることは難しい。実際、ロンドンにはかなり急進的な宗教的指導者が何人か潜伏してきたと言われています。ステレオタイプかもしれませんが、こうした人物が他のヨーロッパの都市ではなく、ロンドンに潜伏しているのは、ロンドンは監視における行政の関与が弱い分、潜伏しやすい雰囲気があるのかもしれません。

荻上 アメリカは9.11後、2001年にテロ対策として愛国者法が施行され、監視も進み、社会の雰囲気は大きく変化しました。2005年のテロの後、イギリス社会に大きな変化はあったのでしょうか。

若松 2005年のテロは確かに大きなテロでした。朝のラッシュ時に地下鉄やバスが爆破され、50人以上の人が亡くなっています。多くの人が、イギリスのテロ対策はこの事件をきっかけに始まったと考えています。

しかし実際には、イギリスのテロ対策はそれ以前から始まっていました。本格化の具体的なきっかけは2004年にマドリッドで起きたテロ事件です。アルカイダ系の組織が犯行声明を出しています。もちろんアメリカでのテロも各国のテロ対策に大きな影響を与えましたが、ヨーロッパ諸国にとって、アメリカの事件は対岸の火事的なところがありました。マドリッドの事件は、ヨーロッパ諸国が自分たちがテロの標的になる可能性があるのだと現実的に捉えるようになったきっかけと言えるでしょう。イギリスもこれを受けて本格的なテロ対策に乗り出し、地縁、血縁関係を基盤とした情報提供のネットワークを築いてきました。

イギリスの治安当局は、2005年から現在までの12年間に、未遂に終わったテロの企図を100件以上摘発していると公表しています。

荻上 未遂とはどの段階を言うのでしょうか。

若松 計画していた、ということですね。日本で言うと共謀段階になるでしょう。治安当局からしてみれば、実際に存在した危険に対してうまく対応できていた、ということになるでしょう。しかし今回の一連のテロ事件で、その確証が揺らぎ始めているところだと思います。

荻上 イギリスというと町中に監視カメラがあって市民を監視しているイメージですが、監視カメラ以外の監視強化の議論はあるのでしょうか。

若松 ええ。イギリス以外のヨーロッパ諸国では、アイデンティティカード、つまり身分証明書の携帯が義務付けられていまが、今のところ、イギリスではそうした義務はありません。義務化の動きは以前からありますが、これまでは市民のプライバシーや市民の自由の問題ということで、押し留められていました。しかし増加するテロを懸念して、携帯義務を課そうとする動きが強まっています。

先ほど申し上げたように、イギリスには行政が社会に介入すべきでないという伝統的な価値観があります。確かに町には監視カメラがあふれて一見すると矛盾するのですが、本来は監視体制を敷くべきではない、という思想が強いんです。IDカードも行政が発行するものですから、携帯の義務化を強化する動きに反対する思想が根強いのだと思います。

揺らぐ英国のテロ対策

荻上 一連のテロ対策は国内ではどのように総括されているのですか。

若松 少なくとも今回の3連続のテロが起こるまでは、成功していたと考えられています。イギリスはかなり監視を徹底していました。監視カメラも設置していましたし、テロの企図を疑われる監視対象人物の通信は、電話やネットを含め傍受がされていました。もちろんこれは議論を呼ぶものですが、結果としてこれまで大規模なテロは起こっていなかったのは事実です。

荻上 これまでの監視体制が機能しなくなった理由は何か考えられますか。

若松 正直に言って理由はわかりません。特に今回の連続した3回のテロのうち、2回目は恐らく海外の組織とのつながりがあったと思われます。爆弾の使用もあり相当の準備をしてきたはずですので、これだけの監視体制を敷きながらなぜ防げなかったのだろうと疑問です。

荻上 イギリスでは100件以上のテロを未然に防いでいるとのことですが、それぞれのケースがなぜ「未然防止」に該当するのかの理由は公表されているのですか。

若松 公表はされていません。当局の情報収集能力と関連するので機密扱いなのでしょう。数だけが報道されている状態ですので、計画されたテロの規模などの詳細はわかりません。

荻上 冤罪の可能性などもあるということでしょうか。

若松 可能性はありますね。ただそのあたりは公表されていません。

荻上 簡易的な手法によるテロは防止が難しいですよね。各国もそれを踏まえてテロ自体を止めるのではなく、テロを生むような過激思想が生まれる土壌を作らないよう、移民問題対策などに力を入れてきました。過去12年間、イギリスではどのような対応がとられてきたのでしょうか。

若松 移民対策が必ずしもテロ対策と結びつくわけではありませんが、テロの背景に個人レベルでの社会からの疎外感があると考えると、やはりそうしたリスクを抱える若者の社会への包摂は重要になりますね。

イギリスはよく多文化主義を認める国家だと言われます。ヨーロッパにはフランスなど他にも移民の多い国がありますが、多文化主義はすべての国が強調してきた方針ではありません。フランスの場合、極論のところ、フランスに住むのなら考え方も文化もフランスに同化してください、個人としてフランス人になってください、という方針を取っています。しかしイギリスの場合多文化社会を一定程度重視していて、コミュニティの自主性に価値を置いている。コミュニティが主体となって、社会統合を進めていきましょうということです。

度々ですが、コミュニティによる支援はうまくいく時も、そうでない時もあります。テロにつながるような不満を抱えてしまうケースは、うまくいっていない場合です。そう考えると多文化主義やコミュニティ主体が、当局が言うほどうまく機能しているのかは疑問が残ります。

実際、2000年代に入ったころには、イギリスでも多文化主義の限界がささやかれ始めていました。イギリス社会が、すでに社会の枠組みから疎外されてしまった個人をいかに再統合することができるのか、現状の多文化社会の在り方に見直しがされるようになったのです。具体的には、積極的な雇用の推進ですとか、学業支援など、多様な文化の尊重を否定はしないけれども、その方向性を再考するものですね。結果として、場合によっては多文化主義が否定されるという状況も生じています。

荻上 多文化主義を支えるための行政による政策はどのようなものが採られてきたのでしょうか。

若松 政権の性格によってかなり違いがあります。特徴的だったのは2000年代のブレア首相率いる労働党政権でしょうか。ブレア政権はテロの問題を多文化主義やマイノリティの問題とは考えず、あくまで経済格差の問題として捉えました。ですから白人であろうとその他の人種的・民族的マイノリティであろうと、職に就けない人たちに一律に職業訓練をしたりしました。

ブレア政権は宗教や民族的な慣習の違いを捨象していました。しかし最近のテロで問題になっているイスラム系の人々は、宗教が生活の文化としてあるわけですので、聖俗分離に対する考え方が多くの人とかなり異なります。生活における宗教の位置付けが違うわけですから、当然キリスト教系の人と全て同じというわけにはいきません。労働党はそのあたりのずれに対して関与ができませんでした。

保守党に政権交代された後も、そのあたりへの介入はうまくいっていません。結論を言えば、宗教という問題に対して、イギリスの対処法では解決できていない部分があるのだと思います。

マイノリティが抱える二重の疎外感

荻上 イギリスは民間セクターを利用しながら社会の強さを活かして市民同士で支え合っていくビジョンを掲げてきました。しかしそのビジョンはキリスト教があり、教会があり、学校があり、という旧来の社会を想定したものです。宗教や文化の多様性が増し、新しいコミュニティが生まれると、その在り方とそれまでの社会設計にずれが生じ、対応までに時間がかかってしまうことも考えられます。

若松 そうですね。わかりやすい話をしますと、コミュニティの中に閉じこもってしまう人たちがいます。特にアジア系に多いです。イギリスは昔インド洋を囲むように植民地を持っていましたので、インドやバングラデシュ、パキスタンなどのアジア系の移民が多いのですが、彼らは母語が英語ではないので、家庭では英語をあまり話しません。

一方でイギリスには他にもマイノリティがいます。カリブ海などの英語圏から来ているこれらの移民は、もともと英語を話します。当然社会でコミュニティを一歩出て、学校や職場に行けば英語が必要になりますから、アジア系移民は他のマイノリティに比べて不利な状態からの出発になりがちです。人種や民族といった文化の問題が社会進出への直接的な「障害」になっている。社会サービスの提供という点で、このような問題にうまく対応しきれていないのは事実でしょう。

荻上 イギリスでは、例えば他国出身の児童へ向けた個別指導などでクラスになじめるように配慮されているということですが、それでは不十分なのでしょうか。

若松 ケースバイケースですね。それでうまくいく場合もあります。反面、コミュニティ主体の統合支援では、そもそもコミュニティが子弟のイギリス社会への統合を望むのかという問題点が発生します。すなわち英語を使ってイギリスの会社に勤めて、ということをよしとするかです。ステレオタイプになってしまいますが、例えばイスラム教徒の女子生徒教育に対する価値観などはそれに当たるでしょう。

このような点で、イギリスのマイノリティ、特にアジア系の若者は、二重の疎外状況に置かれていると言われます。第一の疎外はコミュニティの外に出た時の社会変質で感じる疎外です。もう一つは、コミュニティ内での疎外。年功序列や男女の役割分担などで、文化的に自分の役割を決められてしまい、自由がないと感じる若者も多くいます。特にこの2つ目の疎外にイギリス行政がどう介入していくのかというのが、非常に難しい問題だと思います。

荻上 一般的に、排除は「社会の側がマイノリティを受け入れない」というロジックで語られますが、時としてコミュニティが参画を嫌がる場合もある。その中で特に少数派の若者が、社会には入れない一方、自分のコミュニティにも不満を抱き、発散の場が見つからないということもあるわけですか。

若松 そうですね。そうした二重の疎外感は、マジョリティ社会からの排除とはまた違った性格があり、対処が難しく、実際こうして事件につながってしまっている。結果としてさらに疎外感がクローズアップされているところもあります。

今後のイギリスのテロ対策の焦点は、方向性をどうするかでしょう。国や行政が積極的に関与していくのか、コミュニティ内での啓蒙を促すのか、もしくは過激主義を強制的に排除するのか……。相当性格の違う問題を同時並行で進めていく必要があると思います。政治的な立場や考え方の違いによって、主張するポイントは変わってくるでしょう。

荻上 テロの対策は長期的に取り組まなければならない反面、その報道は短期的な事件報道が多いですよね。本来何が犯人をそうさせたのか、ルポルタージュなどがあればいいのでしょうが、そうしたものもないため共感性も育まれず、テロもあちこちで起こるので、結果として排外主義をやむを得ないと考える人が増えるかもしれません。

若松 そうですね。テロは国際的に共通性をもった部分と、国や文化に依存している部分があるので、対策においてもその違いは考えて行わなければなりません。海外の事例を参考にできるのは背景の半分ほどかとは思いますが、長期的な情報が入るようになれば社会の見方も変わるかもしれません。

IRAの経験から引き継がれるもの

荻上 リスナーからはIRAのテロについての質問も来ていますが、いかがでしょうか。

若松 確かに、近年のイスラム系急進主義の問題が出てくるまで、イギリスでテロ対策と言えばIRAの問題でした。IRAは1960年代から1990年代ごろまで活動していた、イギリスからの独立を願う北アイルランド系の過激派組織です。

イギリスは主に2つの島から成り立っています。一つはロンドンのある、大ブリテン島です。もう一つが、その横にあるアイルランド島です。アイルランド島の南部はアイルランド共和国ですが、北部はイギリスに帰属していて、北アイルランドと呼ばれています。北アイルランドには、ロンドンと同じようにプロテスタント系の住民と、アイルランド島全体で主要な宗教であるカトリック系の住民とが暮らしています。

北アイルランドのカトリック系住民は、イギリスから独立して同じくカトリックの南部と一緒になりたい。一方でプロテスタント系の住民は現状を維持してイギリスの一部でありたい。そうした宗教対立と領土問題が重なる中で、カトリック系の急進派がイギリス側のプロテスタント勢力と武力衝突を起こしています。特に両派の対立が激しかった1970~1990年代にかけて、IRAは爆弾テロなども起こしていました。しかし1998年には和平合意が結ばれ、現在IRAはそこまで大きなテロの脅威とはなっていません。

ただ、これも偏見があり、プロテスタント側に武装組織がなかったというわけではありません。しかし現在のメインストリームの歴史の中では、IRAのテロはかなり注目を集めています。現在につながるイギリスのテロ対策が、IRAによるテロで「鍛えられた」側面はあると思います。

荻上 IRAの存在自体は注目から外れても、その時のテロ対策の枠組みが今でも生きているということでしょうか。

若松 監視カメラや諜報活動、警備の方法といったハードの面では当時の枠組みが活きているでしょう。一方でソフト面での対策、例えばネットワークを使ってさまざまなかたちで啓蒙活動を行ったり、個人へ支援したりするのは比較的新しい手法だと思います。

荻上 ソフト面での対策は、今回保守党が明示したようなネット規制や監視強化の方向性とは異なりますよね。今後テロ対策の方向性は変わって行くのでしょうか。

若松 正直、方向性としてはあまり変わると思いません。むしろ市民の自由という観点で考えると、悪い方向に進み続けるのではないかと危惧しています。コミュニティ内のネットワークを使って危険そうな人物を通報するという仕組みは、どんどん悪い方向に作用してしまうのではないかと懸念しています。

荻上 取り締まり対策を議論するだけでなく、どうやってテロをしない文化の機運を高めるのかといった方向性を示せるかが、その国のリーダーのスタンスを見極める材料になりそうですね。若松さん、お忙しいところありがとうございました。

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地域のヨーロッパ―多層化・再編・再生 
宮島 喬 (編纂), 若松 邦弘 (編纂), 小森 宏美 (編纂)

プロフィール

若松邦弘イギリス政治

東京外国語大学教授。東京大学卒業、イギリス・ウォーリック大学大学院修了、政治学博士。西欧諸国との比較の視点でイギリス政治を研究。とくに政党政治を、階層、民族性、地域性等、社会の多層性との関係から分析している。

この執筆者の記事

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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