トルコのデモと民主主義 ―― 「強権的な政府」と「民主主義を希求する大衆」か?

トルコでは5月末からこれまで、およそ三週間にわたり各地で抗議デモがつづいている。当初はイスタンブール新市街にあるゲジ公園再開発計画に対するごく小規模な反対運動だった。しかし、寝泊まりをしながら公園内の樹木の伐採を阻止していたデモ参加者らを警察が強制退去させたことでデモが拡大した。

 

平和的に抗議活動をしていた若者に対して警察が至近距離から催涙スプレーを使用し、彼らのテントを焼き払う映像はソーシャルメディアで次から次へと共有され、警察および政府の対応に異議を唱える人々が瞬く間に支援デモを全国各地で開始した。

 

全国に広がった一連の抗議デモは、5月末の発生からおよそ半月が過ぎた今でも、沈静化の兆しが見えない状況だ。これまで警察官1人を含む4人が死亡、負傷者は7000人以上、中には警察との衝突で視力を失ったデモ参加者も出ており、政府の強硬な姿勢がさらにデモ隊の怒りを買うという連鎖がつづいている。

 

6月15日にはゲジ公園に集っていた数千人のデモ隊に警官隊は催涙弾と放水車で対応し、デモ隊を強制排除した。これに対して17日には労働組合5団体がストライキを行った。さらにアルンチ副首相は同日、デモの沈静化に警察やジャンダルマ(トルコの準軍事組織である憲兵隊)で不十分であれば軍の投入も考えなければならないと発言し、事態は悪化している。

 

2003年の就任以来エルドアン首相は、国民経済を安定させ、人々の所得を大きく増やした。EU(欧州連合)加盟の実現に向けて国内の民主化改革に力を入れ、軍の政治的影響力を弱めた。昨年からはクルド人組織のPKK(クルド労働者党)と和平交渉を開始した。国際社会でのトルコの地位も高まった。国民からこれまでの実績を高く評価され、エルドアン首相率いる公正発展党は、過去三度の総選挙で連勝し、トルコでは稀に見る長期安定政権を実現している。

 

今回のデモは、現エルドアン政権下で発生した最大規模の抗議デモだ。デモ発生直後にイスタンブールの大学教員らがネット上で実施したアンケート調査によれば、参加者の多くは10代から20代の若者で、8割が特定の支持政党を持たず、半数が今回初めて街頭デモに参加したと答えている。彼らが政党の動員により参加したのではなく、自発的にデモに参加した様子もうかがえる。

 

デモ参加者の顔ぶれや主張は多種多様である。イスラム色を強めつつある政府を批判する世俗的な人々もいれば、敬虔なムスリムでありながらもエルドアン首相の強権的なスタイルに反発する人もいる。政府の新自由主義的経済政策に異を唱える左翼団体やムスリム団体も加わっている。野党や労働組合も参加しているが、今回のデモでは主導的な役割は果たしていない。

 

デモ参加者が一様に訴えるのは、エルドアン政権が近年人々の自由を圧迫しており、首相の権力に対する執着心が目に余るということだ。政府はメディアや高等教育に対する介入を強め、政府に批判的な言論に厳しく対応している。

 

エルドアン首相は人気テレビドラマの演出に口を挟み、「トルコの女性は子どもを3人は産むべきだ」と発言、さらに「トルコの国民飲料はビールではなくアイラン(ヨーグルト飲料)だ」と語った。あるコラムニストは「首相は他人の家の居間、台所、そして寝室に関わるな」と反発し、多くの若者は、首相が国民の生き方に対して上から指図していると受け取った。

 

またエルドアン首相は、トルコに大統領制を導入し、自ら就任を目指していると言わている。首相は、「政府が国民に奉仕する上で、(現在の議院内閣制では)権力分立が障害になっている」と述べ、強い大統領へのこだわりを見せた。もちろん大統領制への移行については、エルドアン首相個人に権力が集中するとの懸念が高まっている。

 

こうした政府批判、とくに首相批判がデモの中心軸となり、その周りに多様なグループがデモに集っている。

 

政府側はこれまでのところ、デモの発端となったゲジ公園再開発反対運動の中心組織である「タクシム連帯プラットフォーム」と会合を持ち、イスタンブールの裁判所が決定した公園再開発計画の一時凍結を受け入れる意向を示している。さらに、裁判所から計画続行にゴーサインが出た場合、同計画をイスタンブール市民を対象にした住民投票にかけるとも明言している。

 

同時に、デモの中心地となっているタクシム広場を占拠し、警官隊と衝突を繰り返すデモ参加者に対しては、彼らを「略奪者」と呼び、こうした過激派には対決姿勢を維持している。デモの分断と、世論の支持離れを狙った戦略といえるだろう。

 

公正発展党は6月15-16日、アンカラとイスタンブールで「国民の意志に敬意を」とのスローガンが掲げられた党集会を開催し、与党支持者らおよそ数十万人を動員、世論はデモ隊ではなく与党にあると強烈にアピールした。公園再開発計画の住民投票を提案したのも、イスタンブールの世論は今でも与党側にあるとの自信をアピールするためだ。

 

一連のデモについては、日本のメディアもイスタンブールやアンカラに取材班を派遣し、現地からさまざまな報道が行われているため、本稿ではデモの具体的な様子については詳述しない。ここでは今回のデモがトルコの政治制度に投げかけるひとつの問題について考察することにする。

 

その問題とは、民主主義をめぐる論争であり、トルコでは古くて新しい問題である。民主主義に対するひとつの考え方とは、エルドアン首相の「世論は投票箱にある」との発言に見られる、民主主義は一部の少数派の専制を排し、多数派の意志にもとづいて政策決定がなされるべきとする民主主義理解である。

 

一方、デモ隊やそれを支持する野党や政治団体は、現エルドアン政権が数の力に頼り少数派、とくに世俗的な人々の意見を無視していると反発、民主主義は投票箱にのみ帰結するものではなく、社会のさまざまなグループの意見を取り入れた政治運営が必要だと主張している。

 

つまり、エルドアン首相もデモ隊も、同じ民主主義を語っていることに違いはない。しかし民主主義の理想のかたち、もしくはトルコにふさわしい民主主義のあり方をめぐる意見対立が、両者の間には横たわっていることがわかる。

 

この民主主義モデルをめぐるせめぎ合いは、トルコ共和国成立以来さまざまな政治対立の遠因となってきた。

 

 

 

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