なぜアサド政権は倒れないのか? ―― シリア情勢の現状と課題

2013年6月、アメリカのオバマ大統領は「シリア情勢の悪化」に懸念を表明するとともに、アサド政権が化学兵器を使用したと主張、反体制派向けの支援強化を発表した。

 

たしかにシリアの情勢は悪化している。しかし、この段階でアメリカをはじめとする西洋諸国や報道機関が言う「情勢の悪化」は、シリア人の生活や権利の状況が客観的に悪化していることを意味するのではなく、シリアの反体制派にとっての状況や戦況の悪化を意味している点に注意が必要である。

 

これを受け、6月22日にドーハで開催された11カ国閣僚会合は反体制派への武器供給をはじめとする支援の強化で合意したが、その意図は現在の政府軍優位の戦況を反体制側が有利になるよう変更し、それを待って危機打開のための国際会議を開催しようというものである。

 

ただし、反体制派への支援の強化により、戦況が反体制派有利に転換する保証は皆無であるし、反体制派の誰がそうした支援の受け皿になるのかについても確たる展望があるわけでもない。要するに、反体制派を支援する各国が満足するまで、シリア危機の政治的解決のための努力としての国際会議は開催されず、その間、反体制派への武器支援の充実により現場では破壊と殺戮に拍車がかかるのである。

 

 

現状:目途が立たない「アサド政権打倒」

 

シリアでの紛争は、2011年3月にチュニジアやエジプト、リビアでの反体制抗議行動と、統治者の放逐運動に影響を受け、こうした運動のスローガンや動員の手法を模倣して拡大した。この危機は、「悪の」独裁政権であるアサド政権に対する「善良な」国民による民主化運動であると理解されがちだが、実態はこれとは大きく乖離している。

 

たしかに、紛争は当初政治改革を要求する人々が、インターネットなどを媒介として自然発生的に起こしたものとして、いわゆる「アラブの春」のイメージに合致するかたちで展開した。しかし、アサド政権がこれに徹底弾圧で臨むと、反体制運動は次第に既存の政治エリートによる政治闘争、武装集団による運動の軍事化、欧米諸国、湾岸諸国、トルコなどが干渉する国際問題へと転換していった。

 

そして、現在では紛争に過激なイスラーム主義を信奉する外国人戦闘員や、アサド政権とも反体制派とも異なる政治目標をもつと思われるクルド民族主義運動も当事者として参入する、単なる二項対立に収まらない多極的な状況となっている[青山 2012 35-38]。

 

この状況は、2013年6月にレバノンのヒズブッラーがアサド政権を支援して本格的に「参戦」すると、これに対しサウジ、カタル、エジプトで著名なイスラーム法学者がシリアでのジハードを呼びかけるなど、紛争があたかも宗派紛争であるかのような印象までも付与された。

 

アサド政権は、シリアの社会のなかでは少数派であるアラウィー派(*1)の政権であり、これを打倒して人口的な多数派であるスンナ派の者が政権に就くことが「民主化」、「民主的である」とのプロパガンダは、1970年代のムスリム同胞団をはじめ、アサド政権に対する反体制運動の常套句である。

 

(*1)シーア派の一派とされるイスラームの少数宗派で、シリアの宗派別人口の12%程度を占めている。シリア国内では、海岸地方の山岳部が歴史的な居住地である。ただし、伝統的には彼らをムスリムとみなさない見解が強く、反体制派のなかには蔑称として「ヌサイリー派」との呼称を用いる団体も多い。

 

たしかに、アサド政権はバッシャール・アサド(B.アサド)大統領やその父であるハーフィズ・アサド(Ḥ.アサド)前大統領ら、政権の要人・有力者がアラウィー派である。しかし、それだけでアサド政権をアラウィー派による宗派政権と決めつけることはできない。なぜなら、アサド政権は世俗的なアラブ民族主義を信奉するバアス党を与党とする政権であり、B.アサドはシリア・アラブ共和国の大統領であるとともに、バアス党の書記長でもある。

 

このため、アサド政権の政策は、アラウィー派の宗教的な信条や教義を反映したものではなく、むしろ宗教や民族にもとづく亀裂を克服し、シリア社会の統合を図ることによって政権の正統性を求めるものであった。また、ヒズブッラーや同党とともにアサド政権を支援するイランにしても、彼らがアサド政権を支援する動機は地域やレバノン国内における自身の地位と権益の維持拡大や、アメリカやイスラエルとの対抗のような、彼らの宗派的帰属や信条は本質的な動機ではない。

 

一方、反体制派を支援する諸外国にとっても、各国がシリア紛争に介入する最大の原因は各々の内政・外交上の利益であり、「自由」、「民主主義」、「宗派」などの用語は自らのために資源を動員するためのフレームに他ならない。たとえば、「少数宗派」のアサド政権を打倒し、「多数宗派」のスンナ派を政権につける、というフレーズは一見「自由」や「民主主義」を実現するかのような錯覚を覚えさせるが、不正確な推計をもとに宗派毎に政治的権益を配分することが、「自由」や「民主主義」だけでなく、短期的な政局の安定すら実現できない事実は、すでにレバノンやイラクで証明されている。

 

また、伝統的にムスリムが当事者となる世界各地の紛争戦闘員を「輸出」してきたサウジアラビアに加え、チュニジア、リビアはいわゆる「アラブの春」を経てかえって戦闘員の送り出しが盛んになった。戦闘員の送り出しには、国内の不満分子を追い出すほか、自国での反体制運動を志向する勢力と、他の地域への戦闘員の送り出しを行う活動とのあいだで資源の奪い合いを生じさせ、国内での反体制運動を衰退させるという効果がある。それゆえ、反体制派を支援する諸国は、その大義名分とは裏腹に、実践ではシリア人民の意志や将来についての配慮をいちじるしく欠いているとも言えるのである。

 

また、外部の要素としてアサド政権を支援する諸当事者を忘れてはならないが、安保理での対シリア決議採択を阻みつづけるロシアや中国の態度は、両国がシリアに持つ権益や利害関係ではなく、欧米諸国が恣意的に特定の政府の適否を判定し、それを打倒する、という事例が定着するのを阻むという、より利己的で本質的な動機によって決まっている。

 

繰り返しになるが、イランやヒズブッラーについても、彼らがアサド政権を支援する理由は、地域における敵対者であるイスラエルとアメリカとの勢力争いや防衛上の判断が主な理由であり、一般に想像されるような宗派主義的な動機ではない。じつは、教理上は、イランとヒズブッラーが奉じる12イマーム派のシーア派から見れば、B.アサド大統領らが属するアラウィー派は異端宗派に他ならない。

 

一方、シリアの反体制派は政治活動家も武装勢力も大同団結に失敗し、空中分解・解体状態にあり、アサド政権に対する有効な闘争も、諸外国の利己的で恣意的な関与に対しシリアの将来像を提示して自己主張することも、できないでいる。

 

紛争が長期化するにつれ、その当事者は、世俗的な当事者、宗教的な当事者、クルド人のような民族主義的な運動、そして外国人戦闘員のようなシリア人の生命・財産やその将来を一顧だにしない者まで多様化した。こうした雑多な反体制派の大同団結のため、2011年9月には「国民評議会」、2012年末には「国民評議会」の業績に不満を抱いたアメリカの肝いりにより「国民連立」が結成されたが、いずれも大同団結に失敗し、「国民連立」に至っては事態打開のための国際会議への態度だけでなく、当座の代表者すら決定できない状態に陥っている。

 

また、武装反体制派は、当初注目された「自由シリア軍」が、さまざまな集団が国内を含むさまざまな場所で「司令部」が乱立して統制を失い、要員の士気と規律の低下により2012年夏過ぎにはかなり広範囲で人心の離反を招いた。そして、これに代わり士気・規律そして装備が比較的良好なイスラーム過激派が戦闘の主役となった。

 

しかし、イスラーム過激派も、2013年4月に主力を担ってきた「ヌスラ戦線」が、イラクでの日本人殺害などの陰惨な実績に事欠かない「イラク・イスラーム国」の一部に過ぎなかったという実態が明らかになり、シリア人民だけでなく武装勢力の戦闘員や、武装反体制運動の支援国からも不興を買った。すなわち、反体制派は政治面でも軍事面でも、シリア人民の民心をつかんでいない上、外部から寄せられる支持の受け皿ともなりえていないのである。

 

こうした状況を受け、紛争勃発当初から「アサド政権は時間の問題」との予測を立てた専門家や政策立案者たちは、見通しの修正を迫られているが、アサド政権の崩壊/打倒を前提とした予測や分析は、じつは具体的に「いつ」、「どのように」アサド政権が倒れるのかについて筋書きをもたない、現実性を欠いたものに終始している。

 

 

 

 

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