未完のプロジェクトとしてのフェアトレード――現場から見る可能性と限界

選択される売却先

 

長い雨季があけた2009年11月初旬、わたしはラオス南部のコーヒー農家のもとで収穫の手伝いをしていた。

 

東南アジアというと熱帯のイメージが強いものの、ここラオスのコーヒー生産地は標高1200メートルに位置するため、日中の日差しは強いが、あのじめっとした嫌な暑さはなく比較的涼しい。もっともこのような気候はラオスに限ったことではなく、コーヒー生産地の一般的な特徴だといえる。

 

2001年以降、アラビカコーヒーの国際市場価格は多少の変動はあれ2011年4月まで上がり続け、その後下降に転じた。ちょうど2009年はこの上昇の最中にあり、コーヒー生産者たちはつかの間の夢を見ているかのごとく、毎年上昇し続ける報酬に気分をよくしていた。

 

一方、フェアトレード団体もそれに合わせて高額での買い取りを実施しており、ラオスコーヒーの庭先価格(実際に農家に手渡される価格)は、フェアトレード団体の方が一般の仲買人より若干高い状況が続いていた。

 

わたしがお世話になっていた農家もフェアトレード価格の方が高いのをよく知ってはいた。ところが、この農家はフェアトレード団体にコーヒーを売却しているわけではなかった。彼らは収入に余裕があるわけではない。わたしにもよく「お金がない」とぼやいていた。おまけにフランスの輸入会社にコーヒーを輸出するフェアトレード団体の方も、できるかぎり多くのコーヒーを売却するように各農家に要求していた。

 

にもかかわらず、この農家はより多くの収入が得られるはずのフェアトレード団体に収穫したコーヒーを売却せず、すべて仲買人に売却しているのである。これはいったいなぜなのか。

 

 

写真1:収穫するコーヒー農家(筆者撮影)

写真1:収穫するコーヒー農家(筆者撮影)

 

 

フェアトレードをめぐる議論

 

そもそもフェアトレードとは、グローバルな国際貿易のもとで疎外されている生産者や労働者に対して、持続的かつ公正な交易条件を提示し、持続可能な生活や発展の機会を与える仕組みを指す。数あるフェアトレード団体のなかでも、フェアトレード・インターナショナル(FLO)は、地域の物価など多様な要因を考慮して設定された「最低保証価格」を遵守し、それとは別に学校や診察所など生産者コミュニティ全体の福利向上に使われる「社会的割増金」を生産者団体に対して支払うことを輸入会社に求めている。

 

一方、生産者団体には児童労働の禁止、環境基準、民主的な組織運営などのルールを遵守するように求め、これらのルールを遵守する企業や団体に認証を付与している。この認証制度のもとで取引された産品にはFLOマークを付けて販売することが認められている(図1)。

 

 

図1:FLO認証マーク

 

 

「FLO=フェアトレード」というわけではないが、FLOは、もっとも人口に膾炙したフェアトレードの仕組みを作り、国際的に展開している団体であるといえる。本稿におけるフェアトレードも、このFLO認証のもとでの取引を指すことにする。

 

フェアトレード認証制度の影響については、数々のジャーナリストや研究者がこの10年の間に肯定、否定の両方の立場からさまざまな見方を示してきた。「フェアトレード認証制度の影響」といった時には、その市場シェアを広げていくための消費者側へのアプローチと、認証制度の恩恵にあずかる生産者側へのアプローチがある。本稿は、生産者側のアプローチを対象としてみたい。

 

生産者への影響について言及している代表的な論稿のうち、フェアトレードにかかわる生産者世帯に対する金銭的恩恵に関する議論がある。アレックス・ニコルズとシャーロット・オパルは、「フェアトレード認証制度は、生産者へ市場価格を上回る価格を保証している。よってすべての調査が、フェアトレード市場へ販売している生産者の収入がより高いとしているのは、驚くにはあたらない」と述べる(ニコルズ他2009: 230)。

 

一方、民主的な組織運営の導入による生産者コミュニティへの影響に関する議論もある。たとえば、サラ・ライアンはグアテマラのコーヒー生産協同組合が環境や健康維持の問題に取り組むなど、コーヒーの生産とは別の活動を自主的におこなうようになったと指摘している(Lyon 2002)。

 

このような恩恵が謳われる一方、結局、フェアトレードの試みは、その目的に反してうまく機能していないではないかという、フェアトレード認証の機能不全を指摘する声もある。例えば邦訳も出ているジャーナリストのコナー・ウッドマンによる『フェアトレードのおかしな真実』(英治出版)では、タンザニアの認証を受けている「協同組合に入る金額の大部分が、協同組合の長に払う人件費を含む管理費に費やされていた」と記されている(ウッドマン2013:242)。

 

もちろんこういった事例が一つあったからといって、すべての認証団体に問題があることにはつながらない。とはいえ、この指摘は生産者団体の内部で何が起きているのかはしっかり調査しなければ分からないことを教えてくれる。

 

一方、研究者はもう少し地に足の着いた形でフェアトレード生産者への影響について論じてきた(Jaffee2007、Lyon2011など)。とくにわたしを含む文化人類学者は、1、2年の間、特定の生産者のもとで彼らと一緒に生活しながらフェアトレードの影響についてさまざまなデータを収集し分析してきた。

 

もっともこのような特定の生産者に定位した調査では、世界中に広がる1300万人ともいわれる生産者を代表するものとなるか批判が投げかけられることもある。だが、広く浅く実態を把握するよりむしろ、ひとつの具体的な事例の方がより深く実態をえぐり出せることもある。本稿ではこうした利点を活かして、わたしが長期にわたってかかわってきたラオス南部のコーヒー生産者の例に即して、フェアトレードの影響について考えてみたい[*1]。

 

[*1] 本稿は[箕曲2013]に記した2009年までの出来事に加えて、2013年までに起きた現地の出来事を踏まえて論じている。

 

 

 

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