2016.11.21

不確実な未来を「計算」する――社会保障の背後にある見えない方程式

経済学者・加藤久和氏インタビュー

情報 #社会保障#教養入門

社会保障と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか。年金、医療、介護……いずれも今の自分には関係ないと思うかもしれません。しかし未来は「不確実」なものだからこそ、大学生のうちに社会保障を勉強する価値があるのだそうです。

明治大学4年生の私、白石が今までずっと気になっていた先生方にお話を聞きにいく、短期集中連載「高校生のための教養入門」特別編の第1弾。安定した学生生活から一転、卒業後に待ち構えている複雑な未来に対して、私たちはいったいどのように向き合っていけばいいのでしょうか。明治大学政治経済学部の加藤久和先生にお聞きしました。(聞き手・構成/白石圭)

何のために、お金を取られないといけないのか

 

――最初に、先生のご専門である社会保障論について教えてください。

いきなりですが、社会保障論と言っても定まった定義がないんですよね。たとえば経済学にはミクロ経済学とマクロ経済学というのがあって、どちらも教科書の内容は決まっているんですが、社会保障論は時代に応じて内容が変わってきます。年金や医療、介護はもちろんのこと、最近では子育て支援や少子化問題も社会保障論に含まれています。

社会保障論への接近方法は大きく分けて2つあります。法律から接近する社会保障と、経済学から接近する社会保障です。前者は社会保障法を中心に学びます。僕はもともと経済学から出発した人間なので、経済学の立場から社会保障論を研究しています。年金や医療、介護の問題を、財政や人口の問題と絡めて実証分析をやってきました。

――大学の社会保障論の授業ではどのようなことを教えているのでしょうか?

基本的には制度の紹介だけでなく、制度の裏にある理論的な背景を話すことを心がけています。たとえば政府はなぜ年金を用意しないといけないか。学生の皆さんは、そもそも「今お金を支払ってあとでもらうことに何の意味があるのか」と考えますよね。将来自分で老後の生活を支えていくときに一番頼りになるのは、自分で貯金をすることです。だから年金なんて必要ないと思われるかもしれません。でも自分で貯金して自分の老後を支えるのは、近視眼的な人間はそう簡単にはできない。考えてみてください、学生のみなさんが老後の生活設計を想像できますか?

――難しいと思います。

できないですよね。僕も学生の頃はそんな先のことはまったく考えていませんでした。それにもし計画的にお金を貯金していったとしても、それを失うことはあります。たとえば外国で政治的な問題が発生し、それが原因で株式市場が大混乱することがあります。また、過度なインフレーションが起きてお金の価値が下がってしまうこともあります。

自分から遠く離れたところで、自分の意志とは無関係に起きた出来事が、こうして自分の人生を左右してしまうことがあるわけです。一言でいえば、将来は不確実なんですね。だから、そんな不確実な老後の生活を守るために、お互いが助け合って年金という仕組みを維持しようというわけです。

――年金は不確実な未来を安定させるためにあるのですね。

もう一つ理由があります。それは、「モラルハザード」の回避です。「老後に貧しくなっても、きっと政府が助けてくれるだろう」という考えで、若い頃から好き放題にお金を使い続ける人がいるとしましょう。実際、日本ではそうした人を放っておいてはいけないので、税金を使って生活保護としてその人を救済します。1人や2人だったら政府も支えられます。

しかし、「それなら自分も政府に甘えよう」と思う人が増えたらどうなるでしょうか。何百万人という規模で、政府が支えなければならなくなったら? 相当な負担ですよね。これがモラルハザードです。そうなると財政的にも不可能なので、政府は年金という仕組みをつくり、強制的に貯蓄をさせているわけです。ですので学生の皆さんでも、20歳の誕生日に政府からバースデーカードが届くわけです。「国民年金のお知らせ」という名のね(笑)。

――モラルハザードを起こさないためには、政府による管理が必要ということですね。

そうですね。ところで今の年金制度には大きな問題があります。年金は今の若者が、今の高齢者のために支払っています。こうした財政方式を賦課方式といいます。しかしご存知の通り、日本では少子高齢化が進行しているため、若者の負担が増える一方なんですね。今後も子どもの数は減るので、相対的に若者が支えるべき高齢世代の人口は増えていきます。今の若者は、今の高齢者が昔払っていたよりも多くのお金を払わなければならない。ですので、ある世代が上の世代を支えるという仕組みは限界が来ているのです。

そこで応急処置的に、国民年金の半分は税金を使って支払われています。その中心が消費税で、消費税は若い人だけではなく全世代の人が支払いますから、少しは不平等が均されます。そういったことがどうなっているのかというのも社会保障論の扱う問題です。

――年金以外にどのような分野がありますか。

医療というのも社会保障の一つですね。これも、民間の保険会社だけに任せているとなかなかうまくいきません。なぜなら「情報の非対称性」があるからです。医療保険というのは、誰かが病気になったときのために、みんなでお金を出し合って助け合おうという仕組みですね。ですので医療保険というのは、病気がちな人には、健康な人が払ったお金を支給して医療を受けられるようにする仕組みです。

だから、たとえば自分が遺伝的に病気のリスクをもっている人は、保険を受けることに大きなメリットがあります。しかしそれは裏を返せば、健康に自信のある人は医療保険になかなか入ってくれないということでもあるんですね。病気がちな人にお金を渡すだけでメリットを得られないですから。

保険会社としては、できれば健康な人に加入してほしいわけです。しかし実際にはそうはいかない。なぜならお客さんがどれだけ病気のリスクをもっているか、保険会社には完全にはわからないからです。その一方で、お客さんは自分にどの程度病気のリスクがあるのかを医療保険会社よりも知っている。これが情報の非対称性です。情報が非対称な市場では、保険を必要とする人だけが加入することになり、保険会社は保険金を支払うのが難しくなります。

――それでは保険が成り立ちませんね。

そうです。だから政府が国民を強制的に医療保険に加入させているわけです。それに、どんなに自分は健康だといっても、将来病気になる可能性はゼロではない。政府としては、健康だと思っていた人が保険に入らず、突然病気になったとして、その人を「自己責任だ」と見放す訳にはいきません。政府はそのために社会保険制度をつくっているんです。

年金も医療保険も、当然ですがお金が必要です。そこで経済学が関わってくるんですね。いくら国民から集めて、どのように国民に還元するか。そういうところは僕のような経済学者が分析しなければなりません。

制度だけ理解するのは本を読めばできます。でも大学ではそこから一歩進んで、なぜその制度が必要なのか、どうしてできたのか、経済学的にどう考えるのかというところまで勉強します。だから社会保障と経済学は密接な関係にあるんですね。

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500本の方程式を一度に解く?

――分析というのは、どのようなデータを集めて、どのように計算しているのでしょうか?

マクロ経済全体のデータや財政、社会保障のデータが必要です。マクロ経済というのは、所得や人口など。財政というのは、税金がどれだけ入ってくるのか、地方と中央政府、民間と中央政府の間のお金のやり取りのデータです。そうしたデータからモデルを構築し、マクロ経済や財政などの動向を描きます。

たとえば消費税を3%上げたらどのぐらい景気が変化するのかとか、年金の支給額を70歳からにしたらどのぐらい負担が減るのかなどの分析をしています。最近では、民間シンクタンクである東京財団が、年齢別の支出をもとに、将来の社会保障財政の動向などを予測しています。さらに厚生労働省や日本国民年金機構などでは、年齢別に医療費をどのぐらい使っているかなどを調査しています。それらを見て、将来的に年金支給額と若者の年金負担がどのように変化していくのかなども計算できます。

――基本的には、税金がどのぐらい入ってきて、それをどのぐらいのスケールで分配していくのかを計算していくということでしょうか。

簡単にいえばそうです。ただ税金だけでなく社会保険料も含まれますけれどね。ここで複雑になるのですが、税金というのは本来、再分配のために使われるものです。高所得の人から取って、所得の低い人に配るということですね。その一方で年金や医療などの社会保障は、表向きには、人々がお金を支払ったことへの対価として、病気などのリスクに直面した時、給付を受け取る権利を得るという仕組みになっているんです。

先ほどもいったように、少子高齢化の影響を受け、年金などの社会保障費は年々増えています。もう若者世代だけでは負担できません。だから今は、本来再分配のために使うはずの税金を社会保障費に回しているんです。つまり、今の社会保障は保障と再分配が混ざり合っているんです。保険として使うべきお金と、再分配として所得の低い人に配るべきお金が、ごちゃごちゃになっている。それがどのぐらいごちゃごちゃになっているのかを明らかにするのも経済学の役目ですね。

――先ほど、分析のときに「モデル」を使うとおっしゃっていました。経済学ではよく目にする言葉ですが、簡単にいえばどういうものなのでしょうか?

基本的には、方程式や関数の束です。中学生のときに一次関数をやったと思います。たとえばお風呂の蛇口から水を出したときの、経過時間と水の量の関係を関数にしたりしましたよね。それも立派なモデルです。経過時間という変数に値を入れることで、水の量を求めることができるわけですから。それを複雑にしたものが経済モデルと考えてもらって構いません。

大学で経済学を専攻すると、1年生のときに必ずIS―LM分析というものを勉強します。所得と利子率を軸にした、財市場と貨幣市場の分析ですね。多くの学生はあまり意識していませんが、これも立派な経済モデルの一つです。ちなみに私が運用していたモデルでは、マクロ経済や財政に関する関数など、およそ500本以上の計算を一度に解いたりします。

――500本の方程式を解くんですか! かなり難しい数学を使われているように感じます。

実際には500本というのは少ないんですよ。内閣府ではもっと大規模なモデルを運用しています。数学的な操作そのものよりも、社会保障の経済学的なバックグラウンドについて理解することのほうが重要です。

たとえば厚生経済学の第一基本定理と第二基本定理というのがあります。第一基本定理は効用最大化や利潤最大化行動がパレート効率をもたらすというもの。第二基本定理は政府が再分配を行うことで任意のパレート効率をもたらすことができるというもの。パレート効率というのは、誰かの状況が悪化しない限り変化しない点のことです。言葉は難しそうですが、要するにこれは、政府は公平性を改善するために、市場で再分配を行うことの理論的背景を与えているものですね。

市場競争に任せておけばパレート効率になるのだけれど、パレート効率はつねに公平であるとは限らない。そこで、公平性を期すために、政府は分配面に介入する必要がある――そういうことを第二基本定理はいっています。

ちなみにこの「パレート効率」だとか、先ほどいった「情報の非対称性」や「モラルハザード」などのお話は、じつはミクロ経済学の分野なんです。だから社会保障論というとマクロ経済学の一分野のように感じるかもしれませんが、その背景にはミクロ経済学の理論があるんですね。

将来予測のために経済学を利用する

――社会保障はさまざまな経済学的理論によって成り立っているということですね。

それを理解することが大事だと思います。社会保障論が専門なのに何を言ってるのと思うかもしれませんが、社会保障の制度の細かな知識だけを詰め込んでも、制度は時代によって変わるので、あまり意味はありません。大事なのはむしろ制度の理論的背景や経済学的な意味ですよね。それを理解していれば、どんな時代でも自分の頭で社会を捉えることができるはずです。

先ほど経済学では社会保障論ではモデルを扱うといいましたが、それは将来予測にも使われます。将来、高齢者がどのぐらい増えてどのぐらいお金が必要になるのかがわからなければ、政策の立てようがないですね。そのための情報として将来予測が必要で、僕はそれをやってきました。

また、政策を立てるために将来予測をするというのは、普遍的な仕事です。銀行の研究所やシンクタンクなどに限らず、会社の将来を予想し、事業を計画するということは社会人なら誰でもやっています。ですからプロセスが少し学問的なだけで、仕事の構図自体はいたって普通ですね。

哲学から始まった経済への道

 

――先生は大学では経済学を専攻していたんですよね。なぜ経済学部を選んだのですか?

もともと哲学が好きで、ニーチェとかヘーゲルとかを読んでいたんです。『精神現象学』なんかは、全然意味がわからなかったのですが、意味がわからないということ自体が当時は面白かったですね。それから数学や物理学も好きでした。

それで高校で進路を決めようというときに、哲学と理系、どちらにも振り切れなかったんです。同じクラスに、たくさん哲学書を読み込んでそれを解説する天才的なすごい人がいて、彼には絶対に勝てないという実感がありました。じゃあ理系になろうかと検討したのですが、数学も物理も自分の才能に限界をわかっていました。そこで哲学と数学を足して2で割ると経済学かな、と思ったんです(笑)。でもそれに近い理由で経済学を選んだ大学生は多いですよね?

――理系だけど歴史に興味のある人や、文系だけど数学が好きな人は確かに多いですね。それに経済学の祖と呼ばれるアダム・スミスも、最初に著したのは『道徳感情論』という哲学書ですからね。有名な『国富論』を書いたのはその後です。

まあ、今の経済学のメインストリームは実証的な分析ですけれどね。でも大学はべつに実証分析だけをやらなければならないわけではありません。アダム・スミスの哲学はもちろんのこと、ひょっとしたらマルクスの思想について勉強することもできるかもしれない。

僕自身、経済学部に入ったものの、実際には社会思想史を勉強していました。最初はマルクス経済学をやっていたんです。今ではまったく反対の立場にありますが(笑)。『資本論』も全巻読みました。卒論はマルクスとケインズの思想の比較をテーマにしました。ですので経済というよりは、ほとんど思想の勉強をしていましたね。

他には、たとえばルソーは、『社会契約論』という本を書いて、政治に大きな思想的影響を与えましたよね。ルソーについても勉強したりもしていました。経済学を本格的に始めたのは、大学院に入ってから、と言っていいかもしれません。

――本来の経済学に近づいていったということですね。どのような心境の変化があったのでしょうか。

社会思想史はもちろん興味深かったんですが、経済学はより現実と強い結びつきがあると思ったんです。言い換えれば、経済学の実証分析はいつの時代も社会に必要とされ続けるという感覚があったんです。学部時代はもちろん普通の経済学も勉強していて、これもやってみると面白かったんですね。

大学院では、実証分析を幅広い範囲でひたすらやっていました。そのなかで、財政についての分析もやっていました。そこで社会保障論と接点をもったわけです。じつは最初から年金制度などに興味があったわけではありませんでした。今は確かに社会保障論は現実世界にかなり影響のあるエキサイティングな学問ですが、当時はそれほど関心があるわけでもなく、必要だから勉強する、という認識でした。

――最初から計量経済学や社会保障論をやるつもりはなかったんですね。

でも、やれば何でも面白いという感覚はありました。最初関心がなくてつまらなくても、やってみるとはまってしまったということはたくさんあります。若気の至りという大義名分で好きなことに手を出せるのが大学や大学院の魅力だと思うんです。

社会保障について研究者になってから勉強し始めたとき、最初は地味な学問だなと思っていました。学生なら誰でもそうでしょう。年金とか介護とか、おじいちゃんおばあちゃんの話だと思いますよね。でも実際にその世界に入ってみると奥が深い。

たとえばオランダでは市場競争と政府の介入を組み合わせた管理競争という、世界的にも先進的な制度をつくっています。こうした試みは、当事者である高齢者よりも、むしろ若い人たちが考え、行動している。そうした知識を得ると、自分の知らないところに、膨大な世界が広がっているということに気づかされますよね。

――最後に高校生へのメッセージをお願いいたします。

食わず嫌いをしないでほしいです。先ほど哲学の本を読んでいたという話をしましたが、その経験が無駄になったとは、僕はまったく思いません。哲学書を読んだからこそ、社会思想史でマルクスを読み、経済学に触れ、こうして今の自分がいると思っています。

今の人はコストパフォーマンス志向で、これは社会に出て役に立つかどうかという基準で自分が接するコンテンツを選びがちですよね。そういうのはつまらないですよ。どんなものでも、本を読むのは大事です。なぜならそれは、自分の世界を広げようという態度の現れだからです。自分の世界を広げようという気持ちを持つ人は、大学でも社会でも多くの本を読んでいると思いますね。

でも、本を読むなら若いうちが良いと思います。年をとると目が疲れますから(笑)。

――身体的な理由ですね(笑)。

これは冗談ですが、真面目に答えると、大人になればなるほど、本を一冊読んだときに得られる感動や喜びが減っていくんですよね。経済学の用語でいえば、限界生産性が逓減していくんですよ。世の中のことが若いときよりもわかっているから、だいたいこういうことだね、となんとなく理解できてしまうんです。

また、本を読むタイミングは大事です。中学生のときに島崎藤村の『破戒』を読んだんです。当時は意味がわからなかった。でも、高校生になると意味がわかった。そのような遡行的に理解する楽しみも、若い時ならではですよね。

いずれにせよ、自分で可能性の幅を狭めるようなことはせず、いろいろなことに手を出してみるべきだと思います。なにせ、未来は不確実なものなのですから。

高校生におすすめの3冊

とてもいい本です。教養とはどういうものかを教えてくれます。この本は高校生だけでなく、大学生にも是非読んでほしいです。

高齢化は他人ごとではなく自分ごとであるということを語っています。また、社会保障制度がこのままでは今後財政的に行き詰まることは明らかなので、これから政府が行うべき政策の提言もしています。こうした問題が、どれだけ高校生に関係があるかということをぜひ知っていてほしいですね。

これは経済学とは関係ない本なのですが、私のゼミ生には毎年必ず読ませています。ゲーデルの不完全性定理やパラドクスなど、哲学について紹介している本です。『知性の限界』『感性の限界』と続く3部作なのですが、まずはこれから入ってみましょう。知的なスリルを味わえます。

プロフィール

加藤久和社会保障論

明治大学政治経済学部教授。1958年東京都生まれ。1981年慶応義塾大学経済学部卒業、1988年筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了。(財)電力中央研究所主任研究員、国立社会保障・人口問題研究所室長を経て、現職。専門は人口経済学、社会保障論、計量経済学。著書に、『世代間格差:人口減少社会を問いなおす』(筑摩書房、2011年)、『高校生からの統計入門』(筑摩書房、2016年)、『8000万人社会の衝撃 地方消滅から日本消滅へ』(祥伝社、2016年)などがある。

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